神々の階級に挑む 2 / - B・ノーマン・Jr. vs 佐々木尽 プレビュー -
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■6月19日/大田区総合体育館/WBO世界ウェルター級タイトルマッチ12回戦
王者 ブライアン・ノーマン・Jr.(米) vs WBO2位 佐々木尽(日/八王子中屋)
王者 ブライアン・ノーマン・Jr.(米) vs WBO2位 佐々木尽(日/八王子中屋)
◎ファイナル・プレッサー(フル)
https://www.youtube.com/watch?v=mNZ455_63KE
ガッツ石松と畑山隆則が頂点に立ち、東洋(OPBF圏内)のボクサーとして史上初めて世界王者経験者を破った門田新一を輩出したライト級(小堀佑介を加えれば3名)、ミドル級には竹原慎二&村田諒太の2王者と、1930年代にニューヨークで活躍し、同州公認王者となったセフェリアノ・ガルシア(比)が出現した。
がしかし・・・
日本はもとより、OPBF圏のボクサーが永らく近づくことすらできなかった、神々の中の神の階級、それがウェルター級である。
ジャック・デンプシーとともに、ローリング・トゥエンティの人気を二分した”トイ・ブルドッグ”ミッキー・ウォーカー、3階級同時制覇のヘンリー・アームストロング、神の中の神,シュガー・レイ・ロビンソン、キューバが誇る史上最高水準に達した天才の1人キッド・ギャビラン、ギャビランに憧れてメキシコへ亡命、P4Pキング的存在として70年代前半に君臨した”マンテキーヤ”ホセ・ナポレス、日本にもやって来た”顎割り男”ホセ・ピピノ・クェバス。
モハメッド・アリという巨大な太陽が沈んだ80年代、マイク・タイソンの登場まで世界のボクシング界を牽引したシュガー・レイ・レナードとトーマス・ハーンズ、ライト級から上げてきた”石の拳”ロベルト・デュラン、そのレナードとハーンズが口火を切り、本格的に多階級時代へと突入した90年代をヒートアップさせたティト・トリニダード,オスカー・デラ・ホーヤ,アイク・クォーティ,パーネル・ウィテカー,フリオ・C・チャベスの四つ巴ならぬ五つ巴を経て、フロイド・メイウェザー・Jr.による不毛な支配体制が敷かれた。
自ら”マネー”を名乗り、ラスベガスのMGMグランドを常打ち小屋として、やりたい放題の限りを尽くしたPPVセールスキングの首をかき切ってくれるであろう、唯一無二の存在としてクローズアップされ、センセーショナルなアメリカン・ドリームを手中にしたマニー・パッキャオの奇跡が訪れる。
150年に及ぶ近代ボクシングの歴史上、147ポンドの頂点に立った東洋人は、マニー・”パックマン”・パッキャオただ1人。
そして1921(大正12)年12月25日、開祖渡辺勇次郎の手によって、東京下目黒の権之助坂(ごんのすけざか)に、日本最初とされる本格的なボクシング・ジム,日本拳闘倶楽部が設立されてから100年余り、遥か高みのウェルター級に挑んだ日本人ボクサーは、この100年間にたった4人しかいない。
<1>辻本章次(ヨネクラ)日本ウェルター級王者(V12)
1976年10月27日/実践倫理会館(金沢)
ピピノ・クェバス(メキシコ) 6回KO 辻本
WBAタイトルマッチ15回戦
<2>龍反町(野口)東洋ウェルター級王者(V11)
1978年2月11日/ラスベガス・ヒルトン
カルロス・パロミノ(メキシコ) 7回 龍
WBCタイトルマッチ15回戦
<3>尾崎富士雄(帝拳)
1988年2月5日/アトランティックシティ
マーロン・スターリング(米) 12回3-0判定 尾崎
WBAタイトルマッチ12回戦
<4>尾崎富士雄(帝拳)
1989年12月10日/後楽園ホール
マーク・ブリーランド(米) 4回TKO 尾崎
<5>佐々木基樹(帝拳)
2009年10月3日/ドネツィク(ウクライナ)
ヴァチェスラフ・センチェンコ(ウクライナ) 12回3-0判定 佐々木
WBAレギュラータイトルマッチ12回戦
※スーパー王者アントニオ・マルガリート(メキシコ)
奇しくも、同じ性を持つ佐々木基樹がドネツィク(ドネツク/ウクライナの恒久的な平和を祈るのみ)に渡り、トニー・マルガリートのおこぼれ(失礼)を頂戴したセンチェンコに完封されてから早や16年。
