カテゴリ

カテゴリ:Preview

前評判はリベンジを期すハートブレイカー /クールボーイの巻き返しやいかに - フィゲロア vs フルトン 2 プレビュー Part 2 -

カテゴリ:
■2月1日/T-モバイル・アリーナ,ラスベガス/WBC世界フェザー級タイトルマッチ12回戦
王者 ブランドン・フィゲロア(米) vs WBC2位 スティーブン・フルトン(米)

左から:フィゲロア/トム・ブラウン(プロモーター),フルトン
左から:フィゲロア,プロモーターのトム・ブラウン(TGBプロモーションズ),フルトン

■逆転した掛け率・・・共通する唯一の対戦相手

直前のオッズを比較してみよう。まるで合わせ鏡のように、初戦と今回がの数字が逆転している。

◎第1戦:フルトン有利
フルトン:-330(約1.62倍)
フィゲロア:+260(約2.81倍)
-------------------------------------------------
◎第2戦(今回):フィゲロア有利
<1>BetMGM
フィゲロア:-190(約1.53倍)
フルトン:+160(2.6倍)

<2>betway
フィゲロア:-188(約1.53倍)
フルトン:+150(2.5倍)

<3>ウィリアム・ヒル
フィゲロア:4/9(約1.44倍)
フルトン:17/10(2.7倍)
ドロー:16/1(17倍)

<4>Sky Sports
フィゲロア:8/13(約1.62倍)
フルトン:29/16(約2.81倍)
ドロー:16/1(17倍)


評価を逆転させた最大の原因は、モンスターに喫した完敗(プロ初黒星)ではなく、昨年9月に行った再起戦である。

スタートから一方的にペースを握られ、形勢逆転の糸口を掴むことこすらできず、屈辱の8回KO負けに退いてから1年2ヶ月。カネロ vs バーランガ戦(今回と同じT-モバイル・アリーナ)のアンダーカードに組み込まれたフェザー級の初陣(10回戦)で、フルトンは大きなミソを付けてしまった。

126ポンドでの成否を占う大事な復帰戦に選んだ相手は、アリゾナ出身の元プロスペクトで、メキシコにルーツを持つ長身の右ボクサー,カルロス・カストロ。

9歳の頃からボクシングを始めて、アマチュアで立派な戦績を残し2012年に18歳でデビュー。122ポンドと126ポンドを行き来しながら、ローカル・ファイトで地道に腕を磨いてき、ジェネシス・セルバニア(比)を下して得たWBC米大陸フェザー級王座を足掛かりに上昇気流に乗ると、セサール・ファレス(メキシコ),オスカル・エスカンドンを連覇。


2022年2月、ルイス・ネリーのオファーに応じてS・バンタム級まで絞り、10ラウンズをフルに渡り合う。僅少差の1-2判定で金星を獲り逃すも、奮戦を評価されてフィゲロアからお呼びがかかる。

前年11月にフルトンとの統一戦を落とし、無冠に戻ったフィゲロアにとっても負けられない再起戦。ネリー戦から5ヶ月の間隔は、ダメージを抜いて心身を作り直す為に大きな不足は無く、元世界王者との連戦に臨んだ。

公称170センチ(リーチ:178センチ)のカストロも、このクラスでは大きな部類に入るが、さらに一回り大きく当たりの強いフィゲロアに攻め込まれて6回TKO負け。この連敗で勢いを殺がれてしまい、2023年はニカラグァとドミニカの無名選手との2試合に止まる。

◎試合映像
<1>ネリー 判定10R(2-1) カストロ


<2>フィゲロア vs カストロ


そして昨年4月、コロンビアから招聘した36歳のベテラン中堅に10回判定勝ちを収めて、9月のフルトン戦へと進む。


カストロに白羽の矢を立てたのはフィゲロアを意識したからで、それ以外に理由のあろう筈がない。フィゲロアよりも早く、一方的に打ちまくってカタを着ける。その一心だったのだろう。

開始ゴングと同時にフルトンが自分からくっついて、遮二無二パワーパンチを叩きつける。いったい何が起きたのかと我が目を疑った。すっきり倒し切りたいのはわかるが、流石に無茶が過ぎる。

フィゲロアとの初戦に備えて、アマ時代からの師弟だったメンター兼コーチのハムザ・モハメッドを更迭してまで向かえたワヒド・ラヒームとの関係を清算したフルトンは、ステーブル・メイトのジャロン・エニスに、幼い頃からボクシングのイロハを仕込んだ実父デレク・エニス("Bozy:ボジー"の愛称で呼ばれる)と組んで体制を一新。

我らがモンスターのバンテージに根拠の無いイチャモンをつけて恥をかき、自らの手でフルトンの面子まで丸潰しにしたラヒームは、ヘッドの座をデレクに譲った後もチームに残り、新たなスタイル(?)を不安げに見守るしかない。

チーム・フルトン
写真上:新ヘッドのボジー・エニスとフルトン
写真下:フルトンのバンテージを解くラヒーム(アシスタントに降格)

Bozy Jaron Ennis
※ボジー(左/髭を生やす前)とジャロンのエニス親子


「みんな私が誰なのかを忘れている。必ずノックアウトで勝つ。一度びリングに上がれば、必要なことは何でもできる。2階級でチャンピオンとなり、私が何者なのかをはっきりさせる。」

意気込みは買う。買うけれども、もともと1発の破壊力に恵まれず、スピード&スキルに真価を発揮する。黒人特有の柔軟性を活かしたボディワークと反応で、堅く守りながら効率的なパンチでポイントを引き寄せ、安全確実にゴールテープを切ることこそフルトンの真骨頂。

フィゲロアの圧力に押されて、半ば止むを得ず接近戦に応じた第1戦では、上述した自身のストロング・ポイントを駆使しつつ、フィゲロアのパワーを散らしながら、散発傾向の恨みは残るものの、的確なリターンとカウンターを決めて印象点を稼いでいる。

あれだけのテクニックとスキルがあるのに、何でわざわざムキになって打ち合うのか。フルトンの攻勢を凌いたカストロが態勢を立て直す。増量でサイズのアドバンテージを失ったフルトンが徐々に押し返されて行く。

戦況が苦しくなっているのに、戦術を変える気配は無し。「まずは距離をキープしてリスタートだろう。ボジーは何をしてるんだ・・・?」といぶかるばかり。

◎試合映像:フルトン 判定10R(2-0) カストロ


※フルファイト
https://www.youtube.com/watch?v=p2O2SNOXWGU


もともとカストロのスタイルは、ほとんどボクサーに近いボクサーファイター。足を良く動かしてポジションを変えつつ、ジャブ,ワンツーからフック,アッパーへとつなぐ正攻法のボクシング。

ロング・ディスタンスを維持できている間は、年季とともに増した安定感が武器となり、安心して見ていられるようになった。反面ファイタータイプに距離を潰され、ロープを背負う場面では痩身ゆえの脆弱さが顔を除かせ、思わずヒヤリとすることも。

カストロのウィークネスを見越しての作戦でもあったと思われるが、馬力のあるセサール・ファレスを相手に、頭をくっつけたインファイトをやり通した実績もある。リスクヘッジ第一主義に目を奪われると、意外なフィジカル・タフネスを見落とす。

”らしからぬインファイト”にのめり込んだフルトンが、大きな落とし穴にはまる。第5ラウンド、カストロが狙っていた右を浴びてよもやのダウン。その後も一進一退の攻防が続き、微妙な空気が漂う中、何とか2-1の判定に滑り込んで命拾いしたが、株価の下落は免れない。


◎ファイナル・プレス・カンファレンス
2025年1月31日


※フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=XTiSB5CQ9aU


カストロ戦の愚を繰り返すことは無いと信じるが、フィゲロアの圧力をパワーで跳ね返そうと無理を続ければ、第1戦とは逆の目が出る可能性は充分。生命線のスピード&クィックネスを頼りに、安全確実にポイントメイクに撤することこそ勝利への最短距離であり、間違いのない選択肢の筈。

