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■7月28日/滋賀ダイハツアリーナ,滋賀県大津市/IBF世界M・フライ級タイトルマッチ12回戦
IBF1位/元王者 ペドロ・タドゥラン(比) 9回TKO 王者 重岡銀次郎(日/ワタナベ)

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銀次郎を終始圧倒し続けた、タドゥランの超攻撃的なファイター・スタイル。ヒントになったのは、5年前の秋にIBFの王座決定戦で対峙したサミー・サルヴァ戦だと思う(勝手な想像・憶測)。

”静かなる暗殺者(Silent Assassin)”の異名を取るサルヴァは、公称155センチの小兵ボクサーで、年齢はタドゥランと同じ27歳。まずまずパンチがあって、技術的にもワールドクラスの水準を満たす好選手だ。

フィリピン国内限定にはなるが、アマチュアで数多くの戦果を残していて、一応2016年のリオ五輪出場を目指していたらしい。デビューは2016年1月で、始めから新興プロモーションRCJの傘下で戦い、ジェルウィン・アンカハスを長年サポートしたジョーヴェン(ホヴェン)・ヒメネスの指導を受けている。

アンカハスを保有するMPプロモーションズ(パッキャオの興行会社)との関わりも当然深い。この試合もMPの主催で、以下にご紹介する試合映像(Boxnation:英国のサブスクCh.)の冒頭、インタビューのトップバッターを務めているのは、幾多の曲折を経てMPの代表に納まったショーン・ギボンズ。次いでジョーヴェン・ヒメネスの順。


決定戦が承認通告された時点でのIBFランキングは、サルヴァが1位でタドゥランが3位(2位:空位)。ギボンズとパックマンが期待を寄せていたのは、赤コーナーのサルヴァだった。

オーソドックスなので銀次郎とは左右の違いはあるが、ミニマム級でも小さな部類に入るサイズとともに、変則的な小細工やラフ&ダーティに頼らない正攻法も共通点と言える。最新のレコードは、20勝(13KO)1敗。今のところ、負けたのはタドゥランのみ。

◎試合映像
タドゥラン TKO4R終了 サミュエル・サルヴァ(比)
2019年9月7日/フラド・ホール(サロン・フラド:Jurado Hall),タギッグ・シティ(マニラ近郊/比)
※第4ラウンドまでのオフィシャル・スコア:三者とも37-37
IBF M・フライ級王座決定12回戦


対戦当時はともに22歳。勢い良く突っかけたのはタドゥランで、思い切りのいいワンツーもろともどんどん攻め立てボディも叩く。しかし、下がりながらも落ち着いて観察するサルヴァは、ロープを背にして入って来るタドゥランに右ショートのカウンターをヒット。先制のダウンを奪う(1分30秒辺り)。

オーソドックスの右の打ち終わり、引き手の戻りに合わせて速くて強い左ストレートを打ち込むタドゥランのタイミングと技術は、既にこの試合で完成の域に達しているが、前がかりになってガードがお留守になる隙を逃さず、右ショートを決めるサルヴァのセンスとスキルもお見事。

完全アウェイのタイで前王者ポーンに雪辱を許した後、減量苦を理由にバンタムに上げた若きファイティング原田を一瞬で地獄に叩き落した伝説の”ロープ際の魔術師”、ジョー・メデル必殺のカウンターを思い出した。

ところが、直ちにスックと立ち上がったタドゥランはフラつきもせず、何事もなかったかのごとくエイト・カウントを聞く。打たれ強さと屈強頑健な肉体は生来のものらしく、5年後の現在と何も変わらない。

残念なことに、キラリと光るタイミングとセンスを披露したサルヴァも、決定力は伝説の拳豪メデルに遠く及ばなかった。もっとも、相手の勢いに押されている時のパンチは、威力が半減して見えることが多く、一度び気負け(位負け)してしまうと容易に流れを引き戻せない。この日の銀次郎も、30余年前の辰吉もまったく同じである。


