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■2024年12月24日⇒2025年1月24日/有明アリーナ/4団体統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 井上尚弥(日/大橋) vs IBF・WBO1位 サム・グッドマン(豪)

左瞼のカットを示すアップ写真

■1ヶ月の延期は妥当だったのか?

つくづく相性が悪い。ボクサーとしての戦力比較、特徴や得手不得手のことではない。人と人との縁、交わりに関わる話である。我らがモンスターとオセアニアの”良き男”は、果たして出遭うべき運命にあったのか、はたまた無かったのか。

試合本番まであと10日。キャンプで反復を徹底していたに違いない、”モンスター対策”の最終的な確認が目的だったのだろうが、打ち上げ(?)のスパーリングの最中にパートナーの右アッパーを食らって、2団体統一1位が左瞼をカット。

追い込みが佳境を迎える時期(本番3週間前頃)、ガチンコの実戦スパー中に発生するトラブルはあらゆるボクサーに想定されるアクシデントであり、半ば不可抗力と言っても間違いではないが、「えっ!、このタイミングで?!」と、思わず声を上げてしまいそうになった。

すぐにインスタやyoutube等に、問題のシーンを切り取った映像が出回り、早速確認してみると想像していたライトスパーとは違って、パートナーがまともに打ち込んでいる。ラウンドは短く設定していたのだろうが、実戦スパーと見紛う様相にいささか驚いた。

赤道を境にして、地球は南北半球で季節が間逆になる。12月の平均気温が20℃を超える湾岸都市ウロンゴン(ニューサウスウェールズ州:シドニーから80キロほど南下)から、平均気温10℃を切る東京に移動しなければならず、寒さに身体を慣らすことを考慮すれば、2週間くらい前に来日していてもおかしくはない。

大きな寒暖差よりも、時差の心配がほとんど無い(2時間程度)ことをアドバンテージと捉え、完全な状態に仕上げて日本に向う。流行中の季節性インフルエンザへの警戒も兼ねて、滞在をぎりぎりの日数に抑えようと考えたのか、離陸する直前間際まで本格的なスパーを継続したのだろうが、陣営の必死さは伝わって来る。



◎関連記事
<1>WATCH: The devastating moment that ruined Aussie star’s blockbuster world title fight
2024年12月14日/Fox Sports
https://www.foxsports.com.au/boxing/goodman-v-inoue-christmas-eve-blockbuster-off-after-cut-bombshell-cruels-aussie-fighter/news-story/de09a47075d737c7842a8598f9a7d4a8

<2>Inoue title defence postponed after Goodman injury
2024年12月14日/BBC Sport
https://www.bbc.com/sport/boxing/articles/c9dpq66j6qyo

<3>Naoya Inoue's title bout vs. Sam Goodman moved to Jan. 24
2024年12月14日/ESPN(マイク・コッピンガー)
https://www.espn.com.au/boxing/story/_/id/42957624/naoya-inoue-title-bout-vs-sam-goodman-moved-jan-24


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◎「また逃げた?」

最初のニュースと一緒に報じられた写真で確認できた瞼の傷が、パっと見小さく感じられた事が災いしたのかもしれないが、国内のスポーツメディアとSNS上には批判的な空気が横溢した。

昨年5月の東京ドーム興行で、日本ボクシング界の怨敵ルイス・ネリーを完膚無きまでの6回KOに屠ったモンスターとリング上でシェイクハンドを交わし、対戦をアピールしたのも束の間、タイ人ランカーとのノンタイトル戦が決まっているからと9月の来日を拒否。多くのファンと関係者に食らわせた肩透かし、大いなる拍子抜けが余計に印象を悪くしている。

1st_meets_monster_goodman

「また!?」という訳で、お約束の「GoodmanはBadman」の表現が踊り、「出場できるのに大袈裟に騒いでるだけなんじゃ?」といった、怪我の程度を疑う雰囲気さえ漂っていたように思う。

あるいは、「ウェイトがキツいだけなんじゃないの?」だとか、「始めからそのつもりで、減量してないんでしょ?」とか、瞼をカットしたスパー映像は実は以前のもので、「モンスターの調整を狂わせるのが目的」等々、陰謀論めいた風聞も聞こえてくるが、流石にそれはうがち過ぎ。

傷の深さと長さによって状況が大きく異なる前提で、瞼の開け閉めや眼球の動き、視力等に問題が無いことが確認できれば、一般的に縫合した瞼の裂傷は完治までに1~2週間とされる。切り取り映像を見る限り、スパーリングに付き物のアクシデントであることは紛れも無く、不運という以外に語る言葉は無し。