どんなにブーイングが飛ぼうとも、フルトンの勝機はボックス1本。鋼鉄の意志で己のスタイルを貫徹できるか否かに、2階級制覇の成否が懸かる。

一方のフィゲロアは、第1戦と同様ひたすら前進+手数あるのみ。少々打たれても怯まずへこたれず、硬い拳でフルトンのブロック&カバーを叩き壊すしかない。

希望的観測を述べるなら、フルトンの僅差判定勝ち。3-0,2-0,2-1,負傷判定何でもいい。モンスターとのリマッチに望みをつないで貰いたいと本気で思っている。がしかし、包み隠さず本音を明かすと、小差の2-1判定でフィゲロア・・・?。


◎フィゲロア(28歳)/前日計量:125.8ポンド
現WBCフェザー級王者(V1/暫定→正規昇格:昨年10月)
元WBA・WBC統一S・バンタム級王者(WBA:V4・暫定→正規昇格/WBC:V0)
戦績:27戦25勝(19KO)1敗1分け
世界戦通算:8戦6勝(4KO)1敗1分け
アマ戦績:33勝17敗
身長:175センチ,リーチ:183センチ
左ボクサーファイター(スイッチ・ヒッター)


◎フルトン(30歳)/前日計量:126ポンド
前WBC・WBO統一S・バンタム級王者(WBO:V2/WBC:V1)
戦績:23戦22勝(8KO)1敗
世界戦:4戦3勝1敗
アマ通算:75勝15敗
2014年ナショナル・ゴールデン・グローブス準優勝
2013年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
2013年全米選手権準優勝
※階級:フライ級
ジュニア:リングサイド・トーナメント優勝
ジュニア・ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
※年度及び階級等詳細不明
身長:169センチ,リーチ:179センチ
右ボクサーファイター


weighin3

◎前日計量(FIGHTMAG)


◎フルストリーム映像(アーカイヴ)
※PBC公式:約1時間3分/21分27秒頃~開始
https://www.youtube.com/watch?v=aG76AsSLa54


◎第1戦と第2戦のフィジカル比較(計量時点)
計量時における第1戦と第2戦のフィジカル比較
※写真上:第1戦(S・バンタム級)/写真下:第2戦(フェザー級)

初戦の計量は、フィゲロア,フルトンともに121ポンド3/4(約55.2キロ)。そして今回は以下の通り。
・フィゲロア:125.8ポンド(約57キロ)
・フルトン:126ポンド(約57.15キロ)

たかが2キロ、されど2キロ。鍛え抜かれたトップ・プロの肉体に、+4ポンド(リミット上限)の余裕がもたらす効用の大きさに、思わず目を見張ってしまう。


計量時の呼び出しも担当したジミー・レノン・Jr.が、「スティーブン・”スクーター(Scooter)”・フルトン!」とコールしていた。東京でのモンスター戦も含めて、「クール・ボーイ・ステフ(Cool Boy Steph)」の二つ名で通してきた筈だが、どうやら変更した模様。

「スクーター(Scooter)」と言っても、昭和生まれの日本人なら、おそらく誰も知っている「ラッタッタ」では勿論ない。スラングとして使われる時には、肯定的な意味で「クレイジーなヤツ」を表すらしい。

キレると何をするかわからない「アブナいヤツ」ではなく、「凄い」と同義で使う「ヤバい」に近いニュアンスなのかもしれないが、その一方でフルトンが通っていた「小学校」の出入り口には、金属探知機(!)が備え付けられていたという。

幼いフルトンを「スクーター(Scooter)」と呼んだのは、父のスティーブン・シニアだったそうで、日本人には想像することさえ難しい、命の危険と隣り合わせの非日常が、ごく当たり前の日常として日々繰り返される。

自身も好んで使っていた筈の「クールボーイ」から、このタイミングで「スクーター」に変えたことに、どんな意味が含まれているのかいないのか・・・。

○○○○○○○○○○○○○○○○○○

□オフィシャル

主審:ハーヴィー・ドック(米/ニュージャージー州)

副審:
マックス・デルーカ(米/カリフォルニア州)
ザック・ヤング(米/カリフォルニア州)
デヴィッド・サザーランド(米/オクラホマ州)

立会人(スーパーバイザー):未発表


前評判はリベンジを期すハートブレイカー /クールボーイの巻き返しやいかに - フィゲロア vs フルトン 2 プレビュー Part 1 -

カテゴリ:
■2月1日/T-モバイル・アリーナ,ラスベガス/WBC世界フェザー級タイトルマッチ12回戦
王者 ブランドン・フィゲロア(米) vs WBC2位 スティーブン・フルトン(米)

左から:フィゲロア/トム・ブラウン(プロモーター),フルトン
左から:フィゲロア,プロモーターのトム・ブラウン(TGBプロモーションズ),フルトン

2025年末のリヤド・シーズンにおいて、いよいよ我らがモンスター参戦の気配が濃厚となり、否が応でもベルトの動向に注目が集まるフェザー級。126ポンドの今後を左右せずにはおかない、3年越しのリマッチがラスベガスでクライマックスを迎える。

本番3日前に行われた公開練習では、フルトン→フィゲロアの順にリングに登場。それぞれTシャツとトレーニングウェアを着たまま、シャドウのみで終了。特にフルトンはあっという間の短さだった。

どちらかと言えば、スペイン語の堪能なヒスパニック系女性パーソナリティ(?)のインタビューを主体にした構成で、「ミット打ちも無しか・・・」とガッカリ。ただし、フルトンのシャドウは相変わらずお見事。

動きの1つ1つに一切の無理や無駄がなく、それ以上に美しい我らがモンスターの合理性とシャープネスには1歩及ばないが、日本人には望めない黒人特有のしなやかさ、スムースネスに恵まれている。

出番を終えたフルトンがすぐに撤収せず、フィゲロアのリングインを待ってフェイス・オフ。鼻先を突き合わせるのは、ファイナル・プレッサーと公開計量だけで充分なのではとも思ったが、そういう趣向なのだろう。

公開練習でのフェイス・オフ

シャドウを披露するフィゲロア(左)とフルトン(右)


モンスターの挑戦を受けた時のフルトンも、およそ2分30秒でさっさと切り上げたことがニュースになっていた。内容は、約1分間のシャドウ、パンチングボール30秒、サンドバックを3発。

偵察に来た真吾トレーナーが「警戒するのは分かりますよ。ただ、流すにしても・・・」と思わず苦笑いする始末。これも駆け引きと言ってしまえばそれまでだが、非常識なまでのガードの堅さに、スポーツ各紙の取材陣も拍子抜け。

モンスターの公開練習はフルトンの翌日だったが、ロープスキッピングを3分ほどやって体を解してからシャドウを開始。そして約30秒後、大橋会長が「終わろう」と中断。「えっ?」と驚くモンスターをリングから下げて対抗していた。

1週間後のファイナル・プレス・カンファレンスで、モンスターのバンテージに見当違いのクレームを付けて大いに男を下げるトレーナーのワヒド・ラヒーム(カルロス・カストロとの再起戦に向けアシスタントに降格)だけでなく、一緒にいたフルトン本人を一瞥だにせず、大橋会長はムっとした不機嫌な表情を作り、頬を緩めることは無かったけれど、どこか無理をしている感が漂うところが”らしくて”ご愛嬌。

ところがどっこい、今回は40秒でジ・エンド。モンスター戦のさらに上を行く徹底振り。「1回フル・ラウンドを戦って、お互いの特徴や癖は十二分に分かっている。それ意味あるの?」とツッコみそうになったが、フルトンと彼の陣営はとにかく何も見せたくないらしい。


対して、右構えから始めたフィゲロア。軸足を何度も入れ替えてお得意のスイッチを繰り返し、休憩を入れずに約6分間(2ラウンズ)、時間をかけてゆったりと入念に体を動した。途中身体が温まってくるとウェアを脱ぎ、Tシャツ一枚になって少しだけペースを上げる。

