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■5月6日/東京ドーム/4団体統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 井上尚弥(日/大橋) vs WBC1位 ルイス・ネリー(メキシコ)




「過去イチ、仕上げなければならない。」

3月6日に東京ドームホテルで行われた発表会見で、我らがリアル・モンスターは決意の一端をそう表現した。

カス・ダマトの下で鍛え上げた鉄壁のスタイルを自ら崩壊させ、不調の二文字では語り尽くせない数多くの問題を抱えたマイク・タイソンが、即決KOで沈むと思われていたジェームズ・バスター・ダグラスに歴史的なアップセットを許し、10カウントの10回KOに沈んで以来、34年ぶりに実現した東京ドームでのボクシング興行。


タイソンは1989年3月と1990年2月の2回、3団体(WBA・WBC・IBF)統一ヘビー級チャンピオンとして来日し、東京ドームで戦っている。

1988年に発足したWBOは、この時点では先行きの知れない新興マイナー団体に過ぎず、在米ファンと主要ボクシング・メディアから、世界タイトルとしての権威を認められていなかった。

1983年にスタートしたIBFも、老舗2団体と同格の扱いは受け切れておらず、1段低い評価に甘んじる。1968年に始まった、WBA・WBC2団体時代の末期と言い換えても差支えがない。

そうした時代、バブル景気に浮かれる経済効果の恩恵が、タイソンの招聘を可能にしたのだが、イベントを取り仕切った帝拳の本田会長は、「東京ドームは大き過ぎる。(ボクシング興行には)向かない」と後に語っている。

確かに、一瞬の攻防を見逃せないスピードに溢れたボクシングの魅力を堪能する為には、後楽園ホール(2千人収容)ぐらいの規模が最適だとは思う。


とにもかくにも、井上尚弥という、ドメスティックに閉じこもり続けた日本ボクシング界の常識や規格を根こそぎひっくり返す、超弩級の才能があってこその話であり、その事実を誰よりも深く理解しているからこその言及に違いなく、この巨大イベントを成功裏に締め括る重大な責任を自ら双肩に担う。

そして、連続V12の防衛記録を成し遂げ、ホール・オブ・フェイマーの栄誉に浴した具志堅用高の最多記録に迫る山中慎介に勝たんが為、”メキシコ産牛肉”に手を出し、禁止PEDの使用がバレると、再戦では意図的かつ大幅な体重オーバーで体力を温存する。

不埒極まるチンピラ・ボクサーをグウの音も出ないほど叩きのめして、ファンの溜飲をここぞとばかりに下げると同時に、二度と日本のリングに立てないよう、リアルなけじめを着ける。その任を全うできるのは、自分を置いて他にはいない。


また、大橋,本田両会長に恥をかかせるような事態が万が一にもあってはならず、であるからこそ、これまで以上の圧倒的なパフォーマンスを己に科す。

「とてつもない試合ができる。」

ファイナル・プレッサーでも、さらに強い意志を滲ませながら述べていたが、おかしな力みや余計な気負いは微塵も感じられない。どこまでも落ち着き払って、一言一句にリアリティが香り立つ。

頼れる男とは、こういう人を言うのだろう。


◎「ホワイド・タイガー(白虎)」をイメージしたチームTシャツで笑いを誘う
2024年04月10日/oricon


◎公開練習(2Rのシャドウとヘビーバッグ)
2024年04月10日/サンケイスポーツ



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■入念に準備された”ネリー対策”,だが・・・

山中との2試合をきっかけに、JBCはネリーに無期限の追放処分を下す。ファンも含めた日本ボクシング界の総意ではあるが、「無期限」と「永久」はイコールではない。これが日本語の厄介(便利)なところで、「永久追放」の解除は極めてハードルが高く、それに比して「無期限追放」の解除は存外優しい。

またまた古い話で恐縮だが、プロレス&キックとの交流を頑なに禁止し続けてきたボクシング界の禁を破り、キックとの合同興行を主張し続けた協栄の金平正紀先代会長が、モハメッド・アリの来日と興行(WBA10位マック・フォスターとのノンタイトル15回戦)を巡る騒動をきっかけに日本プロボクシング協会(JPBA)を除名処分となり、同じ野口ジムの流れを汲む一門のジムと第二ボクシング協会設立に動き、業界を二分する事件が勃発した。

最大の功労者,ファイティング原田が1970年に引退。後を託された西城正三,小林弘,沼田義明の3王者もリングを去り、2階級制覇を期待された大場政夫が悲劇的な交通事故死を遂げ、ボクシング人気は急速に下降線を辿り出す。

TVアニメが製作されるほど熱狂的な支持を集めた沢村忠に牽引され、台頭するキックがボクシングに取って代わろうとする中、輪島功一,ガッツ石松の2王者が全国区の認知と人気を獲得。世界戦だけはスポーツ・コンテンツとして特別な地位を維持していたことと、両派間が相乗りする興行も組まれて、完全な断絶には至らなかった為、それなりに報道はされたものの、熱心なファン以外は両派の対立に気がつかなかった。


