カテゴリ:
■6月21日/フォンテンブロウ(フォンテーヌブロー)・ラスベガス/WBO世界フェザー級タイトルマッチ12回戦
王者 ラファエル・エスピノサ(メキシコ) TKO4R WBO2位 セルヒオ・チリノ・サンチェス(メキシコ)
Espinoza-Won-Worldtitle
昨年12月9日、フロリダの小さなローカル会場に登場したエスピノサは、10倍を超えるとてつもないワイド・マ-ジンのオッズをものともせず、キューバが誇る五輪連覇の天才サウスポーから奇跡的と称すべき逆転勝利をもぎ取り、4つある世界タイトルのうちの1つ,WBOのベルトを手中にした。

デビューから丸10年を経て、遂に巡って来たワン・チャンス。判定(2-0のマジョリティ・ディシジョン)を聞いたエスピノサは、感激の余りその場に泣き崩れている。

挑戦がリリースされた昨年9月の時点では、「エスピノサ?。いったい誰?・・・」というのが率直な反応だった。タイトル歴が皆無な上に、主要4団体すべてでランク外。お膝元のWBCでさえ、挑戦権を認められた15名はおろか、40名(主要4団体中WBCだけ40位まで公表)の中にすら選ばれていない。

衆目を惹くのは異様なタッパのみと言ってよく、全勝記録とKO率の高さ(91%:23勝21KO)も、レコードブックにはこれといった目ぼしい名前は無く、「言われてみれば確かに」という状況。

「全勝記録なんて相手を選べばどうにでもなる。パンチはそこそこあるんだろうけど、KOの数だって同じこと。その気になれば、マッチメイクでいかようにも・・・」

リング誌をはじめとする複数の在米専門メディアが、2023年度のアップセット・オブ・ジ・イヤーに選出したのもむべなるかな。


我らがジャパニーズ・モンスター,井上尚弥との来るべき決戦に向けて、用意周到に事を運ばんとする青写真を根こそぎひっくり返されたアラムだが、当該記事の第1章に記した通り、ベルトランとの間でエスピノサの共同プロモート契約を締結済み。

初挑戦の契約には再戦条項も含まれているらしく、先月29日にマイアミで行われたテオフィモ・ロペス vs スティーブ・クラゲットのアンダーに登場したラミレスは、26歳の中堅メキシカンを7回TKOで一蹴。本年度内の奪還のみならず、4団体統一への野望(?)にあらためて言及した。

主要4団体がいずれも禁止を謳う(有名無実)ダイレクト・リマッチの回避と、ラミレスの現状を再確認する為のチューンナップを、ほぼ同じタイミングで実施したとの流れ。


以下にオフィシャル・スコアを示すが、攻めつ攻められつの試合内容を反映して採点は競っていた。仮に最終ラウンドのダウンが無かったとしても、0-2のマジョリティ・ディシジョンが1-2のスプリット・ディシジョンに変わるだけで、エスピノサの勝利は動かない。

という何も意味を為さない考察も含め、結果が出てしまった勝負事に「たら・れば」を持ち込んで、ああだこうだとやってもしようがないのは百も承知の上で、しようもない仮説を敢えてこねくり回してみる。

■オフィシャル・スコア
副審:0-2でエスピノサを指示
スティーブ・ウェイスフィールド(米/ニュージャージー州):111-115
ベノワ・ルーセル(カナダ):112-114
エフレン・レブロン(米/ニュージャージー州):113-113

◎オフィシャル・スコアカード
offc_scoracard-S
◎清書
offc_scoracard-clean
◎最終12ラウンドのダウンが無かった場合
offc_scoracard-clean3

副審3名の配点が割れたのは、第3,第9,第11の3ラウンズ。このうちどれか1つ、例えば第11ラウンドについて、カナダから招聘されたルーセル副審がラミレスに振っていたら、0-1のマジョリティ・ドローとなりラミレスの防衛になる。
offc_scoracard-clean3
さらに上記の条件に加えて、もしも最終ラウンドのダウンが無かった場合、2-1のスプリットでラミレスの手が挙がり、勝敗そのものが逆転してしまう。
offc_scoracard-clean4

エスピノサが奪い返したダウンは、ポイント上は勝敗を左右しなかったけれど、ハグ・アップセット(Hug-Upset)に妥当性と正当性を与える印象に大きく寄与した。いわゆる”ダメ押し”である。

ここまでスコアをあれこれ見るまでもなく、最終ラウンドをラミレスが取っていたら、2-1のスプリットで勝敗は変わっていた。ラストの攻防が分水嶺であったことは間違いない。

◎最終ラウンドをラミレスが取った場合
offc_scoracard-clean5


当初日程は11月4日と発表されたが、後日12月9日開催にリ・スケジュール。開催地は、予定通りマイアミ近郊のペンブロークパインズでフィックス。米国最大規模のキューバ移民コミュニティを有するフロリダは、ガンボア&リゴンドウなど亡命キューバ人ボクサーはもとより、アメリカン・ドリームに引き寄せられるラテン系ボクサーの活動拠点として重要な役割を担う。

トップランクが収容人員3千人規模の屋内競技施設を選んだのは、ラミレスの人気=集客力を冷静に値踏みした上で、米国内ではまったく認知されていない無名のチャレンジャーを考慮した結果だろう。

