アーカイブ

2024年05月

モンスター改め白虎(びゃっこ)が黒彪を一呑み? - 東京ドーム4大決戦 プレビュー 1-4 -

カテゴリ:
■5月6日/東京ドーム/4団体統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 井上尚弥(日/大橋) vs WBC1位 ルイス・ネリー(メキシコ)




※ファイナル・プレッサー(公式フル映像)
2024年5月/4日/Prime Video JP - プライムビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=x0qn6Ihs2Po


■ネリーが狙う”打倒モンスター対策”

これはもう、火を見るよりも明らか。

「ドネア第1戦の再現」以外に有り得ない。きっかけと方法は何だって構わない。早い時間帯にガツンと1発かまして、効かせるかどこか怪我をさせるか。

眼窩底骨折の重傷を負って、一時的に右眼の視力を失った尚弥は、巧まざるインサイドワークで百戦錬磨のドネアを騙し続けて、何度かの危機を乗り越え、強烈な左ボディで決定的なダウンを奪い、念願のアリ・トロフィーを高く掲げた。

しかし、ドネアに通じた駆け引きなど、ネリーは一気呵成の突進と自慢の連打を回転させてゴリゴリの乱打戦に持ち込み、そのまま力でねじ伏せる。尚弥のカウンターで逆襲されグラついても、身体のどこかにしがみついてでも耐え凌ぎ、ホヴァニシアンと同じ目に遭わせて最後は打ち倒す。


「死を賭して戦う。血塗れにする。」

ファイナル・プレッサーで語った物騒な覚悟、公開練習でトレーナーとともに言及した「モンスターの小さからぬディフェンスの穴」発言、そして公式インスタグラムで公開した例の壁画も、その背景には夥しい血痕が描かれていた。

「イノウエは必ずKOを狙って来る。後生大事にポイントメイクなんてしないだろう。オレを安く値踏みしたなら尚更だ。」

「ガンガン来るならしめたものだ。下がって距離を取ろうとしたら、密着してグシャグシャにしてやる。」





壁画


尚弥のファースト・コンタクトを待って、いきなりの相打ちを仕掛けるのか、それとも開始ゴングと同時に猛然と襲い掛かるのか。あるいは、そのどちらもなのか。いずれにしろ、立ち上がりの出方が大きなカギを握る。

フルトン戦とタパレス戦のように、正面に立っての駆け引きは危険。構えと視線,雰囲気だけで圧力をかけて後退させるのではなく、スパーリングで三代大訓(みしろ・ひろのり/国内ライト級の第一人者)を驚愕させた、一瞬たりとも気を抜くことのない凄まじいまでに研ぎ澄まされた集中力をそのままに、ロング・ディスタンスをキープしながら脚を使って距離で捌く。

比嘉大吾との公開スパーリング(2021年2月11日/国立代々木第一体育館/チャリティー・イベント:Legend)で見せ付けた、華麗かつスピードに溢れたフットワーク。あの時ほど魅せることを意識する必要はない。

ネリーの出足を読んで素早く動き、死角から鋭いジャブ&右ストレートを突く。クリンチすら許さない、徹底したサークリングでネリーを翻弄する。ロールモデルは、伝説の石の拳に「ノー・マス」と言わせた、再戦におけるシュガー・レイ・レナード。

序盤の4ラウンズは、他に何も要らない。8割以上の本気のパンチは数発でOK。その中でカウンターのチャンスがあり、それで決まればそれもまた良し。


ネリーは確かにディフェンスに無頓着なところがあり、とりわけジャブに対する反応が鈍い。ただし、あの粗さは誘い水の役割も果たしていて、調子に乗ってワンツーで踏み込む瞬間を、パンテーラは虎視眈々と狙っている。山中を最初に倒したパンチも、ゴッドレフトに合わせたショートのカウンターだった。

ジャブを多少浴びたくらいでは、ビクともしない打たれ強さへの自信がある。さらに、致命的な一撃から身を守るボディワークにも相応の手応えを持っていて、L字の構えを取り、状態を斜めに倒し首を振り、”神の左”をもいなして見せた。そうして一発効かさることさえできれば、立て直す暇を与えない強打の回転が始まる。

メキシコのトップボクサーは、あのビクトル・ラバナレスのように、ディフェンスそっちのけでガンガン振り回すブル・ファイターでも、いざとなったらアウトボクシングで時間を稼ぐ器用さも併せ持つ。


タイで上り調子のシリモンコンとやった時、大幅なリバウンドでウェルター級近くまで戻したヤング・チャンプの馬力に苦しんだラカンドンは、名匠ナチョ・べりスタイン仕込みのステップワークでイケイケのプレスに対抗していた。

日本人キラーとして名を馳せたオスカー・ラリオス然り。バンタム級で当たるを幸い倒しまくっていたジョニー・ゴンサレスも、階級を上げて簡単に勝てなくなってからは、丁寧なボクシングも混ぜるようになったし、ジュニア・ジョーンズによもやのKO負けを食らった後、マルコ・アントニオ・バレラもアウトボックスのボリュームを増やして延命を図っている。

