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■7月20日/両国国技館/WBO世界J・バンタム級タイトルマッチ12回戦
王者 田中恒成(日/畑中) vs WBO12位 ジョナサン・ロドリゲス(メキシコ)

Kosei Tanaka

「ジェシー・ロドリゲス,フェルナンド・マルティネスとの統一戦が実現するまで、防衛戦を勝ち続けます!」

挑戦者の有り得ない体重超過(このみっともなくも情けないフレーズをいったい何度繰り返せば良いのか)により、防衛戦を棒に振ることになった田中恒成が、本番のリングに上がって試合中止を謝罪した上で、どんなに不利と見られようとも、115ポンドの統一に向かって突き進むと宣言。

田中の入場を暖かく迎え入れた満員の観客も、当たり前のように大きな歓声でそれに応えたのだが、田中がわざわざロドリゲス本人に会いに行ったと明かしたことに驚いた。中止に至った経緯がはっきりしないまま、国技館で話をする訳にはいかないと考えたようである。

2.9キロオーバー(55キロ/S・バンタム級)が判った時点で、本来四の五の言ってる場合じゃないし、中止は当然の筈・・・なのだが、例の山中 vs ネリーの再戦を筆頭に、何故かそうはならないことも珍しくないのがボクシング界。まず試合をキャンセルせざるを得なかった理由について、田中は報道発表された通りの内容を説明した。

「(ロドリゲスは)体重超過だけでなく、体調不良で試合ができる状態ではなかった。」

「2階級も体重が上の相手と戦わせることはできない、との畑中会長の判断。」

「来日する外国人ボクサーがリミットをオーバーしても、なし崩し的に試合をやってしまう。これ以上舐めらない為にも中止にした。」


1番目と2~3番目の説明には、若干の食い違い,齟齬があるけれど、それには後段で触れる予定。
◎前日計量


◎前日計量(アマプラ公式:フル)
https://www.youtube.com/watch?v=hWuuj-UUNvc


世界タイトルマッチの中止は、とりわけボクシング・マーケットが1970年代半ば以降、つるべ落としのごとく縮小の一途を辿り続けてきた我が国においては、それぐらい難しいという話である。

今回の興行を仕切るのは業界最大手の帝拳であり、世界戦が3つ組まれていた上に、メインは中谷潤人とアストロラビオのバンタム級タイトルマッチ。田中の試合がセミ格だったことが幸いした。

これがもしも、田中の防衛戦をオオトリに据えた畑中会長の手掛ける自主興行で、「名古屋近辺での開催+地元地上波のCBCが全面的にバックアップ」だったとしたら、果たしてどうなっていただろう。ロドリゲスが何キロで計量していようが、キャンセルできなかった可能性が高いと見る。


ハナからリミットを作る気など無かった。大幅なウェイトオーバーを追い風に、あわゆくば4階級制覇王者に勝ったという既成事実を手にできるかもしれない。もともと分が悪過ぎるマッチメイクで、負けて当然のアンダードッグ。結果がどうであれ、悪くない報酬と観光も付いて来る・・・。

こいつら、適当な言い訳を並べてるだけなんじゃないのか。本人の口から直接事情を聞かないと、田中自身到底承服できなかったのも確かだと思う。にしても、田中本人がスペイン語の通訳を連れ立って(いた筈)、ホテルにいるロドリゲスを直撃しての直談判を、本田・畑中両会長がよくぞOKしたものだと感心する。

何だかんだ言いながらも、この点だけは前向きな評価に値するし、旧態依然とした日本のボクシング界も、歩みは遅くごく僅かづつではあるが、じりじりと動いていると実感できたのは救いだった。


そして田中が直に確認したロドリゲスの言い分は・・・。

「4階級制覇の偉大な王者を倒して世界チャンピオンになる。本気でそう考えていた。それがこのような事になって、リングに立つことすらできない。本当に申し訳ない思いで一杯だ。幾ら詫びても詫び切れない。」

「プロとして恥ずべき事態を招いた。3歳になる娘の父(もう1人男の子がいる)として、1人のプロボクサーとして、この試合に関わったすべての人々に顔向けができない。」

あくまで不測の出来事であり、確信犯のウェイトオーバーではなかったのだと、計量後にチームを代表して囲み取材に応じたプロモーターを名乗るパコ・ダミアンなる人物の主張(詳細は後述)の繰り返し。

