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2024年10月

命あるうちに - 袴田さんの無罪が確定 7 -

カテゴリ:
■検察は控訴を断念するも・・・ - Chapter 7


※2024年10月10日 /テレビ静岡ニュース
「無罪になった袴田さんを犯人視している」弁護団が怒りあらわ 控訴断念の検事総長談話を猛批判

検察の内向きに過ぎる意識と体制、傲岸不遜なまでに高過ぎるプライド、謝ったら死ぬ病に付ける薬は無い。それが結論。行き着く先ということのようだ。

「持ちつ持たれつ」の関係だった筈の裁判所が、掌を返して検察の痛いところを本気で突いたから、頭に血が上って正気を失った幹部連中が、史上初の女性検事総長に命じて、言わずもがなの余計な一言を喋らせてしまったと、要するにそういう低次元な顛末である。

以下にご紹介するABEMAの番組内で、痴漢冤罪事件を扱った映画「それでもボクはやってない(2007年1月公開)」の取材過程で「袴田事件」を知り、以来20年以上も追って来たという周防正行監督が述べている通り。

◎【謝罪なし】袴田さん無罪確定も…検事総長は異例の談話 「“証拠ねつ造”の言葉が検察官を刺激」“本当は怖い”日本の司法|ABEMA的ニュースショー
2024年10月14日/ABEMAニュース


後追いで出張ってきた警察庁の露木康浩長官と、止せばいいのに、またまたしゃしゃり出てきた牧原法相(元弁護士)も、検察幹部が捻り出した陳腐な言い訳を録音テープのごとくリピートして、三重四重に恥を上塗りする木偶の坊ぶりを発揮する。

「法的地位が不安定な状況に置かれてきたことに思いを致し・・・」

いけしゃあしゃあと、何を寝惚けたことを抜かしているのか?。デッチ上げの証拠で凶悪犯に仕立て上げられた袴田さんは、60年近い年月を殺人犯として生きなければならなかった。1980(昭和55)年12月12日に死刑が確定してから、2014(平成26)年3月27日に(仮)釈放されるまでの33年間は、「今日は俺の番か・・」と、刑の執行に怯えながら朝を迎える毎日だった。

48年近くに及んだ拘置によって重度の拘禁症状を発症した袴田さんは、妄想と現実の狭間を彷徨うところまで追い込まれる。拘禁症状の悪化が確認されてからでも、既に30余年を経過。袴田さんは生きながら殺されたも同然で、警察と検察に裁判所・・・すわなち日本の司法制度によって、一度しかない人生を完全に奪われたのである。


「何が何でも袴田を落とせ!」

特捜本部で捜査に当たった現場の刑事と警官の中には、被害者一家に強い恨みを抱く、外部(従業員ではなく)の複数犯説を主張する人たちもいたとされるが、当時の静岡県警は袴田さん1人に狙いを定めて、他の可能性をすべて自ら否定・封印した。

控訴の取り下げについて、「再審を担当した検察官ら(報道ベース:おそらく地検と高検の誰か)」が専務一家のご遺族と面会し、説明と謝罪をしたと報じられたが、ご遺族から取り下げの理由について問われると、検事総長の談話を読み上げたというから恐れ入る。ご遺族が納得できないのは当たり前で、無念と憤懣もまた察して余りがある。

殺人罪で起訴されなければならないのは、むざむざ真犯人を見逃した警察と検察であり、有罪判決に関わったすべての裁判官も、道義上は同罪と言わねばならない。

◎袴田巌さん無罪確定で検察が遺族と面会し謝罪
2024年10月12日/静岡NEWS WEB(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/shizuoka/20241012/3030025763.html

ここまできたら、ひで子さんは検察と警察の謝罪を受けるべきではないのではないか。まったく心のこもらない、血の通わない上辺だけの空疎な言い訳を並べ立てて、とりあえず頭を下げて終わりにする。

どうせメディアは、検察幹部が頭を下げているところだけを切り取って、ニュースで繰り返し流すのが精一杯。新聞も「検察が袴田さんに謝罪」という見出しを躍らせ、一件落着のムード醸成に一役も二役も買って、検察と警察に貸しを作っておく。所詮はその程度でしかない。

ヘマをやらかしたお前らで何とか始末を着けろという訳で、頭を下げに出てくるのも、東京高検のトップ辺りが関の山だろう。それに、彼奴らが袴田さんの自宅まで来るならまだしも、90歳を過ぎたひで子さんと、足腰が弱って階段の上り下りにも難儀をするようになった袴田さんを、静岡地裁はおろか、平然と東京まで呼びつけかねない連中なのだ。

裁判所が証拠の捏造を認定した判決が確定していることから、日額上限12,500円の刑事補償だけでなく、弁護団は国家賠償請求にも言及している。支援団体との結束を緩めることなく、少なくとも国家賠償が認められるまでは、検察がひで子さんに直接コンタクトを取らないよう、徹底的にガードを固めてくれると良いのだが・・・。


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◎「袴田事件」とボクシング界の主な動き - 波紋を呼んだドキュメンタリー



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<3>静岡県警捜査一課 松本久次郎元警部(取材当時73歳)
落としの松本

県警本部の威信を背負い、主任として「袴田事件」の捜査に当たった松本が、例を見ない大規模な(+杜撰極まりない)捏造を主導した主要人物の1人であることは、議論の余地を許さないところだと確信する。

本事件で松本が果たした役割は、「二俣事件(ふたまたじけん)」や「島田事件」における昭和の拷問王(冤罪王)こと紅林麻雄(県警の元エース)そのものと断じても差支えがなく、そうした意味において「紅林の再来」と呼ぶに相応しい。

しかし同時に、ここまで無茶苦茶な謀(はかりごと)を松本の一存でやり切れるとは到底考えられず、捜査一課単独でも難しいのは勿論、「二俣事件」で紅林の違法な捜査手法を内部告発した山崎兵八元刑事が指摘した通り、静岡県警に染み付いた体質かつ総意だったと理解する以外に無いと思われる。


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◎松本が直接関わったとされる捏造:「共布(ともぬの:「5点の衣類」に含まれるズボンの切れ端)」

1967(昭和42)年8月31日(逮捕から約1年後)に、出荷作業中の従業員が味噌タンクの中で見つけた「5点の衣類」からは、それが袴田さんの持ち物であることを証明する指紋は採取されていない。

昭和30~40年代の犯罪捜査にDNA鑑定は存在せず、指紋こそが犯(個)人を特定する最大の物証だった。従って、いくら血に染まった衣類が都合良く出て来たとは言え、血液型の鑑定は行われるにしても、それだけでは袴田さんを犯人と断定することができない。

袴田さんの実家にある箪笥の中から出て来た、「5点の衣類」に含まれるズボンとまったく同じ材質と色の切れ端(丈詰めの為に裁断された布切れ)が、「5点の衣類」を袴田さんと関連付ける唯一の証拠になる。ズボンと切れ端それぞれの切断面については、縫製・繊維・染色に関する照合が行われて一致することが確認されている。

◎「5点の衣類」
<1>上着(鼠色のスポーツシャツ
<2>緑色のブリーフ(※)
<3>白い半袖のシャツ(下着)
<4>白のステテコ
<5>ズボン(鉄紺色)

5点の衣類

発見時の「5点の衣類」
※味噌タンク内で発見された「5点の衣類」/麻袋(南京袋)に入った状態で見つかる

問題の衣類から検出された血液型は「A型・B型・AB型」の3種類で、肋骨を切断されて肺と心臓を貫き、刺し傷が背骨にまで達していた次女の「O型」は、どうした訳か検出されていない。

白色の半袖シャツの右肩部分と緑色のブリーフ(※)に残された血痕がB型で、袴田さんと同じだった。

◎被害者の血液型
橋本専務(41歳):A型
橋本夫人(39歳):B型
長男(14歳):AB型
次女(17歳):O型
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※袴田さん:B型

橋本さんのご一家は、被害に遭われた4名の血液型が「ABO型」のすべてを網羅する。「5点の衣類」に付着した血痕の血液型から、どの型が検出されても「被害者と一致」してしまう。この偶然が、袴田さんを犯人に仕立て上げる「絶好のチャンス」に成り得ると、特捜本部が捏造へと猛進する動機になったと思えてならない。