米国史上最強の呼び声も高い、栄光に輝く1984年ロス五輪代表チームの一員として、見事ウェルター級の金メダルを獲ったブリーランドが、なんと後楽園ホールのリングに登って以来、実に36年もの時を経て、世界ウェルター級王者の肩書きを持つトップボクサーが来日。
ナチュラル・タイミングの強烈無比な左フックを武器に、世界ランクの上位に付けた23歳の和製スラッガーの挑戦を受ける。
率直に申し上げれば、WBO2位(WBA・IBF4位,WBC5位:挑戦が決まった時点)の肩書きは、今現在の佐々木尽にはいささか荷が重い。半ば無理やり履かせられた(?)下駄は、天狗のそれとタメを張りそうな高さかも・・・。
武漢ウィルスの猛威に晒されていた2021年10月、体重を超過した上、ワンサイドに打ち込まれた挙句、11回でストップされた屈辱の平岡アンディ(大橋)戦を終えた後、JBCの規約に従いウェルター級へと増量。
豊嶋亮太(帝拳),小原佳太(三迫),ジョー・ノイナイ(比)をノックアウトし、メキシコでナチョ・ベリスタインの指導を受け、逆輸入の帰国を果たして日本王者となった坂井祥紀(横浜光)に明白な3-0判定勝ち。少なくとも、国内ウェルター級のトップに位置しているのは間違いない。
◎トップランク公式のプロモーション映像
ただし、リアルなワールド・クラスとの対戦は未だに無し。平岡に敗れる8ヶ月前、2021年2月11日に代々木の国立第一で行われたチャリティ興行「LEGEND」にも出場したが、アマの第一人者で東京五輪代表に決まった岡澤セオンと対峙。
公開スパーリング(ノーヘッドギア)形式の3分×3ラウンズ、ほぼ空転させられ続けた佐々木の姿を、コアなファンは忘れていない。平岡と岡澤は、ともにガーナ人を父(平岡:ガーナ系米国人)に持つ黒人とのハーフで、長い手足と俊敏な反応に恵まれている。
岡澤は同じ年(2021年)の10月、まさに佐々木が平岡にいいところなく敗れた同じ月に、ベオグラードで開催された世界選手権に派遣されると、衝撃的なKOデビューを飾り、”ネクスト・モンスター”の本命に躍り出た坪井智也(フライ級代表)とともに、日本史上初の金メダル(ウェルター級)を獲得。
あれから4年が経ち、佐々木もそれ相応の経験を積み、国内トップに相応しい実績を残しているとは言え、「流石に早過ぎやしないか・・・」との不安ばかりが目に付く。
自慢の左フックも、遮二無二に前に出て叩き込む場面が多く、デビュー当時に冴え渡った相手を引き出して合わせるカウンター、”ナチュラル・タイミングの左フック”は鳴りを潜めた感が拭えない。
最大の懸念はディフェンスの甘さ。とにかくジャブを貰い過ぎる。ファイタータイプなのに、ほとんど頭を振らない現代流。ジャブやショートのコンビネーションを被弾した際、ノーガードで挑発する悪い癖も修正され切っておらず、「ボコられて終わり」との口さがない声が上がるのも無理のないところではある。
さぞかし開いたに違いないと思った直前のオッズは、意外にも接近(?)していた、極めて高いポテンシャルを認められつつも、いわゆるビッグネームとの対戦が無いことに加えて、ジャロン・エニス(米)との統一戦回避の問題も影響しているようだ。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>FanDuel
ノーマン:-650(約1.15倍)
佐々木:+410(5.1倍)
<2>betway
ノーマン:-500(1.2倍)
佐々木:+375(4.75倍)
<3>ウィリアム・ヒル
ノーマン:1/5(1.2倍)
佐々木:7/2(4.5倍)
ドロー:16/1(17倍)
<4>Sky Sports
ノーマン:1/4(1.25倍)
佐々木:17/4(5.25倍)
ドロー:25/1(26倍)
◎公開練習
<1>ノーマン
https://www.youtube.com/watch?v=Gd_SZed4BP8
<2>佐々木
https://www.youtube.com/watch?v=N7feDBcGWek
