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■8月10日/マンダレイ・ベイ・ホテル&カジノ,ラスベガス/WBC世界S・ウェルター級暫定タイトルマッチ12回戦
暫定王者 セルヒイ・ボハチュク(ウクライナ) vs WBC2位 ヴァージル・オルティズ・Jr.(米)


※ファイナル・プレス・カンファレンス(フル映像)
https://www.youtube.com/watch?v=5rAADk228Xc

新たな才能に巡り合う驚きと喜びは、多種多様なスポーツ観戦の魅力の中でも、最上位に挙げて然るべき事象の1つに違いない。

不肖管理人の場合、イの一番に思い出すのは辰吉丈一郎である。

1990年2月11日、マイク・タイソンがバスター・ダグラスに倒された世紀の超特大番狂わせのアンダーカードに呼ばれた辰吉は、この試合がプロ2戦目ながら早くも10回戦。タイ王者の肩書きで来日したチューチャード・エゥアンサンバンにいきなりダウンを奪われたが、あっという間に倒し返して2回KO勝ち。

ガッシリした上半身にスラリと伸びた両脚。そして異様に長い両腕。メキシコ人を思わせるシルエットに、日本人離れした柔軟性とスピードを併せ持ち、左腕をダラリと下げたヒットマン・スタイルに構えて、完全に脱力した状態から鋭く重い強打を瞬時に放つ。

”2代目逆転の貴公子”こと高橋直人が、雪辱を期して臨んだノリー・ジョッキージムとの(悪夢の)再戦に並ぶ、ダブル・セミ(?)の扱いだった。


そしていささか大仰にはなるが、辰吉以来、近年最も驚かされたのがオルティズ・Jr.である。恵まれたサイズに優れたスピードとパワーが高い水準で共存し、テクニック&スキルも申し分がない。

「図抜けてる。モノが違い過ぎる。」

初めて彼の試合映像を見たのは何時だったか。おそらく2017年(デビュー2年目)ではないかと記憶するが、もう決定力がハンパない。キレと重さを兼ね備えるパンチが凄い上に、不用意かつ無駄にガードを解いたり下げたりせず、顎もしっかり引いて容易に隙を見せない。

前がかりになった時の、筋力に頼った大振り傾向が唯一最大の心配の種ではあるが、あれだけの破壊力があれば、それもまた止む無し。ある程度までは許容しなくてはならないし、経験を積むことで脱力の仕方も覚えて行く。

スペイン語で「フェノメノ(Phenomeno):AmazingやFantasticと同義」のニックネームでもまだ足りない。ゴールデン・ボーイ・プロモーションズを率いるオスカー・デラ・ホーヤが、直々にスカウトに動いただけのことはあると素直に得心した。

テキサス州ダラス出身で、年齢は26歳。父のヴァージル・シニアの手解きでボクシングを始めた親子鷹は、ご他聞に漏れずジュニアの頃からアマチュアで頭角を現し、140勝20敗の堂々たるレコードを手土産にプロ入り。

フレディ・ローチと並ぶ西海岸の売れっ子トレーナー、ロベルト・ガルシアをチーフに迎えて、華々しい連続KOでキャリアを歩み出す。途中キャリアの継続に水を差す重大なピンチに見舞われたが、完全とは言い切れないまでも何とか克服して復活を遂げる。

紛うこと無き逸材。ジャーボンティ・ディヴィスやシャクール・スティーブンソンをも凌ぐリアル・ギフテッドが、幾多の苦難を乗り越えてようやく世界タイトルマッチに辿り着く。


2016年7月にデビューした時点のウェイトはS・ライト級で、ライト級での調整も可能と聞いたが、公称180センチ(身長/リーチとも=現在は178センチ)のフィジカルは見るからに骨太で大きく、「ウェルター級に上げてもすぐにキツくなりそうだな」というのが率直な印象。骨格だけなら、ミドル級でも充分にやれそうなポテシャルを実感させてくれる。

最初の2年間に破竹の11連続KO勝ちを収めて、3年目の2019年に147ポンドに階級を上げると、転級2戦目で実力者のマウリシオ・ヘレラ(元WBA S・ライト級暫定王者/2016年以降ウェルター級で活動)を3ラウンドで粉砕。

