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■検察は控訴を断念するも・・・ - Chapter 6


※2024年10月9日/Daiichi-TV news
【袴田巌さん再審】検察の控訴断念で「無罪」確定も…取り戻せぬ“時間” 補償など今後については(静岡)

8日の夕方に報じられてはいたが、控訴期限を翌日に控えた9日、静岡地検が上訴権の放棄を正式に申請。静岡地裁が手続きを行い、事件発生から58年を経て、遂に袴田さんの無罪が確定した。先月26日に宿願の判決を勝ち取ってから、この日を迎えるまでの間、ひで子さんの心中たるやいかばかりであったことか。本当に安堵した。本当に安堵した。

傲岸不遜極まりない畝本直美(うめもと・なおみ)検事総長の談話(10月8日夕)は論外と表す他なく、まるで血の通わない津田隆好(つだ・たかよし)静岡県警本部長の会見には呆れるのみ。

血が通っていないという事で言えば、「ノーコメント」を臆面も無く発した林芳正(前)官房長官と、指揮権発動(検察が控訴した場合)を要請しに法務省を訪れた袴田さんの救済議連に、佐藤淳(さとう・あつし/この人も当然検察官)官房長を対応させ、メディアと国民の前に立とうとしなかった元弁護士の牧原秀樹(前)法相も、五十歩百歩の意気地無し。


「我々は何1つ間違っていない。悪いのは重大な事実誤認を冒した裁判所だ。」

平然と居直る検察と警察の傍若無人も、袴田さんへの心からの謝罪が無いことも、あらかじめ想定されていた事ではあるものの、検察という組織の腐り方は言語を絶する。

どんな屁理屈を強弁したところで、「5点の衣類」が裁判所によって捏造だと断定され、新たに決定的な証拠を提出しない限り、高裁で有罪を立証するのは不可能。だからこそ控訴を諦めざるを得なかった。

今秋(今年)最大のヤマ場を迎えた国内のボクシング界に加えて、戦禍の深刻化に歯止めが利かないアラビア半島では、175ポンドの4団体統一戦が遂に火蓋を切り、お騒がせのカシメロも暴れまくって、時間がいくらあっても足りないけれど、キリの良いところまで記事のアップを続けようと思う。

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◎「袴田事件」とボクシング界の主な動き - 波紋を呼んだドキュメンタリー



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<3>静岡県警捜査一課 松本久次郎元警部(取材当時73歳)
落としの松本

3人目に登場する関係者は、袴田さんの取調べで中心的な役割を担った捜査員,松本久次郎(まつもと・ひさじろう)。「落としの松本」と呼ばれて、「凶悪事件(解決)の切り札的存在だった」とのナレーションが付いている。

老人会の催しに参加中の松本を、高杉がアポ無しで取材を申し込む。73歳になっていた松本は、一見すると痩身のどこにでもいるお爺さんだが、突然の出来事にも慌てず騒がず、催事会場(体育館)に設けられた応援スペースのようなとことろで、パイプ椅子に腰掛け、柔和な笑顔を浮かべつつ高杉の話を聞く。

フォークダンスに興じる松本の映像が間に入り、カメラは壁際で床に座って対話を続ける2人へと移り、インタビューは核心へと進む。


高杉:「十何時間そこ(取調室)に居たまま、そこから出(さ)ないという状態で取調べが行われたという話を聞いていますけれども、便所にも行かさないということがあったということなんですね。」

松本:「(眉を曇らせ少し言い難くそうに)そういう意味ではあんた(ごにょごにょと言い淀む)、そんな馬鹿なことはない・・・(ごにょごにょ)、(ごにょごにょ)それで何度も(ごにょごにょ)、ねえ?(同意を求めるように)、そんなわけないよ、そんなもん(ごにょごにょ)。」

高杉:「あの、オマルなり便器なりをですね、あの、取調室に持ち込んだと言うような事というのは・・・」

松本:「(ごにょごにょ)ないな、うん。・・そりゃあんた、便器なんて見たこともないしね、基本的な人権に関わることはね、・・やってないよ。」

高杉:「ない?、ない?・・・」

松本:「うん、ないよな・・・」

高杉:「はあ、はあ(一応頷く)・・・」

松本:「そんなあんた、取調べの良心(と聞こえる)に許されないよ、そんなこと・・・あんた・・・わけわからんことやるわけないよ(ごにょごにょ)・・・いい加減なことを(ごにょごにょ)・・・危険になるのがわかってたんだろうな(と聞こえる)・・・う~ん・・・」

