This is "Divino" Time ! /”神の顔”が圧勝V1 - R・エスピノサ vs S・チリノ レビュー 5 -
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■6月21日/フォンテンブロウ(フォンテーヌブロー)・ラスベガス/WBO世界フェザー級タイトルマッチ12回戦
王者 ラファエル・エスピノサ(メキシコ) TKO4R WBO2位 セルヒオ・チリノ・サンチェス(メキシコ)
王者 ラファエル・エスピノサ(メキシコ) TKO4R WBO2位 セルヒオ・チリノ・サンチェス(メキシコ)

ラミレスの出方に注視せざるを得ない第5ラウンド。開始直後、ジャンプするように左から飛び込むと、エスピノサの打ち終わり(リードを戻す引き手に合わせて)を狙ってクロス気味に左右を射し込み、挑発半ばのノーガードで誘う等々変化を付ける王者。
ところが、王者はその後が続かない。すぐに止まってしまう。比較的フィジカルに負担の少ない、お手軽な陽動に引っかかるほどエスピノサは青くも甘くもなかった。ラミレスの挑発に対して、ガードを降ろし上体を左右に揺するミラーリングをやりかけるが、瞬時にコンパクトかつ堅実なガードに戻し、ワンツーから左右フック&アッパーを上下に返すセオリーを再開。実直にプレッシャーをかけ直す。
ラミレスは左もろとものステップインを何度か試すも、ステップバックで捌かれ真っ直ぐ上体を立てて止まったところへ左フックを貰ってヒヤリとするなど、「サイズの壁」に阻まれ思うように突破口を見出せない。自分にもキツい本物の工夫が足りないのは明らか。楽(簡単・安易)な崩しを同じ調子で繰り返すのも、直る見込みの薄いラミレスの悪弊。
もっと深めのクラウチングでかがみ込み、ロマチェンコよろしく肩と頭を細かく素早く左右に振って揺さぶりをかけながら、左右両サイドへ斜めに切り込むように踏み込みざま、下(死角)から強打を打ち込むとか、何か思い切ったことをやらないと、このままジリ貧になりかねない。
「しんどいなあ・・・」
イスマエル・サラスの指導力を持ってしても、一筋縄ではいかないのがスーパー・エリートの矯正。本当にまずい状況に陥るぞと、先行きに暗雲が垂れ込め出したラウンド終了寸前、天才の真骨頂が閃く。
小さくスっと頭を沈めたラミレスが、やや右サイド前へステップインすると、右フックでエスピノサのアバラ付近を叩く。パンチ自体はさほど強くない。キューバ人の瞬間的なスピードに反応できず、チャレンジャーは細長い痩躯を左方向に傾けるのが精一杯。
返しの左を追加しようとするラミレスが、ステップの勢いそのままぶつかって、反動でエスピノサはロープ際まで後退。追撃の機を伺うラミレスを見て、ロープ伝いにさらに左サイドへ半歩動く。その際半身の左構えになっていたスタンスを、エスピノサが右構えに戻そうとするその瞬間、先ほどと同じムーヴで右フックもろとも飛び込むラミレス。
またボディを狙って来ると感じたエスピノサが、咄嗟に左の肘でアバラ~脇腹をカバーするが、何とラミレスの右は開いた上へと向かっていた。左の顔面をまともに痛打されたエスピノサが、腰から落ちて背中を着く。
◎試合映像:エスピノサ 判定12R(2-0) R・ラミレス
2023年12月9日/チャールズ・F.ドッジ・シティ・センター(フロリダ州ペンブロークパインズ)
※フルファイト(削除済みの可能性有り)
https://www.youtube.com/watch?v=N1G82bFVfas
ほとんど同じ動き方,同じ速さのステップ・インがそのままフェイントの役割を果たし、パンチの軌道だけが途中から変わる。しかもスピードに対応し切れていないのだから、これはもうかわしようがない。
そして予期していなかった分、効いていた。両方のグローブでキャンバスを押し、尻餅の上体から身体を持ち上げるが、足下が定まらずヨロヨロとフラつき、正面のロープにしがみつく。
即座にストップされても仕方のない状態だったが、地元フロリダから選出された主審は「前に出ろ」と手招き。右のグローブでロープを掴み、何とか身体を支えていたエスピノサが、両方の拳をバンと叩き戦意をアピールしながら、そろそろと1~2歩前に出る。フラついていないことを確認した主審が、速やかに再開を合図と同時にラウンド終了のベル。