ネリーもそれなりにやれそうだが、過去の試合を振り返ると、やはり技術戦が得意そうには見えない。パワーへの分厚過ぎる信頼故に、「オレにはそんなものは不要」と考えているのかもしれず、実際にやればできるのかもしれないが・・・。


Camp Life: Inoue vs Nery | FULL EPISODE | Undisputed Fight Monday Morning on ESPN+
2024年5月2日/トップランク公式





スタートの4ラウンズを「デュラン2のレナード」で幻惑翻弄すれば、我慢できなくなったネリーが。それこそ遮二無二突進して来る。頭の衝突だけに気を付けて、くっつかれる前にサイドステップで安全圏に逃げつつ、ガードがバラけても委細構わず、身体を翻してさらに追いすがろうとするパンテーラに、強烈無比な右ストレートを叩き込む。

ガクンと膝が揺れたら、すかさず左の連打(上下)で畳み掛け、最後はロープかコーナーに詰めてドネア2,フルトンと同じフィニッシュ。

余りにも安易かつ荒唐無稽な妄想だと笑われるだろうが、”パワー・ハウス”ならぬ”ファンタジスタ・ナオヤ”も悪くないと、本気でそう思っている。


とにかくネリーは、この一戦さえモノにできれば、後はもうどうなってもいいというぐらいの覚悟を決めてモンスターに対峙する筈。ゆめゆめ油断することは無いと信ずるけれど、スタートはどこまでも慎重に距離を取って。

ロング・ディスタンスのキープに努めて欲しい。


身銭を切って賭けてる連中は、どんな様子だろうか。発表直後と直前のオッズを見比べてみよう。


□主要ブックメイカーのオッズ
◎3月19日
<1>betway
尚弥:-1408(約1.07倍)
ネリー:+700(8倍)

<2>FanDuel
尚弥:-1100(約1.09倍)
ネリー:+640(7.4倍)

<3>DraftKings
尚弥:-1200(約1.08倍)
ネリー:+700(8倍)

<4>ウィリアム・ヒル
尚弥:1/12(約1.08倍)
ネリー:13/2(7.5倍)
ドロー:16/1(17倍)

<5>Sky Sports
尚弥:1/10(1.1倍)
ネリー:6/1(7倍)
ドロー:20/1(21倍)

◎5月4日
<1>BetMGM
尚弥:-1200(約1.08倍)
ネリー:+750(8.5倍)

<2>betway
尚弥:-1587(約1.06倍)
ネリー:+750(8.5倍)

<3>ウィリアム・ヒル
尚弥:1/16(約1.06倍)
ネリー:7/1(8倍)
ドロー:16/1(17倍)

<4>Sky Sports
尚弥:1/12(約1.08倍)
ネリー:9/1(10倍)
ドロー:25/1(26倍)

MGMもしっかり並び、少しづつだが差は開いている。パンテーラのパワーショットと旋風のような勢いに一抹の怖さを認めつつ、総合力に優るモンスターが明白なアドバンテージを有する。大方の見立てが、そうした結論に辿り着く。

ファン・C・パジャーノ戦並みとまで贅沢は言わない。でも、パワーでねじ伏せるボクシングではなく、技&スピードで倒す”芸術的なKO”を久々に見てみたい。

期待値などではなく、当然の帰結として中盤までのKO防衛。


◎井上(30歳)/前日計量:121.7ポンド(55.2キロ)
戦績:26戦全勝(23KO)
現WBC・WBO統一S・バンタム級王者
前4団体=WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:21戦全勝(19KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎ネリー(29歳)/前日計量:120.8ポンド(54.8キロ)
現WBC S・バンタム級(V0) ,元WBCバンタム級(V0)王者
戦績:36戦35勝(27KO)1敗
アマ戦績:9戦全勝(5KO・RSC)
身長:165センチ,リーチ:167センチ
※山中第2戦の予備検診データ
左ボクサーファイター


ネリーの500グラムアンダーについて、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。調整の失敗に言及するインフルエンサー(あくまでボクシングの話題限定)も居て、なかなかにかまびすしい。

しかし、ネリーは130ポンド契約でカルモナ戦をやったかと思えば、直近のサルダール戦を119ポンドで仕上げたり、大胆にウェイトを上げ下げしている。本気で追い込めば、今でもバンタム級でやれないこともないのでは?。

自身もピークにあったS・フライ級時代、WBOのベルトを保持する尚弥にアタックして、慢性化した減量苦+右拳の負傷に腰痛まで加わり、満身創痍の割引モンスターだったとは言え、12ラウンズをフルに持ち応えたカルモナに130ポンドを呑ませたのは、前戦から8ヶ月の間隔が開いて完全にオフしていた為だろう。

僅かでもオーバーした瞬間、ボクシング人生最大のビッグ・マネー・ファイトを、リザーバーのT・J・ドヘニーにさらわれてしまう。何があってもリミット以下に落とさなければと、素行不良の問題児なりに取り組んだ結果だと考えるのが妥当。