Chapter 3で記したように、静岡県下では紅林元警部補らによる冤罪事件が続き、県警は丸潰れになった面子の回復に必死だった。これ以上の不祥事発生は絶対にあってはならず、凶悪事件の真犯人逮捕と速やかな解決も待った無し。身から出た錆以外の何物でもないとは言え、切羽詰まった苦しい状況にあったことは間違いない。

しかしこのままでは、十中八九、袴田さんは証拠不十分で無罪になる。無理を押して高裁へ上訴しても、有罪に持ち込む為には新たな物証が必要不可欠となり、できなければ地裁の判決が支持されてしまう。

無罪判決が出る前に起訴を取り下げる手段もあるが、いずれにしても、自白は一体何だったのかという話にならざるを得ない。20日間に渡って清水署内で袴田さんを締め上げ、トイレにも行かせず強制的に犯行を認めさせた非人道的な取り調べが槍玉に上がる。

清水署はもとより、県警幹部の誰かが首を差し出さしたぐらいでは、マスコミと世間の批判は収まらない公算が大。

誤認逮捕に対するマスコミの轟々たる非難を浴びながら、振り出しに戻って一から捜査をやり直さざるえを得ないが、事件発生から1年以上が経過する中、袴田さん以外の可能性を捜査からすべて排除した結果、他に被疑者はいない。

警察と検察のリークをそのまま報道して、袴田さんへの容赦ない糾弾を続けたマスコミも、一気に掌を返して、紅林元警部補が主導した冤罪事件を蒸し返す。


「後戻りはできない」

ABOの血液型はどれでも良く(血液型だけでは完全に個人を特定できない)、凶器のくり小刀と現場から指紋が見つかっていなかったことが、「血染めの衣類(血液の付着だけでいい)」をでっち上げるには却って好都合だと、特捜本部をいよいよ狂わせる。「文句の付けようがない決定的な証拠の捏造」という狂気へと駆り立て、暴走させてしまったと考えないと辻褄が合わない。

白い半袖シャツ(下着)の右肩付近と、緑色のブリーフ(※)に付いたB型の血液を、「被害者と揉み合う過程で怪我をして出血した」とする警察と検察の主張通り、地裁も袴田さんのものと認定したが、袴田さんの右肩には血痕に合致する場所に傷は無く、血痕の位置に符合する傷の有無は緑色のブリーフ(※)も同様だった。


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◎実家の再捜索と「共布(ともぬの)」の発見

袴田巌さんの再審を求める会」の平野雄三代表が、1993(平成5)年に「共布(ともぬの)」を発見した岩田竹治警部補から、直に捜索の経緯を聞いている。岩田元警部補によると、捜索は「5点の衣類」の発見から10日以上経った9月12日に行われ、岩田を含む2名が袴田さんの実家に向かったという。

岩田らが指示された捜索の目的は、「5点の衣類」のズボンに付けていたであろうベルトと、指紋を隠す為に着用していた手袋(被害者家族の返り血がベットリ付いている筈)の発見であり、岩田らに「共布(ともぬの)」に関する認識はない。

そして袴田さんの実家に2人が到着すると、宅内には先着していた松本がいて、「箪笥の中を調べてみろ」と後着の2人に指示をしたという。

言われた通りに岩田が箪笥の引き出しを開けると、すぐに「共布」が見つかった。そしてそれを見た松本は、「(味噌タンクから見つかった)ズボンの切れ端に間違いない」と”直ちに断定”。

ベテランの腕利き刑事だけが持つ直観力と言うべきか、一瞥しただけで「これだ!」と断定できてしまう、人間離れした松本の眼力にはまったく恐れ入る。繊維や切断面の分析まで、瞬時に肉眼でできるらしい。

箪笥から発見された共布(ともぬの)
※実家の箪笥から発見された「共布(ともぬの)」

捜索に立ち会った袴田さんの母親ともさんに任意提出の許可を取ると、本来の目的であった「ベルトと手袋」の捜索は早々に打ち切り。「5点の衣類」が袴田さんのものであると証明できる、有罪を立証する為には不可欠かつ決定的な追加の物証を特捜本部は入手した。

母親のともさんは、箪笥の引き出しにそんな物が入っているとは夢にも思わない。被害者となった橋本専務一家の葬儀に、逮捕される前の袴田さんも参列しているが、その時着けていた喪章は、「共布」が見つかった同じ箪笥に保管されていたそうで、「共布」は9月12日の捜索時に初めて見た、それまではただの一度も見ていないと、ともさんは法廷で述べている。


問題の味噌タンクと同様、袴田さんの実家も事件発生当初に捜索を終えていて、証拠の類は見つかっていない。味噌タンクを最初に確認した捜査員は、後にメディアの取材を受けて「何も無かった。見落としは考えられない」と明言している。

◎事件直後の現場検証で味噌タンクを調べた捜査員のインタビュー
<1>【袴田事件】元捜査員が証言「衣類なかった」発生時にタンク捜索に参加 1年後発見に驚き「あり得るのか」
2023年3月15日/テレビ静岡ニュース


<2>“袴田事件”元捜査員 自宅ドアを閉ざし何も語らず 静岡地裁は証拠ねつ造を認定し再審無罪
2024年9月27日/テレビ静岡ニュース


<3>【袴田事件】事件から57年元捜査員の証言 当時みそタンクに5点の衣類が「なかったことは間違いない」
2023年7月6日/静岡朝日テレビニース
※テレビ静岡の取材とは異なる捜査員と思われる


<4>“袴田事件”元捜査員 自宅ドアを閉ざし何も語らず 静岡地裁は証拠ねつ造を認定し再審無罪
2024年9月27日/静岡朝日テレビニース



驚くべきは「共布」発見の翌日、9月13日に予定の無かった公判が緊急に開かれたこと。担当検察官が地裁に申し入れたのが、捜索前日の9月11日。12日に「共布」が見つかり、13日の冒頭陳述において、袴田さんが自供した筈の「パジャマ」から、1年以上も経ってから突然見つかった「5点の衣類」へと、犯行時の着衣を正式に変更した。

おかしな点はまだある。「共布」発見の経緯に関する調書の証人として、引き出しを開けて発見した岩田ではなく、松本の名前が記載されていたというのだ。

家宅捜索を指示された岩田ら2名は、そもそも松本の先着も聞かされていない。捜査主任の松本が自分たちより先に家に上がり込んでいるのを見て、岩田はまずそれに驚いている。そして松本から「探せ」と言われた箪笥の中から、すぐに「共布」が見つかり、捜索の前日に検察官が申請していた翌13日の公判で証拠の訂正・・・。手回しが良過ぎて絶句するしかない。

静岡県警と地検が一蓮托生のグルであることに、もはや疑いを差し挟む余地は無いと思われるが、事ここに至っては「地裁も・・・じゃないの?」と、誰もが想像を膨らませずにはいられない筈である。


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命あるうちに - 袴田さんの無罪が確定 6 -

カテゴリ:
■検察は控訴を断念するも・・・ - Chapter 6


※2024年10月9日/Daiichi-TV news
【袴田巌さん再審】検察の控訴断念で「無罪」確定も…取り戻せぬ“時間” 補償など今後については(静岡)

8日の夕方に報じられてはいたが、控訴期限を翌日に控えた9日、静岡地検が上訴権の放棄を正式に申請。静岡地裁が手続きを行い、事件発生から58年を経て、遂に袴田さんの無罪が確定した。先月26日に宿願の判決を勝ち取ってから、この日を迎えるまでの間、ひで子さんの心中たるやいかばかりであったことか。本当に安堵した。本当に安堵した。

傲岸不遜極まりない畝本直美(うめもと・なおみ)検事総長の談話(10月8日夕)は論外と表す他なく、まるで血の通わない津田隆好(つだ・たかよし)静岡県警本部長の会見には呆れるのみ。

血が通っていないという事で言えば、「ノーコメント」を臆面も無く発した林芳正(前)官房長官と、指揮権発動(検察が控訴した場合)を要請しに法務省を訪れた袴田さんの救済議連に、佐藤淳(さとう・あつし/この人も当然検察官)官房長を対応させ、メディアと国民の前に立とうとしなかった元弁護士の牧原秀樹(前)法相も、五十歩百歩の意気地無し。


「我々は何1つ間違っていない。悪いのは重大な事実誤認を冒した裁判所だ。」

平然と居直る検察と警察の傍若無人も、袴田さんへの心からの謝罪が無いことも、あらかじめ想定されていた事ではあるものの、検察という組織の腐り方は言語を絶する。

どんな屁理屈を強弁したところで、「5点の衣類」が裁判所によって捏造だと断定され、新たに決定的な証拠を提出しない限り、高裁で有罪を立証するのは不可能。だからこそ控訴を諦めざるを得なかった。