「パコ・ダミアン?」

どこかで聞いたことがあるぞと、モヤっとした記憶を解きほぐしながら黙考およそ2~3分。「あっ!」と思い当たった。今年2月、今回と同じ国技館で田中と相まみえたクリスティアン・バカセグアに帯同していたじゃないか。

team_Bacasegua
※左から:アルベルト・ベガ(チーフ・トレーナー),バカセグア,パコ・ダミアン

Paco_Damian_scale
※左:N.Y.ヤンキースのキャップを被ったダミアン/右:全裸で秤に乗るロドリゲス(右隣に立ち測定値を確認しているのが畑中会長)

バカセグア戦で帝拳(2月の興行も仕切りは本田会長)との繋がりは出来ていた。仕事に対する一定の評価と信頼もあった筈で、交渉もまずまずスムーズに運んだものと推察する。がしかし、折角の関係にも大きな傷を残すことになってしまった。

田中のyoutubeチャンネルに何かアップされるかもしれないと、記事を書きながら待っていたら、試合当日のやり取りをそのまま録画したものと、事後の感想を聞く2本が公開された。

アポイントの段階で、撮影と公開についてロドリゲス陣営の承諾も得ていたのだろうが、出しても「事後の感想」だけだと思っていたので、少し驚いた。閉鎖的かつ典型的な、村社会型組織と表すべき我が国ボクシング界において、これはエポックな出来事と言っていい。

ロドリゲス陣営も良く引き受けたものだ。非常識な体重超過で試合を中止にした当の本人を含むチーム全員が面会に応じて、多少の編集は入っているのだろうが、動画配信サイトにアップするなんて、情報公開に関する限り、日本が遥かに後塵を拝するアメリカでも見聞きしたことがない。

精神的なダメージと体調不良を理由に断るのが当たり前で、宿泊先のホテル以外のクローズドな環境を確保できる場所(例えば東京ドーム内にあるJBC事務局)を指定し、プロモーターのダミアン氏1人が応じるのが精一杯だと思う。

◎相手陣営との”怒りの”対談(田中の公式チャンネル)


◎対談の”裏の裏側”について話を聞いた
https://www.youtube.com/watch?v=zuA0qQUl-vw


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では、実際にロドリゲスの実力はどんなものなのか。「タイタン(Titan:スペイン語の発音はティタン)」というニックネームは、神話に語り継がれる巨人ではなく大物と訳した方が良さそうだが、ご大層なあだ名が泣き出すに違いない、確信犯の体重オーバーを平気でやらかすチンピラボクサーなのだろうか。

2015年の夏に4回戦でデビューしたプロ9年生。メキシコの丁度真ん中の辺りに位置するサン・ルイス・ポトシという人口70万超の大都市(同名の州の州都/標高1,850メートルの高地)に生まれ育ち、今も生活と活動の拠点にしている。

世界を伺うメキシカンらしく、相手の正面に立って駆け引きしながらプレスをかけて、ジャブ,ワンツー,ボディの連携で崩す正攻法のボクサーファイター。メキシコのトップクラスには昨今比較的珍しくなった、L字に近い構えを好む。

左(上下)を出し易くする意味もあるのだろうが、相手のレベルが上がると確実にディフェンスの隙が拡大する。いきなりの右や、振りの大きい強振を多用する傾向があり、メキシコ伝統のボディ&ステップワークの基本も習得はしているが、筋力に頼った打ち方なので上体が硬くなりがち。必然的に打たれると効き易く、後半~終盤のスタミナにも影響する。

手足&身体のスピードは今1つ。アンカハスに及ばなかったのも、スピード&シャープネスで遅れを取ったことが最大の要因。正対して同じテンポで駆け引きしている間はいいが、アンカハスの瞬間的な踏み込みやステップの切り返しに反応し切れなかった。

一目で遅いという程ではないが、ベストシェイプの田中の比ではなく、無駄に真正面から打ち合う悪弊さえ自制できれば、問題なく大差の判定で防衛成功。

ジャブとカウンターの精度、左ボディのタイミング次第でKO(TKO)も有り得ると思うけれど、バカセグア並みにタフではある為、判定決着の公算が大だったと思う。直前のオッズが圧倒的な差になったのは、低いランキングだけが理由ではない。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
田中:-900(約1.11倍)
ロドリゲス(メ):+550(6.5倍)

<2>betway
田中:-1000(1.1倍)
ロドリゲス(メ):+550(6.5倍)

<3>ウィリアム・ヒル
田中:1/10(1.1倍)
ロドリゲス(メ):11/2(6.5倍)
ドロー:18/1(19倍)