分裂は1972年4月~1980年(協会の統合は1976年11月)まで、およそ8年半の長きに渡って続く。戦前・戦後を通じて、日本のボクシング界は幾度となく離合集散を繰り返してきたが、今に至るまでこれが最後の分裂騒動になる。

この時も正式な処分は協会による「無期限の除名処分」であり、JBCが協栄ジムに付与するラインセンス(クラブオーナー,プロモーター,マネージャー,トレーナー)に変動は無し。JBCは「あくまで協会側の問題」との見解を示して中立の立場を取り、両派の興行を公式戦として認め、従来通りの対応を堅持した。

金平会長が見出した具志堅用高の人気におんぶに抱っこ状態が続き、既存の勢力からは具志堅に匹敵するスターが現れない。勢いと主導権を握っていたのは第二協会で、既存の協会側が頭を下げて和解するしかない状況。対立は金平会長の事実上の勝利で幕引きとなった。


歴史は繰り返すと良く言われるが、ただの一度も公の場で謝罪をせず、それを持って日本ボクシング界から「永久追放」された筈の亀田史郎が、いつの間にかトレーナーライセンスを許可され、現場復帰を許されている。

パワハラやセクハラ等々のスキャンダルを流布され、まさしく石持て追われた筈の安河内剛元事務局長(一般職員に降格の後解雇)は、何故か亀田一家が申し立てたライセンス失効を不当とする損害賠償訴訟と呉越同舟となり、不当解雇を訴えた裁判に勝ち、三兄弟のライセンス復活と時を同じくして、臆面もなく事務局長の職に復帰。

JBC職員の安河内は「解雇」だから、勝訴した以上は即時復帰が認められる(実際に戻るか否かは別問題だが・・・)。亀田の親父さんもまた、「永久」ではなく「無期限」の資格停止処分だった。

バブリーな亀田ブームが頂点を過ぎた後、内藤大助に頭突きを繰り返して王座を強奪した興毅が、「もう大丈夫。充分に衰えている」と侮ったポンサックレックに完敗を喫した直後、タイから派遣された立会人と安河内事務局長を控え室に監禁し恫喝した一件(メキシコでプロデビューした和毅も一緒)は、忘れてはいけない不祥事の筆頭。

「お前との会話は全部録音してある。ブチまけてクビ取ったる!」

親父さんの怒声はドアの外まで響き渡り、集まった取材記者たちが有り得ないカミングアウトを報じた。

※「クビ取ったるど、こら!!」 亀田父恫喝で「永久追放」か
2010年3月29日/J-CAST
https://www.j-cast.com/2010/03/29063311.html?p=all

「遅かれ早かれ親父殿も・・・」と覚悟はしていたけれど、残念無念の極みと申し上げる以外にない。要するに、似て非なるものなのである。


アザト・ホヴァニシアン(アルメニア)との挑戦者決定戦(2023年2月18日/カリフォルニア州ポモナ開催)が公表されたタイミングで、井上陣営が他団体の指名挑戦者(WBA:ムロジョン・アフマダリエフ,IBF・WBO:サム・グッドマン)を優先した場合、WBCが指名戦履行に猶予を与えず、ネリーに暫定王座決定戦を融通するのは自明の理。

あるいは、かつてのセルヒオ・マルティネスやロマチェンコのように、ダイヤモンド王座だのフランチャイズ王座だの、訳のわからないご都合タイトルに横滑りさせられ、戦わずして正規王座をネリーに奪われる。

最悪のパターンが、我らがホルヘ・リナレス。練習中に右拳を負傷してデシャン・ズラティカニン(モンテネグロ)との指名戦延期を申し入れたが、本田会長の要請にもかかわらず休養王者に追いやられた。

理由は簡単で、契約を巡ってトップランクと揉めてしまい、2年半に及ぶブランクを余儀なくされていたマイキー・ガルシア(米国籍だがメキシコ系のトップスター候補)の実戦復帰に、ようやく目処が立ったからである。


フランクリン・ママーニ(ボリビア)との正規王座決定戦に勝利したズラティカニンに対して、WBCはライト級での再起を表明したマイキーとの指名戦を通告。故障が癒えて一足早く英国行き(WBA王者アンソニー・クローラとの第1戦)が決まったリナレスには、マルティネスよろしくダイヤモンド王者の称号を与えて、承認料だけは逃さない。

クローラを明白な12回3-0判定に退け、リナレスは事実上の2団体統一を果たしたが、熱望したマイキー(S・ライト級に転出)とのWBC内統一戦は実現せず、ロマチェンコに逆転KO負けを喫して無冠となる。