起きてしまった事は仕方がない。取り返すことはできないのだから、最も適切と思われる善後策を講じるのみ。1ヶ月が本当にベストなタイミングか否かの議論はあるにせよ、迅速な延期の決定そのものは妥当な対応と評価できる。


なんとなれば、負傷を理由にした延期(中止)なら、モンスター自身にも2回前歴がある。

◎井上自身に起因する延期・中止
<1>2015年2月:オマール・ナルバエス(亜)第2戦(ダイレクト・リマッチ)
5月(内定/正式発表前):WBO J・バンタム級王座初防衛戦
(1)2014年12月30日の第1戦で井上自身が右拳(人さし指の中指骨)を脱臼骨折。
(2)手術を受けて回復が長引き最終的に中止。
(2)2015年7月暫定王座決定戦:1位ワルリト・パレナス(比) vs 2位ダヴィド・カルモナ(メキシコ)戦が行われ12回スプリット・ドロー。
(3)井上は丸々1年に及ぶブランクを経て、2015年12月29日に1位パレナスとの指名戦に臨み、ガードごと吹き飛ばす豪快な2回TKO勝ちの圧勝も、この試合で再び右拳を負傷。
(4)2016年5月8日:2位カルモナと2試合連続の指名戦を行い、序盤に三度び右拳を傷めた上、後半に左拳も負傷。

世界戦で初めてとなる判定決着を経験し、右拳に深刻な不安を抱えた状態で、慢性化する減量苦の影響で腰痛を併発。コンディショニングに苦しみながらの防衛ロードが続く。

心身のダメージが癒えるのを待ったナルバエスは、2015年10月に母国で再起。再戦の権利を放棄して調整試合を消化すると、2017年以降バンタム級に再進出。2018年4月、WBO王者だったゾラニ・テテ(南ア)に挑戦して大差の判定負け。2019年12月、同胞の無名選手に敗れてIBFの下部王座を失い、44歳で引退した。

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<2>2023年3月:スティーブン・フルトン(米)戦
5月7日(決定):WBC・WBO S・バンタム級統一王座挑戦
(1)井上自身の拳負傷により7月25日に延期。
(2)左右どちらを傷めたのか、負傷の程度等の詳細は伏せられた。

後は、武漢ウィルス禍の蔓延により、2020年4月25日ラスベガス開催で決定していたジョンリエル・カシメロ(比)との3団体統一戦(バンタム級)が流れている。

第1次トランプ政権が国家非常事態を宣言した為、これはもうどうしようもない。井上,カシメロのどちらもが被害者ということになるけれど、長期化する米国滞在に嫌気がさしたカシメロが、旅客機が飛ぶうちにと、リ・スケジュールの決定を待たずに帰国。

試合が消滅した責任は一重にカシメロにあり、その後ノニト・ドネアとの同胞対決に路線を転換して内定まで漕ぎ着けたものの、度重なるSNSでの挑発とトラッシュトークが原因でドネアが本気で怒り、こちらも頓挫。身から出た錆とは言え、一連の騒動をきっかけにカシメロの受難が始まった。


「お互い最高の状態で戦おう」

延期が発表された12月14日、公式Xにポストしたモンスターのスポーツマンシップに賞賛が寄せられる。ここでグッドマンを腐したところで何1つプラスにならないし、これ以外に言いようもない。

唯一最大の懸念材料は、「1ヶ月」というスパン。本番10日前のアクシデント発生だから、減量は最終段階に入っている。計量直前の極端なドライアウトに頼らず、少しづつ時間をかけて落とす旧来のセオリーとの併せ技で調整する我らがモンスターの場合、リミットの122ポンド(55.3キロ)+5ポンド近くまで絞っていた筈。

フルトン戦の時は、本格的な減量に入る前だったことが何よりの幸いであり、拳の回復に専念する時間を取ることもできた。即座に予定通りの挙行を申し出たモンスターに一息入れる間を与え、速やかに頭を回転させて、迷い無く「2ヶ月の延期」を決断した大橋会長のファインプレイ。

「モンスター攻略=P4Pランク入り」への揺ぎ無い自信、尊大なまでに高いプライドを誇示して憚らないフルトンを見れば、具体的な金額こそ明らかにしてはいないものの、軽量級としては破格の条件(推定2億円以上=間違いなくフルトンのキャリアハイ)の提示を棒に振ることはまず有り得ない。

