ストップの難しさ? /狂った読みと計算 - 重岡銀次郎 vs P・タドゥラン レビュー 2 -
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■7月28日/滋賀ダイハツアリーナ,滋賀県大津市/IBF世界M・フライ級タイトルマッチ12回戦
IBF1位/元王者 ペドロ・タドゥラン(比) 9回TKO 王者 重岡銀次郎(日/ワタナベ)
IBF1位/元王者 ペドロ・タドゥラン(比) 9回TKO 王者 重岡銀次郎(日/ワタナベ)
※銀次郎を抱きかかえる小口忠寬トレーナー(左)/右側は山元浩嗣マネージャーと思われる(以前と髪型が違う+写真の角度で断定しづらい)
「(タドゥランは)KO負けのない、好戦的で頑丈な強い選手。でも倒して勝ちます。」
「(初めての)メインに相応しい、会場のお客さんとABEMAで視聴してくれるすべてのファンに、喜んで貰える面白い試合をする。」
試合前の会見やインタビューで、余裕綽々でKO防衛への自信を述べていた銀次郎。ボクシング関係者とファンの大多数が、銀次郎の勝利を毛ほども疑っていなかった筈である。直前のオッズも、概ね10倍程度の開きがあった。
挑戦者タドゥランの勝利は、紛れも無い特大のアップアセットと表していい。では、いったい陣営の読みと計算は、どこでどう違ってしまったのか。歯車はどこで狂い始めていたのだろう。
かく言う私も銀次郎の勝ちに組みしていたのは同様で、ある程度は押し込まれるて被弾もするだろうが、負けを心配することは無いとタカを括っていたクチなので、偉そうなことは言えないけれども、銀次郎圧勝の前評判にはそれなりに説得力を持つ理由がる。
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【共通する対戦相手とその結果】
両者には、4名の共通する対戦相手が存在する。プロ13戦の銀次郎と22戦のタドゥラン(プロボクサーの試合数が激減した現在においても多いとは言えない)にとって、世界戦絡みで4人は多いと思うが、これは取りも直さず、ミニマム級の人材不足,ランキングの空洞化を端的に物語っている。
対戦した時期と結果は以下の通り。
陣営の判断に最も影響したと思われるのは、直近のジェイク・アンパロ戦。12ラウンズをフルに粘られ判定決着(IBFのエリミネーター)になったタドゥランに対して、銀次郎は右から返す左ボディを刺し込み、僅か2ラウンドでフィニッシュ。
本来挑戦する筈だったアルアル・アンダレス(比)が減量を失敗してドクターストップ(過度な低血糖)となり、本番1週間前の緊急召集に応じて急遽来日。リミットを作ってくれただけでOKの状況を考慮する必要はあるが、見事なKOでV2に成功している。
他の3名中、レネ・M・クアルト(2度)とジョエル・リノの2名にタドゥランは負けていて、頭突きを十八番にするバラダレスとは敵地メキシコで戦い、当たりにいったバラダレスが出血してノー・コンテスト。
タドゥランに勝ったクアルトをメキシコに呼び、僅少差の2-1地元判定で王者となったバラダレスに初挑戦したのが銀次郎。タドゥランと同様、バッティング絡みの意味不明なトラブル(ぶつけに行ったバラダレスが戦闘不能を主張/カットはしていない)でノーコンテストとなった後、再戦で5回KO勝ちを収めて完全決着。
暫定王座決定戦を争った実力者のクアルトには、初回にダウンを喫して不覚を取るも、6回と7回に強烈なボディで倒し返し、9回にもボディショットで2度のダウンを追加してストップ勝ち。終わってみれば、銀次郎の完勝だった。
対戦が決まった時点での世界タイトルマッチの戦績は、銀次郎が4戦3勝(3KO)1NC。タドゥランは1勝(1KO)3敗1分けの負け越しで、バラダレスとクアルトの2名が共通する対戦相手となっている。
<1>ジェイク・アンパロ(比/26歳)/15勝(3KO)6敗1分け/元WBOアジア・パシフィック王者
■銀次郎:2回KO勝ち
2024年3月31日/名古屋国際会議場/IBF王座V2
https://www.youtube.com/watch?v=8qERzc0J798
■タドゥラン:12回判定勝ち(3-0)
