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■3月1日/バークレイズ・センター,ブルックリン(N.Y.)/WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦
王者 ジャーボンティ・ディヴィス(米) vs WBA S・フェザー級王者 ラモント・ローチ・Jr.(米)

小声で何か言い合うディヴィス(左)とローチ(右)

世界チャンピオン同士の対決。二昔前なら大事件である。

異なる階級の下の階級から上の階級のベルトに挑むとなればなおさらで、これでもかと煩悩を刺激されたマニアは血相を変えて勝敗予想に没頭し、試合展開を空想しては悦に入る。

がしかし、認定団体の増加と限界を超えた階級・ランキングの新設拡大に加えて、主に老舗のWBAとWBCによるチャンピオン・シップの乱脈運営が原因で、もはや単なる2~3階級制覇では誰も驚かない。

計画的かつ大幅なリバウンドが定着浸透した前日計量の影響も、よくよく考え直すべき大きな問題の1つ。階級制の意味を根底から覆すとまでは言わないけれど、リングインの時点で、いったい幾つ上の階級まで体重を増やし(戻し)ているのかよくわからず、アンフェアなハンディキャップ・マッチと化す可能性が懸念されるまでになった。

90年代半ば~後半に「主要4団体」と言われ出して以来、実に四半世紀を経て、ようやくトレンドを迎えるに至った「4団体統一」の意義深さを痛感させられる。


135ポンドのWBA王者に、130ポンドのWBA王者がアタックする今回のタイトルマッチも、イベントを主催するPBC(Premier Boxing Champions)とamazon primeの懸命のプロモーションにも関わらず、前評判は天文学的な数値の差でディヴィスに傾く。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>FanDuel
G・ディヴィス:-1040(約1.10倍)
L・ローチ:+2000(21倍)

<2>betway
G・ディヴィス:-2000(1.05倍)
L・ローチ:+900(10倍)

<3>ウィリアム・ヒル
G・ディヴィス:1/20(1.05倍)
L・ローチ:8/1(9倍)
ドロー:20/1(21倍)

<4>Sky Sports
G・ディヴィス:1/16(1.0625倍)
L・ローチ:12/1(13倍)
ドロー:30/1(31倍)

1対21は幾らなんでもと思うけれど、1対10はごく当たり前の見立てになってしまう。それほどディヴィスのパフォーマンスは突出していて、135ポンドのランキングを見渡しても、まともに試合になりそうな候補がおいそれと見当たらない。

「シャクールが徹頭徹尾安全策に閉じこもれば、あるいは・・・」

お気持ちは十二分に察するが、判定まで持ち応えることができたら御の字なのでは。


ローチも上手い。それは間違いない。パンチの精度と上下に散らすコンビネーション、内・外をしっかり打ち分けるリードジャブの使い方、カウンターのタイミング等々、すべて一流の域と評して差支えのない上等な水準。

だがしかし、タンクと比較した途端、たちまちそれらは色褪せる。パンチもスピードもテクニックも、何もかもが平均的に見えてしまう。圧倒的な決定力の差は仕方がないにしても、ローチにとって生命線になるクィックネスにおいても、明らかにディヴィスを上回るとまでは言えない。

ディヴィスが本気で脚を使って動き、休まずイン&アウトを繰り返しながら、パワーセーブしたジャブ&ショートでリスクヘッジ&コントロールに徹したら、勝負になるのは全盛のロマチェンコしか思い浮かばない。一番いい頃のリナレスでも、判定決着まで粘れるかどうか。遅かれ早かれ、打たれ脆く回復力に欠ける顎を一撃されて撃沈。

ローチのように裏・表のない正直な正攻法は、トップクラスの選手たちにとって例外なく組し易いものに違いないが、とりわけディヴィスは何1つ脅威に感じていない筈。安全策を採ると攻撃力まで殺がれるシャクールとヘイニーも(ディヴィスにとって)大きな開きはなく、絶好調のタンクを追い落とすのは難儀に過ぎる。