◎1発目:囮の右ボディフック

◎2発目:決定打の右フック

◎ヒットの瞬間 ⇒ ダウン

「天は自ら助くる者を助く」
残り時間が10秒を切ってからの被弾だったこと、主審がすぐに止めずに1回様子を見てくれたこと(ホームのラミレスに加担せずに)が、エスピノサをKO負けの淵から救い出す。右手をロープから離したところでまたフラついていたら、間違いなく試合は終わっていた。
ハードワークを怠らない日々が、驚異的な回復力となって背中を押す。主審はこの間、エスピノサの両眼を真っ直ぐ見つめ続けて、視線を一切そらしていない。おそらくだが、メキシカンの瞳に精気が蘇っていたのだろう。鈍く虚ろな光のままなら、「前に出ろ」と指示はせず、そのまま止めていた筈。
もしもあと20秒残っていたら、ラミレスの猛攻でフィニッシュを迎えていたのは疑う余地がない。そんなこんなをひっくるめて、勝利の女神は微笑むべき男を選んだのである。
エスピノサが回復に努めた第6~第8ラウンド、形勢を逆転したラミレスは詰めの態勢に入るべく、手数を増やして攻勢を強めるのかと思いきや、単発の強打狙いでみすみすチャンスを逸してしまった。
清水戦や他の試合に限らないことだが、ラミレスを見ていていつも思う。どうしてここまでムキになって強振するのか。そもそも生粋のワンパンチ・フィニッシャーではないし、強引に振り回して一気に詰め切れるだけの破壊力にも恵まれていない。にもかかわらず、捨てパンチも込みの細かく丁寧な崩しを省略して、真正面からビッグショットを振るってはミスを繰り返す、単調なボクシングに自ら雪崩れ込む。
エスピノサが素晴らしかったのは、回復を図る間も手数と前に出る姿勢を維持したこと。手を出しながら休むべきところを休み、不必要な深追いと無駄な消耗を避けながら終盤戦に備えた。第8ラウンド、ラミレスが脱兎のごとく突っかけてパンチをまとめにかかった数少ないラッシュ(誤解を恐れず言えばこの試合唯一)も、コーナーを背負わされた後すぐに反撃に転じて押し返している。
第1章に記した左ショートのカウンターは、この日一度も火を噴かずに終わった。ラミレスがサウスポーだったことに加えて、スピード&クィックネスとムーヴィング・センスに優れていた為、打つチャンスを見出せなかった。
ただ、エスピノサのボクシングを形作る基礎とも言うべき左のヴァリエーションは、ラミレスに対しても十二分に機能していたと思う。
そして、この試合に懸けるエスピノサの執念、勝利への渇望は本物だった。戦術的ディシプリンに撤して一定のペースを崩さず、有効なジャブと左右のボディ,ショートアッパーでコツコツとラミレスを削り続け、第9ラウンド以降の4ラウンズをラミレスに渡さなかった。
ちなみに私の採点は、ニュージャージーの大ベテラン,スティーブ・ウェイスフィールドと同じ115-111。ラウンドごとの配点も寸分違わない。第11ラウンドだけは、ラミレスの強い左フックが2度エスピノサの顔面を襲う場面があり、ラウンド中盤の1発目はガードの上(それでもかなりの衝撃)だったが、終盤の2発目はクリーンヒットで、同じくニュージャージーから呼ばれたレブロン副審だけがラミレスに振ったのは、この2発を評価したものと考える。
他の2人はこの2発があってもなお、3分間のラウンド全般を通じて前に出続け、手数を絶やさず着弾の数ともども大きく上回るエスピノサを支持した。挑戦者の加撃も着実に王者を弱らせていたし、私も同様の立場を取る。
最終ラウンドのラミレスは、明らかに逃げ切り態勢に入っていた。まともな被弾を回避しながらエスピノサの打ち疲れを待ち、取ったと確信していたに違いない11回のように、左の強打を1発か2発決めればいい。スコアは拮抗しているだろうが、全12ラウンズ中11ラウンズの振り分けを五分と想定して、第5ラウンドのダウンが決め手になる。
しかし、エスピノサはまるで違っていた。「このラウンドを取らなければ勝てない」と闘志を奮い立たせ、疲労困憊の肉体に鞭打ち、覚悟を決めて渾身のパンチを振るい続けた。