シャドウを終えた後の撮影では、トレーナー兼マネージャーのステージ・パパ,オマール・フィゲロア・シニアもリングに上がってポーズを取るなど、露骨なまでに「主役は俺たち」をアピール。

team Figueroa
写真上:ブランドン(左)とオマール・シニア(右)
写真下:共同トレーナーのジョエル・ディアス(左)とブランドン


今回の興行は全部で11試合を予定しており、175ポンドのWBA王座を懸けたメインの「デヴィッド対決(ベナビデス vs モレル)」とフェザー級タイトルマッチ以外に、イサック・”ピットブル”・クルスを筆頭にした10回戦が4試合も組まれている。

練習を公開するのは、Amazon PrimeのPPVで有料配信される4カードのみ。1回の日程で一気にやってしまう為、興行の看板を背負って立つベナビデス以外の7選手(モレルも含む)は、始めからメニューをシャドウに限定していたということ。

◎メディア・ワークアウト(フルトンとフィゲロアのみ抜粋)
2025年1月30日/PBC公式


◎フルストリーム映像(アーカイヴ)
※1時間42分28秒付近~1時間18分30秒付近まで
https://www.youtube.com/watch?v=IOGfIf7b0-Y


アリゾナのS・ウェルター級プロスペクト,ヘスス・ラモス・Jr.(23歳/21勝17KO1分け)と、ベテランの域に入った元王者ジェイソン・ロサリオ(ドミニカ)、”ピットブル”・クルスと26歳のメキシカン・ホープ,アンヘル・フィエリョ(23勝18KO2敗2分け)に続いて、試金石の大一番に臨むWBA王者デヴィッド・モレル、セミ格のフルトン&フィゲロアの順で登場。

モレルの順番を敢えてセミのフェザー級の前にした(下げた)のは、昨年11月のキックオフ会見がトラッシュトークの応酬となり、一触即発のムードが充満していたことから、即座に臨戦態勢に入ることが可能な公開練習での鉢合わせを避けたと捉えるべきか。

オーラス(all last)のベナビデスだけは、会場内に響き渡る陽気なマリアッチに乗ってシャドウをやり、さらにミットワークを追加。意図と狙いが丸分かりの構成を、悪びれもせずにやり切ってしまうPBCに対して、「何だかな~」とため息を1つ。

175ポンドの4団体を統一したロシアの剛拳ベテルビエフ(今月22日にリヤドでビヴォルと再戦予定)への挑戦権を懸けた、エリミネーターと解すべき「無敗デヴィッド対決」。

”モンストゥルオ(モンスター)”・ベナビデスには、一応WBCが暫定王者のお墨付きを与えている(昨年6月オレクサンドル・ゴズディクに12回3-0判定勝ち)が、モレルもプロ転向3戦目で獲得したWBA暫定王座を正規に格上げ済み。既に昇格してから丸3年が経過しており、初期~中期のゴロフキンと同様、提示される比較的安価なギャランティに文句も言わず、コツコツ積み上げてきた防衛回数は7度を数える。

ユリオルキス・ガンボアとギジェルモ・リゴンドウの2大天才五輪金メダリストが役割を終えて、154ポンド時代のカネロに一泡吹かせながら判定を奪われ、それでも奮起してS・ウェルターとミドルの2階級を制してもなお、徹頭徹尾の省エネ・安全策が災いして、地味で目立たない不人気王者に甘んじ続けるエリスランディ・ララ(こちらは世界選手権の金メダリスト/気が付けばもう41歳!)に取って代わる、亡命キューバ人ボクサーの新たなシンボルになれるかどうか。

そんなこんなを考えながら、すっかり引き立て役に回されたモレルが、いささか気の毒に思えて来るが、それもこれもがプロボクシング。


●●●●●●●●●●●●●●●●●●
◎スコアリングを巡り紛糾した第1戦

手足の長い痩躯にも拘らず打ち合いを好む。それどころか、ゴリゴリのインファイトも辞さないテキサスの人気者フィゲロア。サイズのアドバンテージを拠り所に、ぐいぐい圧力をかけて接近しつつ、自慢の硬い拳をところ構わず叩きつける。

長身選手にありがちなギクシャク感、バランスの悪さに起因する打たれた際の危うさは余り目立たず、フィジカルの強度もまずまず・・・とは言え、堅牢なディフェンスには程遠い。

戦況に応じて適度にボクシングをまぶす工夫もできないことはないが、打たれ(せ)ながら前進を繰り返して手数を振るい、我慢比べの末に嫌倒れに追い込むのがフィゲロアの真骨頂。”ハートブレイカー(The Heartbreaker)”の異名は、文字通り「相手の心を叩き折る」ファイトスタイルに由縁する。

毎試合のように腫らす瞼が厚ぼったくなり、モデルか俳優もかくやという折角の二枚目が、ファイターらしい面構えに変わってきた。

”打たれ(せ)過ぎる”のが珠に瑕。好戦的なスタイルの代償と言ってしまえばそれまでなのだが、L・フライ級でWBAとIBFを統一した田口良一を思い出す。どんなにタフで屈強なボクサーでも、蓄積したダメージは遅かれ早かれ肉体の限界を超える。悲鳴を上げて瓦解する時が必ずやって来る。

タイプはかなり異なるけれど、荒ぶるメキシカン・トルネードことアントニオ・マルガリートも、バンテージへの不正発覚による1年半のサスペンド以上に、打たれ過ぎによる右眼の網膜はく離と白内障が致命傷となりキャリアを絶たれた。

長身痩躯の”打たれ(せ)るファイター”は、絶滅の危惧に瀕して久しい”巧いファイター(20世紀のスタンダード)”の系譜に並ぶことが難しい。


3年前にラスベガスで行われた初戦でも、フィゲロアはキツいプレスと手数でフルトンをロープやコーナーに追い込み、いい場面を一度ならず作りながら、攻防の精度とキメの粗さを突かれてしまい、ポイントをまとめ切れずに0-2のマジョリティ・ディシジョンを失っている。

打たれ(せ)ないことを何よりも優先するフルトンが、ハイリスクな白兵戦に応じざるを得なくなるほどフィゲロアのプレスは効果的で、随所に見せ場も創出していたが、ジャッジはフィゲロアのアグレッシブネスではなく、秀逸なフルトンのディフェンスと、単(散)発傾向が顕著な軽いパンチではあっても、より正確なリターンとカウンターを評価した。

◎試合映像:第1戦(ハイライト)


※フルファイト(PBC公式)
https://www.youtube.com/watch?v=2YfRYixUEj4


■2021年11月27日/パーク・シアター,パークMGMラスベガス(旧モンテカルロ・リゾート&カジノ)
WBO王者フルトン 判定12R(2-0) WBC王者フィゲロア
----------------------------
□リング・オフィシャル
主審:ラッセル・モーラ(米/ネバダ州)

副審:
ティム・チーザム(米/ネバダ州):116-112
デイヴ・モレッティ(米/ネバダ州):116-112
デヴィッド・サザーランド(米/オクラホマ州):114-114
----------------------------
□立会人
WBC:ドゥエイン・フォード(米/ネバダ州/NABF会長)
WBO:ヘナロ・ロドリゲス(米/カリフォルニア州/WBO第三副会長)

◎オフィシャル・スコアカード
オフィシャル・スコアカード

パンチング・ステータス
■総合計:ヒット数(ボディ)/トータルパンチ数(ヒット率)
フィゲロア:314(106)/1060(29.6%)
フルトン:269(85)/726(37.1%)

■ジャブ:ヒット数(ボディ)/トータルパンチ数(ヒット率)
フィゲロア:16(0)/189(8.5%)
フルトン:22(3)/165(13.3%)

■強打:ヒット数(ボディ)/トータルパンチ数(ヒット率)
フィゲロア:298(106)/871(34.2%)
フルトン:247(82)/561(44%)

憤懣やるかたないフィゲロアが、勝利者インタビューを受けるフルトンとトム・グレイ(Showtimeの名物インタビュアー)の間に割って入り、「勝ったのは俺だ!。試合を観てくれたファンが証人だ!」と大声で遮る。

