ストップの難しさ? /根拠無き竹槍突撃はもうたくさん - 重岡銀次郎 vs P・タドゥラン レビュー 1 -
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■7月28日/滋賀ダイハツアリーナ,滋賀県大津市/IBF世界M・フライ級タイトルマッチ12回戦
IBF1位/元王者 ペドロ・タドゥラン(比) 9回TKO 王者 重岡銀次郎(日/ワタナベ)
IBF1位/元王者 ペドロ・タドゥラン(比) 9回TKO 王者 重岡銀次郎(日/ワタナベ)
「銀次朗は右眼窩底骨折。ですが元気です。」
試合翌日の午後、ようやく渡辺会長の談話を通じて、銀次郎の無事が報じられた。救急搬送された滋賀県内の病院で精密検査を受け、眼窩底骨折以外に特段の異常は認められず、既に帰京しているという。明日30日には、品川区内の医大病院であらためて検査を行う予定とのことで、「本当に良かった」と胸を撫で下ろす。
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<1>IBFミニマム級王座陥落の重岡銀次朗は右眼窩底骨折
2024年7月29日/Boxing News
https://boxingnews.jp/news/109313/
<2>【ボクシング】重岡銀次朗が生涯初黒星 試合後はタンカで救急搬送 9回TKOで兄・優大に続き王座陥落
2024年7月28日/スポーツニッポン
https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2024/07/28/kiji/20240728s00021000323000c.html
第2ラウンドから腫れ出した右眼の状態(塞がり具合)と戦況、ダメージを勘案すれば、明らかに反応が鈍り、ロープを背負って打たれ出した第6ラウンドか第7ラウンドの終了後に、王者陣営に棄権して欲しかった。と言うより、棄権するべきだった。
記すべきかどうか迷ったが、やはり書かねばならない。23歳の青春をリングに散らした、穴口一輝(故人)の悲劇が、試合終了直後の自軍コーナーで、ガクンガクンと大きく痙攣するように前後に動き続け、自らの意思で制御不能になった穴口の右足が、脳裏に浮かんだまま今も消えてくれない。
想像と想定を遥かに超えるフィジカル・パワーと化け物じみたスタミナ、鋭い切れ味と重さに硬さを併せ持ったタドゥランの休み無い強振を浴びて、為す術無く削られて行く銀次郎を見ているうちに、妙な既視感を覚えて身体がザワっと震えた。
いや、既視感などではない。確かにこれとそっくりの光景を見ている・・・。「あっ!」と思わず声を上げてしまう。荒ぶるメキシカン,ビクトル・ラバナレスのラフ&タフに巻き込まれ、最後は滅多打ちされてストップ負けした辰吉丈一郎(第1戦:1992年9月/大阪城ホール)の姿がオーバーラップする。
最初の眼疾(左眼網膜裂孔)により、丸々1年の休養を経て復帰した辰吉だったが、ラバナレスの猛攻に晒され、宿痾とも言うべき網膜はく離を発症(5ヶ月後の再起戦=2回KO勝ち=を終えた直後に発覚)。
ラバナレスとは1年後に再び相見えて、またもやディフェンスそっちのけの壮絶な乱打戦を繰り広げ、2-1の僅少差判定で何とか雪辱を遂げるも、自らの肉体に抜き差しならない深刻な被害を残す。
複数回の手術を繰り返した辰吉の両眼は、日常生活を大過なく送るという意味において、執刀した主治医が会見で述べた通り、健常者と変わらない水準にまで回復したが、超一流の反応と反射のアビリティは二度と戻ることはなかった。
相手に打たせ(れ)て距離を探り、打ちつ打たれつのブル・ファイトに活路を見出す。それ以外にやりようがなくなった辰吉は、己が肉体の限界を踏み越えてなおも戦い続けようとする、強靭過ぎる精神力によって自らを摩滅させて行く。
逞しく発達した上半身に、スラリと伸びた長い手足。メキシカンを思わせる体型から閃光のような左ジャブを放ち、代名詞として恐れられた左ボディは一撃必倒の威力を発揮。速射砲のように繰り出される多彩なコンビネーションも、芸術の域にまで高められていた。
傑出したスピードに日本人離れした柔軟性と溢れんばかりのボクシング・センス、破壊的な攻撃力まで兼ね備えた不世出の天才が、眼疾によって完全に喪われてしまったのである。
打たれていいことなど、1つも無い。ワールドクラスの高いレベルになればなるほど、ダメージのリスクも増して行くのは自明の理。
王者サイド(ワタナベジム)のコーナーでは、インターバルの都度右眼のチェックを行うのは勿論、意識の明瞭度が低下し始めていることも確認出来ていた筈である。どんなに遅くとも、第7ラウンドを終えたところで決断できなかったことが惜しまれる。