2023年12月28日/タグビララン・シティ(ボホール島/比)
※オフィシャル・スコア:119-109,118-110,116-112
IBF M・フライ級挑戦者決定12回戦
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<2>ダニエル・バラダレス(メキシコ/30歳)/29勝(17KO)4敗1分け1NC/元IBF王者(V1)
■銀次郎:2戦1勝(1KO)1NC
1)第2戦:5回TKO勝ち
2023年10月7日/大田区総合体育館/IBF王座V1(IBF内統一:正規・暫定)
https://www.youtube.com/watch?v=PNLLjrTyRSs
2)第1戦:3回NC
2023年1月6日/エディオン・アリーナ大阪/IBF王座挑戦
https://www.youtube.com/watch?v=_uIunMcwXx4
■タドゥラン:4回負傷マジョリティ・ドロー(0-1)
2020年2月1日/エクスポ・サルディン・セルヴェッサ.グァダルーペ(メキシコ)/IBF王座V1
※オフィシャル・スコア:38-38×2,37-39×1
https://www.youtube.com/watch?v=cyrdptVBvXY
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<3>レネ・マーク・クアルト(比/27歳)/22勝(17KO)6敗2分け/元IBF王者(V1)
■銀次郎:9回KO勝ち
2023年4月16日/国立代々木第2体育館/IBF暫定王座決定戦・獲得
■タドゥラン:2戦2敗
1)第2戦:7回負傷判定(0-2)
2022年2月6日/ディゴス・シティ(ミンダナオ島/比)/IBF王座挑戦(ダイレクト・リマッチ)
※オフィシャル・スコア:65-64,66-64,65-65
2)第1戦:12回判定負け(0-3)
2020年2月1日/ブラ・ジム,ジェネラル・サントス(ミンダナオ島/比)/IBF王座陥落
※オフィシャル・スコア:三者とも113-115
https://www.youtube.com/watch?v=Sve3MeAS2L0
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<4>ジョエル・リノ(比/33歳)/12勝(5KO)5敗1分け/元比国(GABP)王者
■銀次郎:8回判定勝ち(3-0)
2019年4月14日/合志市総合体育館(熊本県)/プロ3戦目(ミニマム級8回戦)
※オフィシャル・スコア:79-75,80-73,78-75
■タドゥラン:6回判定負け(1-2)
2016年4月1日/M'lang Municipal Gymnasium, M'lang/プロ7戦目(ミニマム級6回戦)
※オフィシャル・スコア:56-57,57-56,55-58
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【想定を遥かに凌駕したタドゥランのフィジカル&パンチング・パワー】
共通する相手と対戦結果が、陣営の判断ミスを誘発した可能性を最初に挙げておいて恐縮だが、直接勝敗を左右したのは、圧倒的だったタドゥランの攻撃力,突進力に尽きる。試合を見た誰もが感じたに違いなく、異論を差し挟む余地のないところ。
元来打ち出すと止まらない攻撃的なタイプではあるが、5度の世界戦とアンパロとのエリミネーターの映像で確認できるのは、必要に応じてボクシングも交えながら、下がるべきところは下がる冷静さも失わない、好戦的なボクサーファイタースタイル。
しかし、銀次郎には徹底したファイタースタイルを貫いた。際立つフィジカルの強さに加えて、見るからに硬くて重い上にキレまくるパンチが凄かった。ただパワフルなだけではなく、スピード&シャープネスを伴っていて厄介なことこの上ない。
さらに特筆すべきなのが、スタミナと集中力。スタートからあれだけ強振を続けたら、4回か5回辺りで一度息切れする。中盤の2~3ラウンズ、手数を抑えて動きながらも休んで回復を図り、後半~終盤に備えることになるが、ガス欠と同時に猛反撃を受け、最悪の場合そのまま撃沈の憂き目に遭うのは、プロボクシングの定石,日常茶飯でもある。