当然フルトンも黙っていない。「クロスファイトだった!。でも勝ったのは俺だ!」と言い返す。年長の賢者よろしく、「試合は終わったんだ。2人とも落ち着きなさい」とグレイが諌めるも、フィゲロアの怒りは容易に収まらない。

「潔くない」「スポーツマンシップにもとる」と、フィゲロアの行為はファンの多くに受け入れられず、116-114の2ポイント差を付けた2名のジャッジはもとより、1人だけ114-114のドローにしたオクラホマのサザーランドも、悪し様な非難の対象とならずに済んでいる。

◎関連記事
Brandon Figueroa claims 'robbery' after Stephen Fulton Jr. unifies junior featherweight belts with majority decision win
2021年11月28日/ESPN(マイケル・ロススタイン)
https://www.espn.ph/boxing/story/_/id/32733544/brandon-figueroa-claims-robbery-stephen-fulton-unifies-junior-featherweight-belts-majority-decision-win


「勝利を盗んだ」と揶揄され、ただでさえ高いプライドを傷つけられたフルトンは、「何度やっても結果は変わらない。終わった後の顔を見比べて貰えばわかるだろう」と顎を少ししゃくって、東京でモンスターをイラつかせた「上から目線」で一睨み。

確かに、フルトンの顔は綺麗だった。危険なクロスレンジで激しく揉み合い、幾つかはヒヤリとするパンチを交換したのに、腫れもカットもなく、試合前とほとんど同じに見える。対してフィゲロアは、お馴染みになりつつある両瞼の腫れだけでなく、照明とカメラの確度の影響で余り目立たないけれども、このままだと古傷化しそうな小さなカットが痛々しい。

after_the_fight
※判定がアナウンスされた後のフィゲロア(左)とフルトン(右)

終了直後のリング上で因縁を結んだ両雄に、リマッチの話が直ちに持ち上がった。しかし、122ポンドの維持困難を理由にフィゲロアが126ポンドへの進出を公表。「再戦には応じる。フェザー級で」と、自分勝手なボールを投げる。

オフィシャルな勝者はあくまでフルトン。再戦に応じる応じないを決める権限は、第一義的には新(現)チャンピオンが握る。「何様?」とチャチャを入れたくなるところではあるが、人気と集客力=チケットセールス&視聴者数は、プロボクシングのマッチメイクにおいて何にも勝る正義であり、AサイドとBサイドを分ける決め手に他ならない。

地元テキサスのみならず、カリフォルニアとネバダにおいても、メキシコ系を中心としたヒスパニック・コミュニティの熱い支持を受けるフィゲロアに対して、ホームのフィラデルフィアでさえ大きな会場を埋めたことがないフルトンは、どうあがいても交渉に際して分が悪くなる。

難航するかと思われた再戦は、フルトンもまたS・バンタムでの調整に限界を感じていたことから、すんなりまとまる流れに傾く。状況を大きく変えたのは、バンタム級でまとめた4本のベルトを惜しげもなく返上したジャパニーズ・モンスターからのオファー。


具体的な金額は伏せられたが、提示された条件はキャリアハイとの伝聞がまことしやかに流布された。勝てば、リング誌のパウンド・フォー・パウンド・ランキングが漏れなくセットで付いてくる。サイズのアドバンテージに加えて、ジャパニーズ・モンスターには黒人選手との対戦経験が無い。

WBOとWBCを統一して、有り余る自信が傲岸不遜の領域にまで到達したフルトンの目には、モンスターが「飛んで火に入る夏の虫」に見えたことだろう。一も二もなく同意しかない。スパーリング中に右拳を傷めたモンスターから出された延期の要請も快諾。

トレーナーのラヒームだけは最後の最後まで日本行きに反対で、デッチ上げと批判されても仕方がないバンテージへの無茶苦茶なクレームも、「そこまでして試合を壊したかったのか」と考えれば辻褄があわなくもない。今にして思えば・・・ではあるけれども。

そして、ラヒームの悪い予感が的中。余裕綽々で来日したフルトンは、予想を遥かに超えるアビリティを発揮したモンスターに歯が立たず、2本のベルトを東京に置いて傷心の帰国。一足早くフェザー級に転じて、首尾良く結果を出したフィゲロアの後を追うことになった。


Part 2 へ


◎フィゲロア(28歳)/前日計量:125.8ポンド
現WBCフェザー級王者(V1/暫定→正規昇格:昨年10月)
元WBA・WBC統一S・バンタム級王者(WBA:V4・暫定→正規昇格/WBC:V0)
戦績:27戦25勝(19KO)1敗1分け
世界戦通算:8戦6勝(4KO)1敗1分け
アマ戦績:33勝17敗
身長:175センチ,リーチ:183センチ
左ボクサーファイター(スイッチ・ヒッター)


◎フルトン(30歳)/前日計量:126ポンド
前WBC・WBO統一S・バンタム級王者(WBO:V2/WBC:V1)
戦績:23戦22勝(8KO)1敗
世界戦:4戦3勝1敗
アマ通算:75勝15敗
2014年ナショナル・ゴールデン・グローブス準優勝
2013年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
2013年全米選手権準優勝
※階級:フライ級
ジュニア:リングサイド・トーナメント優勝
ジュニア・ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
※年度及び階級等詳細不明
身長:169センチ,リーチ:179センチ
右ボクサーファイター


weighin3

◎前日計量(FIGHTMAG)


◎フルストリーム映像(アーカイヴ)
※PBC公式:約1時間3分/21分27秒頃~開始
https://www.youtube.com/watch?v=aG76AsSLa54


◎第1戦と第2戦のフィジカル比較(計量時点)
計量時における第1戦と第2戦のフィジカル比較
※写真上:第1戦(S・バンタム級)/写真下:第2戦(フェザー級)

初戦の計量は、フィゲロア,フルトンともに121ポンド3/4(約55.2キロ)。そして今回は以下の通り。
・フィゲロア:125.8ポンド(約57キロ)
・フルトン:126ポンド(約57.15キロ)

たかが2キロ、されど2キロ。鍛え抜かれたトップ・プロの肉体に、+4ポンド(リミット上限)の余裕がもたらす効用の大きさに、思わず目を見張ってしまう。


計量時の呼び出しも担当したジミー・レノン・Jr.が、「スティーブン・”スクーター(Scooter)”・フルトン!」とコールしていた。東京でのモンスター戦も含めて、「クール・ボーイ・ステフ(Cool Boy Steph)」の二つ名で通してきた筈だが、どうやら変更した模様。

「スクーター(Scooter)」と言っても、昭和生まれの日本人なら、おそらく誰も知っている「ラッタッタ」では勿論ない。スラングとして使われる時には、肯定的な意味で「クレイジーなヤツ」を表すらしい。

キレると何をするかわからない「アブナいヤツ」ではなく、「凄い」と同義で使う「ヤバい」に近いニュアンスなのかもしれないが、その一方でフルトンが通っていた「小学校」の出入り口には、金属探知機(!)が備え付けられていたという。

幼いフルトンを「スクーター(Scooter)」と呼んだのは、父のスティーブン・シニアだったそうで、日本人には想像することさえ難しい、命の危険と隣り合わせの非日常が、ごく当たり前の日常として日々繰り返される。

自身も好んで使っていた筈の「クールボーイ」から、このタイミングで「スクーター」に変えたことに、どんな意味が含まれているのかいないのか・・・。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○

□オフィシャル

主審:ハーヴィー・ドック(米/ニュージャージー州)

副審:
マックス・デルーカ(米/カリフォルニア州)
ザック・ヤング(米/カリフォルニア州)
デヴィッド・サザーランド(米/オクラホマ州)

立会人(スーパーバイザー):未発表


警戒すべきは頭と肘,そして体当たり - 2025年はモンスターの快勝から -

カテゴリ:
■1月24日/有明アリーナ/4団体統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 井上尚弥(日/大橋) vs キム・イェジュン