序盤の4ラウンズは、リサーチ&サーベイを兼ねたペース争い。カナダから呼ばれた副審1名が第3ラウンドを王者に与えた以外、エスピノサが完全にポイントを抑えているが、互いに明白なダメージを伴う加撃は無く、評価の優先度が一番高い筈の「有効なクリーンヒット」についは互角の判断にならざるを得ない。

圧倒的に差が付いたのは手数。以下に第4ラウンドまでのトータル・パンチ・スタッツを示すが、評価項目第2位の「アグレッシブネス(手数を伴った前進)」は一目瞭然で挑戦者。どちらかに必ず振り分けろと強制されたら、エスピノサに振るしかなくなる。
1-4R-punch-stats

ESPNのアン・オフィシャル・ジャッジを務めるマーク・クリーゲルも、フルマークでエスピノサに付けていた。クリーゲルはN.Y.ポストのコラムニストやNFLネットワークのアナリスト、Fox Sportsのインタビュー番組等を歴任した人で、ボクシングの親子鷹を題材にした著述でも知られている。
1-4R-ESPN-unoffc_score
映画化されたレイ・マンシーニ親子の物語「The Good Son: The Life of Ray “Boom Boom” Mancini」で注目を集めた他、60~70年代に活躍したNFLのスタープレイヤー,ジョー・ネイマスの評伝「Namath: A Biography」が特に名高い。

オフィシャル・スコアカードの画像を最初に見た時、第3ラウンドをラミレスに振ったカナダ人ジャッジに、いったい何を根拠に採点したのか聞いてみたい衝動にかられた。


規格外のサイズを持つ挑戦者であるがゆえに、距離(間合いとタイミング)とパンチ力の測定に時間を使うラミレスも、間断無くジャブ,ワンツーを突き、ショートアッパーをカチ上げるエスピノサのどちらも、駆け引きの範疇を超える攻勢はなし。

そうした中で、ホーム・アドバンテージを持つ王者は「1発狙い(カウンター)」に終始しがち。いつもの悪い癖と言ってしまえばその通りで、おそらくなのだが修正する気がない。それでも時折放つ大きめの左右フックは、けっして本気ではないものの、振り出しのタイミングとムーヴは「流石!」と言わざるを得ない。

何気ないステップやウィーブ,フェイントのかけ方等々、身のこなし1つ1つのいちいちに、質の高いボクシング・センスが横溢する。

一方の挑戦者。着弾率の低さから、下からアッパー気味に振り上げるメキシカンスタイルの遅れて届くフックを主体に、遠心力を使ってブンブン振り回す姿を想像する人もいると思うが、現実のエスピノサは正攻法の丁寧に戦うボクサーファイター。ガードやブロックの上だったり、身体のどこかに当たっていて空振りは少ない。

清水聡戦をご記憶の方ならお分かりだと思うが、背の高い相手に対してパンチが大きくなるのは止むを得ないにしても、打ち方は五輪連覇のラミレスの方がむしろ粗く、ただ完全な空砲が少ないのは同じ。

そして観客とジャッジに好印象を与える手法、見せる術を心得ている。少ない手数を有効に使うのが上手い。明確なダメージの有無を何よりも重視する20世紀(昭和)のスコアリングなら、10-10,5-5のイーブンがズラリと並ぶ。

五分五分の展開をそのままポイントとして表現できない、反映させまいとする「10ポイント・マスト・システム」の、それも80年代半ば以降、急速に拡大浸透した全ラウンドを対象とした振り分け採点の弊害。がしかし、残念ではあるが悪法も法なり。


「この挑戦者、なかなかやるな・・・」

前半4ラウンズを終えた時点で、会場に集まった観客と視聴者の多くがそう感じたのではないだろうか。並外れた大きさとパンチ力だけが頼りの木偶の坊などではない。焦ったり慌てたりする必要は無い時間帯で、実際ラミレスは余裕を失ってもいないけれど、王者を支えるコーナーがどうポイントを読み、中盤戦をどう戦う(立て直す)のか。


※Part 5 へ


◎エスピノサ(30歳)/前日計量:125.6ポンド
戦績:25戦全勝(21KO)
アマ経験:戦績も含めて不明
※ESPNの中継で「アマ11戦」との紹介有り
身長.リーチとも185センチ
右ボクサーファイター

◎チリノ・サンチェス(29歳)/前日計量:125.6ポンド
戦績:25戦23勝(12KO)2敗
アマ戦績:不明
2014年中米カリブ大会(ベラクルス/メキシコ)バンタム級銅メダル
※準決勝でロベイシー・ラミレスに0-3ポイント負け
ナショナル・オリンピック(階級不明)
2008年:銅/2010年:銀/2012年:金/2013~14年:銀
プリメーラ・プエルサ全国選手権(Campeonato Nacional de Primera Fuerza/英訳:First Force Championsip)
2013年:金/2014年:銀/2016年:金(階級不明)
※チリとドミニカで開催された国際大会でも銀メダル獲得(大会の正式名称・年度・階級不明)
WSB(World Series of Boxing):8戦
身長.リーチとも175センチ
右ボクサーファイター

◎前日計量


※前日計量(フル映像)
https://www.youtube.com/watch?v=arM4EXmo1zk


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:ラウル・カイズ・Jr.(米/カリフォルニア州)

副審:
ティム・チーザム(米/ネバダ州)
マックス・デルーカ(米/カリフォルニア州)
スティーブ・ウェイスフィールド(米/ニュージャージー州)

立会人(スーパーバイザー):クレイグ・ハッブル(米/カリフォルニア州/WBO法務顧問:Administrative Advisor)