”浪速のクレバネス” 西田がV1に挑む - 無敗にして無名のチャレンジャーをどう捌く? -
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■12月15日/住吉スポーツセンター,大阪市住吉区/IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
王者 西田凌佑(六島) vs IBF14位 アヌチャイ・ドーンスア(タイ)
王者 西田凌佑(六島) vs IBF14位 アヌチャイ・ドーンスア(タイ)

大番狂わせ(と表して間違いない)の載冠から早や7ヶ月。辰吉丈一郎に並ぶプロ8戦目の王座奪取で関西のファンを大いに沸かせた名城信男(近畿大の大先輩)以来、六島ジムに2つ目の世界タイトルをもたらした浪速の俊足レフティが、ようやく初防衛戦のリングに登る。
減量苦を理由に一度はベルトの返上と階級アップに言及したものの、1つ上の122ポンドには”モンスター”が君臨。主要4団体のベルトが日本に集まった118ポンドは、WBCの中谷潤人(M.T)を中心に、WBOの武居由樹(大橋)、飽くなき闘志を燃えたぎらせ、井上拓真(大橋)から見事WBA王座を奪取した堤聖也(角海老)を巡る統一路線で賑わう。
この際、調整が可能な間はバンタムに留まるのが得策だと、新チャンプの興行権を握る六島ジムの枝川孝会長ならずとも考える。
遥か彼方の昭和の昔、日本で戦うプロボクサーたるもの、コンディションを犠牲にしてでも契約ウェイトを作るのが当たり前だった。本番前の1週間~10日程度は、呑まず食わずで過ごす選手も珍しくない。
勿論計量は当時の午前中で、夜の試合開始までに回復が叶わず、まともに動けない体でリングに上がらされ、精神力だけでフルラウンズ持ち応えて判定負け・・・そんな光景をどれ程見続けたことか。
それでもいつぞやの宮崎亮のように、半失神状態でスタッフにおんぶされて秤に乗せて貰う選手などいなかったし、計量前日に過度の脱水で倒れてしまい、病院に担ぎ込まれるなんて話も聞かずに済んだ。
様々なサプリメントやドライアウト(水抜き)は影も形も無く、計量後の食事は脂身の少ない肉(ステーキ)とフレッシュな野菜サラダに炊きたてのご飯が基本。選手たちは、カロリーかグラムで日々の体重と摂取した食事の量を自分で計算しながら、試合に合わせて体重を作る。
情報量と知識が格段に増えて、専門の栄養士やフィジカル・コーチのサポートを受けられるようになった現代のスタンダードの方が、選手の心身に良い結果をもたらすのは目に見えている筈なのに、水抜きのミスを見聞きするにつけ、「果たしてどっちがいいものやら・・・」とため息をつく。
社会環境の変化と常識・良識の変遷,色々な法制度の改訂を経て、クラブオーナー(ジムの会長)のやりたい放題が許されたJBCルールも改訂せざるを得なくなった。SNSと動画配信の発達普及のお陰もあって、選手それぞれに”個の意思表明”が可能となり、永らくボクシング村を支配してきた封建的なルールと慣習も、自由自在に幅を利かせづらい。歩みは遅いなりに、風通しは大分良くなったと思う。
クラブオーナーの代替わりが進み、競技人口の減少とジムの増加(引退した元王者の多くがジムを開く)という、永遠に克服不可能な二律背反によって、老舗・名門ジムの閉鎖が報じられても、もはや驚きを持って迎えることも無くなった。
少なくとも表面上は、クラブオーナーに集中する権限の分散が図られ、封建制度は過去の遺物となったやに感じられるけれど、ギャランティ(ファイトマネー)の現物支給(チケット払い)は撲滅されることなく続いている。
プロモーター,マネージャー,トレーナーを事実上すべて兼ねることが可能な、我が国のクラブオーナーのメンタリティが本当に変わったのかどうか、その見極めは当然難しく、コンディショニングを度外視した無茶なマッチメイクを強要されるリスクは常に内在するし、世界王者の西田も例外では有り得ない。
??12.15 #UNEXTBOXING 記者会見
— U-NEXT 格闘技 公式 (@UNEXT_fight) December 13, 2024
[IBF世界バンタム級??王座戦]
??西田凌佑??アヌチャイ・ドーンスア
.