◎前日計量(トップランク公式チャンネルにアップされたハイライト)


◎Inoue Picks Gloves, Has Final Words for Nery | Undisputed Fight Monday Morning ESPN+
トップランク公式(グローブチェックの様子と囲みのインタビューを収めた別バージョンのハイライト)


◎前日計量フル映像(公式)
Prime Video JP - プライムビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=wgw-XvtA9ag


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:マイケル・グリフィン(カナダ)

副審:
ホセ・アルベルト・トーレス(プエルトリコ)
アダム・ハイト(豪)
ベノイ・ルーセル(カナダ)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:ウォン・キム(韓)
WBC:ドゥウェイン・フォード(米/NABF会長)
IBF:安河内剛(日/JBC事務局長)
WBO:レオン・パノンチィーリョ(米/ハワイ州/WBO副会長)


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■無料公開された公式映像
<1>【無料公開】『独占密着 井上尚弥VSルイス・ネリ 東京ドーム決戦直前SP』 |プライムビデオ
(1)#1 “最強”のキャリアに「まだ満足していない」と語る井上尚弥。
https://www.youtube.com/watch?v=P3_ROltzHoo

(2)#2 「激闘で汚名を返上する」と語る“最恐”ルイス・ネリ。
https://www.youtube.com/watch?v=8du9Gqf-koU

(3)#3日本ボクシング界34年ぶりに行われる東京ドーム決戦。
そこには世界に挑む5人の日本人選手それぞれの物語があった。
https://www.youtube.com/watch?v=1VOyDMnkevE


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■単独インタビュー 大橋秀行会長、井上尚弥に託した東京ドーム「特別な思い」 
5・6ボクシング4大世界戦あと4日
2024年5月2日/サンケイスポーツ
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/sanspo/sports/sanspo-_sports_others_Y3IG3FYPJNNF5EZTOVDLTKX3PM?redirect=1


モンスター改め白虎(びゃっこ)が黒彪を一呑み? - 東京ドーム4大決戦 プレビュー 1-3 -

カテゴリ:
■5月6日/東京ドーム/4団体統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 井上尚弥(日/大橋) vs WBC1位 ルイス・ネリー(メキシコ)




■ドーピング違反&体重オーバー対策

3月6日に大橋会長が取材陣に方針を語り、その後明らかにした”ネリー対策”を時間軸に沿って示す。

<1>2024年2月20日:JBCがネリーのサスペンド(日本国内の無期限資格停止)解除に着手
<2>2024年2月26日:JBCがネリーのライセンス容認を正式発表
<3>2024年3月6日:発表会見(反省モードのネリー/終始一貫殊勝な態度+取材陣の前で山中に謝罪)
<4>2024年3月6日:WBCによる厳格なウェイトの監視+抜き打ちのドーピングテスト実施を公表
------------------
□予備計量
1)3月4日 試合45日前(上限規定無し):井上61.2キロ/ネリー134ポンド(約60.8キロ)=書類での提出
2)4月6日 30日前(リミット+10%=134.2ポンド/60.8キロ):井上60.5キロ/ネリー130.6ポンド(約59.2キロ)
3)4月19日 14日前(リミット+5%=128.1ポンド/58.2キロ):井上58.1キロ/ネリー127.6ポンド(約57.9キロ)
4)4月29日 7日前(調印式リミット+3%=125.7ポンド/57.0キロ):井上57キロ/ネリー124.8ポンド(56.6キロ)
※急激な体重減少の抑制・監視に努める
------------------
<5>2024年3月21日:メキシコのViva Promotionsがネリーのドーピング検査クリア公表
※ネリー自身もリポスト
<6>2024年4月10日:万が一の事態に備えてT・J・ドヘニー招聘を発表(ノンタイトルマッチを用意した上でリザーバーに指名/4団体とも承認済み)
<7>2024年4月18日:WBCが両者のランダム・テストクリアを公表
------------------

前日計量の前に、合計4回の予備計量を実施。さらに、WBCの全面的な支援により、「VADA(The Voluntary Anti-Doping Association )」が複数回の抜き打ちドーピング検査を行う。

2016年5月、WBCは「クリーン・プログラム」と称する独自のドーピング検査規定を導入した。WBCの世界チャンピオンと全階級のランカーに対して、五輪基準の抜き打ち検査を義務付けし、該当する選手がプログラムへの登録を拒否した場合、ランキングから除外される(王者はベルトはく奪+除外)。

検査を委託されたのは、上述したVADA。ラスベガスに所在する民間検査機関で、対戦を切望するフロイド・メイウェザーからドーピング違反を疑われたマニー・パッキャオの潔白を証明するべく、ボブ・アラム率いるトップランクが五輪基準の抜き打ち検査を依頼したのが、ボクシング業界と関わりを持つ発端となった。