今秋(今年)最大のヤマ場を迎えた国内のボクシング界に加えて、戦禍の深刻化に歯止めが利かないアラビア半島では、175ポンドの4団体統一戦が遂に火蓋を切り、お騒がせのカシメロも暴れまくって、時間がいくらあっても足りないけれど、キリの良いところまで記事のアップを続けようと思う。

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◎「袴田事件」とボクシング界の主な動き - 波紋を呼んだドキュメンタリー



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<3>静岡県警捜査一課 松本久次郎元警部(取材当時73歳)
落としの松本

3人目に登場する関係者は、袴田さんの取調べで中心的な役割を担った捜査員,松本久次郎(まつもと・ひさじろう)。「落としの松本」と呼ばれて、「凶悪事件(解決)の切り札的存在だった」とのナレーションが付いている。

老人会の催しに参加中の松本を、高杉がアポ無しで取材を申し込む。73歳になっていた松本は、一見すると痩身のどこにでもいるお爺さんだが、突然の出来事にも慌てず騒がず、催事会場(体育館)に設けられた応援スペースのようなとことろで、パイプ椅子に腰掛け、柔和な笑顔を浮かべつつ高杉の話を聞く。

フォークダンスに興じる松本の映像が間に入り、カメラは壁際で床に座って対話を続ける2人へと移り、インタビューは核心へと進む。


高杉:「十何時間そこ(取調室)に居たまま、そこから出(さ)ないという状態で取調べが行われたという話を聞いていますけれども、便所にも行かさないということがあったということなんですね。」

松本:「(眉を曇らせ少し言い難くそうに)そういう意味ではあんた(ごにょごにょと言い淀む)、そんな馬鹿なことはない・・・(ごにょごにょ)、(ごにょごにょ)それで何度も(ごにょごにょ)、ねえ?(同意を求めるように)、そんなわけないよ、そんなもん(ごにょごにょ)。」

高杉:「あの、オマルなり便器なりをですね、あの、取調室に持ち込んだと言うような事というのは・・・」

松本:「(ごにょごにょ)ないな、うん。・・そりゃあんた、便器なんて見たこともないしね、基本的な人権に関わることはね、・・やってないよ。」

高杉:「ない?、ない?・・・」

松本:「うん、ないよな・・・」

高杉:「はあ、はあ(一応頷く)・・・」

松本:「そんなあんた、取調べの良心(と聞こえる)に許されないよ、そんなこと・・・あんた・・・わけわからんことやるわけないよ(ごにょごにょ)・・・いい加減なことを(ごにょごにょ)・・・危険になるのがわかってたんだろうな(と聞こえる)・・・う~ん・・・」

高杉:「ははあ(少し笑みを交えながら)・・・」


昼食を採った後らしく、松本は爪楊枝を咥えながら話している。カメラとマイクも余り近くによれないから、ところどころ音声がしっかり聞き取れない。撮影用のライトも使えず、体育館に射し込む陽光と館内の照明を頼るしかなく、映像の色味と彩度が極端に落ちる。

取調べの録音テープは、静岡地裁(第2次再審請求審:原田保孝裁判長)の強い勧告に基づき、2011年12月の三者協議で初めて弁護団に開示された。

ドキュメンタリーが製作放送された当時、これらの録音は明らかにされていない。苦しみと悔恨を噛み殺すかのような、松本の不自然な態度と表情を高杉が見逃す訳が無く、しかしまた、取調べの実態が表に出ていない以上、捜査権の無い高杉の追求には自ずと限度がある。松本を怒らせないよう、細心の注意を払いながら話を聞くしかない。

折角のインタビューの機会を無にしてはならない、十中八九無理だとわかってはいても、蟻の一穴でもいいから突破口を見出さなければ・・・。高杉の苦心惨憺が、ひしひしと画面から伝わって来る。


がしかし、「落としの松本」は白(しら)を切り通した。違法な取り調べはないと否定する時には、高杉の方を向いて目を見ながら、断固とした調子で話そうとする。強引に冤罪を作り上げる邪な手口は何がどうあろうと認める訳にはいかないけれど、言葉と語りで被疑者を説得し続けた年季の重み、迫力を感じさせる場面ではあった。

敵ながら天晴れと言うか、二重の意味で「流石だな・・」と思ってしまったが、「取り調べの良心に」と続けた時、高杉から視線を逸らして顔を正面に向き直す。そこから先は高杉にではなく、自からの心に一人語っているかのように見える。

高杉の不意打ちによって開いたパンドラの箱から、封印した筈の遠く苦い記憶が覗く。己の重い罪に目を瞑ったまま、真っ直ぐ向き合わずに過ごしてきた人生にグサリと楔を打ち込まれて、自問自答している風に見えなくもない。

高杉の問いに答える落としの松本-


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袴田さんの逮捕から実に45年。とうとう陽の目を見た録音テープには、どうにかして自供を取るべく、あの手この手で袴田さんを追い詰める取調官の様子が収められていた。

何が何でも袴田さんに自白をさせ、犯人として裁判にかける。それ以外の選択肢は有り得ない。特捜本部の強固な姿勢が如実に現れていて、状況を想像しながら注意深く聞き漏らすまいとする為、こちらの集中力も自ずとアップする。

「そう言えば・・・」

突然オーケストラのCDやFMを視聴する時を思い出す。シンフォニーや大きな管弦楽曲を、スコアを読みながら耳で追う時は、映像は邪魔にしかならない。指揮者の身振り手振り(TV放送やDVDなら表情も)、オケの各パートとかソロのクローズアップを眼が追ってしまう。これはどうしようもないことで、だからスコアに集中できない。

そしてライヴを収録した音源より、スタジオ・レコーディングの方が音の分離が良くてダンゴにならない(当たり前)から、生のコンサートでは判別が難しい内声の動きや、音量をセーブする時の低音部なども聴き取り易く、スコアの勉強に向いている。映像が無いことは、必ずしもマイナスばかりではないと妙に納得する自分がいた。


一部報道で「捜査員の前で糞尿まみれに・・・」との表現が使われたが、小用でトイレに行かせて欲しいと頼む袴田さんに、取調官が「まずは喋ってから」だと自白を強要して追い詰める音声や、おそらく松本ではないかと推察するが、立会いの捜査員の1人に「便器の用意」を指示する音声もしっかり残されていた。

◎録音テープに残され法定でも再生された音声の一部
<1>「便器を持ち込んでやらせろ」と指示(1分24秒~)
【袴田さん再審】7回目公判で録音テープ流し音声確認…弁護団“自白は強要されたもの”と訴え(静岡地裁)
2024年1月17日/Daiichi-TV news


<2>「イエスかノーか話してみなさい」(1分20秒~)
「人権を無視した取り調べで“自供”を得た」58年前の音声を法廷で流す 弁護団「袴田さんの犯行はあり得ない」【袴田事件再審公判ドキュメント⑦】
2024年1月17日/SBSnews6


<3>「お前が4人を殺した」 無実訴える袴田さんを厳しく追及 当時の取り調べ音声
2024年9月24日/朝日新聞デジタル


<4>開示された音声を分析した浜田寿美男名誉教授(奈良女子大学)による解説
(1)【取り調べ生音声】浜田氏の解説~前編
2021年4月28日/袴田巖さんに無罪判決を! 【袴田事件】
https://www.youtube.com/watch?v=r0OmB1pWW84

(2)【取り調べ生音声】浜田氏の解説~後編
2021年4月28日/袴田巖さんに無罪判決を! 【袴田事件】
https://www.youtube.com/watch?v=oTmcFlBGglA


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◎証拠の捏造にも直接手を下す(?)