<致命的な2度目のカット

最も恐れていたことが起きた。グッドマンが再開したスパーリングで左瞼を再びカット。今度の傷は大きく深く、それ相応のブランクを覚悟しなければならない。中止も致し方なしと思ったら、アンダーカードに出場を予定していた韓国人の下位ランカーが名乗りを上げた。

大橋会長がリザーバーとして事前に準備していたとのことで、主要4団体の了解も得ていたらしい。グッドマンを非難する声がまたまた上がり、「スパーリングをやる必要があったのか」など無茶なことを言う人たちまで現れる始末。

やるのは世界戦で、延期された期間は1ヶ月。スパーリングはやるに決まっている。やらなきゃ駄目である。最初のカットから3週間ほど経過して、ドクターの許可も下りていた筈で、だからスパーリングを再開した。

注意不足の謗りは免れないにしても、本番までの丸々1ヶ月、スパーリング無しで世界戦のリングに立つ?。絶対に有り得ない。

高熱で倒れたフェルナンド・マルティネスにも言えることだが、ただの風邪なら、市販の解熱剤を飲んで1~2日寝てれば回復する。だがしかし、インフルエンザは無理だ。サラリーマンだって、「1週間は家で寝てろ」と言われる。

無闇に出歩かれたら、迷惑千万なことこの上ない。武漢ウィルスの感染症とダブルでチェックできる医療用の簡易検査キットも出回っていて、平熱まで下がって状態が安定したらまずは検査を行う。外出するのは、陰性を確認した後の話。

IBFとWBOは1位に据え置くとのことだから、可能性が完全に費えた訳ではなく、モンスターのフェザー級進出が来夏以降にズレ込んだ場合、今一度交渉が具体化しないとは言い切れない。グッドマンに運が残ってさえいれば・・・。


それにしても、2試合続けてリザーブ選手になるなんて、モンスターにもツキがない。グッドマンの戦線離脱がもたらした最大の不幸は、リング誌ファイター・オブ・ジ・イヤーの候補から、モンスターが除外されてしまったことである。

X'masイヴに合わせてグッドマンがちゃんと来日して、ポール・バトラーとドヘニーの二番煎じなどやらずに、普段通りのボクシングで力一杯応戦してくれていたら、久々にモンスターらしい前半のKO決着が見られていたのにと、せんない繰言がついつい口を突く。

予定通り一方的にグッドマンを圧殺していたら、ファイター・オブ・ジ・イヤーの2年連続受賞は無理でも、候補のリストには入っていたと確信する。

◎会見映像


代役を買って出たチャレンジャーは、2012年デビューの10年選手で、モンスターより1歳年長の32歳。ニューカマーと呼ぶにはトウが立ってしまっているが、対日本人7連勝(負けなし)が最大のアピールポイント。

最新の日本人対決は、2019年5月6日の小坂遼(真正)戦。ソウルから100キロほど離れたイェサン郡というところで、9ラウンド終了後の棄権TKO勝ち。保持していたWBAの地域王座を防衛した。

この後、武漢ウィルス禍の影響もあって、長期の試合枯れに追い込まれる。2022年10月のメキシコ遠征でようやく実戦に復帰したが、レイ・オフの間にオーストラリアのマイク・アルタムラというプロモーターと契約。

2023年4月に初渡米が叶い、ワシントン州のオーバーン(シアトル近郊)という街で行われたローカル興行に参戦。シアトルを拠点に戦う、ロブ・ディーゼルという2連敗中の黒人選手に8回0-2判定負け。デビュー2戦目で喫したプロ初黒星以来、10年ぶりとなる2度目の敗北を味わう。

3ヶ月後の同年7月、アルタムラが主催するメルボルン郊外のローカルイベントに出場して、インドネシアから呼んだ2連敗中の無名選手に初回TKO勝ち(8回戦)。この後またブランクに入り、昨年5月9日タイの首都バンコクでラケーシュ・ロハチャブというインドの選手に5回TKO勝ち(10回戦)。WBOオリエンタル王座を獲得する。

これを機に二桁台の世界ランキング入り。認定団体直轄のベルトを得て、承認料とバーターでランクを得る常套手段で余り感心はしないが、これ以降試合を行っておらず、ご祝儀相場で11位になり、さらに感心できなくなった。


8歳でボクシングを始めて、アマチュアで一定の活躍をしたとの触れ込みだが、戦績とタイトル歴は不明。2020年以降、アルタムラの息がかかったジョン・バスタブルという、豪州人のコーチに指導を受けている。

日本人選手との対戦を含めて、ブランク(2019年)以前は右構えで戦っていたのに、最近の試合はサウスポーを基本にしているように見受けた。どうしたのかと思って調べてみると、2022年に右肩を故障して手術を受けたとのこと。

「左へのチェンジをアドバイスした」と、トレーナーのバスタブルが証言している。怪我の種類と程度は明らかにされていないが、構えを変えたということは、右の強打(ストレートとフック)を多用すると、再発の恐れがそれなりに高いからではないか。

とすると、腱板断裂の可能性が考えられる。もっとも左に完全に固定してしまった訳ではなく、試合の状況と相手の特徴に合わせて、左右をスイッチしながら戦うことも可能。こうした器用さは、生まれ持った素質もあるだろうが、アマチュアの経験が活きていると思われる。

スタイルは好戦的なボクサーファイター。興奮すると組み付いて揉み合うだけでは済まず、振り回したり、投げ飛ばすなどの反則も平気で使う。フィジカルの強さと気性の荒さは、コリアン・ファイターの伝統。サッカーや野球の日韓戦以上に、ボクシングの日韓対抗は彼らの血を沸き立たせずにおかない。


という次第で、正攻法のボクシングをまともにやったら、結果は火を見るよりも明らか。序盤の即決KOでモンスターの右手が挙がる。それぐらい、両者の実力と経験値には明白な開きがあって、ルールの範囲内で何とかなるような話ではない。

パンチング・パワーはもとより、手足のスピードにかなりの差があり、攻防のキメと精度の粗さは、モンスターとの比較を云々するレベルになく、考えたくはないけれど、頭突きと肘打ちで脅しをかけ、形振り構わず体当たり込みの突進をぶちかますぐらいしか、突破口を開く道筋が見えて来ないのである。

掛け率も正直だ。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
井上:-5000(1.02倍)
キム:+1400(15倍)

<2>betway
井上:-5000(1.02倍)
キム:+1200(13倍)

<3>ウィリアム・ヒル
井上:1/66(約1.02倍)
キム:14/1(15倍)
ドロー:25/1(26倍)

<4>Sky Sports
井上:1/33(約1.03倍)
キム:22/1(23倍)
ドロー:33/1(34倍)

個人的な感想を申し上げるなら、スカイベットの「1対23」を支持する。


唯一にして最大の懸念は、コリアン・ファイターの免疫不足。

モンスターはプロ入り以降韓国人選手との対戦経験がなく、おそらくだが、アマ時代も含めてスパーリングしかやっていない筈。実戦では一度も手合わせしていないのでは。

コリアン・ファイターの手荒な振る舞いに対する経験値の不足が、悪い方に出ると怖い。ヘッドバットで瞼や額を大きく深く切るのもまずいが、低い姿勢で突っ込んで来る挑戦者の頭を強打して、右の拳を壊すのが最悪のシナリオ。


コーナーを率いるバスタブルが述べている通り、モンスターが真正面から向かって来てくれれば、何がしかの対応は取り得るけれど、素速いステップで縦横無尽に出入りしながら、正確無比なジャブで距離をキープされると、文字通り手も足も出なくなる。

ラフ&タフに巻き込まれず、しかも鮮やかな即決KOの理想に最も効果的な戦術は、ズバリ、ロマチェンコ・スタイル。ショートジャブをしっかり突いて大振りを慎み、細かいコンビネーションを間断なく放ち、同じ場所に留まらない。打っては離れ(動き)、離れ(動いて)は打つ。