<4>Sky Sports
田中:1/9(約1.1倍)
ロドリゲス(メ):6/1(7倍)
ドロー:22/1(23倍)


すっとメキシコ国内のローカル・ファイトで戦い続けてきたが、2020年以降チーフ・トレーナーとしてチームをまとめるマルコ・ロドリゲス(血縁関係は無し)によると、「プロモーターに恵まれなかったことが、キャリアアップを妨げた最大の原因」だという。

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※左から:マルコ・ロドリゲス(トレーナー),ロドリゲス本人,ロベルト・サラスア(ロドリゲスを直接保有するプロモーター:ダミアンとの関係,契約内容や役割分担等不明)

メキシコも日本と同様、ボクシングを中継する地上波TV局(アステカTV・テレビサ等)と直接契約するプロモーターは限られた有力者のみで、TVで売り出す為には、それなりの政治力と資金力を持ったローカル・プロモーターを介して、TV局の窓口となっている有力プロモーターと交渉する必要があるが、そうしたローカル・プロモーターはほとんどいないらしい。

この点も、帝拳グループ以外にアメリカとメキシコを中心とした北米のマーケットと直接交渉できるプロモーターが存在しない我が国と共通する。井上尚弥を直接保有する大橋会長でさえ、ボブ・アラムやオスカー・デラ・ホーヤ,エディ・ハーン,アル・ヘイモンらとの直接交渉は行わず、帝拳の仲立ちでトップランクと共同プロモート契約を結んでいる。

高齢の本田会長(76歳)が浜田剛史代表(63歳)に全権を委譲して完全に隠居するか、もしくは天に召された後、このパワーバランスがどう変化して行くのか。そこは国内のマニアにとって、見逃すことのできない権力闘争になる。


そうした意味において、エディ・ハーン率いるマッチルーム・ボクシングの日本進出宣言と、スペインを代表するスター選手イニエスタをJ1ヴィッセル神戸に仲介したNSN(Never Say Never:スポーツ・マネジメント企業),楽天チケットがパートナーシップを結び、ボクシング界の窓口として亀田興毅が登場したのは、業界のヒエラルキーに楔を打つ驚くべき展開だった(個人的には驚天動地と言いたい)。

天皇と呼ばれた先代本田明会長の御世から、延々と続く帝拳による支配体制もどうかと思う。がしかし、幾ら何でも亀田は無い。どう考えても超特大のミステイクとしか思えなかった。

だから、亀田興毅が手掛ける興行でトラブルが相次ぎ、マッチルームの一時撤退(仕切り直し)が報じられた時には「ああ、そうだろうな」と安心したのも束の間、亀田シンパの姿勢を一貫して変えない渡嘉敷会長が共同主催者となり、7月15日に第1回目の興行が行われている。

渡嘉敷会長と同じく、業界内では亀田擁護派の筆頭格と目されるワタナベジムでマネージャーを務めた後、亀田一家が興した「3150ファイト」に移った深町信治氏が、イベントの総合プロデューサーに収まっていることから、二枚腰・三枚腰の亀田一家らしく、転んでもタダでは起きない。本件については、いずれ記事をアップする予定。

閑話休題。メキシコ国内の話に戻る。


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◎田中(28歳)/前日計量:114.9ポンド(52.1キロ)
現WBO J・バンタム級王者(V0),元WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:21戦20勝(11KO)1敗
世界戦通算11戦10勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
脈拍;73/分
血圧:112/82
体温;36.3℃
※計量時の測定
右ボクサーファイター


◎ロドリゲス(28歳)/前日計量:121.3ポンド(55.0キロ)
※2.9キロオーバーで失格。体調不良を理由に再計量を拒否した為、怒り心頭の畑中会長が試合中止を申し入れし了承された。
戦績:28戦25勝(17KO)2敗1分け
身長:165センチ,リーチ:169センチ
右ボクサーファイター

◎ファイナル・プレス・カンファレンス(抜粋)
<1>田中

<2>ロドリゲス

※ファイナル・プレス・カンファレンス(アマプラ公式:フル)
https://www.youtube.com/watch?v=V6L9QXkR_nQ

◎公開練習(田中恒成)
2024年7月10日/アマプラ公式
https://www.youtube.com/watch?v=dGx6MU6hofM


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◎【無料全編公開】 LIVE BOXING 9 『独占密着 那須川天心第4戦、中谷潤人、田中恒成、加納陸出場トリプル世界戦直前SP』|プライムビデオ
2024年7月6日/アマプラ公式