同様に禁止薬物の使用を公然と噂されたノニト・ドネアも、VADAの協力を得てアマチュアと同様の「競技会外検査」を実施。向こう1年間のトレーニングに関する行動予定表(居場所情報)を提出し、検査員(DCO:ドーピングコントロールオフィサー)が予告無しに現れ、血液&尿検査をランダムに実施する。

尚弥自身、昨年3月16日付けの公式Xで「週二は来すぎでしょ。」と、VADAのランダム・テストを受けたことを報告している他、SNSと動画配信による情報発信に積極的な赤穂亮が、youtubeの公式チャンネルで「本当に突然来た」と明かしていた。

VADAの検査員がノーアポで横浜光ジムに現れ、その時間にジムワークを予定していなかった赤穂は、緊急招集を受けて大急ぎでジムに駆けつけたらしい。

WBC&WBOの2冠王スティーブン・フルトンへの挑戦が正式にリリースされたのが、奇しくも1年前の3月6日。それから1週間ほどして、VADAの検査員が立て続けに2度も訪れた。




洋の東西を問わず、プロスポーツの統括団体は五輪基準の厳格なテストに否定的で、世界中を震撼させた「バルコ・スキャンダル(2003年発覚)」を経験した王国アメリカにおいても、基本的な構図は今も変わらない。

ボクシングとMMAを所管する全米の各州アスレチック・コミッション(もしくは統括部局)は、試合前後の尿検査のみを義務付けている。

血液検査を含むランダム・テストをやらないのは、ヒューマン・リソース込みの経済的な理由によるものだが、実態はもっと本質的な経済原則に基づく。人気選手を片っ端からサスペンドしていたら、興行が成り立たない。

パッキャオを激しく非難したメイウェザーは、五輪基準のランダム・テストにいち早く取り組んだボクシング界の先駆者として知られているが、試合の契約を交わす都度、任意の条項として対戦相手に実施を要求し、USADA(U.S. Anti-Doping Agency:米国アンチ・ドーピング機関)に検査を依頼している。

大金を稼ぐ千載一遇のチャンスを棒に振るボクサーが居る訳もなく、メイウェザー戦をオファーされれば、USADAのランダムテストを拒否する変わり者はまずいない。


アラムが「検体のすり替えやデータの改ざん」といった不正のリスクに言及し、USADAではなくVADAを選んだのは、「メイウェザーに利する」ことを嫌った交渉上の駆け引きだが、同時にメイウェザーの試合が行われるラスベガス(MGMグランド)を管轄するネバダ州へのけん制も兼ねていた。

メイウェザー自身にも複数回の陽性反応に関するリークがあり、ネバダ州による隠蔽疑惑の噂が流れたり、5年超の時間を経てようやく実現したパッキャオ戦では、前日計量を終えた後、回復を促進する為「合法の薬品をWADAが禁止する方法(静脈注射:点滴)」で摂取したことが明らかとなっている。

メイウェザーは「ネバダ州のルールには抵触していない」と開き直ったが、自身が立ち上げたプロモーションの支配下選手が相次いでドーピング違反で処分を受けるなど、無傷を主張できる立場にはない。

カネロにレイ・バルガス、フリオ・C・マルティネス,フランシスコ・バルガス・・・。メキシコ産牛肉を言い訳にしたクレンブテロール(ジルパテロール)の悪用は、今やメキシカントップボクサーの常套手段と化した感さえある。

ブラジルの五輪金メダリスト,ロブソン・コンセイソンとの防衛戦(2021年9月/アリゾナ州ツーソン)に際して、WADA(World Anti-Doping Agency:世界アンチ・ドーピング機関)が禁止薬物に指定するフェンテルミン(向精神薬)の陽性反応を示したオスカル・バルデスは、「常飲していたハーブティーが原因」だとのたまい、WBCも「基準値を超えたと言っても、極めて微量だった」と仰天するような言い訳を押し通し、タイトルマッチを容認(開催はあくまでアリゾナ州)。

メキシカン優遇が目に余るWBCを盲信することも憚られるが、井岡一翔との一件(入れ墨問題に続く大麻成分の陽性反応)で、お粗末過ぎて話にならないドーピング検査体制を露呈したJBCに、前歴者ネリーとの試合運営を全面的に委ねることはできない。


各国の有力なプロモーターとズブズブの世界王座認定機関が、本来コミッションの領分である筈のドーピング検査をやるのは筋違いなのだが、適切な検査体制をJBCに期待できない以上、WBCを通じてVADAに頼る以外に現実的な解決策がないことも事実。。ことドーピング検査に関する限り、「JBCよりはマシ」という結論にならざるを得ない。

本来なら、JADA(Japan Anti-Doping Agency:日本アンチ・ドーピング機構)のバックアップを仰ぎたい場面ではあるものの、JBCのJADA加盟は夢物語。日本国内で行われるJBC管轄の公式戦は無論のこと、ライセンスを認めたすべてのプロ選手に対して、定期的な尿検査の義務付すらできないのが現実(コスト負担に耐えられない)。
※五輪基準を満たす必要があるアマチュアを統括する日連(日本ボクシング連盟)はJADA加盟団体