スタートの2ラウンズ、それを集中的かつ徹底的にやれば、挑戦者の方から「カウンターをどうぞ」とばかりに、左右を振り回しながらルーズガードで飛び込んでくるに違いない。


韓国男子の主要4団体王者は、2004年~2006年にかけてWBCフェザー級王座を保持した池仁珍(チ・インジン)を最後に現れておらず、日本国内で行われた男子の世界戦日韓対決も、2006年1月29日の池 vs 越本隆志(FUKUOKA)戦(越本の判定勝ち)以来途絶えている。

女子はそれなりに選手がいて、今月21日のフェニックスバトル(後楽園ホール)に登場した黒木優子(真正)が、ソ・ヨギョンを僅差の2-1判定に下して、空位のWBAミニマム級王座に就いたばかり。

90年代末のアジア通貨危機をきっかけにして、スポンサーを失った韓国のプロボクシングは一気に活力を喪失。苦境を脱出するにはスターが必要。不正丸出しのスコアリングとレフェリングが横行し、一度ならず八百長が明るみとなって没落した。

肝心要の国内統括機関は内紛が絶えず、屋台骨を支えてきたKBC(Korean Boxing Commission:韓国ボクシング・コミッション)が2つに分裂。新たに出来たKBM(Korea Boxing Member's Commission)とKBCに、アマチュアのKBA(Korea Boxing Association)が三つ巴の権力闘争に明け暮れ、解決の糸口はようとして見えない。


アマチュアのKBAが敵対的な姿勢を鮮明にし続けていることもあり、オリンピックや世界選手権の代表選手は、地盤沈下したプロには見向きもせず、プロの男子は人材の枯渇に歯止めをかけることができないまま、状況は悪化の一途を辿ってきた。。

かつて大橋会長と2度拳を交えた連続15回防衛の張正九(WBC J・フライ級)と、WBAの同級王座を通算18回防衛した柳明佑が手を携え、選手ファーストの改革を訴えて組織したKBMは、殿堂入りした2人の名王者を介して大橋会長に支援を要請。

快諾した大橋会長は、2022年11月から「フェニックスバトル・ソウル」と題した興行をスタート。不定期ではあるが、今も協力を継続している。

張-大橋のコネクションが、どんな結果に結びつくのか。そこはかとない不安を感じないこともない。荒ぶるコリアン・ファイトは、堅実なディフェンスとスピードの違いで空転させるのがベスト。

とにもかくにも、怪我無く終えることを最優先にして欲しい。


◎井上(31歳)
戦績:28戦全勝(25KO)
WBA(V2)・WBC(V3)・IBF(V2)・WBO(V3)4団体統一王者
前4団体=WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:23戦全勝(21KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎キム(32歳)/前日計量:121.7ポンド(55.2キロ)
世界ランク:IBF・WBO1位/WBA・WBC6位
戦績:19戦21勝(13KO)2敗2分け
アマ戦績:不明
身長:163センチ
右ボクサーファイター(スイッチ可)


◎前日計量


遂にこの時が来たかとの印象。ゲッソリ頬が殺げて、少しやつれた面持ちになった。S・バンタムに上げて以降、減量に少しは余裕ができたと喜んでいたが、それももう終わりを迎えたようである。

今年度中のフェザー級進出が、いよいよ現時身を帯びてきた。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○

□リング・オフィシャル

主審:マーク・ネルソン(米/ミネソタ州)

副審:
ティム・チーザム(米/ネバダ州)
ホセ・マンスール(メキシコ)
フェレンツ・ブダイ(ハンガリー)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:ホセ ゴメス(パナマ/WBAランキング委員)
WBC:エドガルド・ロペス(プエルトリコ/WBOランキング委員長)
IBF:安河内剛(日/JBC事務局長)
WBO:レオン・パノンチーリョ(米/ハワイ州/WBO副会長/タイ在住)



”浪速のクレバネス” 西田がV1に挑む - 無敗にして無名のチャレンジャーをどう捌く? -

カテゴリ:
■12月15日/住吉スポーツセンター,大阪市住吉区/IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
王者 西田凌佑(六島) vs IBF14位 アヌチャイ・ドーンスア(タイ)



大番狂わせ(と表して間違いない)の載冠から早や7ヶ月。辰吉丈一郎に並ぶプロ8戦目の王座奪取で関西のファンを大いに沸かせた名城信男(近畿大の大先輩)以来、六島ジムに2つ目の世界タイトルをもたらした浪速の俊足レフティが、ようやく初防衛戦のリングに登る。

減量苦を理由に一度はベルトの返上と階級アップに言及したものの、1つ上の122ポンドには”モンスター”が君臨。主要4団体のベルトが日本に集まった118ポンドは、WBCの中谷潤人(M.T)を中心に、WBOの武居由樹(大橋)、飽くなき闘志を燃えたぎらせ、井上拓真(大橋)から見事WBA王座を奪取した堤聖也(角海老)を巡る統一路線で賑わう。

この際、調整が可能な間はバンタムに留まるのが得策だと、新チャンプの興行権を握る六島ジムの枝川孝会長ならずとも考える。


遥か彼方の昭和の昔、日本で戦うプロボクサーたるもの、コンディションを犠牲にしてでも契約ウェイトを作るのが当たり前だった。本番前の1週間~10日程度は、呑まず食わずで過ごす選手も珍しくない。

勿論計量は当時の午前中で、夜の試合開始までに回復が叶わず、まともに動けない体でリングに上がらされ、精神力だけでフルラウンズ持ち応えて判定負け・・・そんな光景をどれ程見続けたことか。

それでもいつぞやの宮崎亮のように、半失神状態でスタッフにおんぶされて秤に乗せて貰う選手などいなかったし、計量前日に過度の脱水で倒れてしまい、病院に担ぎ込まれるなんて話も聞かずに済んだ。


様々なサプリメントやドライアウト(水抜き)は影も形も無く、計量後の食事は脂身の少ない肉(ステーキ)とフレッシュな野菜サラダに炊きたてのご飯が基本。選手たちは、カロリーかグラムで日々の体重と摂取した食事の量を自分で計算しながら、試合に合わせて体重を作る。

情報量と知識が格段に増えて、専門の栄養士やフィジカル・コーチのサポートを受けられるようになった現代のスタンダードの方が、選手の心身に良い結果をもたらすのは目に見えている筈なのに、水抜きのミスを見聞きするにつけ、「果たしてどっちがいいものやら・・・」とため息をつく。

社会環境の変化と常識・良識の変遷,色々な法制度の改訂を経て、クラブオーナー(ジムの会長)のやりたい放題が許されたJBCルールも改訂せざるを得なくなった。SNSと動画配信の発達普及のお陰もあって、選手それぞれに”個の意思表明”が可能となり、永らくボクシング村を支配してきた封建的なルールと慣習も、自由自在に幅を利かせづらい。歩みは遅いなりに、風通しは大分良くなったと思う。


クラブオーナーの代替わりが進み、競技人口の減少とジムの増加(引退した元王者の多くがジムを開く)という、永遠に克服不可能な二律背反によって、老舗・名門ジムの閉鎖が報じられても、もはや驚きを持って迎えることも無くなった。

少なくとも表面上は、クラブオーナーに集中する権限の分散が図られ、封建制度は過去の遺物となったやに感じられるけれど、ギャランティ(ファイトマネー)の現物支給(チケット払い)は撲滅されることなく続いている。

プロモーター,マネージャー,トレーナーを事実上すべて兼ねることが可能な、我が国のクラブオーナーのメンタリティが本当に変わったのかどうか、その見極めは当然難しく、コンディショニングを度外視した無茶なマッチメイクを強要されるリスクは常に内在するし、世界王者の西田も例外では有り得ない。



枝川会長が選んだ挑戦者は、ランク14位のタイ人。ムエタイで100戦前後の戦歴を持つ、28歳のボクサーファイターで、構えはオーソドックス。公称163センチだから、現代のバンタム級としては小柄な部類に入り、リーチにも恵まれていない。無傷の16連勝(7KO)を更新中。