南部ジョージア州にある、人口2万5千人に満たない小さな街で生まれ育った王者は、大のボクシング・フリークだった父にジムへ連れていかれ、そのままアマチュアの競技生活に入り、ユース&ジュニア限定ながらも優れた戦績を残した。
もともとアマのメダルには関心が薄く、プロでの成功を第一の目標に掲げていた親子は、2018年1月にメキシコで初陣を飾る。当時ノーマンは17歳で、18歳以上でないとプロのライセンス取得が難しくなった米本土ではなく、あえてメキシコでのデビューを選択。
同年11月に18歳の誕生日を迎えたが、翌2019年4月までメキシコで13試合を戦い、その後ホームのジョージア州を中心にしたローカル興行で修行を継続。順調に白星を重ねた親子は、2022年に実績のあるマネージメント(Fighters First Management)と契約。
その年の瀬には、トップランクの傘下に加わることを正式に公表。御大ボブ・アラムは、腹心の1人でマッチメイクを担当してきたジョリーン・ミゾーネ女史をチームに送り込み、マネージャーとしてチームを率いるブライアン・シニアをサポート。チーフトレーナーのバイロン・オグスルビーを軸に、安定的な体制を維持・構築してきた。
出世試合となったのは、やはり昨年5月のWBO暫定王座決定戦。サンディエゴ出身のランク1位ジョバンニ(ジオヴァニ)・サンティリャンに前半ややリードを許すも、中盤以降右の強打を決めてペースを握り、8回に決定的なダメージを与えると、10回に強烈な左アッパーでフィニッシュ。
◎試合映像:ノーマン vs サンティリャン
◎トップランク公式のプロモーション映像
<1>ノーマン
印象的なKOで暫定のベルトを巻いたノーマンは、S・ウェルターに転じたテレンス・クロフォードの後継王者に昇格。
「ダックした」と批判を浴びたエニスとの統一戦について、今をときめく”ブーツ”をハンドルするエディ・ハーンが語るところによると、「170万ドルのオファーを蹴られた。彼らは220万ドルを要求してきたんだ!。考えられない!」とご立腹。
ブライアン・シニアも負けずに応戦。「安く見積もられた。しかもエディは、スパーリングでジャロンが私の息子を圧倒した、ボディで倒したと公言している。これは事実ではないし、侮辱以外のなにものでもない」と猛反発。
事実として、ブライアン・ジュニアの物語が始まったきっかけは、エニスやエイマンタス・スタニオニス、ジャーボンティ・ディヴィスらとのスパーリング・セッションだった。高評価を得たブライアン・ジュニアは、最激戦区のプロスペクトとして認知を受ける。これがあったからこそ、トップランクも食指を伸ばした。
エニスに「ボディでダウンを奪われ圧倒された」説が事実か否かについては、今1つ判然としない。そういう場面があったとしても不思議ではないし、この手の伝聞に尾ひれが付くのはよくあること。
また、商品価値に取り返しのつかない傷がつきかねないハイリスクなマッチアップについて、法外な要求を突きつけるのも、欧米の交渉では常套手段。いずれにしても、「佐々木の圧倒的不利」との見立ては変わりようがない。
昨年10月、日本と縁の深いイスマエル・サラス(キューバの代表チームを率いた名トレーナー/タイと日本で多くの世界王者を育成/井岡一翔も愛弟子の1人)がラスベガスに開いたジムに赴き、3週間に及ぶスパーリング合宿を経験した佐々木は、帰国後のインタビューで次のように述べている。
「(中量級における)日本と世界の一番の違いはスピード。パワーと技術も確かに差はあるけど、一番の問題はスピード。でも、充分にやれそうな手応えは掴んだ。」
佐々木が実感した「スピードの差」は、80年代以降、ライト~J・ミドルで世界に挑む邦人選手に致命的な結果をもたらしてきた。佐々木の着眼はまったく正しい。そして佐々木のスピードが、OPBF圏内ではトップレベルにあることも事実。
しかしその佐々木が、平岡と岡澤を追い詰めることができなかった。3分×3ラウンズしか時間が無かった岡澤はともかく、11ラウンズを戦い惨敗に終わった平岡戦は、減量の失敗による精神的なショックを考慮したとしても、「技術的な欠陥」と映ってしまう。