凶悪事件解決の切り札に相応しく、公開された録音テープで確認できる松本の口調は、他の取調官と違って、想像以上に穏やかで温和である。無闇に大きな声を張り上げることもなく、昭和の刑事ドラマさながらの、自白の強要との悪印象までは受けない。極力そういう場面を選んで提出していたにしても、「落としの松本」の異名は伊達ではないと感じた。

例えば被害にあった当事者の隠し録りに顕著な、昨今マスコミにリークされる取調べの音声に聞くことができるあからさまな脅迫・恫喝、怒鳴り散らす取調官とは対照的で、40歳代半ば過ぎの働き盛りだった松本の取調べは、押しなべて冷静で落ち着いている。

そんな手練れの松本でも、なかなか音を上げない袴田さんに苛立ち、時にヒートアップ気味になるし、袴田さんから正論で痛いところを突かれれば、カっとなってきつい調子で言い返す。

そして、「(自白するまで)1年でも2年でもここ(清水署の代用監獄)で調べを続ける、娑婆には出さない」と脅す声が、ポリグラフ(嘘発見機)のテストが行われた8月27日の録音に残されている。裁判所への請求から原則10日(+10日の延長可/刑訴法208条1項)の拘留期間を完全に無視した、無茶苦茶な脅迫としか言いようがない。

さらに松本は、ご遺体の写真を袴田さんに見せた日程も嘘を証言していた。裁判長からの質問に対して、「9月4日に1回だけ見せた」と答えたが、録音の日付は8月28日。理由についても、「袴田が涙ぐんで申し訳ありませんと謝罪したので見せた」と言っているが、袴田さんは断固として否認を続けている。


松本は1審の法廷に呼ばれて、拷問紛いの違法な取調べは勿論のこと、威嚇や強要なども無かったと証言した。取調べだけでなく、主任として捜査を指揮する立場にあった松本が、警察の仕事はすべて適法で一切問題は無かったと主張するのは当然で、「悪うございました」などと言う訳がない。

そして自身が直接行った取調べについて、遂に袴田さんを自供に追い込んだ9月6日、自白に関わる2通の調書を作成して終え、以降は携わっていないと証言しているが、録音テープが開示されると、実際はその後も取調べを行っていたことが判明。これもまた嘘っぱちだった。

なおかつ松本には、「5点の衣類(有罪を立証する最大の決め手)」の捏造を指示しただけでなく、直接手を染めていたとの疑惑がある。


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◎取調べ全日程と時間(弁護人の接見時間)
1966(昭和41)年
8月18日(木):13時間08分 ※袴田さん逮捕
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8月19日(金):10時間30分 ※取調べ初日
8月20日(土): 9時間23分 ※静岡地検に送検
8月21日(日): 7時間05分
8月22日(月):12時間11分(7分)
8月23日(火):12時間50分
8月24日(水):12時間07分
8月25日(木):12時間25分
8月26日(金):12時間26分
8月27日(土):13時間17分 ※ポリグラフ・テスト
8月28日(日):12時間32分
8月29日(月): 6時間55分(10分)
8月30日(火):12時間48分
8月31日(水):11時間32分
9月1日(木): 13時間18分
9月2日(金): 11時間15分
9月3日(土): 11時間50分(15分)
9月4日(日): 16時間20分
9月5日(月): 12時間50分
9月6日(火): 14時間40分【自白】
9月7日(水): 11時間30分
9月8日(木): 12時間45分
9月9日(金): 14時間00分【起訴】

旧盆が明けた8月18日に袴田さんは逮捕され、特捜本部は取調べを開始。9月6日に犯行を自白するまで20日間ぶっ通しで行われ、1日当たりの平均は12時間4分(9月4日は16時間20分)。刑訴法で定められた最長23日間のトータルは、277時間38分に及ぶ。起訴後も検察官による取調べが続き、最終的に430時間を超えたとされる。

警察の捜査員はあらかじめ複数名でチームを組み、交代で取り調べを行う。取調官の具体的な氏名は調書に記載されるが、袴田さんに対する取調べでは、調書に記載されていない捜査員が取り調べに加わっていたことが、開示された録音テープにより判明している。

弁護人の接見は僅か3回しか認められておらず、合計しても32分という短さ。この年静岡県は残暑が厳しく、冷房が無く窓に目張りをした代用監獄に23日間も閉じ込められ、朝から晩まで「犯人はお前だ。お前がやったんだ」と責め続けられた。

「自白するな」という方が無理な惨状を、袴田さんは20日間も耐え続けた。自白を拒み無実を訴え続けた。尋常ならざるこの精神力こそ、元プロボクサーの真骨頂と称されるべきだと確信する。

捜査に当たった警察官が作成する供述(自白)調書=「員面調書」=のすべてに、刑事事件を担当する弁護士が同意しないと言われるが、今もなお絶えることのない冤罪被害を見聞きするにつけ、「なるほど」と頷くしかない。

日弁連が強硬に要求主張し続けて、ようやく一部が認められた「取調べの完全可視化」の必要性と重要性も再認識させられる。

※可視化の対象となる事件
(1)特捜部・特別刑事部の独自捜査事件
(2)知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者等の事件
(3)裁判員裁判対象事件
(4)精神の障害等により責任能力の減退・喪失が疑われる被疑者等の事件

◎e-GOV 法令検索:改正刑事訴訟法301条の2(可視化法)
施行:2019(令和元年/平成31年:4月30日まで)年6月1日
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131/20190601_428AC0000000054#Mp-Pa_2-Ch_3-Se_1-At_301


袴田さんの場合、さらに酷いのが、検察官の取調べと裁判官の勾留質問まで、清水署(第1・第2取調室)で行われたことだ。

大ヒットしたドラマ「HERO(ヒーロー)」でお馴染みとなったように、「検事調べ」は検察庁内にある担当検事の執務室で行われるのが一般的(本来は拘置所で行う/一杯で空きが無い=常態化)で、検事の横に検察事務官が必ず立ち会う。殺人などの重大事件の捜査本部が置かれる所轄署で内の取調べは、概して過酷な状況に発展し易く、精神的に深いダメージを負うことも珍しくない。

検事による取調べは、員面調書の任意性を検証しなければならず、調書に問題があると判断すれば、必要に応じて再捜査を指示する場合も有り得る(現実は皆無に等しい)為、環境を変えることに大きな意味がある。

警察での取調べの影響を極力排除して、検事はより客観的な調書を作成しなければならず、検事が作成する調書を「検面調書」と呼び、強引に自白を引き出す恐れが否定し切れない「員面調書」よりも、高い信用性が認められる。

裁判官の勾留質問(非公開・第三者の立会い不可)も同様で、裁判所の構内にある普通の部屋で実施されなければならないのに、やはり清水署内で行われており言葉を失う。これでは警察・検察・裁判所が文字通りの三位一体となり、袴田さんを無理やり有罪に持ち込んだと疑われても文句は言えない。


◎9月9日(金)に行われた取調べ(静岡地裁による自白任意性の認定可否)
(1)午前中 警察官が実施:清水警察署第1取調室(自白の任意性:不認定)
(2)午後~夜/14:00~19:00 検察官が実施:清水警察署第2取調室(自白の任意性:認定)
(3)夜/19:30~21:30 検察官が実施:清水警察署第2取調室(認定)
(4)深夜 警察官が実施:清水警察署第1取調室(不認定)

時間が明示されていない、捜査員(警察)による午前中の取調べの後、昼食を挟んで午後2時から始まり、夜9時30分の終了まで7時間半に及んだ検事調べは、たった30分の休憩しか与えられなかった。

死刑判決を書かざるを得なかった熊本元裁判官は、提出された45通の調書のうち、28通の員面調書総てを含む44通を証拠として採用しなかったが、後に判決文を起草した裁判官ご本人がカミングアウトした通り、「証拠採用のしようがなかった」のである。

松本の法廷での証言は、まさしく「不都合な真実」を隠蔽する為にのみ行われた。


”宇宙系(?)”で初載冠へ /「世界タイトル7連戦+1」- 天心 vs アシロ プレビュー -

カテゴリ:
■10月14日/有明アリーナ/WBOアジア・パシフィックバンタム級王座決定10回戦
WBO AP1位 那須川天心(帝拳) vs WBO AP2位 ジェルウィン・アシロ(比)



「宇宙系ボクシング、はい。ユニバース・スタイルで・・・やったろうかなと・・」

前戦(7月20日の国技館興行)で、WBA4位のジョナサン・ロドリゲス(米)を3ラウンドで粉砕。他の誰よりも自身が渇望していたに違いない鮮やかなKO勝ちを収めて、「倒せない天才児」の汚名を返上した天心が、「さらに進化を続けている」と現状への手応えに言及した。

10月半ばの3連休に、世界タイトルマッチが7試合並ぶ異例の連戦(帝拳・大橋=amazon prime,3150=ABEMA)は、伊藤雅雪のTreasure Boxing Promotionが仕掛けるカシメロ(またまたお騒がせ)の復帰戦も絡み、まさしく興行合戦の様相を呈している。