2022年6月、デビュー2戦目で獲得したABF(※)フェザー級王座を3度防衛した後、2023年5月にS・バンタム級の同じタイトルを獲り、同年7月に12勝8敗のフィリピン人を10回判定に下して、何故かIBFの豪州バンタム級王座(IBF Australasian)に就き、9月に122ポンドのベルトを防衛している。

戦歴に良く知られた名前は並んでいないが、2022年5月に初陣を飾ってから、2年半の間に16戦を消化。確実に勝てるであろう格下の選手を相手に、間隔を開けず休み無く連戦する20世紀(70年代以前)のスタンダードが残存するタイには、昔懐かしいプロボクシングのセオリーに従ってリングに上がり続けるケースが少なくない。

teem_Anuchai
※写真左:アヌチャイ,右:チーフトレーナーのチャッチャイ・サーサックン

若かりし日の面影はすっかり無くなってしまったが、かのユーリ・アルバチャコフと五分(1勝1敗)の星を残し、再戦をモノにして引導を渡したチャッチャイ(元WBCフライ級王者)の指導を受ける。


◎アヌチャイの試合映像
<1>vs ソムチャイ・ポルノーイ(Somchai Polnoy)戦
TKO5R(6回戦)
2023年6月28日/Market Village, Homepro, Rayong
https://www.dailymotion.com/video/x8mbnk5

<2>vs リカルド・スエノ(比/Ricardo Sueno)
UD10R(100-87/98-89/99-88)
2023年7月19日/ Rangsit International Stadium, Rangsit
※IBFオーストラリアン・バンタム級タイトルマッチ10回戦
(映像では「IBFパン・パシフィック バンタム級王座戦」と表記・紹介)
https://www.youtube.com/watch?v=WYpSCcE4twk


映像を見ると、ムエタイ出身者に共通するフィジカル・タフネスと強度,耐久性には一定の評価をすべき。ブロック&カバーでしっかり守りながら、前進を続けて圧をかけて行くが、崩しと駆け引きを忘れず、無闇やたらに振り回したりはしない。

なかなか本気のパンチは出さないが、フィリピンのスエノを倒した右フックは、スピード・切れ味・威力・タイミングのすべてに優れて鮮やか。その後のラウンドで揉み合いになり、流血試合になったが、いざとなると簡単に退かない気性の激しさはいかにもムエタイ戦士。

ネット上で視聴可能な試合映像が少なく、瞬間的なフットスピード、ラウンドが長引いた時の集中力と機動力、メンタル・タフネスは未知数になる。


ここいら辺で恒例(?)のオッズ。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
西田:-1200(約1.08倍)
アヌチャイ:+700(8倍)

<2>betway
西田:-1587(約1.06倍)
アヌチャイ:+750(8.5倍)

<3>ウィリアム・ヒル
西田:1/16(約1.06倍)
アヌチャイ:8/1(9倍)
ドロー:20/1(21倍)

<4>Sky Sports
西田:1/11(約1.09倍)
アヌチャイ:10/1(11倍)
ドロー:28/1(29倍)


国際的には無名の14位とあって、アヌチャイの万馬券扱いは止む無し。結果こそ即決KO負けだったが、井上尚弥との激しくやり合った初回の攻防で男を上げたロドリゲスを、文句の無い判定で突破した実績が大きくモノを言う。

蓄積した疲労の痕跡が露となり、最盛期の輝きは望むべくも無いとは言え、あのマニー・ロドリゲスに易々と主導権を与えず、早い時間帯に見事なボディショットを決めてダウンを奪い、一気に流れを引き寄せた勝負勘は、とてもプロ9戦目とは思えない。

往時の迫力に欠けながらも、中盤に入って挽回を急ぐロドリゲスの右を浴び、後退せざるを得ない場面が目立ち出したが、けっして無理をせずに左ガードの位置を修正。反撃への意思と態勢を保ち、序盤から有効なボディアタックを軸に巻き返し。

敢えて距離を詰めてクロスレンジに止まり、第7ラウンドには左フックのカウンターでグラついたものの、気持ちを折ることなく打ち返し、再びボディで押し返す。自らも前に出て押し返した。

至近距離での消耗戦,削り合いとなった後半、西田は手数でも上回って気を吐く。キャリアで優るロドリゲスが、スリー・パンチ・コンビをまとめてはくっついて休み出すと、西田も手数をかけて流れを渡さない。


互いに疲れてキレを喪失したファイナル・ラウンドも、打ち合ってはくっつく展開のまま推移したが、西田は最後まで前に出てロドリゲスを押し続ける。ロドリゲスも力が落ちている中で最善を尽くして粘り食い下がったが、西田の若さに屈した格好。

そして本領からかけ離れた接近戦で、12ラウンズをフルに渡り合った西田のスタミナ、とりわけメンタルの強さに驚かされた。

KO,判定のいずれにしても西田の勝ち。悪く見積もっても7-3の優位は動かないと見るのが、ごく自然な流れにはなる。がしかし、ロドリゲスに挑戦した時の西田は、まさに今回のアヌチャイそのもの。


心身の傷みがボクシングの巧さを半減させてしまったロドリゲスに比べると、アヌチャイのフィジカルの強さとスタミナは要注意。特に怖いのは、鋭角的に振る右フック。前半からコツコツ腹も打っておきたいが、ガードが開く瞬間を必ず狙われる。タイミング次第にはなるが、いいパンチも食ってムキになったり、「ここは大丈夫だろう」と不用意に前に出て強振すると、逆手に取られて1発で決まる可能性はある。

また、中盤~後半にかけてアヌチャイの集中が途切れないようだと、想定外の苦闘を強いられる場合も有りか。いずれにしても、ロドリゲス戦以前の慎重かつ丁寧な立ち回り、ジャブとステップを絶やすことなくポジションチェンジを繰り返し、的を絞らせないボクシングを貫くことが何よりも重要ではないか。

無理と無謀を慎み、かわしながら、誘いながら打つ本来のアウトボックスに立ち戻り、多少の見映えの悪さやすべった転んだに一喜一憂することなく、ラウンドをしっかりまとめて勝ち切ってくれることを願う。


◎西田(28歳)/前日計量:117.5ポンド(53.3キロ)
当日計量:127.9ポンド(58.0キロ/+4.7キロ)
※IBF独自ルール:前日+10ポンド(約4.5キロ)のリバウンド制限をクリア
戦績:9戦全勝(1KO)
アマ通算:37勝16敗
2014(平成)年度第69回長崎国体フライ級優勝(少年の部)
王寺工高→近畿大
身長:170センチ,リーチ:173センチ
※以下は計量時の検診
血圧:127/81
脈拍:63/分
体温:36.1℃
左ボクサー


◎アヌチャイ(28歳)/前日計量:116.8ポンド(53.0キロ)
当日計量:125.7ポンド(57.0キロ/+4キロ)
※IBF独自ルール:前日+10ポンド(約4.5キロ)のリバウンド制限をクリア
戦績:16戦全勝(7KO)
ムエタイ戦績:100戦前後
※詳細及びタイトル歴不明
身長:163センチ
右ボクサーファイター

weigh-in
※左から:アヌチャイ,ベン・ケイティ(立会人),西田,枝川会長


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:中村勝彦(日/JBC)

副審:
染谷路朗(日/JBC)
ダンレックス・タプダサン(比)
サノング・アウムイム(タイ)

立会人(スーパーバイザー):ベン・ケイティ(豪/IBF Asia担当役員)



”宇宙系(?)”で初載冠へ /「世界タイトル7連戦+1」- 天心 vs アシロ プレビュー -

カテゴリ:
■10月14日/有明アリーナ/WBOアジア・パシフィックバンタム級王座決定10回戦
WBO AP1位 那須川天心(帝拳) vs WBO AP2位 ジェルウィン・アシロ(比)