前の記事でタドゥランを”壊し屋”ビクトル・ラバナレスに例えたが、距離を潰すまでのラバナレスは脱力した上体を柔らかく保ち、必要な駆け引きにジャブと捨てパンチも使いながら、しっかり強弱と緩急も付けて攻撃を組み立てていた。
オフェンスの軸にしているのは、遠心力を利用した遅れ気味に到達するメキシカン・スタイルのフックとアッパー。ただし精度にも注意を払い、闇雲に力尽くの乱打を仕掛けたりはしない。はっきりアウトボクサーを好み、その育成に定評のある名匠ナチョ・ベリスタインがコーナーを守っているだけあって、適時イマズマ型に足を運ぶメキシコ伝統後退のステップも踏み、ペース配分を忘れずに前進と波状攻撃を繰り返して行く。
ところがこの日のタドゥランは、開始と同時に一気に突っかけるのと同時に、全開の強打を振るって上下を打ち分けながら、強引な正面突破を休まず続けた。体格差をフルに活かして、最軽量の105ポンドでも小さな銀次郎(153センチ)を防戦に追い込み、自由にさせない作戦だったと思われるが、心身のスタミナに裏付けがないと継続できない。
ハナから勝ち目の無い戦いと悟り、行くところまで行ってそれでダメなら・・・と割り切る捨て身の奇襲もあるが、タドゥランと彼の陣営は入念に銀次郎を研究して、負担の大きさを折込済みの戦術を準備しそれに懸けた。
※Part 3 へ
◎銀次郎(24歳)/前日計量:104.7ポンド(47.5キロ)
※当日計量:113.3ポンド(51.4キロ)/IBF独自ルール(リミット:105ポンド+10ポンドのリバウンド制限)
戦績:13戦11勝(9KO)1敗1NC
世界戦:5戦3勝(3KO)1敗1NC
アマ通産:57戦56勝(17RSC)1敗
2017年インターハイ優勝
2016年インターハイ優勝
2017年第71回国体優勝
2016年第27回高校選抜優勝
2015年第26回高校選抜優勝
※階級:ピン級
U15全国大会5年連続優勝(小学5年~中学3年)
熊本開新高校
身長:153センチ,リーチ:156センチ
脈拍:58/分
血圧:136/83
体温:36.5℃
※計量時の検診データ
左ボクサーファイター
◎タドゥラン(27歳)/前日計量:104ポンド(47.2キロ)
※当日計量:114.5ポンド(52.0キロ)/IBF独自ルール(リミット:105ポンド+10ポンドのリバウンド制限)
元IBF M・フライ級王者(V1)
戦績:22戦17勝(KO)4敗1分け
世界戦:5戦1勝(1KO)3敗1分け
アマ通算:約100戦(勝敗を含む詳細不明)
身長:163センチ,リーチ:164センチ
脈拍:48/分
血圧:146/82
体温:36.3℃
※計量時の検診データ
左ボクサーファイター
105ポンドのリミット上限を1ポンドアンダーして、当日朝の再計量(IBFのみ)でも、リミット+10ポンドのリバウンド制限をしっかり守ったタドゥラン。
セカンド・ウェイ・インが終わった後、たっぷり食事を採って水分補給もしっかり行い、リングに上がった上半身はさらに大きくなっていたが、前日計量の時点で両雄の骨格の違いが目に付く。
105ポンドの調整は、加齢とともに加速度的に過酷さを増している筈で、コンディションを考慮した階級アップは意外に早いかもしれない。
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■オフィシャル
主審:スティーブ・ウィリス(米/ニューヨーク州)
副審:第8ラウンドまでのスコア:0-3でタドゥラン
アダム・ハイト((豪):74-78
ジェローム・ラデス(仏):75-77
マッテオ・モンテッラ(伊):74-78
立会人(スーパーバイザー):ベン・ケイティ(豪/IBF Asia担当役員)
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■試合映像
<1>ABEMA公式:第1ラウンドのみ
https://www.youtube.com/watch?v=2qlC-XFO_EA
<2>ファンによる撮影
ttps://www.youtube.com/watch?v=7_YAb6Rl4aE