そして、再開後のタドゥランがとんでもなかった。ダウンを一気に挽回しようと、突進のギアを一段上げる。ガードがバラけないよう肘をコンパクト(内側)に絞り、セミクラウチングの構えを徹底。

しっかり顎を引いた頭をガードの中に埋めて、良かった頃のパッキャオのように、左右に小さく振りながら前進を続けて手数も増やす。これが思いのほか奏功する。自分のフィジカルの強さとパンチ力に、はっきり手応えを掴み自信を持った。

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タドゥランの気迫とキツさを増すプレッシャー&パワーに気圧されて、サルヴァが見る間に余裕を失う、一息つく間もなく防戦に追われるサルヴァは、第4ラウンドにバッティングの反則(故意に2度ぶつけた)で減点の宣告を受ける。

頭突きをしないと、タドゥランの圧力を押し返すことができない。苦し紛れの故意と瞬時にわかる行為を見て、主審のダンレックス・タプダサンが脱兎のごとく駆け寄り注意をするも、同じ過ちを繰り返して言い訳のできない減点。本来クリーン・ファイトを身上にするサルヴァが、そこまで追い詰められていた。

第3~4ラウンドの6分間、思うがままに打ち据えられたサルヴァは完全に戦意を喪失。第5ラウンド開始のゴングに応じなかった。しっかり余力を残しての棄権撤退について、賛否が分かれるのは仕方がない。


タドゥランは詰めに入っている分、どうしても守りへの意識が手薄になり、カウンターで逆襲されるリスクも拡大する。青息吐息で必死に逃げ回る第4ラウンドの途中、サルヴァは右ストレートを1発返してタドゥランの顎を跳ね上げ、このパンチは結構効いていた。

「攻撃は最大の防御なり」を地で行く突貫ファイタースタイルは、守りの穴,隙も拡大しがちである。ディフェンス一辺倒になりながらも、打ち返せばそれなりに当たる為、コーナーは棄権の判断を迷う。

瀕死の瀬戸際を気力だけで凌ぐ王者のコーナーも、まさにこのジレンマに陥った。命と引き換えに戦い続けることになった穴口の真正ジムも同様で、ピストン堀口の大昔(太平洋戦争前)から連綿と続く、”頑張らせ過ぎる悪弊”から、日本のボクシング界は未だに抜け出すことができずに足踏みを続けている。


サルヴァと彼のコーナーは、名誉ある継続=満身創痍の敗退を良しとはせず、残された時間(未来)を選択優先した。いたずらにダメージを積み重ねて、競技人生は勿論のこと、ボクシングを辞めた後の長い人生まで棒に振るようなことがあってはならない。

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かりそめにも世界タイトルマッチで、この諦めの早さ、勝負に対する執着の薄さは幾ら何でも・・・との批判は甘んじて受けるしかない。

「あと、もう1~2ラウンズやらせてみよう。ひょっとしたら・・・」

タオルを手にしながら試合放棄の意思表示を逡巡している間にも、リングの中は動き続けて、時々刻々状況は変わり続ける。単なる劣勢が手遅れの事態に発展しかねない。その変化は、薄紙1枚の表裏一体。

カリフォルニア大学バークレー校で、同大学が運営する理論物理学センターの所長を兼務する野村泰紀教授によれば、時間を巻き戻すことは理論上可能なのだそうだが、一般的に時間は巻き戻せないし、終わってしまったことをやり直すことはできない。


ラバナレスの猛威を跳ね返すだけの、充分なフィジカルとメンタルを用意できなかった辰吉が、ズルズルと後退を続ける中で余計なダメージを溜め込み、ジリ貧の劣勢を余儀なくされた挙句滅多打ちを食らったように、銀次郎もタドゥランの覚悟と勢いに呑まれてしまう。