ましてや、血液検査を含むランダム・テスト(抜き打ち検査)など以ての外。誰がその費用を調達・負担するのか・・・。


山中 vs ネリー第1戦と同様、直近の抜き打ち検査の結果が公表されるまで、試合が終わってから、早くとも数週間を要するだろう。

開始前のリングコールに際して、我が国の世界戦では「コミッショナー宣言」が必ず行われる。厳正な予備検診と計量をパスしたから、JBCはこの試合を正式に世界タイトルマッチとして認める云々という例の下りだ。

試合を所管するコミッショナーとして当然なのだが、ならばドーピング違反が発覚した場合、欧米に倣って結果をノーコンテストに改めるべきなのに、嘆かわしくもJBCにはその責任を果たす気が無い。

WBCは山中をチャンピオンとして再承認する意思を日本側に伝えたが、「どういう理由があるにせよ、KO負けしておいてそれはできない」と断っている。潔いのは素晴らしいことだが、王国アメリカやメキシコの関係者と選手たちが聞いたら、口をあんぐりと開いて「日本人はバカなのか?」と呆れる筈だ。


>> Part 4 へ


◎井上(30歳)/前日計量:121.7ポンド(55.2キロ)
戦績:26戦全勝(23KO)
現WBC・WBO統一S・バンタム級王者
前4団体=WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:21戦全勝(19KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎ネリー(29歳)/前日計量:120.8ポンド(54.8キロ)
現WBC S・バンタム級(V0) ,元WBCバンタム級(V0)王者
戦績:36戦35勝(27KO)1敗
アマ戦績:9戦全勝(5KO・RSC)
身長:165センチ,リーチ:167センチ
※山中第2戦の予備検診データ
左ボクサーファイター


ネリーの500グラムアンダーについて、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。調整の失敗に言及するインフルエンサー(あくまでボクシングの話題限定)も居て、なかなかにかまびすしい。

しかし、ネリーは130ポンド契約でカルモナ戦をやったかと思えば、直近のサルダール戦を119ポンドで仕上げたり、大胆にウェイトを上げ下げしている。本気で追い込めば、今でもバンタム級でやれないこともないのでは?。

自身もピークにあったS・フライ級時代、WBOのベルトを保持する尚弥にアタックして、慢性化した減量苦+右拳の負傷に腰痛まで加わり、満身創痍の割引モンスターだったとは言え、12ラウンズをフルに持ち応えたカルモナに130ポンドを呑ませたのは、前戦から8ヶ月の間隔が開いて完全にオフしていた為だろう。

僅かでもオーバーした瞬間、ボクシング人生最大のビッグ・マネー・ファイトを、リザーバーのT・J・ドヘニーにさらわれてしまう。何があってもリミット以下に落とさなければと、素行不良の問題児なりに取り組んだ結果だと考えるのが妥当。

◎前日計量(トップランク公式チャンネルにアップされたハイライト)


◎Inoue Picks Gloves, Has Final Words for Nery | Undisputed Fight Monday Morning ESPN+
トップランク公式(グローブチェックの様子と囲みのインタビューを収めた別バージョンのハイライト)


◎前日計量フル映像(公式)
Prime Video JP - プライムビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=wgw-XvtA9ag


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:マイケル・グリフィン(カナダ)

副審:
ホセ・アルベルト・トーレス(プエルトリコ)
アダム・ハイト(豪)
ベノイ・ルーセル(カナダ)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:ウォン・キム(韓)
WBC:ドゥウェイン・フォード(米/NABF会長)
IBF:安河内剛(日/JBC事務局長)
WBO:レオン・パノンチィーリョ(米/ハワイ州/WBO副会長)


モンスター改め白虎(びゃっこ)が黒彪を一呑み? - 東京ドーム4大決戦 プレビュー 1-2 -

カテゴリ:
■5月6日/東京ドーム/4団体統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 井上尚弥(日/大橋) vs WBC1位 ルイス・ネリー(メキシコ)


■WBCは信頼に足る組織なのか?

JBCの無期限出場停止(JBCの権限が及ぶ日本国内限定)を支持するとの態度を明らかにしたWBCだが、山中との再戦から7ヶ月後の2018年10月、ネリーはフィリピン人ローカル・ランカーを呼び、地元ティファナであっさり復帰。なおかつ、WBCはバンタム級のシルバー王座を承認した。

2019年3月と7月、いずれもバンタム級契約で、マックジョー・アローヨ(米/元IBF J・バンタム級王者/アンカハスに敗れてバンタム級に進出)とファン・C・パジャーノ(ドミニカ)を連破。

◎試合映像:ネリー RTD4R アローヨ


◎試合映像:ネリー 9回KO パジャーノ



復調をアピールしたネリーは、11月23日にエマヌエル・ロドリゲスとのエリミネーター(WBC)に同意したが、前日計量で1ポンドオーバー。すぐに水分補給を行い、再計量を拒否したネリーに激怒したロドリゲス陣営は、報酬の増額をもちかけられても応じず出場を拒否。大きなトラブルに発展した。