フェザー級進出への意気込みを繰り返し語り、S・バンタム級のラスト・ファイトに位置づける井上戦の延期について、フルトン陣営がつける物言いがあるとすれば、撤退ではなく増額要求。実際に上乗せがあったのかどうかまではわからないが、妥協できる範囲の額なら大橋会長は呑んだと推察する。


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◎我らがモンスターの2025年

大橋会長が「1ヶ月のスパン」を選んだ最大の理由は、今年,2025年のスケジュールを最優先させる必要があったからに違いない。

初春を目処に、マイケル・ダスマリナス戦以来途絶えていた4年ぶりの渡米を果たし、WBC1位アラン・ピカソ(メキシコ)との指名戦を消化する。続いて夏から秋にかけて、やはり米本土でWBA暫定王者アフマダリエフを黙らせた後、年末はいよいよリヤド・シーズン開幕後のサウジに勇躍降り立つ。

無責任に憶測を開陳するなら、フェザー級に上げて5階級目のベルトを狙う。挑む相手は選り取り見取り。

主要4団体フェザー級王者
※主要4団体フェザー級王者/左から:ニック・ボール(WBA),ブランドン・フィゲロア(WBC)・アンジェロ・レオ(IBF),ラファエル・エスピノサ(WBO)


株価の上昇に笑いが止まらない(?)、イングランドの火の玉小僧ニック・ボール(WBA)に、修行時代の輝きを完全に喪失したレイ・バルガス(メキシコ/WBC)が、肩の負傷を理由に休養王者へと横滑りし(2度目/初回はS・バンタム級時代)、暫定から正規に格上げされた長身のファイター,ブランドン・フィゲロア(米)。

名ばかりの指名戦をこなす為、3月に初来日が決まったアンジェロ・レオ(米/IBF)は、これを問題なくクリアしたリング上で、「次はイノウエだ!」だと怪気炎を上げる手筈が整う。

挑戦者陣営としては、大橋ジム宛てに正式な招待状を送り、モンスターともども来場を実現して、目出度くレオを打ち倒したあかつきにはリングに上がって貰い、勝利者インタビューで大いに対戦を煽りたいところだろうが、拙ブログ管理人がたまたま偶然に見た予知夢によると、大橋会長はともかくモンスター本人は「来場しない」。

また、ロベイシー・ラミレス(キューバ)とのリマッチを勝ち残り、4強の一角足り得る実力を証明した”メキシコ産キリストの化身”ことラファエル・エスピノサ(メキシコ/WBO)は、規格外のサイズが最大の売り。

ビッグマネー・ファイトが確約されるモンスターとの激突は、4王者ともに大歓迎。トゥルキ氏が大盤振る舞いした30億円には、「3階級に渡る4団体統一トーナメント」への期待値(リヤド開催)が当然含まれている。

来月1日に迫るフィゲロアとスティーブン・フルトンのリマッチについては、別記事にて言及予定。

フルトンとフィゲロア(2021年5月)


そして我らがモンスターの2025年だが、ボブ・アラムが適時上げる観測気球はいつものことながら、大橋会長からも”匂わせ発言”が出始めている。

日程調整はかなりタイトになるが、カットや拳の負傷といったトラブルが起きない限り、今年は4試合を消化するつもりなのでは・・・。

1月:グッドマン(東京)※WBO14位の韓国人ランカーに差し替え
5月:ピカソ(ラスベガス)
9月:アフマダリエフ(ラスベガス or ニューヨーク)
12月:フェザー級初戦?(リヤド)

個人的には、ニューヨークの殿堂MSGのメイン・アリーナで戦う姿を是が非でも見たい。”東洋の奇跡”マニー・パッキャオが、王国アメリカで到達できなかった数少ない栄誉の代表格であり、ボブ・アラムにとっても、村田諒太で果たし損ねた心残りの1つ(である筈)。

ラスベガスが”世界のボクシングの中心地”として認知され始める1970年代後半以前、旧ヤンキー・スタジアムとともに、近代ボクシングの歴史に燦然と輝く名勝負の数々を紡いだ殿堂のリングに、我らがモンスターの名前を深く刻印して欲しいと切に願う・・・。