「これは勝てないな・・・」

第1ラウンドが終わった時点で、銀次郎の敗北を半ば受け入れ観念した。銀次郎も都度打ち返して、何とかタドゥランを下がらせようとするのだが、いつもの迫力と力強さがほとんど感じられない。時に暴虐ですらある銀次郎のパンチが、頼りなく弱々しく見える。

この点もラバナレス第1戦の辰吉と同じで、到底打ち勝てるとは思えなかった。暗澹たる思いで、この後続くであろうラウンドを思い描き、悲観するしかなかった。勝負事における気負け・位負けの恐ろしさ。


ワタナベの陣営も、サルヴァ戦の試合映像だけ見逃したとは考えづらい。チェックしていたに違いないし、銀次郎も戦前のインタビューで「ディフェンスへの意識」に言及していた。

タドゥランのリズムとテンポで打たせ続けると、ちょっとどことではなく面倒なことになるとの認識はあったと確信するが、「まさかここまでとは・・・」という状況だったとも思う。

と言うのも、サルヴァ戦を除く4度の世界戦における戦い方は、”好戦的なボクサーファイター”の範疇に止まるからだ。どの試合を見てもパワーには目を惹かれるが、ファイター化の度合い、徹底の仕方がまるで違っていた。銀次郎に対する「オフェンス全振り」は、サルヴァ戦をも凌ぐ。


ポイントになるのは、やはりサイズとフィジカル。渡タイしてワンヘン・メナヨーティンに初挑戦したのは2018年夏、タドゥランはまだ21歳で、戦績も13戦目(12勝9KO1敗)。経験不足が否めず、完全アウェイのタイを考えれば、判定まで粘れただけでも良しとすべきではある。

そして、前日計量後のリカバリー(リバウンド制限込みの当日再計量はIBFのみ)をガッチリ利用するワンヘンは、公称のサイズ(H:158センチ/R:164センチ)が信じ難いほど上半身に厚みがあって、163センチのタドゥランにまったく見劣りしないし、押し合っても体負けしない。

◎試合映像:ワンヘン・メナヨーティン(タイ) 判定12R(3-0) タドゥラン
2018年8月29日/ナコーンサワン県(タイ)
※オフィシャル・スコア:115-111,118-108,117-110
WBCストロー級王座挑戦


◎タドゥランが世界戦及びエリミネーターで対峙したボクサーのサイズ
<1>銀次郎:H153センチ/R156センチ
<2>J・アンパロ:H164/R168
<3>R・M・クアルト:H156/R157
<4>D・バラダレス:H159/R160
<5>S・サルヴァ:H155
<6>ワンヘン:H158/R164

ワンヘン以外はすべてIBFだから、例外なくリミット+10ポンドの増量制限を受ける。ただし、当日の再計量は早朝に実施される為、クリア後さらに食事と水分補給を続けてリカバリーが可能。午後早めの試合開始だと大変だが、夜のスタートなら消化までの時間に余裕が持てる。

銀次郎が113.3ポンド(51.4キロ)で当日の再計量を終えたのに対して、タドゥランは114.5ポンド(52キロ)。朝の時点で約1ポンド(約450グラム)の体重差が、この後のリカバリーでどこまで拡がっていたのか。


眼窩底骨折をきっかけにした眼筋マヒや網膜はく離は、試合が終わって一定の時間を経過してから発症するケースが少なくない。CTとMRIで発見即引退勧告(日本国内)の脳出血も同じで、何か悪いニュースが飛び込んできやしないかと気にもなりつつ、まずは銀次郎の無事な回復を願うしかない。


そしてタドゥランに敗れたサルヴァは、5年近くの間にローカル・ファイトを3戦(3KO)こなしただけで、2度目のチャンスは杳(よう)として行方が知れず。WBOだけが12位に留め置いてくれたのが、まさしく不幸中の幸い(WBCは37位・・・ランキングのうちに入らない)。