西田??|絶対に負けられない試合。まずは気持ちで必ず勝ちたい
.
アヌチャイ??|自分のやるべきことをベストを尽くしてやる。みなさんが見て面白い試合にしたい。いつもより手数を出していく
.… pic.twitter.com/cM9x6jTw0c
枝川会長が選んだ挑戦者は、ランク14位のタイ人。ムエタイで100戦前後の戦歴を持つ、28歳のボクサーファイターで、構えはオーソドックス。公称163センチだから、現代のバンタム級としては小柄な部類に入り、リーチにも恵まれていない。無傷の16連勝(7KO)を更新中。
2022年6月、デビュー2戦目で獲得したABF(※)フェザー級王座を3度防衛した後、2023年5月にS・バンタム級の同じタイトルを獲り、同年7月に12勝8敗のフィリピン人を10回判定に下して、何故かIBFの豪州バンタム級王座(IBF Australasian)に就き、9月に122ポンドのベルトを防衛している。
戦歴に良く知られた名前は並んでいないが、2022年5月に初陣を飾ってから、2年半の間に16戦を消化。確実に勝てるであろう格下の選手を相手に、間隔を開けず休み無く連戦する20世紀(70年代以前)のスタンダードが残存するタイには、昔懐かしいプロボクシングのセオリーに従ってリングに上がり続けるケースが少なくない。

※写真左:アヌチャイ,右:チーフトレーナーのチャッチャイ・サーサックン
若かりし日の面影はすっかり無くなってしまったが、かのユーリ・アルバチャコフと五分(1勝1敗)の星を残し、再戦をモノにして引導を渡したチャッチャイ(元WBCフライ級王者)の指導を受ける。
◎アヌチャイの試合映像
<1>vs ソムチャイ・ポルノーイ(Somchai Polnoy)戦
TKO5R(6回戦)
2023年6月28日/Market Village, Homepro, Rayong
https://www.dailymotion.com/video/x8mbnk5
<2>vs リカルド・スエノ(比/Ricardo Sueno)
UD10R(100-87/98-89/99-88)
2023年7月19日/ Rangsit International Stadium, Rangsit
※IBFオーストラリアン・バンタム級タイトルマッチ10回戦
(映像では「IBFパン・パシフィック バンタム級王座戦」と表記・紹介)
https://www.youtube.com/watch?v=WYpSCcE4twk
映像を見ると、ムエタイ出身者に共通するフィジカル・タフネスと強度,耐久性には一定の評価をすべき。ブロック&カバーでしっかり守りながら、前進を続けて圧をかけて行くが、崩しと駆け引きを忘れず、無闇やたらに振り回したりはしない。
なかなか本気のパンチは出さないが、フィリピンのスエノを倒した右フックは、スピード・切れ味・威力・タイミングのすべてに優れて鮮やか。その後のラウンドで揉み合いになり、流血試合になったが、いざとなると簡単に退かない気性の激しさはいかにもムエタイ戦士。
ネット上で視聴可能な試合映像が少なく、瞬間的なフットスピード、ラウンドが長引いた時の集中力と機動力、メンタル・タフネスは未知数になる。
ここいら辺で恒例(?)のオッズ。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
西田:-1200(約1.08倍)
アヌチャイ:+700(8倍)
<2>betway
西田:-1587(約1.06倍)
アヌチャイ:+750(8.5倍)
<3>ウィリアム・ヒル
西田:1/16(約1.06倍)
アヌチャイ:8/1(9倍)
ドロー:20/1(21倍)
<4>Sky Sports
西田:1/11(約1.09倍)
アヌチャイ:10/1(11倍)
ドロー:28/1(29倍)
国際的には無名の14位とあって、アヌチャイの万馬券扱いは止む無し。結果こそ即決KO負けだったが、井上尚弥との激しくやり合った初回の攻防で男を上げたロドリゲスを、文句の無い判定で突破した実績が大きくモノを言う。