突け入る隙があるとすれば、ディヴィスの余裕が油断にかわる瞬間。そこを狙うしかない。極めて困難かつ確率の低い勝負に賭けるのみ。

S・フェザー級時代のように、ディフェンスそっちのけでねじ伏せる力業に出てくれれば、ローチにも色々やりようはある。とは思うが、S・ライト級まで上げて増量の怖さを知り、無理を慎むクレバネスの効果を実感した今のディヴィスは、いよいよ手が付けられない領域にその足を踏み込んだ。

確か5~6年前ぐらいだと思うが、誰もが慣れ親しんだ”Tank”というあだ名を嫌がり、「ザ・ワン(The One)」を使っていたことがある。結局定着せずに終わり、お気に入りではなかった”Tank”に逆戻りしてしまった。

小柄な体躯をものともせず、疾風怒濤の勢いで接近しつつ豪快な強打で倒し切るスタイルを、在米ファンと記者は”小型タイソン”と呼ぶ。ありがちな話ではあるが、ディヴィス自身はタイソンとの比較がおきに召さなかったらしく、「オレは頭も使えるんだ。突貫ファイトで勝っているのは、今はそれで充分だからさ。その気になれば、何だって出来るんだぜ」と、アイアン・マイクが横にいたら、恐ろしい形相で殴りかかってきそうなことを平然と言い放つ。

「その気になれば何でも・・・」は、見栄っ張りでも嘘でもはったりでもなく、正真正銘の事実だった。

◎直近の試合映像
<1>ローチ
(1)ローチ TKO8R ファーガル・マクローリー
2024年6月29日/エンターテイメント&スポーツ・アリーナ,ワシントンD.C.
WBA S・フェザー級王座V1
https://www.youtube.com/watch?v=zNqIP3af1Qc

(2)ローチ vs エクトル・ガルシア
2023年11月25日/ミケロプ・ウルトラ・アリーナ,ラスベガス(ネバダ州パラダイス)
WBA S・フェザー級王座獲得
https://www.youtube.com/watch?v=JGZ1EY03rqc

<2>ディヴィス
(1)タンク KO8R フランク・マーティン
2024年6月15日/MGMグランド・アリーナ,ラスベガス(ネバダ州パラダイス)
WBAライト級王座V5
https://www.youtube.com/watch?v=stJH6XgImoU

(2)タンク vs ライアン・ガルシア
2023年4月22日/T-モバイル・アリーナ,ラスベガス
WBAライト級王座V4
https://www.youtube.com/watch?v=4dTzktjYIx4


「素速くヒットして、ボビング&ウィービングでかわす(I'm gonna chop, chop, bob and weave.)。(遅くとも)9ラウンドまでには終わらせる。本番のリング上で、互いの顎をテストしなくちゃな。ヤツは俺が倒してきた相手を、みんな打たれ弱い連中ばかりだと思ってるようだから、ちゃんとテストしてやるぜ。」

発表会見から最終会見まで、常に余裕綽々のディヴィス。対するローチは、節度を持った表現に止めて勝利を誓う。

「勝利を確信できなければ、そもそもここに居るべきじゃない。これまで相対した敵を全員痛めつけてきた。今回も同じだ。アンダードッグかどうかなんて(勝敗予想やオッズは)一切気にしない。私が勝つ。それだけだ。」

◎ファイナル・プレッサー

※フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=osy6fuXYbW4


メディアを入れた公開トレーニングでは、どちらも好調をアピール。隠すべきところは隠して、ベーシックなミット打ちを披露するローチ。本気の動きでもパンチでもないが、相変わらずキレがいい。

相手が名うてのパワーハウスとあって、普段よりも力をこめて打って入るように見える。動作のチェック・確認を目的にしたルーティンのミットでは、シャープネスに注力したコンビネーションが冴えて、上々の仕上がり具合。

ところが・・・。才気走ったディヴィスのトレーニング映像を見ると、圧巻のスピードとバネ(瞬発力),そして反応の速さに唖然とするのみ。我らがモンスターの練習風景にもまったく同じことが言えるけれど、普通に優れているといったレベルではどうあがいても及ばない、到達できない境地が現実に存在するのだと思い知らされる。