「これだけ世界戦が並ぶこともないし、全員強い選手ばかりが集まった中で、しっかり自分の色を見せて、ボクシングの熱気とともに観客に伝えたい。」

最終日の帝拳主催興行で、初のタイトルマッチに臨む意気込みを述べる天心に、記者の1人が「自分の色とは?」と具体的なイメージを問う。

すると天心は、「(前回よりもさらに)進化を続けている」と自信を覗かせた後、「突拍子もない動きだったり、ボクシング(のセオリー)にはない変わった動きだったりとか・・・」と続けて、冒頭の「宇宙系・・(云々)」で笑いを取りケムに巻いた。


確かに「天心ならやりかねない」と、リング上を牛若丸か小天狗(古過ぎ!)のように駆け回る様を容易に想像してしまうし、そう思わせるだけの潜在能力を感じさせてくれるのも事実。

コーナーを預かる粟生隆寛と、逸材のハンドリングを担う浜田代表にしてみれば、いつもスベりがちな天然キャラも含めて、脇の下に冷や汗をかきながらの対応が続き、さぞかし大変な事だろうとご同情を申し上げるしかないが、これもまた天心だから許される(?)大きな魅力の1つ。

華やかさと危うさ。センシブルで美しいムーヴと引き換えに、致命的な被弾のリスクに敢えて己が身を晒す。”浪速のジョー”こと辰吉丈一郎が体現した、究極の「両刃の剣」までを求めたりはしない。そんな気はさらさらない。

言語を絶するボクシング・センスとスピード&強打で、昇竜のごとくスターダムを駆け上がり、百花繚乱の満開を見ることなく崩壊して行った稀代の超天才の盛衰を、これでもかと目の当たりにした浜田代表だからこそ、ハイリスクなアクロバットはけっして望まない筈である。


そうであるにしても、田中恒成と井上拓真(カシメロにディスられていたが尚弥も早い)を凌駕しそうな図抜けた天心のスピード(トップ&アベレージ)と、日本人離れしたムーヴィング・センスならロマチェンコどころか、かつてのキッド・ギャビランやサルバドル・サンチェスに近い領域まで行けるのではないか。

ニコリノ・ローチェとマンテキーヤ・ナポレス、ウィテカー.ベニテスの有り得ない反応と、極限まで動きを小さくして、常に寸でのところでかわそうとするスリリングなディフェンス、あるいはアーチー・ムーア,ジョージ・ベントン,ジェームズ・トニー,マーロン・スターリングらに代表される黒人特有の柔軟なボディワークは無理にしても、ウィリー・ペップの滑るようなフットワークには、ひょっとして天心なら届くのではないか。

日本人に可能な限界ギリギリの”変幻”はともかく、”自在”の方を夢想するのはいいんじゃないのかと、バチは当たるまいと、端から見れば阿呆の極地でも思い描いてしまう。このどうしようもなく救いようのない性こそが、ボクヲタ冥利に尽きる瞬間でもある。


持ち前のスピードを落とすことなく、鋭さの中に重さを加えた強打を打ち抜き、パンチに体重を乗せ切れない課題を4戦目で克己した天心は、バンタム級リミットの118ポンドを無事にクリアして公式計量の秤から降りると、頬が殺げてボクサーらしくなった(?)顔に時折笑みを浮かべながら、初めての経験となる調整について「不安もあった」と率直に述べた。

また、キック時代を含めた10年に及ぶ競技生活を振り返り、26歳にしてさらに階級を下げて戦うことへの感慨も口にする。

井上拓真を見舞った大波乱を除けば、阿久井の苦闘(?)と矢吹の安定感という悲喜交々はあったにせよ、はた迷惑なカシメロの豪快なKO勝ちも込みで、概ね順当な推移と結果だとは思う。


フィリピンの若きホープとの触れ込みで来日したアシロは、2022年デビューの23歳。6歳からボクシングを始めた英才教育型で、キレとタイミングのいいワンツーを主武器に、左ジャブからセットアップする右構えのボクサーファイター。

直近の2試合でWBOの下部タイトルを2つ獲得済みだが、世界ランキングには入っていない(主要4団体ともすべてランク外)。

200戦余りのアマチュア経験を持ち、国内のトーナメントで2度の優勝も有るとの事だが、大会の詳細と階級や年度については不明。有名なPMI(プロジェクト・マネジメント・インスティチュート)のカレッジ(海上輸送や海上工学,海軍科学技術等々主に海運に特化)に通って、税関について学びながら戦う文武両道の優等生らしい。

ボクシングは至って正攻法。変則やラフ&タフとは無縁な、近代ボクシングのベーシックのみで構成する組み立てから、スピードの乗った強打を放つ。公称のタッパは168センチ(リーチ:不明)で、前回のロドリゲスに比べればサイズで見劣りする心配もなく、それなりにいい勝負が期待できそうだ。


とは言ってみたものの、直前のオッズは圧倒的な差が付いている。気を引き締める意味でも、老舗のウィリアム・ヒルが妥当な数値だと言っておこう。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
天心:-1600(約1.06倍)
アシロ:+800(9倍)

<2>betway
天心:-2500(1.04倍)
アシロ:+900(10倍)

<3>ウィリアム・ヒル
天心:1/10(1.1倍)
アシロ:11/2(6.5倍)
ドロー:18/1(19倍)

<4>Sky Sports
天心:1/10(1.1倍)
アシロ:9/1(10倍)
ドロー:25/1(26倍)

◎ファイナル・プレッサー

※フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=glqInkyyakA

◎公開練習(2024年10月2日)



天心がおかしな色気を出さず、デビューから2戦目までのように、出はいりと精度に徹底して注力すれば、放っていおいてもワンサイドの展開になってしまう。もっとも、本気で天心にこれをされたら、4人のバンタム級日本人チャンプでも、しっかり対応するのは難しい。

前戦の流れをそのまま崩さず、「宇宙系」の遊びは程々にして、危なげの無い試合運びで勝ち切ることが何よりも大事で最優先。できれば中盤までにフィニッシュして欲しい相手ではあるが、上り調子の活きの良さには一定の注意が必要。

5戦目での地域王座奪取は、もはや珍しくも何とも無くなってしまったけれど、早い出世であることに変わりはない。「倒せる天才児」よりも、今は「1発もかすらせない天才児」を見たいと思う。


◎那須川(26歳)/前日軽量:118ポンド(53.5キロ)
現在の世界ランキング:WBA・WBC:3位/WBO11位
戦績:4戦全勝(2KO)
キック通算:42戦全勝(28KO)
※各種のキック世界タイトルを総ナメ
身長:165センチ,リーチ:176センチ
左ボクサーファイター


◎アシロ(23歳)/前日軽量:117.3ポンド(53.2キロ)
戦績:9戦全勝(4KO)
アマ戦績:200戦超(詳細不明)
※国内トーナメントで2度優勝(年度/階級等不明)
身長:168センチ
右ボクサーファイター

◎前日計量


◎フル映像(Day2)
https://www.youtube.com/watch?v=fUH8QvmidX0


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■オフィシャル

主審:染谷路朗(日/JBC)

副審:
エドワルド・リガス(比)
スラット・ソイカラチャン(タイ)
吉田和敏(日/JBC)

立会人(スーパーバイザー):レオン・パノンチーリョ(米・ハワイ州/WBO副会長/タイ在住)



175ポンド最強はどっち? /鋼の拳を持つグリズリーに膝への不安 - ベテルビエフ vs ビヴォル プレビュー -

カテゴリ:
■10月12日/キングダム・アリーナ,リヤド(サウジアラビア)/4団体統一世界L・ヘビー級タイトルマッチ12回戦
WBC・IBF・WBO王者 アルトゥール・ベテルビエフ(ロシア/ダゲスタン) vs WBA王者 ドミトリー・ビヴォル(ロシア/キルギスタン)


※ファイナル・プレス・カンファレンス(フル映像)
https://www.youtube.com/watch?v=CwyGeAEvxmo


いよいよ決戦当日。中東サウジの首都リヤドで、4本あるL・ヘビー級のベルトが1つにまとまる。

本来ならば、6月1日に同じ場所で行われた「クィーンズベリー vs マッチルーム 5 vs 5決戦」のメインとして組まれていたが、周知の通り、3団体統一王者ベテルビエフの予期せぬ大怪我(膝の半月板損傷)で延期された。