11回を終えた時点で800発を優に超えるパンチを出し続けたエスピノサは、さらに3発~4発(もしくはそれ以上)をまとめるコンビネーションで攻め続ける。何と最終回に121発ものパンチを放ち、うち48発を着弾させた(この試合最多)。
2~3発目までは何とか防げても、4発目以降はかわし切れない。ラミレスの我慢も限界に近づきつつあった。エスピノサの気迫と手数に押されたラミレスは後退を繰り返し、休み無く放たれるコンビネーションに耐え切れなくなり、遂に自ら膝を着く。
こうして、驚天動地のメガ・アップセットが陽の目を見たという次第。無冠となったラミレスがエスピノサの控え室を訪れて、自からハグを求めて勝利を称える映像がトップランク公式チャンネルにアップされていた。
どんな言葉を持ってしても語り尽くすことのできない、人の心を直截揺さぶる感動的な映像。ボクシングの存在意義と価値、その魅力を余すところなく、最も訴求し得る究極のノーサイドと言い換えてもいい。
世界挑戦までに10年を要した点について、「サイズとパワーを理由に(有力なランカーや地域王者クラスから)避けられ続けた」為だと、エスピノサ自身は述べている。
中国武漢での異変発生が報告される前年から始まった長期のレイ・オフは、「そんな単純な理由で説明がつかない」と思うけれど、本人とマネージメントが明かさないのか、メディア関係者が誰も聞かないのかは別にして、経歴と同様不明としか言いようがない。
そう遠くないうちに、英語による詳しいインタビューが行われることに期待したい。
◎エスピノサ(30歳)/前日計量:125.6ポンド
戦績:25戦全勝(21KO)
アマ経験:戦績も含めて不明
身長.リーチとも185センチ
右ボクサーファイター
◎チリノ・サンチェス(29歳)/前日計量:125.6ポンド
戦績:25戦23勝(12KO)2敗
アマ戦績:不明
2014年中米カリブ大会(ベラクルス/メキシコ)バンタム級銅メダル
※準決勝でロベイシー・ラミレスに0-3ポイント負け
ナショナル・オリンピック(階級不明)
2008年:銅/2010年:銀/2012年:金/2013~14年:銀
プリメーラ・プエルサ全国選手権(Campeonato Nacional de Primera Fuerza/英訳:First Force Championsip)
2013年:金/2014年:銀/2016年:金(階級不明)
※チリとドミニカで開催された国際大会でも銀メダル獲得(大会の正式名称・年度・階級不明)
WSB(World Series of Boxing):8戦
身長.リーチとも175センチ
右ボクサーファイター
◎前日計量
※前日計量(フル映像)
https://www.youtube.com/watch?v=arM4EXmo1zk
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■オフィシャル
主審:ラウル・カイズ・Jr.(米/カリフォルニア州)
副審:
ティム・チーザム(米/ネバダ州)
マックス・デルーカ(米/カリフォルニア州)
スティーブ・ウェイスフィールド(米/ニュージャージー州)
立会人(スーパーバイザー):クレイグ・ハッブル(米/カリフォルニア州/WBO法務顧問:Administrative Advisor)
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■チリノ・サンチェスについて
まるでいいところなく敗れた挑戦者にも、少しだけ触れておきたい。戦績にも記載済みだが、チリノ・サンチェスはボクサーだった父セルヒオ・シニアの手解きを受け、ジュニアの時代から代表チームに召集されるエリート選手だった。
7歳で実戦デビューした時から、今に至るまで変わらぬ師弟であり、欧米では頻繁に目にする親子鷹である。中米カリブ大会で獲得した銅メダルが最大の勲章。
世界選手権やパン・アメリカン・ゲームズ、パン・アメリカン選手権には出場しておらず、五輪代表候補だったとは言え、筆頭ではなかった模様。それでも、WSB(World Series of Boxing)の契約選手になって8試合を戦った記録があり、メキシコ国内のトップレベルで競っていたのは間違いない。