◎公開練習
<1>ローチ

※フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=Kf682Zs_piM

<2>ディヴィス(2025年2月上旬)



日々の地道な努力を忘れ怠った天才が、飽きずに懲りずに素直に毎日の練習に打ち込み続けた凡人に足元をすくわれ、栄光の座から滑り落ちる「ウサギとカメ」に類する逸話は、それこそ見にタコで聞き飽きた。

私生活のトラブルが耐えないディヴィスには、かつての鉄人タイソンに通ずる転落の図式が心配される。しかし、ことトレーニングと節制に関する限り抜かりは無い。長年コーナーを率いてきたヘッドコーチ,カルヴィン・フォードとの信頼関係は厚く揺るぎがない。

tディヴィス(左)とカルヴィン・フォード(右)
※初めて世界王座を獲った2017~2017年頃のディヴィスとフォード

1967年8月の生まれだから、間もなく還暦になる。最近の映像や写真を見ると、髭にも白いものが目立つ。

プレスのカメラがあるところでは、常にサングラスを離さず緊張感を漂わせていたが、映画「ミリオンダラー・ベイビー」で老トレーナーを演じたモーガン・フリーマンを思わせる、積み重ねてきた年輪がごく自然に醸し出す味わい深さが滲むようになった。

カルヴィン・フォード(最近の撮影)
※最近撮影されたフォード


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チームの安定感という点では、ローチもけっして引けを取らない。9歳の時に始まった実父ラモント・シニアとの二人三脚は、既に20年を超える。ロイ・ジョーンズ親子やメイウェザー親子のように、近親憎悪とも言うべき対立が表面化して袂を分かつ親子鷹も少なくないが、ローチ親子に破綻の兆候は見られない。

父のシニアと一緒にラモント少年の才能を育み、一流のプロへと導いた従兄弟のバーナード・”ブーガルー”・ローチ(Bernard "Boogaloo" Roach)が、2017年に52歳の若さで突然亡くなる悲劇に見舞われたが、磐石の体制にヒビが入ることなく、念願の世界タイトルに辿り着いた。

生まれはワシントンD.C.だが、育ったのはメリーランド州のアッパーマールボロという人口千人に満たない小さな街で、息子をプロとして成功させる為に、父は近隣のキャピトル・ハイツ(人口4千~5千人規模)にあるノー・エクスキューズと名乗るジム(No “X” Cuse Boxing Club)に通わせた。

このジムはローチ親子の根城となり、シニアが立ち上げたマネージメント会社の看板にもなっている(NoXcuse Boxing)。

ラモント・ジュニア(左)とシニア(右)
※ローチとラモント・シニア(典型的な親子鷹)

従兄弟でトレーナーのバーナード・ローチ(故人)
※2017年に急逝したバーナード・ローチ


王国アメリカのアンチたち(記者とファン)から、「弱いヤツとしかやらない」等々、いわれの無い口撃を受ける我らがモンスターと同様、ローチ戦を選んだディヴィスとフォードにも同様の批判が集まっている。

「どうしてもっとタフな相手とやらないのか?」

今のディヴィスの勢いなら、より大きな稼ぎが見込める大物とやりたいのはヤマヤマだろう。しかし強さが際立つにつれて、マッチメイクは難しさを増して行く。トップランク,ゴールデン・ボーイの2大プロモーションに、後追いのPBCと英国から襲来したマッチルームが加わり、四つ巴の勢力争いを繰り広げる中、サウジ・マネーという脅威的なオポジションも参入して、雲行き(先行きの見通し)は怪しくなるばかり。

「今この時に、ローチと戦う意味がどこにあるのか?」

口さがない記者にツッコまれたフォードは、苦しい胸中を隠して言い返す。

1.2人は優れたアマチュアで拳を交えたこともある旧知の間柄
2.ローチが強く対戦を望んだ
3.色々言われるが「素晴らしい戦い」に違いない
4.話題性のあるイベントはメリーランドのコミュニティにとってもプラスになる
5.眼前の敵。それがローチだ。