「宇宙系ボクシング、はい。ユニバース・スタイルで・・・やったろうかなと・・」

前戦(7月20日の国技館興行)で、WBA4位のジョナサン・ロドリゲス(米)を3ラウンドで粉砕。他の誰よりも自身が渇望していたに違いない鮮やかなKO勝ちを収めて、「倒せない天才児」の汚名を返上した天心が、「さらに進化を続けている」と現状への手応えに言及した。

10月半ばの3連休に、世界タイトルマッチが7試合並ぶ異例の連戦(帝拳・大橋=amazon prime,3150=ABEMA)は、伊藤雅雪のTreasure Boxing Promotionが仕掛けるカシメロ(またまたお騒がせ)の復帰戦も絡み、まさしく興行合戦の様相を呈している。

「これだけ世界戦が並ぶこともないし、全員強い選手ばかりが集まった中で、しっかり自分の色を見せて、ボクシングの熱気とともに観客に伝えたい。」

最終日の帝拳主催興行で、初のタイトルマッチに臨む意気込みを述べる天心に、記者の1人が「自分の色とは?」と具体的なイメージを問う。

すると天心は、「(前回よりもさらに)進化を続けている」と自信を覗かせた後、「突拍子もない動きだったり、ボクシング(のセオリー)にはない変わった動きだったりとか・・・」と続けて、冒頭の「宇宙系・・(云々)」で笑いを取りケムに巻いた。


確かに「天心ならやりかねない」と、リング上を牛若丸か小天狗(古過ぎ!)のように駆け回る様を容易に想像してしまうし、そう思わせるだけの潜在能力を感じさせてくれるのも事実。

コーナーを預かる粟生隆寛と、逸材のハンドリングを担う浜田代表にしてみれば、いつもスベりがちな天然キャラも含めて、脇の下に冷や汗をかきながらの対応が続き、さぞかし大変な事だろうとご同情を申し上げるしかないが、これもまた天心だから許される(?)大きな魅力の1つ。

華やかさと危うさ。センシブルで美しいムーヴと引き換えに、致命的な被弾のリスクに敢えて己が身を晒す。”浪速のジョー”こと辰吉丈一郎が体現した、究極の「両刃の剣」までを求めたりはしない。そんな気はさらさらない。

言語を絶するボクシング・センスとスピード&強打で、昇竜のごとくスターダムを駆け上がり、百花繚乱の満開を見ることなく崩壊して行った稀代の超天才の盛衰を、これでもかと目の当たりにした浜田代表だからこそ、ハイリスクなアクロバットはけっして望まない筈である。


そうであるにしても、田中恒成と井上拓真(カシメロにディスられていたが尚弥も早い)を凌駕しそうな図抜けた天心のスピード(トップ&アベレージ)と、日本人離れしたムーヴィング・センスならロマチェンコどころか、かつてのキッド・ギャビランやサルバドル・サンチェスに近い領域まで行けるのではないか。

ニコリノ・ローチェとマンテキーヤ・ナポレス、ウィテカー.ベニテスの有り得ない反応と、極限まで動きを小さくして、常に寸でのところでかわそうとするスリリングなディフェンス、あるいはアーチー・ムーア,ジョージ・ベントン,ジェームズ・トニー,マーロン・スターリングらに代表される黒人特有の柔軟なボディワークは無理にしても、ウィリー・ペップの滑るようなフットワークには、ひょっとして天心なら届くのではないか。

日本人に可能な限界ギリギリの”変幻”はともかく、”自在”の方を夢想するのはいいんじゃないのかと、バチは当たるまいと、端から見れば阿呆の極地でも思い描いてしまう。このどうしようもなく救いようのない性こそが、ボクヲタ冥利に尽きる瞬間でもある。


持ち前のスピードを落とすことなく、鋭さの中に重さを加えた強打を打ち抜き、パンチに体重を乗せ切れない課題を4戦目で克己した天心は、バンタム級リミットの118ポンドを無事にクリアして公式計量の秤から降りると、頬が殺げてボクサーらしくなった(?)顔に時折笑みを浮かべながら、初めての経験となる調整について「不安もあった」と率直に述べた。

また、キック時代を含めた10年に及ぶ競技生活を振り返り、26歳にしてさらに階級を下げて戦うことへの感慨も口にする。

井上拓真を見舞った大波乱を除けば、阿久井の苦闘(?)と矢吹の安定感という悲喜交々はあったにせよ、はた迷惑なカシメロの豪快なKO勝ちも込みで、概ね順当な推移と結果だとは思う。


フィリピンの若きホープとの触れ込みで来日したアシロは、2022年デビューの23歳。6歳からボクシングを始めた英才教育型で、キレとタイミングのいいワンツーを主武器に、左ジャブからセットアップする右構えのボクサーファイター。

直近の2試合でWBOの下部タイトルを2つ獲得済みだが、世界ランキングには入っていない(主要4団体ともすべてランク外)。

200戦余りのアマチュア経験を持ち、国内のトーナメントで2度の優勝も有るとの事だが、大会の詳細と階級や年度については不明。有名なPMI(プロジェクト・マネジメント・インスティチュート)のカレッジ(海上輸送や海上工学,海軍科学技術等々主に海運に特化)に通って、税関について学びながら戦う文武両道の優等生らしい。

ボクシングは至って正攻法。変則やラフ&タフとは無縁な、近代ボクシングのベーシックのみで構成する組み立てから、スピードの乗った強打を放つ。公称のタッパは168センチ(リーチ:不明)で、前回のロドリゲスに比べればサイズで見劣りする心配もなく、それなりにいい勝負が期待できそうだ。


とは言ってみたものの、直前のオッズは圧倒的な差が付いている。気を引き締める意味でも、老舗のウィリアム・ヒルが妥当な数値だと言っておこう。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
天心:-1600(約1.06倍)
アシロ:+800(9倍)

<2>betway
天心:-2500(1.04倍)
アシロ:+900(10倍)

<3>ウィリアム・ヒル
天心:1/10(1.1倍)
アシロ:11/2(6.5倍)
ドロー:18/1(19倍)

<4>Sky Sports
天心:1/10(1.1倍)
アシロ:9/1(10倍)
ドロー:25/1(26倍)

◎ファイナル・プレッサー

※フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=glqInkyyakA

◎公開練習(2024年10月2日)



天心がおかしな色気を出さず、デビューから2戦目までのように、出はいりと精度に徹底して注力すれば、放っていおいてもワンサイドの展開になってしまう。もっとも、本気で天心にこれをされたら、4人のバンタム級日本人チャンプでも、しっかり対応するのは難しい。

前戦の流れをそのまま崩さず、「宇宙系」の遊びは程々にして、危なげの無い試合運びで勝ち切ることが何よりも大事で最優先。できれば中盤までにフィニッシュして欲しい相手ではあるが、上り調子の活きの良さには一定の注意が必要。

5戦目での地域王座奪取は、もはや珍しくも何とも無くなってしまったけれど、早い出世であることに変わりはない。「倒せる天才児」よりも、今は「1発もかすらせない天才児」を見たいと思う。


◎那須川(26歳)/前日軽量:118ポンド(53.5キロ)
現在の世界ランキング:WBA・WBC:3位/WBO11位
戦績:4戦全勝(2KO)
キック通算:42戦全勝(28KO)
※各種のキック世界タイトルを総ナメ
身長:165センチ,リーチ:176センチ
左ボクサーファイター


◎アシロ(23歳)/前日軽量:117.3ポンド(53.2キロ)
戦績:9戦全勝(4KO)
アマ戦績:200戦超(詳細不明)
※国内トーナメントで2度優勝(年度/階級等不明)
身長:168センチ
右ボクサーファイター

◎前日計量


◎フル映像(Day2)
https://www.youtube.com/watch?v=fUH8QvmidX0


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:染谷路朗(日/JBC)

副審:
エドワルド・リガス(比)
スラット・ソイカラチャン(タイ)
吉田和敏(日/JBC)

立会人(スーパーバイザー):レオン・パノンチーリョ(米・ハワイ州/WBO副会長/タイ在住)



このページのトップヘ

見出し画像
×