3階級制覇に成功したウクライナのハイ・テクは、WBA王座の初防衛戦でホセ・ペドラサ(プエルトリコ)からWBO王座を奪うと、リナレスに敗れたルーク・キャンベル(英)との決定戦を承認され、マイキーが放棄したWBC王座を吸収。

晴れて3団体統一王者となり、IBF王者テオフィモ・ロペス(米)によもやの判定負け。確実視されていた4団体統一の栄誉を、若き伏兵に譲る破目となった。


1975年の暮れから2014年1月(82歳で病没)まで、40年近く会長を務めたドン・ホセ・スレイマンの時代から、お膝元のメキシカン優遇はWBCの恒例行事と化しており、後継の椅子を世襲した御曹司マウリシオ・スレイマンも、着実にその流れを受け継いでいる。

もっとも、フルトンに圧勝した直後、井上自身が明らかにした「S・バンタムで戦うべき4名」に、WBA&IBF王者タパレス,アフマダリエフ,バンタム級時代に対戦を流したジョンリエル・カシメロとともに、ネリーも含まれていた。

赤穂亮との復帰戦で衝撃的な強さを披露したカシメロは、小國以載との元王者対決で意外なもたつきぶりを見せて大きく後退。伊藤雅雪が興したTBP(Treasure Boxing Promotion)とプロモート契約を結び、石井一太郎会長(横浜光)がともにハンドリングするとは言え、体重超過やドタキャン,過剰なトラッシュトークなど、ネリーに引けを取らない不確定要素が付いて回る。

しぶとく食い下がるタパレスを10回で破綻させ、バンタム級に続いて4本のベルトを手中にした井上には、アフマダリエフ(WBA1位)とサム・グッドマン(IBF&WBO1位)の選択肢もあったが、具体化するドーム興行に最適な挑戦者は、山中との因縁で日本のファンに充分な知名度を持つネリー。

悪名は無名に勝る。

◎関心のある対戦候補について語る(2階級目の4団体統一に成功したタパレス戦後の会見)
2023年12月27日/oricon


◎「4人の名前が挙がって来る・・・」バンタム級4団体返上&S・バンタム級参戦発表会見
2023年1月13日/マイナビニュース

※この時点での4名:フルトン,アフマダリエフ,カシメロ,ネリー(ファンなら誰しも想像がつく)


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◎井上(30歳)/前日計量:121.7ポンド(55.2キロ)
戦績:26戦全勝(23KO)
現WBC・WBO統一S・バンタム級王者
前4団体=WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:21戦全勝(19KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎ネリー(29歳)/前日計量:120.8ポンド(54.8キロ)
現WBC S・バンタム級(V0) ,元WBCバンタム級(V0)王者
戦績:36戦35勝(27KO)1敗
アマ戦績:9戦全勝(5KO・RSC)
身長:165センチ,リーチ:167センチ
※山中第2戦の予備検診データ
左ボクサーファイター

ネリーの500グラムアンダーについて、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。調整の失敗に言及するインフルエンサー(あくまでボクシングの話題限定)も居て、なかなかにかまびすしい。

しかし、ネリーは130ポンド契約でカルモナ戦をやったかと思えば、直近のサルダール戦を119ポンドで仕上げたり、大胆にウェイトを上げ下げしている。本気で追い込めば、今でもバンタム級でやれないこともないのでは?。

自身もピークにあったS・フライ級時代、WBOのベルトを保持する尚弥にアタックして、慢性化した減量苦+右拳の負傷に腰痛まで加わり、満身創痍の割引モンスターだったとは言え、12ラウンズをフルに持ち応えたカルモナに130ポンドを呑ませたのは、前戦から8ヶ月の間隔が開いて完全にオフしていた為だろう。

僅かでもオーバーした瞬間、ボクシング人生最大のビッグ・マネー・ファイトを、リザーバーのT・J・ドヘニーにさらわれてしまう。何があってもリミット以下に落とさなければと、素行不良の問題児なりに取り組んだ結果だと考えるのが妥当。

◎前日計量(トップランク公式チャンネルにアップされたハイライト)


◎Inoue Picks Gloves, Has Final Words for Nery | Undisputed Fight Monday Morning ESPN+
トップランク公式(グローブチェックの様子と囲みのインタビューを収めた別バージョンのハイライト)


◎前日計量フル映像(公式)
Prime Video JP - プライムビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=wgw-XvtA9ag


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■オフィシャル

主審:マイケル・グリフィン(カナダ)

副審:
ホセ・アルベルト・トーレス(プエルトリコ)
アダム・ハイト(豪)
ベノイ・ルーセル(カナダ)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:ウォン・キム(韓)
WBC:ドゥウェイン・フォード(米/NABF会長)
IBF:安河内剛(日/JBC事務局長)
WBO:レオン・パノンチィーリョ(米/ハワイ州/WBO副会長)