そして、微妙なマージンでWBA王者を支持する直前のオッズも、この大怪我が主たる要因と考えて間違いない。カネロを完封したビヴォルの金星と、不惑を目前に控えたベテルビエフの年齢も、当然考慮の対象となるけれど、やはり膝の状態への不安が第一。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
ベテルビエフ:+110(2.1倍)
ビヴォル:-125(1.8倍)

<2>betway
ベテルビエフ:+110(2.1倍)
ビヴォル:-125(1.8倍)

<3>ウィリアム・ヒル
ベテルビエフ:5/4(2.25倍)
ビヴォル:10/11(約1.91倍)
ドロー:20/1(21倍)

<4>Sky Sports
ベテルビエフ:5/4(2.25倍)
ビヴォル:10/11(約1.91倍)
ドロー:20/1(21倍)


◎リング誌恒例の勝敗予想(専門家20名)
※15-5でビヴォルを支持
■リング誌に寄稿する専門記者8名
(1)ビヴォルの判定勝ち:7名
(2)ベテルビエフのKO勝ち:1名
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■ボクシング関係者12名
※4-8でビヴォル
(1)ビヴォルの判定勝ち:8名
(2)ベテルビエフのKO(TKO)勝ち:3名
(3)ベテルビエフの勝ち:1名(KO or 判定 不記載)
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■FIGHT PICKS: ARTUR BETERBIEV VS. DMITRY BIVOL
2024年10月9日
https://www.ringtv.com/713977-fight-picks-artur-beterbiev-vs-dmitry-bivol/


数の上では圧倒的にビヴォル支持が上回るリング誌の予想も、中身はやはり僅少差。「どちらが勝ってもおかしくない」,「どんな結果になっても驚かない」との但し書きも目に付く。

膝が本調子まで戻らなくても、ベテルビエフの1発で試合が終わる。ビヴォルもけっして打たれて強い方ではないだけに、とにかく顎を上げないように注意を怠らず、しっかり堅く守るだろう。それでも、グリズリーの鋼の拳がテンプルをかすめれば、その一瞬で勝負は決着する。

◎参考映像:ビヴォル 判定12R(3-0) ジョー・スミス・Jr.
2019年3月9日/ターニング・ストーン・カジノ(N.Y.州ヴェローナ)
WBA王座V7
オフィシャル・スコア:119-109×2,118-110
iframe width="380" height="214" src="https://www.youtube.com/embed/rUYPo1CSbM8" title="Dmitry Bivol vs Joe Smith KNOCKED OUT on his feet | Highlights | Every Punch" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen>

それを見越したビヴォルは、素早いステップと切れ味に注力したジャブで距離をキープ。カネロ戦よりもさらにディフェンスに重きを置いて、クリンチワークまで総動員してリスク回避に努める・・・。


高齢ボクサーが膝を壊したケースですぐに思い出すのは、2005年11月のヴィタリ・クリチコだ。レノックス・ルイスとの大一番を落とした後、コリー・サンダースを倒してルイスが放棄(引退)した緑のベルトを巻き、初防衛に成功して気合は十分。

同じWBCの暫定王座を保持していたハシム・ラーマン(ラクマン/米)との団体内統一戦に向け、オフィスを構えるロサンゼルスで最終調整に入っていた。

しかし、12日の本番まであと9日というタイミングで、練習中に右膝の前十字靭帯を断裂。直ちに入院して手術に臨むことになったヴィタリは、アクシデントから6日後の11月9日、ベルトの返上と引退を表明する。


回復に必要な厳しいリハビリ(程度にもよるが順調に行って8~10ヶ月)に耐えて、果たして膝がどこまで戻るのか。2メートルの上背と250ポンド(約113キロ)に近い体重を支えながら、12ラウンズをフルに持ち応える自信が、その時は持てなかった。

しかしヴィタリは、およそ3年後の2008年10月にカムバック。WBCの後継王者となっていたサミュエル・ピーターにいきなりアタックして、8回終了TKO勝ち。2013年12月に政治家への転身を理由に41歳で引退するまで、連続9回の防衛に成功(ラストファイト:2012年9月)。WBA・IBF・WBOの3団体を統一した弟のウラディーミルとともに、ヘビー級を蹂躙する。

半月板の怪我は、靭帯に比べれば回復は早い。治療法によって長さは変わるが、切除なら早くて3ヶ月、縫合手術の場合でも6ヶ月程度で競技への復帰が見込めるという。ベテルビエフ陣営の情報管理は徹底されていて、手術の種別だけでなく、左右どちらの膝なのかも伏せられたままだが、公開練習で披露した圧巻のフィジカルは健在。

◎公開練習:ベテルビエフ
10月10日/TNT Sports

※フル映像(トップランク公式)
https://www.youtube.com/watch?v=TrOGl7wwT5I

◎2週間前に公開されたトレーニング映像
9月27日


◎ミット打ちを含むトレーニング映像
10月9日



ロシア,ジョージア(グルジア),アゼルバイジャンに囲まれ、カスピ海に面する小国ダゲスタンは、今や屈強な格闘家の産地として知られている。

複雑な政治的背景(チェチェンとの親和性が高い)の影響もあって、男の子の7~8割はボクシングかレスリング、もしくはその両方を習うそうだが、主な目的はセルフ・ディフェンスでも、長じて兵士としてリアルな戦闘に身を投じる場合を想定済みとのこと。

20戦全勝全KOのパーフェクト・レコードが物語っているが、ベテルビエフのパンチは異常なほど良く効く。急所かどうかは関係無い。首から上のどこかに当たりさえすればOK。一番いい時のゴロフキンとコヴァレフでも1~2歩譲る。比較対象は、全盛期(1985~86年)のマイク・タイソン。


そんなベテルビエフでも、プロのリングで2度のダウンを喫している。
(1)ジェフ・ペイジ・Jr.戦/2回TKO勝ち
2014年12月19日/ペプシ・スタジアム(ケベック/カナダ)
NABO(WBO)・IBFノースアメリカン・NABA(WBA)タイトルマッチ(プロ7戦目)
-----------------------------
(2)カラム・ジョンソン戦/4回KO勝ち
2018年10月6日/ウィントラスト・アリーナ(イリノイ州シカゴ)
IBF王座V4(プロ13戦目)


北米タイトルを3つ懸けた7戦目のダウンは、頭を低くして突っ込んで来る相手に押されてバランスを崩し、ガードがお留守になったところへ右ストレートを食らったもの。上体が後方へ傾いていた事に加えて、相手のパンチもナックルがしっかり当たっておらず、グローブの掌部分で押し倒したと言った方が正しく、ダメージはほとんどゼロ。

ところが、シカゴでやったIBF王座の防衛戦は、イングランドにあるボストン(リンカンシャー州)から呼ばれた英国&英連邦の2冠王に、左フックの相打ちを決められて腰から崩れ落ちた。

顎の先端を綺麗にヒットされて、この時は相当に効いていたが、恐るべき回復力を発揮。どんなにタフなボクサーでも、人間である以上、急所をまともに打ち抜かれたら持たない。倒れる。それから先は、回復力の有無と優劣がモノを言う。


天山(テンシャン)山脈を境に中国と隣接し、北にはカザフスタンとウズベキスタン、南にはパミール高原(平均標高5000メートル)が拡がり、国土全体の40%が標高3000メートルを超える中央アジアの山岳国家キルギス出身のビヴォルは、黒い髪と東洋系の顔立ちに親近感を覚える。

90年代初頭、ペレストロイカの波に乗って来日したオルズベック・ナザロフ(キルギス初の世界王者)を思い出す。唖然とするほどの強さと完成度の高さを見せ付け、ライト級でWBAのチャンピオンになって5度の防衛に成功した。

単に東洋系の風貌だっただけでなく、パーマを当てたようなチリチリ・ヘアと鼻の下にたくわえた髭が、所属先となった協栄ジムの大先達,具志堅用高を連想させた為、存命だった先代の金平会長は大いに喜び、「グッシー・ナザロフ」のリングネームで売り出した。

エース的な存在だったフライ級のユーリ・アルバチャコフも、シベリアの少数民族に出自を持ち、顔立ちは完全なモンゴル系でナザロフよりも日本人に近い。凄まじい切れ味の右ストレートは、山中慎介のゴッド・レフト以上に手首を捻るコークスクリュー。