そして、ニューヨークから呼ばれたレフェリーにも、大きな問題,瑕疵を指摘しなくてはならない。陽の東西を問わず、一般的にボクシングのルール上、試合を止める権限を許されているのは、レフェリーとチーフ・セコンド(セカンド/チーフ・トレーナーを指す)だけである。
厳密に言えばマネージャー(プロモーターではない)も含まれるが、海外ではチーフ・トレーナーがマネージャーを兼務する場合が日常的と言えるほど多い。勝敗を決する唯一無二のディシジョン・メイカーでもあるレフェリーと、現場でコーナーの指揮を執るヘッド・コーチにストップの全権を委ねるのが通例だ。
銀次郎はロープに詰められても、そのまま打たれっ放しになってはいない。タドゥランの打ち終わりにサイドから脱出する判断力と意思+フットワークを残し、戦う姿勢も維持していた。タドゥランを押し返すだけの反撃の効力を失ってはいたが、パンチも打ち返している。ホーム・アドバンテージに対する配慮云々ではなく、確かにレフェリーは止めづらい。
ストップの躊躇に理解を示すことは、辛うじて許容しよう。だが、ドクターチェックが遅過ぎる。何故もっと迅速に要請しないのか。銀次郎の右眼はほとんど塞がり、左眼の瞼と周囲もかなり腫れていた。
それでも、棒立ちで被弾し足下が覚束なくなった第8ラウンドは、レフェリーストップをかけるべきタイミング,状況だったと確信する。ニューヨークから派遣された主審スティーブ・ウィリスが、フラつきながらコーナーに戻る銀次郎に声をかけている。
銀次郎はウンウンと頷いてはいたが、ほとんど条件反射と言ってよく、朦朧としている様子が一目でわかり、危険な領域に差し掛かっていた。そして、ようやくドクターチェックが入る。ストップの進言を期待したが、主審のウィリスがそもそも王者のコーナーに居ない。第9ラウンド開始のゴングが鳴ってしまう。
序盤から試合の展開は一方的で、第8ラウンド終了後のインターバルまでに、少なくとも2回はドクターを要請していて然るべき。早めにチェックを繰り返すことで、選手の命と身体的健康を守るだけでなく、コーナーへの警鐘(速やかな棄権の検討を促す)の意味も含めて、より安全なタイミングでのストップを準備(遅延=重大事故の防止)することにもつながる。
レフェリーたる者、リングドクターの召還を躊躇することなかれ・・・とは言え、ラウンドは進んでしまった。開始間もなく、絶え間なく続く挑戦者の圧力に押されてコーナーに詰められ、上から潰される格好で王者が自ら膝を着く。
すぐに立ち上がれないほど、ダメージは甚大。限界を超えている筈の心身に鞭打ち、何とか立った銀次郎の瞳を暫し見つめ、時間をかけて確認する主審ウィリス。「頼むから止めてくれ!」と念じるも、またも願いは届かず再開。
膝立ちの銀次郎が上体を直ちに起こしたから、ウィリスも止められなかった。もしも頭を垂れて下を向き、数秒間膝を着いたままだったら、流石のウィリスも頭の上で両腕を交差していたと思う。
レフェリーたる者、リングドクターの召還を躊躇することなかれ・・・とは言え、ラウンドは進んでしまった。開始間もなく、絶え間なく続く挑戦者の圧力に押されてコーナーに詰められ、上から潰される格好で王者が自ら膝を着く。
すぐに立ち上がれないほど、ダメージは甚大。限界を超えている筈の心身に鞭打ち、何とか立った銀次郎の瞳を暫し見つめ、時間をかけて確認する主審ウィリス。「頼むから止めてくれ!」と念じるも、またも願いは届かず再開。
膝立ちの銀次郎が上体を直ちに起こしたから、ウィリスも止められなかった。もしも頭を垂れて下を向き、数秒間膝を着いたままだったら、どんなポンコツ・レフェリーでも頭の上で両腕を交差していたと思う。
事ここに至ってもなお、ワタナベジムのコーナーにはタオルを振る(投げ入れる)気配が無い。JBCとJPBAは、総てのレフェリーと日本人トレーナーの再教育をすべきだと信じて疑わない。
世界戦に限らず、地域王座戦でも日本タイトルでもノンタイトルでも、海外から対戦相手を招聘する国際試合の場合は特に、カットや打撲による出血と腫れはもとより、蓄積するダメージを確認する為のドクターチェックについて、レフェリーストップのタイミングとともに、リング・オフィシャルと両陣営に対して、ルール・ミーティングの際にしつこいぐらい注意すべきだ。
地元N.Y.(を中心とした東海岸)での仕事と同様、ウィリスのレフェリングは相変わらず詰めが甘い。そしてこの直後、極めて危険な状況に陥る。
上体を折った低い位置から銀次郎が出そうとした左と、タドゥランが打ち下ろす右が交錯して、そのまま抱え合った状態で固定されると、そのままロープに押し込んだタドゥランは、空いている左の拳を思い切り、連続で6発も銀次郎の顔面に打ち込む。