代表チームで27年も教えたフランシスコ・ボニージャというベテラン・コーチの薫陶を受け、フェルナンド・ベルトランの下でプロに転じた当初、地元(オアハカ州/出生地は地チアパス州)では将来の王者候補と目されるほど期待を集めている。

※左から:チリノ・サンチェス,フリオ・セサール・チャベス,チリノ・シニア(実父/トレーナー兼マネージャー)
ただし、ダメージを受けると途端に怖気づく気弱な面があり、プロ初黒星を喫したマウリシオ・ララ(元WBA王者)戦では、第2ラウンドに鼻先を痛打されて出血すると、インターバル中に棄権。おそらく鼻骨を骨折したものと思われるが、ヒッティングによる負傷だった為TKO負けになった。
あらゆるスポーツが気合と根性に支配されていた昭和の日本なら、「だからアマ上がりは・・・」と取材記者に容赦無く叩かれただろう。あのヘナロ・エルナンデスが、ライト級で日の出の勢いのデラ・ホーヤに挑戦した際、やはり鼻骨骨折を理由に途中棄権したが、WOWOWエキサイトマッチの解説席にいた浜田剛史元王者(現帝拳代表)が、「鼻が折れたぐらいで、これだけの大きな試合を棄権するとは・・・」と絶句していたことを思い出す。
初回にいきなり強烈なダウンを喫してしまい、どうなることかと思ったけれど、反転攻勢に出る気配は皆無に近く、ハートの強さを見せることなく、一方的に打ちまくられて終了した。
ロベイシー・ラミレスへの挑戦にしても、先行してランキングに入っていたチリノにお鉢が回りそうなものだが、ベルトランが敢えてエスピノサを推したのも頷ける。正攻法のボクサーファイターで、試合振りはまずまず好感が持てるのだが・・・。
困ったことに、チリノ・サンチェスにはよろしくない記事も出ていて、エスピノサ戦の直後、酒に酔ってスクーターの3人運転(!)に興じ、重大事故を引き起こしたとのこと。チリノ本人は頭部に打撲を負ったものの、幸運なことに命と身体に別状は無かった。
しかし同乗者の1人に十代の女子ボクサーがいて、脊椎か頚椎を傷めたらしく、車椅子の生活を余儀なくされる恐れがあるという。これ以上詳しい続報が見当たらず、女子ボクサーの父親がチリノを訴える可能性もあるらしい。
また、チリノには別なスキャンダルもあって、昨年15歳の少女と性的交渉を持ったことが発覚(暴行か否かは不明)、起訴される寸前で示談が成立し釈放されたという。
2018年には傷害事件も起こしていて、被害者に15万ペソ(当時のレートで約130万円)を支払っている。プロ・アマを問わずワールド・クラスのアスリートに、自身の立場を履き違えているとしか思えない事件や醜聞はけっして珍しいものではないが、この選手にも救い難い一面があると思えてならない。
◎当該記事
"Chirino" acosador de menores y violentador de mujeres
2024年6月25日/オアハカ・オンライン
https://www.oaxacaenlinea.net/single-post/chirino-acosador-de-menores-y-violentador-de-mujeres
◎チリノ・サンチェスの試合映像
<1>チリノ 判定10R(3-0) アリー・ローレル(比)
2021年12月4日/グアナフアト州レオン
サンフェル(ザンファー:Zanfer)公式facebook
https://www.facebook.com/zanferboxing/videos/sergio-chirino-s%C3%A1nchez-vs-alie-laurel/392453266383518/
<2>マウリシオ・ララ TKO2R終了 チリノ
2018年11月29日/モンテレイ
https://www.dailymotion.com/video/x7rewgp
<3>アマ時代:ロベイシー・ラミレス 3-0 チリノ
2014年11月25日/ワールド・トレード・センター,ベラクルス(メキシコ)
中米カリブ大会バンタム級準決勝
https://www.youtube.com/watch?v=DDqhWMXPKUM