デビュー戦でJ・フェザー級の輸入選手を寄せ付けず、「明日世界チャンピオンとやっても勝てる」と、まだまだお元気だったリングサイド・クラブのお歴々を絶句させている。


さて、拙ブログの勝敗予想を。膝が7~8割方回復している前提になるけれど、ベテルビエフの中盤以降KO(TKO)勝ち。しっかり動ける状態なら、べテルビエフのプレッシャーにビヴォルは耐え切れないと思う。

膝が万全には程遠く、ビヴォルのステップを追い切れずに、ジャブと長い右(ワンツー)に反応が遅れるようだと、中差程度の3-0判定でビヴォル。加齢による衰えが顕在化してたら、後半~終盤にかけてのストップも有り。

両雄ともに、チームが安定している点も予想をわかりづらくする。カナダに移って以降、ずっとコーナーを預かってきたマーク・ラムジー(マルク・ラムゼイ/カットマンとしても高名)との関係は今も良好円満。


ビヴォルもまた、メンターの呼称がより相応しいヘッド,ゲンナジー・マシァノフに寄せる信頼は厚い。ボクシングのコーチと言うより、古武術の達人を思わせる風貌が、東洋系のビヴォルとのコンビに独特の味わいを醸し出す。

◎公開練習:ビヴォル
10月10日/TNT Sports

※フル映像(トップランク公式)
https://www.youtube.com/watch?v=TrOGl7wwT5I


◎ベテルビエフ(39歳)/前日計量:174.9ポンド
3団体統一L・ヘビー級王者:IBF(V8),WBC(V5),WBO(V2)
戦績:20戦全勝(20KO)
世界戦通算:9戦全勝(9KO)
アマ通算:295勝5敗(推定)
2012年ロンドン五輪ヘビー級代表(2回戦敗退=ベスト8)
※オレクサンドル・ウシクに13-17で敗北
2008年北京五輪L・ヘビー級代表(2回戦敗退)
2011年世界選手権(バクー/アゼルバイジャン)ヘビー級代表(ベスト8)
※オレクサンドル・ウシクに13-17で敗北
2009年世界選手権(ミラノ)金メダル(L・ヘビー級)
2007年世界選手権(シカゴ)銀メダル(L・ヘビー級)
2008年ワールドカップ(モスクワ)金メダル(L・ヘビー級)
2006年ワールドカップ(バクー/アゼルバイジャン)銀メダル(L・ヘビー級)
2010年欧州選手権(モスクワ)金メダル(L・ヘビー級)
2006年欧州選手権(プロブディフ/ブルガリア)金メダル
身長:182センチ,リーチ:185センチ
右ボクサーファイター


◎ビヴォル(33歳)/前日計量:174.12ポンド
WBA L・ヘビー級スーパー王者(V14/スーパー:V7,正規:V6.暫定:V1)
戦績:23戦全勝(12KO)
世界戦通算:15戦全勝(5KO)
アマ通算:268勝15敗
2013年ワールド・コンバット・ゲームズ(ペテルスブルグ/ロシア)金メダル(L・ヘビー級)
2008年ユース世界選手権(グァダラハラ/メキシコ)銅メダル(ミドル級)
2007年カデット世界選手権(バクー/アゼルバイジャン)金メダル(L・ヘビー級)
2006年カデット世界選手権(イスタンブール/トルコ)金メダル(ミドル級))
ロシア国内選手権
2014年,2012年優勝(L・ヘビー級)
2011年準優勝,2010年3位(ミドル級)
身長,リーチとも183センチ
右ボクサーファイター

◎前日計量


◎フル映像(トップランク公式)
https://www.youtube.com/watch?v=F5UIzh3Rbns


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■オフィシャル

主審:トーマス・テーラー(米/カリフォルニア州)

副審:
グレン・フェルドマン(米/コネチカット州)
マヌエル・オリヴィエ・パロモ(スペイン)
パウル・カルディーニ(ポーランド)

立会人(スーパーバイザー):未発表


”スペシャル・ワン”に挑む不屈の闘志 /世界タイトル7連戦の幕開けを飾れるか - S・ノンシンガ vs 矢吹正道 プレビュー -

カテゴリ:
■10月12日/愛知県国際展示場,愛知県常滑市/IBF世界J・フライ級タイトルマッチ12回戦
王者 シヴェナティ・ノンシンガ(南ア) vs IBF2位 矢吹正道(日/LUSH緑)



「接近(ファイター)」 or 「待機・後退(ボクサー)」

勝敗のカギを握るのは、”スペシャル・ワン(Special One)”の異名を取る王者ノンシンガ(ノンチンガ)の戦術選択。

最軽量ゾーンにおいて、頭1つ2つ抜ける高いKO率を誇る強打者同士とは言え、遠来のチャンプは、退いて守る待機型を得意にする。10回を数えるKO勝ち(13勝)のうち、序盤の決着は4回。

デビュー戦(3回TKO/6回戦)から3戦目(3回KO/4回戦)までの3つと、その後は初回1分30秒足らずでし止めた7戦目になる(2戦目:2回TKO/4回戦)。

IBFのローカル・タイトルを足掛かりにして世界ランクに入り、クリスティアン・アラネタ(比)とのエリミネーター(IBF)以降、王座を獲得したエクトル・フローレス(メキシコ)との決定戦、V1のレジー・スガノブ(比)戦まで判定決着が3試合続いた。

そして、あのショッキングな王座転落。ランク11位の中堅メキシカンが放った”ボラード(右スウィング:オーバーハンド)”を直撃され、僅か2回で撃沈。

大方の前評判は、ノンシンガのKO防衛。想定を超えるタフネ&ラフで粘られ、判定まで行ったとしても中差以上の3-0は間違いないとの評価がもっぱら。舐めていた訳ではないと思うが、余裕を持ち過ぎた感は否めない。


今年2月にアウェイのメキシコで組まれたダイレクト・リマッチで、ノンシンガは自ら前に出て密着。頭をくっつけてインサイドの強打を応酬し合う、プロのインファイトを披露する。

地力の差が明らかだった為、中途半端に距離とタイミングを与えるよりは、この方が安全だと、チームを率いるコリン・ネイサンが考えたのかもしれない。南アフリカの黒人トップクラスは、例外なくディフェンスがしっかりしているが、打たれ強さに不安を抱えるケースが案外多く、「大丈夫なのか?」と心配したが、ノンシンガのフィジカルは思っていた以上に頑丈だった。

ノンシンガは実の父親から教えを受けた親子鷹だが、15歳でネイサンのジムに入門して以来、足掛け10年に渡ってコンビを組み戦ってきた。アマチュアでもそれなりにやっている筈だが、戦績と戦果は公表していない。

108~112ポンドでは大きい部類に入るが、率直に言ってパワーはアベレージ。スピードも驚くほどの水準ではないし、ボクシングは良くまとまっているが、絵に描いたような右構えの正攻法で、1発で持っていかれる怖さや、意表を突く即興的な変化などは心配無用。


矢吹自身が認めている打たれ脆さ、拳四朗との再戦とユーリ阿久井戦の瞬殺敗退を、チーフのネイサンがどう評価するのか。

「シヴェ(ノンシンガの愛称)が108ポンドのNo.1。挑戦者がいなくなったら、112ポンドに上げてケンシローとやるのもいい。」

王者の周囲からは、景気のいい呷り文句が聞こえて来る。

個人的にはくっついてくれた方が無難との印象で、いくらアベレージの決定力でも、長めの中間距離で右ストレートを打たせたくない。矢吹が自分から良く動いて、慎重に出はいりしつつも、シャープなジャブ&ワンツーを主体に先手で手数を出してペースメイクできれば、余り強そうには見えないボディを抉るタイミングも掴んで、「案ずるより産むが易し」になりそうな気もする。

直前の掛け率は、ややノンシンガ。もっと離れると思ったが、身銭を賭ける人たちの眼と嗅覚に、キレっキレのパンチと動きを見せた矢吹の公開スパーが、どの程度影響をしたのかしていないのか・・・。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
ノンシンガ:-160(1.625倍)
矢吹:+138(2.38倍)

<2>betway
ノンシンガ:-163(約1.61倍)
矢吹:+138(2.38倍)

<3>ウィリアム・ヒル
ノンシンガ:4/7(約1.57倍)
矢吹:11/8(2.375倍)
ドロー:16/1(17倍)

<4>Sky Sports
ノンシンガ:8/11(約1.73倍)
矢吹:6/4(2.5倍)
ドロー:18/1(19倍)