高杉:「ははあ(少し笑みを交えながら)・・・」


昼食を採った後らしく、松本は爪楊枝を咥えながら話している。カメラとマイクも余り近くによれないから、ところどころ音声がしっかり聞き取れない。撮影用のライトも使えず、体育館に射し込む陽光と館内の照明を頼るしかなく、映像の色味と彩度が極端に落ちる。

取調べの録音テープは、静岡地裁(第2次再審請求審:原田保孝裁判長)の強い勧告に基づき、2011年12月の三者協議で初めて弁護団に開示された。

ドキュメンタリーが製作放送された当時、これらの録音は明らかにされていない。苦しみと悔恨を噛み殺すかのような、松本の不自然な態度と表情を高杉が見逃す訳が無く、しかしまた、取調べの実態が表に出ていない以上、捜査権の無い高杉の追求には自ずと限度がある。松本を怒らせないよう、細心の注意を払いながら話を聞くしかない。

折角のインタビューの機会を無にしてはならない、十中八九無理だとわかってはいても、蟻の一穴でもいいから突破口を見出さなければ・・・。高杉の苦心惨憺が、ひしひしと画面から伝わって来る。


がしかし、「落としの松本」は白(しら)を切り通した。違法な取り調べはないと否定する時には、高杉の方を向いて目を見ながら、断固とした調子で話そうとする。強引に冤罪を作り上げる邪な手口は何がどうあろうと認める訳にはいかないけれど、言葉と語りで被疑者を説得し続けた年季の重み、迫力を感じさせる場面ではあった。

敵ながら天晴れと言うか、二重の意味で「流石だな・・」と思ってしまったが、「取り調べの良心に」と続けた時、高杉から視線を逸らして顔を正面に向き直す。そこから先は高杉にではなく、自からの心に一人語っているかのように見える。

高杉の不意打ちによって開いたパンドラの箱から、封印した筈の遠く苦い記憶が覗く。己の重い罪に目を瞑ったまま、真っ直ぐ向き合わずに過ごしてきた人生にグサリと楔を打ち込まれて、自問自答している風に見えなくもない。

高杉の問いに答える落としの松本-


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袴田さんの逮捕から実に45年。とうとう陽の目を見た録音テープには、どうにかして自供を取るべく、あの手この手で袴田さんを追い詰める取調官の様子が収められていた。

何が何でも袴田さんに自白をさせ、犯人として裁判にかける。それ以外の選択肢は有り得ない。特捜本部の強固な姿勢が如実に現れていて、状況を想像しながら注意深く聞き漏らすまいとする為、こちらの集中力も自ずとアップする。

「そう言えば・・・」

突然オーケストラのCDやFMを視聴する時を思い出す。シンフォニーや大きな管弦楽曲を、スコアを読みながら耳で追う時は、映像は邪魔にしかならない。指揮者の身振り手振り(TV放送やDVDなら表情も)、オケの各パートとかソロのクローズアップを眼が追ってしまう。これはどうしようもないことで、だからスコアに集中できない。

そしてライヴを収録した音源より、スタジオ・レコーディングの方が音の分離が良くてダンゴにならない(当たり前)から、生のコンサートでは判別が難しい内声の動きや、音量をセーブする時の低音部なども聴き取り易く、スコアの勉強に向いている。映像が無いことは、必ずしもマイナスばかりではないと妙に納得する自分がいた。


一部報道で「捜査員の前で糞尿まみれに・・・」との表現が使われたが、小用でトイレに行かせて欲しいと頼む袴田さんに、取調官が「まずは喋ってから」だと自白を強要して追い詰める音声や、おそらく松本ではないかと推察するが、立会いの捜査員の1人に「便器の用意」を指示する音声もしっかり残されていた。

◎録音テープに残され法定でも再生された音声の一部
<1>「便器を持ち込んでやらせろ」と指示(1分24秒~)
【袴田さん再審】7回目公判で録音テープ流し音声確認…弁護団“自白は強要されたもの”と訴え(静岡地裁)
2024年1月17日/Daiichi-TV news


<2>「イエスかノーか話してみなさい」(1分20秒~)
「人権を無視した取り調べで“自供”を得た」58年前の音声を法廷で流す 弁護団「袴田さんの犯行はあり得ない」【袴田事件再審公判ドキュメント⑦】
2024年1月17日/SBSnews6