続く3戦目で、サンディエゴ・ベースのメキシカン・プロスペクト,アントニオ・オロスコを6回KOに下して、WBAゴールド王座を獲得。年末には南部で活躍する黒人ホープのブラッド・ソロモンを5回で倒してV1に成功し、パンデミックが襲来した2020年7月、カナダを拠点にするコロンビアのベテラン,サミー・バルガスのタフネスに手を焼いたが、7ラウンドに集中打をまとめてレフェリー・ストップを読み込み、ゴールド王座をV2。


武漢ウィルスの脅威がいよいよアメリカでも急速に拡がり出し、8ヶ月の休止。2021年3月に迎えた復帰戦は、140ポンドの元WBO王者モーリス・フッカーとの12回戦。終始ペースを譲らず、6回にボディでダウンを奪って7回TKO勝ち。結末は拳を傷めたフッカーの棄権だったが、フルマークに近い内容で各ラウンドを支配した。

さらに同年8月、リトアニアの強豪エギディウス・カヴァリアスカスを8回TKOで破り、フッカー戦で得たWBOの下部タイトルを防衛するとともに、オール・ノックアウトの連勝を18に伸ばし、世界戦線に本格的な名乗りを上げる。

しかし、武漢ウィルスは次から次へと変異を続け、有効な治療薬の開発とワクチン接種の進捗にもかかわらず、その猛威は止まることを知らない。アメリカは世界最大の被害国となり、またもや活動休止。


ようやく2022年3月19日に試合が決まったが、本番を目前に体調不良を訴えたオルティズが急遽受診。難病の横紋筋融解症と診断され、4日前の緊急離脱を余儀なくされる。

筋肉を形成する骨格筋細胞に融解や壊死が発生して、血液中に筋肉の成分(ミオグロビンと呼ばれる蛋白質/筋肉の収縮に重要なクレアチンキナーゼという酵素等)が流出する病気で、発症率は2万人に1人だという。

特に血中に流出したミオグロビンは重篤な腎機能障害を引き起こす可能性が高く、透析治療が必要になる場合がある他、呼吸筋に障害が及んで呼吸困難になる恐れもあり、身体のだるさや手足の痺れと脱力感、筋肉痛に血尿などの初期症状を見逃し、単なる疲労の蓄積と勘違いして受診が遅れると、致死率が一気に増す危険な病気ということらしい。

軽症のうちなら、水分補給で腎臓の負担を減らすだけで回復を見込めるが、重症者には入院と症状に応じた適切な加療が必須となる。治療薬と治療法は

過度の運動やアルコール摂取、熱中症が引き鉄となって発症する他、災害などの非難生活で長時間四肢が圧迫され続けたり、事故や手術による筋肉の損傷や、薬剤の副反応から誘発されるケースもあって、原因は様々とのこと。


オルティズの場合、やはりオーバーワークを想定するのが一番自然にはなるが、類まれなフィジカルの強度とパンチング・パワーのせいで、何らかの根拠がある訳ではないが、禁止薬物の過剰摂取を疑う声も無い訳ではない。

治療と静養が必要な時期にパンデミックが重なったことを、不幸中の幸いと表するのは憚られるけれども、延期とリ・スケジュールを繰り返したWBAレギュラー王者エイマンタス・スタニオニス(リトアニア)戦が結局消滅して、2023年は丸々1年を休む状況に陥る。

とりわけ昨年7月8日に組み直された時は、本番直前に意識を失って緊急搬送され、2日前の計量当日に延期がリリースされる事態となり、再起不能説があらためて流布された。


こうして現実に実戦復帰が危ぶまれる中、本年1月6日に1年5ヶ月ぶりとなる再起戦を、メッカ,ラスベガスのヴァージン・ホテルズで敢行。試合は156ポンド契約で行われ、S・ウェルター級への階級アップを正式に発表する。

コンディションへの不安が払拭できないオルティズだったが、更なる増量にもかかわらず、パンチと動きは想像以上にシャープで、パワーも健在。イリノイ在住のガーナ人,フレデリック・ローソン(34歳の中堅ローカル・トップ)をロープに詰めて連打を放つと、主審のトニー・ウィークスが直ちにストップ。