実力者ロドリゲスを前に、性懲りも無く意図的な体重超過をやらかす。勝つ為には手段を選ばない。山中に対する狼藉を反省するどころか、本性がまったく変わっていないことを自ら暴露した。

ロドリゲスとの指名戦を潰したネリーは、S・バンタム級への階級アップを正式に表明。この時点でネリーはWBCのランキングに入っていなかったが、二桁台の下位ランカー,アーロン・アラメダ(メキシコ)とのエリミネーターが承認される(2020年2月)。

3月28日にラスベガスのパーク・シアターで行われる予定だったが、パンデミックの影響でCDC(Centers for Disease Control and Prevention:アメリカ疾病予防管理センター)が150名を超えるイベントの中止を決定。

7月18日にロサンゼルス開催でリ・スケジュールされ、さらに8月1日(コネチカット州アンキャンスビル)、8月29日(開催場所は変わらず)と変遷する。この間WBCは、7月の月例ランキングでネリーをS・バンタム級の1位に据えた後、8月14日はフェザー級への転出が規定の路線になっていたレイ・バルガスから、S・バンタム級の正規王座をはく奪。

パンデミックによる休止に加えて、バルガスは足の怪我を理由に、亀田和毅との防衛戦(2019年7月/V5)以降リングから遠ざかっていた。


再延期を繰り返したネリー vs アラメダ戦は、空位となった王座決定戦に昇格。9月26日にコネチカットのモヒガンサン・カジノでゴングが鳴り、サイズで勝りタフなアラメダを攻めあぐねたが、小~大差の割れた3-0判定勝ち(115-113,116-112,118-110)。WBCの強引な後押しを受けて2階級制覇を達成。

◎試合映像:ネリー UD12R アラメダ



陣営は一気に勝負に出て、WBA王座を保持するテキサスの雄,ブランドン・フィゲロアとの統一戦に臨み、アラメダ戦に続いて自慢のパワーで押し切ることができず、激しい打撃戦の末に左ボディのカウンターで見事にレバーを抉られ、苦痛にうめきながらの7回KO負け。

パジャーノを悶絶させた左のレバーブローをまともに食らい、同じように苦悶するネリーの姿を見て、フィゲロアに声援を贈った多くの日本のファンは大喜び。長身痩躯のフィゲロアは、ベイビーフェイスの二枚目とは裏腹なファイタータイプで、試合の度に丁々発止の白兵戦に雪崩れ込み顔を腫らす。

ネリーが放つ右強打で開始早々グラついたが、強靭なフィジカル・タフネスを頼りに持ち直して、ネリーの顔面にも多くの傷を付けた。

◎試合映像:フィゲロア KO7R ネリー



フィゲロアにプロ初黒星を献上した後、ネリーは4戦をこなして全勝(3KO)。2022年2月の再起戦は、アリゾナ在住で無傷の27連勝(12KO)を更新中のカルロス・カストロに攻勢を許し、小差の2-1判定で何とか勝ち残ったが、同年10月に130ポンド契約(!)で組まれたデヴィッド・カルモナ(115ポンドを主戦場にして不調だったとは言え井上尚弥相手に判定まで粘っている)との調整試合を3回KOで一蹴。

WBCからエリミネーター(いったい何度目?)に指定された昨年2月のホヴァニシアン戦を11回KO(カリフォルニア州ルールでレフェリーストップもKOになる)で生き残る。

カルモナ戦を除く3試合をS・バンタム級リミットの調整を経験して、ようやく122ポンドに身体がフィットしてきた印象を与えたが、昨年7月のチューンナップは、119ポンドでの調整。

フライ級で木村翔のWBO王座に挑み、6回KOに散ってバンタム級にアップしたフロイライン・サルダール(比)を、メキシコシティ近郊のメテペクで2回に粉砕。サルダール(118ポンドで計量)のウェイトに合わせたとも取れるが、バンタム級への出戻りを模索した可能性も否定できない。

◎試合映像:ネリー KO3R カルモナ
Zanfer Promotions


でっぷりと肥えたカルモナに比べると、重そうではあるものの、ネリーの上半身は思いのほかシェイプを保っている。フィジカルのポテンシャルが高いのは疑う余地がなく、IBFルールのリバウンド制限(リミット+10ポンド)&当日計量を義務付けした方が良かったのではないかと、要らぬ老婆心が鎌首をもたげて困ってしまう。

55.2キロ(S・バンタム級のリミットを100グラムアンダー)で仕上げた尚弥も、一晩で61キロ前後(ライト級リミット)まで戻す。増量はおおよそ13ポンドになり、IBFが定める上限をオーバーする。IBFルールを避けたのは、尚弥自身の調整も考えてのこと。

カルモナ戦の映像を見ると、ネリーは余裕で140ポンドのS・ライト級か、142~143ポンドのウェルター級まで増やしてくるかもしれない。


◎試合映像:ネリー TKO2R サルダール


ネリーが存分に本領を発揮できるのは、やはりバンタム級だという気がする。これぐらい絞らないと、山中をあっという間に追い詰めたキレと迫力,一気呵成の勢いが出ない。相手のサイズと耐久性も含めて、S・バンタム級では本来の良さを活かし切れないと感じる。