<3>「お前が4人を殺した」 無実訴える袴田さんを厳しく追及 当時の取り調べ音声
2024年9月24日/朝日新聞デジタル


<4>開示された音声を分析した浜田寿美男名誉教授(奈良女子大学)による解説
(1)【取り調べ生音声】浜田氏の解説~前編
2021年4月28日/袴田巖さんに無罪判決を! 【袴田事件】
https://www.youtube.com/watch?v=r0OmB1pWW84

(2)【取り調べ生音声】浜田氏の解説~後編
2021年4月28日/袴田巖さんに無罪判決を! 【袴田事件】
https://www.youtube.com/watch?v=oTmcFlBGglA


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◎証拠の捏造にも直接手を下す(?)

凶悪事件解決の切り札に相応しく、公開された録音テープで確認できる松本の口調は、他の取調官と違って、想像以上に穏やかで温和である。無闇に大きな声を張り上げることもなく、昭和の刑事ドラマさながらの、自白の強要との悪印象までは受けない。極力そういう場面を選んで提出していたにしても、「落としの松本」の異名は伊達ではないと感じた。

例えば被害にあった当事者の隠し録りに顕著な、昨今マスコミにリークされる取調べの音声に聞くことができるあからさまな脅迫・恫喝、怒鳴り散らす取調官とは対照的で、40歳代半ば過ぎの働き盛りだった松本の取調べは、押しなべて冷静で落ち着いている。

そんな手練れの松本でも、なかなか音を上げない袴田さんに苛立ち、時にヒートアップ気味になるし、袴田さんから正論で痛いところを突かれれば、カっとなってきつい調子で言い返す。

そして、「(自白するまで)1年でも2年でもここ(清水署の代用監獄)で調べを続ける、娑婆には出さない」と脅す声が、ポリグラフ(嘘発見機)のテストが行われた8月27日の録音に残されている。裁判所への請求から原則10日(+10日の延長可/刑訴法208条1項)の拘留期間を完全に無視した、無茶苦茶な脅迫としか言いようがない。

さらに松本は、ご遺体の写真を袴田さんに見せた日程も嘘を証言していた。裁判長からの質問に対して、「9月4日に1回だけ見せた」と答えたが、録音の日付は8月28日。理由についても、「袴田が涙ぐんで申し訳ありませんと謝罪したので見せた」と言っているが、袴田さんは断固として否認を続けている。


松本は1審の法廷に呼ばれて、拷問紛いの違法な取調べは勿論のこと、威嚇や強要なども無かったと証言した。取調べだけでなく、主任として捜査を指揮する立場にあった松本が、警察の仕事はすべて適法で一切問題は無かったと主張するのは当然で、「悪うございました」などと言う訳がない。

そして自身が直接行った取調べについて、遂に袴田さんを自供に追い込んだ9月6日、自白に関わる2通の調書を作成して終え、以降は携わっていないと証言しているが、録音テープが開示されると、実際はその後も取調べを行っていたことが判明。これもまた嘘っぱちだった。

なおかつ松本には、「5点の衣類(有罪を立証する最大の決め手)」の捏造を指示しただけでなく、直接手を染めていたとの疑惑がある。


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◎取調べ全日程と時間(弁護人の接見時間)
1966(昭和41)年
8月18日(木):13時間08分 ※袴田さん逮捕
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8月19日(金):10時間30分 ※取調べ初日
8月20日(土): 9時間23分 ※静岡地検に送検
8月21日(日): 7時間05分
8月22日(月):12時間11分(7分)
8月23日(火):12時間50分
8月24日(水):12時間07分
8月25日(木):12時間25分
8月26日(金):12時間26分
8月27日(土):13時間17分 ※ポリグラフ・テスト
8月28日(日):12時間32分
8月29日(月): 6時間55分(10分)
8月30日(火):12時間48分
8月31日(水):11時間32分
9月1日(木): 13時間18分
9月2日(金): 11時間15分
9月3日(土): 11時間50分(15分)
9月4日(日): 16時間20分
9月5日(月): 12時間50分
9月6日(火): 14時間40分【自白】
9月7日(水): 11時間30分
9月8日(木): 12時間45分
9月9日(金): 14時間00分【起訴】