「いや、幾らモンスターでもこれはキツい。無いよ。リング誌のインタビューに”今年は3試合”と答えているし。」

確かに。

今月24日の防衛戦を済ませた後、4月下旬か5月に米本土でリングに上がり、秋~冬にかけてもう1試合で計3試合。

INOUE'S THREE-FIGHT PLAN FOR 2025 REMAINS: "DATES DIFFERENT BUT WE STILL HAVE SAME GOAL"
2025年1月13日/RingMagazine.com
https://ringmagazine.com/en/news/inoue-s-three-fight-plan-for-2025-remains-dates-different-but-we-still-have-same-goal

がしかし、好戦的な(モンスターとは比べるべくもなく遥かに攻防のキメが粗い)韓国人ランカーと、血の気の多いメキシカンの期待を一身に背負うニューカマーを、立て続けに難なく片付けたらどうだろう。亀田一家も形無しになりそうな、韓国人ボクサーの突貫戦法には充分な注意が必要になるが、大事無く即決できれば様子が変わる可能性は小さくない。

何が何でもモンスターから正規のベルトをはく奪させて、戦わずしてアフマダリエフを正規王者にするべくWBAとボクシング・メディアに圧をかけ続けるエディ・ハーンは、「夏頃までに2人はリヤドで戦う」と必死にぶち上げている。

ただし、推定30億円でアンバサダー契約を結んだモンスターのリヤド・シーズンお披露目興行に、タパレスに負けたアフマダリエフではちょっと弱い。今1つ2つ、インパクトに欠けやしないか。

ハーンとアフマダリエフもそれが分かり切っているから、「イノウエ逃げるな!」と性懲りも無い挑発を延々やり続けて、在米ボクシングメディア(ネット専門のアンチ・モンスターたちは特に重要)を刺激し続けるしかない。

14位の実質ノーランカーを圧殺して、上手いこと暫定王座をせしめたまでは良かったが、「正規×暫定」のWBA内統一戦では格の違いが一層際立つ。ここはやはり、「WBC・IBF・WBO3団体統一王者×WBA王者=4団体統一戦」の看板だけは欲しい・・・と、いっぱしのプロモーターならハーンならずとも欲をかく。

「30億円契約」が公表された時点で、サウジ総合エンターテイメント庁を取り仕切るトゥルキ・アルシャイフ長官は、「2025年にメガ・サプライズを用意している」と述べた。そして、「詳細は井上陣営の準備が整い次第明らかになる」と添えている。

リヤド・シーズン初登場について、具体的な言及をかわし続ける大橋会長も、「2025年は井上尚弥に大きな指令が出る。みんなが望むビッグマッチは再来年かも・・・」と、中谷潤人戦の実現に含みを持たせつつ、ファンの期待を煽る前フリを発した(1月9日付けのスポーツ各紙)。


アフマダリエフが「誰もが驚くサプライズ」に過不足なく該当するのかどうか、そこは意見の分かれるところで、議論の余地もあるとは思うけれど、拙ブログ管理人の無責任かつ勝手極まりない予想(あくまで感覚)では、「リヤド・シーズン開幕後+フェザー級初戦=5階級制覇」ではないかと、半ば確信に近い手応えを感じているのだが・・・。

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◎井上(31歳)
戦績:28戦全勝(25KO)
WBA(V2)・WBC(V3)・IBF(V2)・WBO(V3)4団体統一王者
前4団体=WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:23戦全勝(21KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎グッドマン(26歳)
世界ランク:IBF・WBO1位/WBA・WBC6位
戦績:19戦全勝(8KO)
アマ戦績:約100戦(詳細不明)
2016年ユース世界選手権(サンクトペテルスブルグ/ロシア)銅メダル(バンタム級/56キロ)
※ベスト8で柔道や総合格闘技で活躍するラマザン・アブドゥラエフ(ロシア/タジキスタン)対戦して5-0のポイント勝ち。準決勝でカザフスタンのサマタリ・トルタイェフに0-5でポイント負け
※トルタイェフを破って優勝したのが、今月7日にプエルトリコでまさかのプロ初黒星を喫したS・フェザー級のプロスペクト,マーク・カストロ(25歳/13勝8KO1敗)。キャリア最重量(137.25ポンド:S・ライト級)のウェイトが災いしたか。
2017年オセアニア選手権(ゴールドコースト/豪州)金メダル(バンタム級/56キロ)
2014年国内選手権(ジュニア):準優勝(フライ級/52キロ)
2013年国内選手権(ジュニア):準優勝(L・フライ級/48キロ)
身長,リーチ:169センチ
右ボクサーファイター