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■ホヴァニシアン戦の評価

リング誌が2023年度のファイト・オブ・ジ・イヤーに選出したこの試合は、「打たれ強さ&強打」という、互いの持ち味が最大限に発揮されたグッド・ファイト。ダメージも甚大だったと思う。

最後は爆発力に勝るネリーに軍配が上がったけれど、ホヴァニシアンにあと少しの狡猾さがあったら、逆の目が出ていた可能性も高い。文字通りの一進一退であり、命を削るような打撃戦だった。

◎ネリー 11回KO ホヴァニシアン



ホヴァニシアンの頑強さには以前から定評があり、NHKのドキュメンタリーが一瞬だけ捉えていた尚弥とのスパーリングでも、少々打たれても怯まない心身の強さが良く出ている。

ネリーの強打も真正面から受け止めるに違いなく、フィゲロア戦で既に証明されていたことではあるが、パンテーラの打たれ強さがS・バンタムでも頭1つ抜けたものかどうか、アルメニアの破壊神が証明してくれると誰もが思った。

かく言う私は、ダウンの応酬も込みでホヴァニシアンの終盤ストップ勝ちを予想したが、どちらも外れてネリーに凱歌が上がる。敗れたホヴァニシアンは潔くネリーを賞賛。ステロイドの助けを借りずにここまでやれたのなら、S・バンタムにアジャストしたと評していいのではないか。

いくばくかの疑念も残しつつ、そう思った。


S・バンタムに上げて以降、アラメダ戦,フィゲロア戦,カストロ戦と厳しいマッチアップが続き、山中を粉砕した圧倒的な回転力と破壊的な勢いが見られない。再びステロイドに手を出すのではないかと、そんな危うささえ感じてしまう。

山中を2タテしたのは、2017年~2018年。あれから6,7年が経過しており、「増量の影響もあるだろうが、単純にピークアウトしただけ」との意見も聞かれた。

カネロのチームに合流してエディ・レイノソの指導を受けたが、すぐに元サヤ(山中との2試合に帯同したコーチ,イスマエル・ロドリゲス)に戻る。体重オーバーで消滅したが、ロドリゲス戦の時はフレディ・ローチの支援を受けた。

ローチとの関係もこの失敗で破綻。一度も一緒に戦うことなく終了。フィゲロアにKOされた後、タイソン・フューリーとリナレスをサポートしたホルヘ・カペティーリョの招聘が伝えられるも、結局は元サヤを選択している。

今回チーフ格として紹介されたのは、サミール・ロサーノという比較的若いトレーナー。還暦は過ぎているであろうイスマエル・ロドリゲスのアシスタントとして、山中との2試合にも付いてきていたという。


居心地がいいのは確かなのだろうが、山中第1戦の悪夢がどうしても頭から離れない。八重樫東が自身のyoutubeチャンネルで、「(どんな手を使っても)勝てばいいって思う選手なんで」でと述べている通り。

「Going」に映像で出演した山中も、ネリーの怖さについて聞かれと、「どんな大事な試合でも平気で体重オーバーしてくる。凄いメンタル」と、皮肉交じりに苦笑しながら答えていた。

yama


「1ポンドでもオーバーしたら試合はやらない。もしもそうなったら?。ファイトマネーも払いません。ドーピングも同じ・・・」

3月6日の発表会見が終わった後、囲み取材に応じた大橋会長がそう明言して、さらにその後、幾重にも用意した”ネリー対策”が明らかになる。


◎「日本の至宝を全力で守る」決意を述べる大橋会長
2024年3月6日/マイナビニュース



>> Part 1-3 へ


◎井上(30歳)/前日計量:121.7ポンド(55.2キロ)
戦績:26戦全勝(23KO)
現WBC・WBO統一S・バンタム級王者
前4団体=WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:21戦全勝(19KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎ネリー(29歳)/前日計量:120.8ポンド(54.8キロ)
現WBC S・バンタム級(V0) ,元WBCバンタム級(V0)王者
戦績:36戦35勝(27KO)1敗
アマ戦績:9戦全勝(5KO・RSC)
身長:165センチ,リーチ:167センチ
※山中第2戦の予備検診データ
左ボクサーファイター

ネリーの500グラムアンダーについて、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。調整の失敗に言及するインフルエンサー(あくまでボクシングの話題限定)も居て、なかなかにかまびすしい。

しかし、ネリーは130ポンド契約でカルモナ戦をやったかと思えば、直近のサルダール戦を119ポンドで仕上げたり、大胆にウェイトを上げ下げしている。本気で追い込めば、今でもバンタム級でやれないこともないのでは?。