蓄積した疲労の痕跡が露となり、最盛期の輝きは望むべくも無いとは言え、あのマニー・ロドリゲスに易々と主導権を与えず、早い時間帯に見事なボディショットを決めてダウンを奪い、一気に流れを引き寄せた勝負勘は、とてもプロ9戦目とは思えない。
往時の迫力に欠けながらも、中盤に入って挽回を急ぐロドリゲスの右を浴び、後退せざるを得ない場面が目立ち出したが、けっして無理をせずに左ガードの位置を修正。反撃への意思と態勢を保ち、序盤から有効なボディアタックを軸に巻き返し。
敢えて距離を詰めてクロスレンジに止まり、第7ラウンドには左フックのカウンターでグラついたものの、気持ちを折ることなく打ち返し、再びボディで押し返す。自らも前に出て押し返した。
至近距離での消耗戦,削り合いとなった後半、西田は手数でも上回って気を吐く。キャリアで優るロドリゲスが、スリー・パンチ・コンビをまとめてはくっついて休み出すと、西田も手数をかけて流れを渡さない。
互いに疲れてキレを喪失したファイナル・ラウンドも、打ち合ってはくっつく展開のまま推移したが、西田は最後まで前に出てロドリゲスを押し続ける。ロドリゲスも力が落ちている中で最善を尽くして粘り食い下がったが、西田の若さに屈した格好。
そして本領からかけ離れた接近戦で、12ラウンズをフルに渡り合った西田のスタミナ、とりわけメンタルの強さに驚かされた。
KO,判定のいずれにしても西田の勝ち。悪く見積もっても7-3の優位は動かないと見るのが、ごく自然な流れにはなる。がしかし、ロドリゲスに挑戦した時の西田は、まさに今回のアヌチャイそのもの。
心身の傷みがボクシングの巧さを半減させてしまったロドリゲスに比べると、アヌチャイのフィジカルの強さとスタミナは要注意。特に怖いのは、鋭角的に振る右フック。前半からコツコツ腹も打っておきたいが、ガードが開く瞬間を必ず狙われる。タイミング次第にはなるが、いいパンチも食ってムキになったり、「ここは大丈夫だろう」と不用意に前に出て強振すると、逆手に取られて1発で決まる可能性はある。
また、中盤~後半にかけてアヌチャイの集中が途切れないようだと、想定外の苦闘を強いられる場合も有りか。いずれにしても、ロドリゲス戦以前の慎重かつ丁寧な立ち回り、ジャブとステップを絶やすことなくポジションチェンジを繰り返し、的を絞らせないボクシングを貫くことが何よりも重要ではないか。
無理と無謀を慎み、かわしながら、誘いながら打つ本来のアウトボックスに立ち戻り、多少の見映えの悪さやすべった転んだに一喜一憂することなく、ラウンドをしっかりまとめて勝ち切ってくれることを願う。
◎西田(28歳)/前日計量:117.5ポンド(53.3キロ)
当日計量:127.9ポンド(58.0キロ/+4.7キロ)
※IBF独自ルール:前日+10ポンド(約4.5キロ)のリバウンド制限をクリア
戦績:9戦全勝(1KO)
アマ通算:37勝16敗
2014(平成)年度第69回長崎国体フライ級優勝(少年の部)
王寺工高→近畿大
身長:170センチ,リーチ:173センチ
※以下は計量時の検診
血圧:127/81
脈拍:63/分
体温:36.1℃
左ボクサー
◎アヌチャイ(28歳)/前日計量:116.8ポンド(53.0キロ)
当日計量:125.7ポンド(57.0キロ/+4キロ)
※IBF独自ルール:前日+10ポンド(約4.5キロ)のリバウンド制限をクリア
戦績:16戦全勝(7KO)
ムエタイ戦績:100戦前後
※詳細及びタイトル歴不明
身長:163センチ
右ボクサーファイター

※左から:アヌチャイ,ベン・ケイティ(立会人),西田,枝川会長
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■オフィシャル
主審:中村勝彦(日/JBC)
副審:
染谷路朗(日/JBC)
ダンレックス・タプダサン(比)
サノング・アウムイム(タイ)
立会人(スーパーバイザー):ベン・ケイティ(豪/IBF Asia担当役員)