◎参考映像:アマ時代の対戦
Did you know Lamont Roach and Tank Davis fought twice in the amateurs
https://www.youtube.com/watch?v=Fa51nXVkSuw


2人はジュニアの時代に2度対戦があるとのことだが、ディヴィスの口から語られたのは、2011年8月に判定で勝ったという1試合のみ。いずれにしても、ディヴィスが16歳でローチは15歳だから、ほとんど参考にならない。

どんなに実力が乖離していると思われても、勝負事である以上番狂わせの可能性はゼロではないが、流石にローチには厳しいと言わざるを得ない。判定決着まで行ければ上出来・・・というのが偽らざる本音ではある。

原始的と呼びたいほどの荒ぶる野生と、最高水準にまで高められた技術的洗練の共存。我らがモンスターに匹敵するディヴィスの快進撃を見ていると、2007年~2010年にかけてのパッキャオを思い出さずにはいられない。

そのディヴィスを持ってしても、マリオ・バリオスを終盤のストップに追い込んだ140ポンドのパフォーマンス(2021年6月/WBA S・ライト級正規王座獲得)を見る限り、ウェルター級(147ポンド上限)へのスムーズな移行は難しそうだ。

身長とリーチ、スピード&クィックネスに決定(爆発)力・・・傍目にはパックマンとさほど変わらないと見えるが、デラ・ホーヤを一方的にボコった後、ハットンを衝撃的な即決KOに屠り、さらにはコットを血祭りに上げ、ナチュラルな147パウンダーのクロッティに続いて、デラ・ホーヤとメイウェザーが避け続けたメキシカン・トルネードことトニー・マルガリートも圧倒。

そしてあのモズリーを、序盤の1発で驚嘆・萎縮させてしまったマッハの踏み込みと左ストレートの突破力には、さしものタンクも1~2歩遅れを取る。今後、これまで以上にハードなフィジカル・トレーニングに打ち込み、肉体強化を図ればわからないけれど、現状を単純に比較するとそういう答えになってしまう。


唐突な引退宣言の裏にあるのは、彼の地のトップボクサーが常套手段にする(サウジ・マネーを見越した)条件闘争単か、それとも単なる気紛れか、有り得ないとは思うけれども冗談抜きの本音だったのか。

渦中の人物トゥルキ氏との関係構築について、御大アラム以上に慎重なアル・ヘイモンの動静を注視しつつ、今後の身の振り方を決める為のアドバルーン(観測気球)。個人的にはそう捉えている。


◎デイヴィス(30歳)/前日計量:133.8ポンド
現WBAライト級正規(V4),元WBA S・ライト級(V0/返上).元WBA S・フェザー級スーパー(第1期:V2/第2期:V0:返上),元IBF J・ライト級(V1/はく奪:体重超過)王者
戦績:30戦全勝(28KO)
世界戦通算:12戦全勝(11KO)
アマ通算:206勝15敗
2012年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
ナショナルPAL優勝2回
ナショナル・シルバー・グローブス3連覇(ジュニア)
ジュニアオリンピック優勝2回
※アマ時代(シニア)のウェイト:バンタム級
身長:166(168)cm/リーチ:171(175)cm
※Boxrecの身体データが修正されている/()内はM・バリオス戦当時の数値
左ボクサーファイター


◎ローチ(29歳)/前日計量:135ポンド
現WBA S・フェザー級王者(V1)
戦績:27戦25勝(10KO)1敗1分け
世界戦:3戦2勝(1KO)1敗
アマ通算:100戦超(詳細不明/125勝15敗説有り)
2013年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
2013年全米選手権出場
※階級;ライト級
2011年ナショナルPAL優勝
リングサイド・トーナメント5回優勝
身長:170センチ,リーチ:173センチ
右ボクサーファイター

◎前日計量


◎フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=1i7ufxTu8hc


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■オフィシャル

主審:スティーブ・ウィリス(米/ニューヨーク州)

副審:
グレン・フェルドマン(米/コネチカット州)
エリック・マリンスキー(米/ニューヨーク州)
スティーブ・ウェイスフィールド(米/ニュージャージー州)

立会人(スーパーバイザー):未発表