追い詰められてはいたが、ローソンに顕著なダメージは無く、場内にブーイング(あくまでウィークスへの非難)が響き渡る。試合後ウィークスは、メディカル・チェックのCTでローソンに脳動脈瘤が発見され、3度目の検査でようやくパスしたことを確認しており、大事に至ることがないよう迅速にストップしたと釈明。

しかしながら、ネバダ州ACはこの主張を否定する見解を示しており、混乱に拍車をかけてしまう。ウィークスに対する特段の処分は無かったものの、5月の1ヶ月間一度も起用が無く、6月も1試合だけで登板間隔が開いている。


不透明な終わり方が影響したのか、始めからその予定だったのかはともかく、4月26日にカリフォルニアのフレズノで、元プロスペクトのトーマス・デュロルメ(プエルトリコ)を初回2分半余りで瞬殺。

契約体重は同じ156ポンドながらも、ローソン戦に比べると若干身体が重たそうに映ったけれど、クロスレンジで左のレバーショットを一閃。文句の付けようがないテン・カウントのフィニッシュで、デビュー以来続く連続KOを21に更新して、今度こそ(?)の完全復活をアピールした。


◎公開練習

※フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=rBImOVt-8X8


受けて立つ暫定チャンプも、24勝23KOのハードヒッター。ベルトを獲得した今年3月のブライアン・メンドサ戦が、プロ転向後初めての判定決着となったが、こちらもデビューから23試合連続のKO勝ちを続けていた。

戦禍に苦しむウクライナのほぼ中央、ヴィーンヌィツャという人口37万の街で生まれ育ち、国際大会での目立った戦果こそ無いものの、WSB(World Series of Boxing)の契約選手となったトップ・アマ。150戦を超える戦歴を持つと述べている。

WSBではロンドンと東京の2大会で金メダルを獲得したロニエル・イグレシアス(キューバ/2008年北京~2020年東京まで4大会連続出場)を2-1の判定に下して、殊勲の大金星をマーク。リオ五輪の出場権を逃した後、ロシアのウラル・プロモーションズと契約して渡米。

ゲンナジー・ゴロフキンのチーフとして確固たるポジションを築いたアベル・サンチェスの下に身を寄せたが、「ウラルの連中はそれっきり音沙汰なし。将来がまったく見えず、不安と焦燥の中で、とにかく組まれた試合をこなして行くしかなかった」という。

展望が開けたのは、クリチコ兄弟とゴロフキンのマネージメントを切盛りしてきたトム・レフラー(レオフラー)のサポートを受けるようになってから。

「トムの仕事は誠実で間違いがなく、計画をしっかり説明した上で、進捗と見込みについて、良いことも悪いことも正直に全部話してくれる。」

レフラーが2015年に立ち上げた360プロモーションズの支配下選手となり、2019年の秋に獲得したWBC米大陸王座を足掛かりにして、世界ランキングに定着。ゴロフキンとの契約更新が破談となったサンチェスのキャンプを離れたのが、2019年の秋頃。同じカリフォルニアの著名なコーチ、マニー・ロブレスとの新体制に移行後もKO勝ちを継続した。


しかし、これからというタイミングでパンデミックに見舞われ、厄災の只中で組まれた防衛戦で、カリフォルニアの黒人ホープ,ブランドン・アダムスによもやの8回TKO負け。激しい打撃戦の最中、強烈な左フックを顎に浴びてキャンバスに沈み、懸命に立ち上がったもののレフェリー・ストップを食らう。

初黒星を喫してもロブレスとの関係は変わらず、2022年11月にWBC米大陸王座を奪還。2度の防衛を重ねてランキングを戻し、T-モバイル・アリーナでのブライアン・メンドサ戦に漕ぎ着ける。

昨年10月、オーストラリアでティム・ジューに挑戦して判定負けに退いたメンドサだが、半年前の4月には、今年3月30日に行われた同じ興行ジューから現WBC・WBO統一王座を奪取したセバスティアン・ファンドゥーラにKO勝ちを収めて暫定王座を獲得しており、ボハチュクにとって初めて対峙するワールドクラスだった。