銀次郎も思い出したように右の拳を上げて防ごうとしたが、もう間に合わない。あろうことか、主審ウィリスはただ見ているだけ。6発殴ったところでようやく間に入った。何というボンクラぶりだろう。
潰れた右眼にも当たった筈である。背筋が凍るとはまさにこの事だ。「お前はいったい、何をチェックしていたんだ!」と、ウィリスを怒鳴りつけたい衝動にかられる。
日本の良識と心あるボクシング・ファンは、アメリカの審判が総じて優秀だなどと、金輪際考えてはいけない。マーケットの規模が大きい分、審判の人数も増える。玉石混交の割合もアップするのが当然。この際JBCは、「招聘禁止」リストの対象に審判も加えるべきだ。
銀次郎の右眼窩底が、どの時点で骨折したのかはわからない。ただ、腫れ出した第2ラウンドに折れていたとしたら、ここまで戦い方を変えずに持ち応えられるだろうか。この6連打が直接的な原因だと断じるのは早計に過ぎるが、眼窩底骨折は怖い。重篤な眼筋麻痺の後遺症で引退という可能性だってゼロではない。
外傷性の網膜裂孔,もしくははく離(最悪のケース)と、白内障を併発するリスクも十二分にある。今後銀次郎の右眼(左眼も)に何らかの異常が見つかり、辰吉と同様の事態に陥らないと、いったい誰が言い切れるのか。
こんなレフェリーを、二度と呼んではいけない。と言っても、IBFのタイトルマッチは日本国内で今後も開催される。責任回避の事なかれ主義に凝り固まったJBCが、認定団体の人選にあれこれ口を出す筈も無し。ウィリスはまたやって来る。嗚呼・・・。
そしてこの後、幾度か散発のパンチの交換があり、またロープを背負った銀次郎に止めを刺そうとタドゥランが迫ったところで、ボンクラのウィリス(失礼)がやっと止めに入る。コーナーに座らせて応急措置をやってる場合じゃない。さっさと控え室に戻って、リングドクターに診させろとハラハラのし通し。
そうこうしているうちに担架が用意され、コーナーのスタッフに抱きかかえられ、ゆっくりと乗せられる。ほとんど意識を失っているように見えて、気が気ではなかった。
※Part 2 へ
◎銀次郎(24歳)/前日計量:104.7ポンド(47.5キロ)
※当日計量:113.3ポンド(51.4キロ)/IBF独自ルール(リミット:105ポンド+10ポンドのリバウンド制限)
戦績:13戦11勝(9KO)1敗1NC
世界戦:5戦3勝(3KO)1敗1NC
アマ通産:57戦56勝(17RSC)1敗
2017年インターハイ優勝
2016年インターハイ優勝
2017年第71回国体優勝
2016年第27回高校選抜優勝
2015年第26回高校選抜優勝
※階級:ピン級
U15全国大会5年連続優勝(小学5年~中学3年)
熊本開新高校
身長:153センチ,リーチ:156センチ
脈拍:58/分
血圧:136/83
体温:36.5℃
※計量時の検診データ
左ボクサーファイター
◎タドゥラン(27歳)/前日計量:104ポンド(47.2キロ)
※当日計量:114.5ポンド(52.0キロ)/IBF独自ルール(リミット:105ポンド+10ポンドのリバウンド制限)
元IBF M・フライ級王者(V1)
戦績:22戦17勝(KO)4敗1分け
世界戦:5戦1勝(1KO)3敗1分け
アマ通算:約100戦(勝敗を含む詳細不明)
身長:163センチ,リーチ:164センチ
脈拍:48/分
血圧:146/82
体温:36.3℃
※計量時の検診データ
左ボクサーファイター
105ポンドのリミット上限を1ポンドアンダーして、当日朝の再計量(IBFのみ)でも、リミット+10ポンドのリバウンド制限をしっかり守ったタドゥラン。
セカンド・ウェイ・インが終わった後、たっぷり食事を採って水分補給もしっかり行い、リングに上がった上半身はさらに大きくなっていたが、前日計量の時点で両雄の骨格の違いが目に付く。
105ポンドの調整は、加齢とともに加速度的に過酷さを増している筈で、コンディションを考慮した階級アップは意外に早いかもしれない。
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■オフィシャル
主審:スティーブ・ウィリス(米/ニューヨーク州)
副審:第8ラウンドまでのスコア:0-3でタドゥラン
アダム・ハイト((豪):74-78
ジェローム・ラデス(仏):75-77
マッテオ・モンテッラ(伊):74-78
立会人(スーパーバイザー):ベン・ケイティ(豪/IBF Asia担当役員)
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■試合映像
<1>ABEMA公式:第1ラウンドのみ
https://www.youtube.com/watch?v=2qlC-XFO_EA
<2>ファンによる撮影
ttps://www.youtube.com/watch?v=7_YAb6Rl4aE