ノーマンのボクシングにもまだまだ粗はあるし、攻撃に際して生じるディフェンスの隙もそれなりにある。佐々木が右の捨てパンチ(空振り)を上手く囮に使い、ノーマンに大き目の右を降らせて、そこにショートの左フックを鋭く打ち込めたら、何かが起こる確率はゼロとは言い切れない。
あれやこれやと繰言を書き連ね、余計な取り越し苦労で心身をすり減らしながら、日本では稀なウェルター級タイトルマッチを恐る恐る観戦する哀れなマニアは、佐々木の善戦よりも、まずは無事な帰還を願うのみ。
◎B・ノーマン・Jr.(24歳)/前日計量:146.8ポンド(66.6キロ)
WBOウェルター級王者(V1)
戦績:29戦27勝(21KO)2NC
アマ戦績:140勝22敗
2016年全米ジュニアオリンピック優勝(ウェルター級)
身長:173センチ,リーチ:183センチ
※計量時の検診
血圧:124/83
脈拍:69/分
体温:35.8℃
右ボクサーファイター
◎佐々木(23歳)/前日計量:146.8ポンド(66.6キロ)
戦績:21戦19勝(17KO)1敗1分け
アマ戦績:1勝3敗
八王子拓真高校
2016年度第9回U-15全国大会中学男子66キロ級優勝
身長:174センチ,リーチ:176センチ
※計量時の検診
血圧:135/88
脈拍:84/分
体温:36.1℃
好戦的な右ボクサーファイター
◎前日計量
◎前日計量(フル)
https://www.youtube.com/watch?v=3RRVpeO41j4
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■オフィシャル
主審:グスターボ・トーマス(亜)
副審:
ロビン・テーラー(米/ニューヨーク州)
リシャール・ブルアン(カナダ)
飯田徹也(日/JBC)
立会人(スーパーバイザー):ヘスアン・レティシア(亜/WBO副会長/WBOラテンアメリカ会長)
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■主なアンダーカード
タイのタノンサック・シムシーが、クリスチャン・アラネタ(比)とIBF J・フライ級を争う決定戦(矢吹正道が返上)に、大橋ジムからプロ入りしたウェルター級の強打者,田中空(近い将来の世界挑戦を見据える)が、WBOアジア・パシフィック王座の決定戦に出場する。
※大変失礼しました。正しくは、OPBF王座決定戦でした。お詫びして訂正いたします。
そして、ベテランの域に入って久しい阿部麗也(KG大和)は、空位となった日本フェザー級の後継王座をかけて、金子ジム期待の大久祐哉と対決。かつて保持していたベルトの奪還と、離脱を余儀なくされた世界戦線への捲土重来を期す。
全日本選手権優勝の実績を持ち、昨年6月にB級(6回戦)デビュー後、3連勝(全KO)を維持する大橋蓮(名古屋出身/享栄高校→東京農大)が、4戦目で初の8回戦(A級)に進む。
そして注目すべきは、村田諒太の後継者と目された東京五輪代表、森脇唯人のデビュー戦。昨年8月プロ転向を表明し、米本土のプロモーション(具体的な相手は非開示)との直接契約を目指すとしたが交渉は不首尾に終わり、高校時代(私立駿台学園→法政大)から通っていたワールドスポーツに所属。国内でのデビューに漕ぎ着けた。
村田と竹原を越える188センチの長身(リーチ:190センチ)に恵まれ、日本人離れした柔軟性とフットワークも併せ持つ逸材が、どんなキャリアを歩むのか。大橋・本田両会長を通じたトップランクとの関係も含めて、とにかく目が離せない。
※2016年度第9回U-15全国大会
田中空(中3/60キロ級),堤麗斗(中2/57.5キロ級),富岡浩介(中2/47.5キロ級),原田周大(中3/47.5キロ級),藤田時輝(中3/45キロ級),髙見亨介(中2/42.5キロ級),横山葵海(中3/47.5キロ級),丸元大五郎(40キロ級),藤田海翔(中1/40キロ級),尾崎優日(中2/35キロ級),及川美来(小学女子50キロ級),吉田彩花(中学女子37.5キロ級),仲田幸希七(中学女子42.5キロ級),篠原光(中学女子52.5キロ級),古川のどか(中学女子66キロ級),鈴木美結(少5女子37.5キロ級),河合里衣(小学男子45キロ級),片渕龍太(小6男子42.5キロ級)等々、錚々たる顔ぶれが揃った。