183センチの長身を堅実かつコンパクトなフォームにまとめて、ブロック&カバーの堅牢な守りをベースにプレッシャーを掛け続け、ショートのコンビネーションを軸にメンドサとのタフな白兵戦に競り勝ったが、ジャブ&ワンツーで中間距離をキープしつつ、一撃必倒の威力を秘めた右ストレートを狙うのが本来のスタイル。

あだ名は何故かスペイン語で、「El Flaco(やせっぽち)」。カリフォルニアの景勝地で、高地トレの名所としても知られるビッグベアに作ったアベル・サンチェスのキャンプで付いたらしいが、見た目そのまんまじゃないかと苦笑。

もう少しパンチに重さと伸びがあれば、”ライフル”と形容されたカルロス・モンソンの右に匹敵する威力を発揮したかもしれない。

打ち合いになると簡単に退くことができず、大振りになり易い癖はオルティズと似ているが、ディフェンスの穴はやや大きめ。

苦く手痛いKO負けを糧に、信頼するロブレスと一緒に守備を鍛え直した成果だと、メンドサを相手に繰り広げた一身一退のフル・ラウンズを評価するのは、けっして早計でも見込み違いでもないと思う。


それでも戦前のオッズは、難病と闘いながらリングに立ち続けるオルティズに傾いた。

□主要ブックメイカーのオッズ
オルティズ・Jr.:-350(約1.29倍)
ボハチュク:+260(3.6倍)

<2>betway
オルティズ・Jr.:-300(約1.33倍)
ボハチュク:+240(3.4倍)

<3>ウィリアム・ヒル
オルティズ・Jr.:2/7(約1.29倍)
ボハチュク:11/4(3.75倍)
ドロー:16/1(17倍)

<4>Sky Sports
オルティズ・Jr.:1/3(約1.33倍)
ボハチュク:7/2(4.5倍)
ドロー:18/1(19倍)


両雄の現実,今現在の力に、ここまでの開きがあるのか否か。断定することにいま少しの逡巡を覚えるのは、筋力に頼った強振で攻め急ぐオルティズの姿を、ついつい想像してしまうからである。

オルティズの攻撃における厚みと突破力は、明らかにメンドサを上回るけれど、ハードな接近戦を36分に渡って耐えたボハチュクの戦術的ディシプリンは侮れない。

判定決着を念頭に置いて、じっくり時間をかけて慎重に削りながらチャンスを待つ、成熟したプロのスキルを期待するのは、まだ早過ぎる気もするが、来るべきクロフォードとの大一番を見据えるなら、攻めても守っても良しの安定感が欲しいのは確か・・・。



◎ボハチュク(29歳)/前日計量:153.8ポンド
現WBC暫定王者(V0)前・元WBC米大陸王者(前:V2/元:V1)
戦績:25戦24勝(23KO)1敗
アマ戦績:150戦超(勝敗等詳細不明)
2016年リオ五輪代表候補
WSB(World Series of Boxing):4戦3勝(1KO)1敗
※ロニエル・イグレシアス(2012年ロンドン五輪L・ウェルター級,2020年東京ウェルター級金メダル,2008年北京L・W級銅メダル/北京~東京4大会連続出場)に2-1判定勝ち
試合映像(ハイライト):2016年2月27日/ハルキウ
オフィシャル・スコア:48-47/47-48/49-46
https://www.youtube.com/watch?v=Xc4Fy-6bdi8
身長:183センチ,リーチ:185センチ
右ボクサーファイター

◎オルティズ・Jr.(26歳)/前日計量:153.8ポンド
元WBAウェルター級ゴールド(V2/※王座消滅),前WBOインターナショナルウェルター級(V2/返上),元北米(NABF)S・ライト級(V0/返上)王者
※2021年8月WBAがゴールド王座廃止と暫定王座の運用変更(スーパー・正規との同時並行廃止)のを決定
戦績:21戦全勝(21KO)
アマ通算:140勝20敗
2016年ナショナル・ゴールデン・グローブス準優勝(L・ウェルター級)
2013年ジュニア・オリンピック優勝
身長,リーチとも178(180)センチ
※Boxrec記載の身体データ訂正済み
右ボクサーファイター


◎前日計量


◎フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=aj2YgZYVO80

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■リング・オフィシャル:未発表


◎キック・オフ・カンファレンス
2024年7月12日