もう1つ気になるのは、敵陣を率いるネイサンの日本慣れ。

南アフリカを代表する名トレーナー,ニック・デュラントがバイク事故で突然この世を去った後、モルティ・ムザラネやヘッキー・バドラーなど、デュラントが見ていたチャンピオンクラスを引き受けたネイサンは、バドラー,ムザラネと2回づつ、田中恒成のS・フライ級3戦目の相手に選ばれたヤンガ・シッキポと、計5回の来日経験を持つ。

シッキポの時は、マス・スパーのパートナーとしてノンシンガも一緒だったらしい。近い将来の載冠を見越して、売り込みも兼ねての帯同だと思うが、ノンシンガに関する限り、ここまでは狙い通りの流れといったところか。

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※追加補筆
田中恒成(畑中)に挑戦するプメレレ・カフ もネイサンの選手で、亀田和毅と2度対戦したレラト・ドラミニ、日本国内ではないが、ニューヨークの殿堂MSG(5千人収容のシアター)で、尾川堅一(帝拳)とIBFの決定戦をやったアジンガ・フジレもネイサンが見ていた。
※亀田一家は原則追跡の対象外(昔に戻らない限り)にしている為、ドラミニは完全に頭の中から消えていた。失礼しました。
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<1>2018年5月20日/バドラー 12回判定(3-0) 田口良一(ワタナベ)
大田区総合体育館
WBA・IBF統一 L・フライ級タイトルマッチ(王座獲得)
オフィシャル・スコア:116-112×2,117-111
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<2>2019年5月19日/ムザラネ 12回判定(3-0) 黒田雅之(川崎新田)
後楽園ホール
IBFフライ級タイトルマッチ(V2)
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<3>2019年12月23日/ムザラネ 9回TKO 八重樫東(大橋)
横浜アリーナ
IBFフライ級タイトルマッチ(V3)
オフィシャル・スコア:77-75,78-74,76-76(2-0でムザラネ)
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<4>2022年12月11日/田中恒成(畑中) 10回判定(3-0) Y・シッキボ
武田テバ・オーシャン・アリーナ(名古屋市)
S・フライ級10回戦
オフィシャル・スコア:97-93×2,98-92
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<5>2023年9月18日/拳四朗 9回TKO バドラー
有明アリーナ
WBC L・フライ級タイトルマッチ(挑戦)
オフィシャル・スコア:79-73×2,80-72


アキレス腱断裂(昨年5月)の重症から立ち上がり、今年3月の復帰戦でWBOの元ランカー,ケヴィン・ヴィヴァス(ニカラグァ)に4回TKO勝ち。1年2ヶ月ぶりの実戦+111ポンドのフライ級契約ということもあり、仕上がりは今2つといった感じで、ちょっと重そうに見える。

右への体重を乗せ方も不充分で、攻守のいずれも(パンチ&動き)キメが粗く大きかったが、このレベルでボクシングが出来ていることにまずは一安心。ホっとした。

取材に訪れた畑山隆則が、目を丸くして驚くほどのキレ味と破壊力を惜しげもなく発揮した公開スパーの矢吹は、ヴィヴァス戦とはまったくの別人。拳四朗を崩した時と比べても遜色がない。

良過ぎる仕上がりが裏目に出るのもありがちなパターンだけに、立ち上がりの不用意な被弾によくよく注意をして欲しい。早い時間帯で潰してしまえと、クリエル第2戦のように密着してきたら、ストッピング・ジャブで間合いを外しながら、ススっと前後左右にステップを踏み、死角からショートのワンツーとアッパーをお見舞いする。

間違いなくノンシンガは退く筈なので、すかさず矢吹の方からくっついて左ボディと左右のアッパーをカチ上げ、速やかに安全圏に戻ってノンシンガを引き出す。そしてまた動いてコンビネーション。

この繰り返しの中で、右の脇腹が開いたら速攻で左ボディ。レバー目掛けてグサリとやる。大きな右は必要無し。拳四朗を攻略した時のような、顔面への左フックを見せておいての右,から下への左も当たるんじゃないかと、獲らぬタヌキの何とやら・・・。

好漢矢吹の復活を願う。



◎公開練習
<1>ノンシンガ


<2>矢吹



◎ノンシンガ(25歳)/前日計量:107.4ポンド(48.7キロ)
※当日計量:116.2ポンド(52.7キロ)/+8.8ポンド(+4キロ)
(IBF独自ルール:リミット+10ポンドのリバウンド制限をクリア)
IBF J・フライ級王者(第2期:V0/第1期:V1)
戦績:14戦13勝(10KO)1敗
アマ戦績;不明
身長:165センチ,リーチ:170センチ
血圧:129/61
脈拍:54/分
体温:36.2℃
※前日計量時の計測値
右ボクサーファイター


◎矢吹(32歳)/前日計量:107.4ポンド(48.7キロ)
※当日計量:117.3ポンド(53.2キロ)/+9.9ポンド(+4.5キロ)
(IBF独自ルール:リミット+10ポンドのリバウンド制限をクリア)
元WBC L・フライ級王者(V0),元日本L・フライ級王者(V1/返上)
2016年度西日本新人王(フライ級)
戦績:20戦16勝(15KO)4敗
アマ戦績:21戦16勝(9RSC・KO)5敗
三重県立四日市四郷高校→
身長:166.4センチ/リーチ:166センチ
血圧:130/53
脈拍:102/分
体温:35.8℃
※前日計量時の計測値
右ボクサーファイター

◎前日計量



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■オフィシャル

主審:マーク・カロイ(米/州)

副審:
アダム・ハイト(豪)
フィリップ・ホリデー(豪)
村瀬正一(日/JBC)

立会人(スーパーバイザー):ベン・ケイティ(豪/IBF Asia担当役員)


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■試合映像
◎ノンシンガ
<1>シヴェ 10回TKO A・クリエル 第2戦
2024年2月16日/オアハカ州(メキシコ)
IBF王座奪還(ダイレクト・リマッチ)
オフィシャル・スコア:

※フルファイト
https://www.youtube.com/watch?v=Ml6MO1NvUIM

<2> A・クリエル 2回KO シヴェ 第2戦
2023年11月4日/カジノ・ド・モンテカルロ(モナコ)
IBF王座防衛失敗


<3>シヴェ 判定12R(3-0) R・スガノブ
2023年7月2日/イースト・ロンドンICC(国際会議場/南ア)
IBF王座V1
オフィシャル・スコア:116-111×2,117-110
https://www.youtube.com/watch?v=41S5e3-bHkY

<4>シヴェ 判定12R(2-1) H・フローレス
2022年9月3日/
IBF J・フライ級王座決定戦/獲得
オフィシャル・スコア:116-111,114-113,112-115
https://www.youtube.com/watch?v=5wdF5IqkUWQ


<5>シヴェ 判定12R(3-0) C・アラネタ
2021年4月24日/ボードウォーク・カジノ・ポートエリザベス(南ア)
IBF挑戦者決定戦
オフィシャル・スコア:114-113×2,115-112
https://www.youtube.com/watch?v=Ou5to8yw04w

<6>シヴェ 5回KO イヴァン・ソリアーノ
2020年3月8日/オリエント・シアター(イースト・ロンドン/南ア)
IBFインターナショナル王座V2
オフィシャル・スコア:39-36×2,38-37
https://www.youtube.com/watch?v=x2Cn04jOL9k
I

◎矢吹
<1>矢吹 4回TKO ケヴィン・ヴィヴァス(ニカラグァ)
2024年3月16日/ポート・メッセ名古屋
111ポンド(50.3キロ)契約10回戦
https://www.youtube.com/watch?v=hUu5O7_KvbM

<2>拳四朗 3回KO 矢吹 第2戦
2022年3月19日/京都市体育館
WBC王座初防衛失敗


<3>矢吹 10回TKO 拳四朗 第1戦
2021年9月22日/京都市体育館
WBC L・フライ級王座獲得
オフィシャル・スコア:88-83,86-85,87-84(3-0で矢吹)


<4>矢吹 1回KO 佐藤剛(角海老)
2020年7月26日/あいおいホール(愛知県刈谷市)
日本L・フライ級王座決定戦/獲得(現地映像)
https://www.youtube.com/watch?v=_ZVD9zBla1Q

<5>ユーリ阿久井政悟(倉敷守安) 1回TKO 矢吹
2018年4月6日/サントピア岡山総社(岡山県総社市)
フライ級8回戦(現地映像)


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