旧盆が明けた8月18日に袴田さんは逮捕され、特捜本部は取調べを開始。9月6日に犯行を自白するまで20日間ぶっ通しで行われ、1日当たりの平均は12時間4分(9月4日は16時間20分)。刑訴法で定められた最長23日間のトータルは、277時間38分に及ぶ。起訴後も検察官による取調べが続き、最終的に430時間を超えたとされる。

警察の捜査員はあらかじめ複数名でチームを組み、交代で取り調べを行う。取調官の具体的な氏名は調書に記載されるが、袴田さんに対する取調べでは、調書に記載されていない捜査員が取り調べに加わっていたことが、開示された録音テープにより判明している。

弁護人の接見は僅か3回しか認められておらず、合計しても32分という短さ。この年静岡県は残暑が厳しく、冷房が無く窓に目張りをした代用監獄に23日間も閉じ込められ、朝から晩まで「犯人はお前だ。お前がやったんだ」と責め続けられた。

「自白するな」という方が無理な惨状を、袴田さんは20日間も耐え続けた。自白を拒み無実を訴え続けた。尋常ならざるこの精神力こそ、元プロボクサーの真骨頂と称されるべきだと確信する。

捜査に当たった警察官が作成する供述(自白)調書=「員面調書」=のすべてに、刑事事件を担当する弁護士が同意しないと言われるが、今もなお絶えることのない冤罪被害を見聞きするにつけ、「なるほど」と頷くしかない。

日弁連が強硬に要求主張し続けて、ようやく一部が認められた「取調べの完全可視化」の必要性と重要性も再認識させられる。

※可視化の対象となる事件
(1)特捜部・特別刑事部の独自捜査事件
(2)知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者等の事件
(3)裁判員裁判対象事件
(4)精神の障害等により責任能力の減退・喪失が疑われる被疑者等の事件

◎e-GOV 法令検索:改正刑事訴訟法301条の2(可視化法)
施行:2019(令和元年/平成31年:4月30日まで)年6月1日
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131/20190601_428AC0000000054#Mp-Pa_2-Ch_3-Se_1-At_301


袴田さんの場合、さらに酷いのが、検察官の取調べと裁判官の勾留質問まで、清水署(第1・第2取調室)で行われたことだ。

大ヒットしたドラマ「HERO(ヒーロー)」でお馴染みとなったように、「検事調べ」は検察庁内にある担当検事の執務室で行われるのが一般的(本来は拘置所で行う/一杯で空きが無い=常態化)で、検事の横に検察事務官が必ず立ち会う。殺人などの重大事件の捜査本部が置かれる所轄署で内の取調べは、概して過酷な状況に発展し易く、精神的に深いダメージを負うことも珍しくない。

検事による取調べは、員面調書の任意性を検証しなければならず、調書に問題があると判断すれば、必要に応じて再捜査を指示する場合も有り得る(現実は皆無に等しい)為、環境を変えることに大きな意味がある。

警察での取調べの影響を極力排除して、検事はより客観的な調書を作成しなければならず、検事が作成する調書を「検面調書」と呼び、強引に自白を引き出す恐れが否定し切れない「員面調書」よりも、高い信用性が認められる。

裁判官の勾留質問(非公開・第三者の立会い不可)も同様で、裁判所の構内にある普通の部屋で実施されなければならないのに、やはり清水署内で行われており言葉を失う。これでは警察・検察・裁判所が文字通りの三位一体となり、袴田さんを無理やり有罪に持ち込んだと疑われても文句は言えない。


◎9月9日(金)に行われた取調べ(静岡地裁による自白任意性の認定可否)
(1)午前中 警察官が実施:清水警察署第1取調室(自白の任意性:不認定)
(2)午後~夜/14:00~19:00 検察官が実施:清水警察署第2取調室(自白の任意性:認定)
(3)夜/19:30~21:30 検察官が実施:清水警察署第2取調室(認定)
(4)深夜 警察官が実施:清水警察署第1取調室(不認定)

時間が明示されていない、捜査員(警察)による午前中の取調べの後、昼食を挟んで午後2時から始まり、夜9時30分の終了まで7時間半に及んだ検事調べは、たった30分の休憩しか与えられなかった。

死刑判決を書かざるを得なかった熊本元裁判官は、提出された45通の調書のうち、28通の員面調書総てを含む44通を証拠として採用しなかったが、後に判決文を起草した裁判官ご本人がカミングアウトした通り、「証拠採用のしようがなかった」のである。

松本の法廷での証言は、まさしく「不都合な真実」を隠蔽する為にのみ行われた。