パンデミックによる足止めも痛かったが、なにしろ試合間隔が開き過ぎた。敵前逃亡と映っても止むを得ない終わらせ方が、その後の評価と期待値を厳しいものしてしまった可能性も否定できないが、そんなサルヴァにようやくスポットが当たりそうな気配。


来月24日、吹田市の大和アリーナで再起が決まった銀次郎の兄、優大の相手に抜擢されたのである。銀次郎がアンパロを2回KOに屠り、2度目の防衛に成功した3月31日の名古屋興行に出場した優大は、周知の通りメルビン・ジェルサレム(比)に2度のダウンを奪われ、僅差の1-2判定負け。虎の子のWBC王座を失った。

兄弟揃って好戦的なスタイルをベースにしているが、優大は高校時代のように前後のステップを使った方が、もっと自然に余裕を持って戦えると思う。ジェルサレムのハンド・スピードと踏み込みのタイミングに十分目を慣らすことなく、強気一辺倒のオラオラ・ファイトで自滅した前戦の失敗を、優大とワタナベジムが糧にできたのかできていないのか。

「急がば回れ」

優大の出方次第にはなるけれど、流石にタドゥランのパワー・ボクシングを真似るのは難しい。駆け引きと崩しの手間を惜しまず、丁寧な組み立てを心がけないと、サルヴァの術中にハマって悪夢の連敗を招く恐れも有り得る。


次章へ続く


◎銀次郎(24歳)/前日計量:104.7ポンド(47.5キロ)
※当日計量:113.3ポンド(51.4キロ)/IBF独自ルール(リミット:105ポンド+10ポンドのリバウンド制限)
戦績:13戦11勝(9KO)1敗1NC
世界戦:5戦3勝(3KO)1敗1NC
アマ通産:57戦56勝(17RSC)1敗
2017年インターハイ優勝
2016年インターハイ優勝
2017年第71回国体優勝
2016年第27回高校選抜優勝
2015年第26回高校選抜優勝
※階級:ピン級
U15全国大会5年連続優勝(小学5年~中学3年)
熊本開新高校
身長:153センチ,リーチ:156センチ
脈拍:58/分
血圧:136/83
体温:36.5℃
※計量時の検診データ
左ボクサーファイター


◎タドゥラン(27歳)/前日計量:104ポンド(47.2キロ)
※当日計量:114.5ポンド(52.0キロ)/IBF独自ルール(リミット:105ポンド+10ポンドのリバウンド制限)
元IBF M・フライ級王者(V1)
戦績:22戦17勝(KO)4敗1分け
世界戦:5戦1勝(1KO)3敗1分け
アマ通算:約100戦(勝敗を含む詳細不明)
身長:163センチ,リーチ:164センチ
脈拍:48/分
血圧:146/82
体温:36.3℃
※計量時の検診データ
左ボクサーファイター

weighin

105ポンドのリミット上限を1ポンドアンダーして、当日朝の再計量(IBFのみ)でも、リミット+10ポンドのリバウンド制限をしっかり守ったタドゥラン。

セカンド・ウェイ・インが終わった後、たっぷり食事を採って水分補給もしっかり行い、リングに上がった上半身はさらに大きくなっていたが、前日計量の時点で両雄の骨格の違いが目に付く。

105ポンドの調整は、加齢とともに加速度的に過酷さを増している筈で、コンディションを考慮した階級アップは意外に早いかもしれない。


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■オフィシャル

主審:スティーブ・ウィリス(米/ニューヨーク州)

副審:第8ラウンドまでのスコア:0-3でタドゥラン
アダム・ハイト((豪):74-78
ジェローム・ラデス(仏):75-77
マッテオ・モンテッラ(伊):74-78

立会人(スーパーバイザー):ベン・ケイティ(豪/IBF Asia担当役員)


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■試合映像
<1>ABEMA公式:第1ラウンドのみ
https://www.youtube.com/watch?v=2qlC-XFO_EA

<2>ファンによる撮影
ttps://www.youtube.com/watch?v=7_YAb6Rl4aE