自身もピークにあったS・フライ級時代、WBOのベルトを保持する尚弥にアタックして、慢性化した減量苦+右拳の負傷に腰痛まで加わり、満身創痍の割引モンスターだったとは言え、12ラウンズをフルに持ち応えたカルモナに130ポンドを呑ませたのは、前戦から8ヶ月の間隔が開いて完全にオフしていた為だろう。

僅かでもオーバーした瞬間、ボクシング人生最大のビッグ・マネー・ファイトを、リザーバーのT・J・ドヘニーにさらわれてしまう。何があってもリミット以下に落とさなければと、素行不良の問題児なりに取り組んだ結果だと考えるのが妥当。

◎前日計量(トップランク公式チャンネルにアップされたハイライト)


◎Inoue Picks Gloves, Has Final Words for Nery | Undisputed Fight Monday Morning ESPN+
トップランク公式(グローブチェックの様子と囲みのインタビューを収めた別バージョンのハイライト)


◎前日計量フル映像(公式)
Prime Video JP - プライムビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=wgw-XvtA9ag


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:マイケル・グリフィン(カナダ)

副審:
ホセ・アルベルト・トーレス(プエルトリコ)
アダム・ハイト(豪)
ベノイ・ルーセル(カナダ)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:ウォン・キム(韓)
WBC:ドゥウェイン・フォード(米/NABF会長)
IBF:安河内剛(日/JBC事務局長)
WBO:レオン・パノンチィーリョ(米/ハワイ州/WBO副会長)



モンスター改め白虎(びゃっこ)が黒彪を一呑み? - 東京ドーム4大決戦 プレビュー 1-1 -

カテゴリ:
■5月6日/東京ドーム/4団体統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 井上尚弥(日/大橋) vs WBC1位 ルイス・ネリー(メキシコ)




「過去イチ、仕上げなければならない。」

3月6日に東京ドームホテルで行われた発表会見で、我らがリアル・モンスターは決意の一端をそう表現した。

カス・ダマトの下で鍛え上げた鉄壁のスタイルを自ら崩壊させ、不調の二文字では語り尽くせない数多くの問題を抱えたマイク・タイソンが、即決KOで沈むと思われていたジェームズ・バスター・ダグラスに歴史的なアップセットを許し、10カウントの10回KOに沈んで以来、34年ぶりに実現した東京ドームでのボクシング興行。


タイソンは1989年3月と1990年2月の2回、3団体(WBA・WBC・IBF)統一ヘビー級チャンピオンとして来日し、東京ドームで戦っている。

1988年に発足したWBOは、この時点では先行きの知れない新興マイナー団体に過ぎず、在米ファンと主要ボクシング・メディアから、世界タイトルとしての権威を認められていなかった。

1983年にスタートしたIBFも、老舗2団体と同格の扱いは受け切れておらず、1段低い評価に甘んじる。1968年に始まった、WBA・WBC2団体時代の末期と言い換えても差支えがない。

そうした時代、バブル景気に浮かれる経済効果の恩恵が、タイソンの招聘を可能にしたのだが、イベントを取り仕切った帝拳の本田会長は、「東京ドームは大き過ぎる。(ボクシング興行には)向かない」と後に語っている。

確かに、一瞬の攻防を見逃せないスピードに溢れたボクシングの魅力を堪能する為には、後楽園ホール(2千人収容)ぐらいの規模が最適だとは思う。


とにもかくにも、井上尚弥という、ドメスティックに閉じこもり続けた日本ボクシング界の常識や規格を根こそぎひっくり返す、超弩級の才能があってこその話であり、その事実を誰よりも深く理解しているからこその言及に違いなく、この巨大イベントを成功裏に締め括る重大な責任を自ら双肩に担う。

そして、連続V12の防衛記録を成し遂げ、ホール・オブ・フェイマーの栄誉に浴した具志堅用高の最多記録に迫る山中慎介に勝たんが為、”メキシコ産牛肉”に手を出し、禁止PEDの使用がバレると、再戦では意図的かつ大幅な体重オーバーで体力を温存する。

不埒極まるチンピラ・ボクサーをグウの音も出ないほど叩きのめして、ファンの溜飲をここぞとばかりに下げると同時に、二度と日本のリングに立てないよう、リアルなけじめを着ける。その任を全うできるのは、自分を置いて他にはいない。


また、大橋,本田両会長に恥をかかせるような事態が万が一にもあってはならず、であるからこそ、これまで以上の圧倒的なパフォーマンスを己に科す。

「とてつもない試合ができる。」

ファイナル・プレッサーでも、さらに強い意志を滲ませながら述べていたが、おかしな力みや余計な気負いは微塵も感じられない。どこまでも落ち着き払って、一言一句にリアリティが香り立つ。

頼れる男とは、こういう人を言うのだろう。


◎「ホワイド・タイガー(白虎)」をイメージしたチームTシャツで笑いを誘う
2024年04月10日/oricon


◎公開練習(2Rのシャドウとヘビーバッグ)
2024年04月10日/サンケイスポーツ



●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■入念に準備された”ネリー対策”,だが・・・

山中との2試合をきっかけに、JBCはネリーに無期限の追放処分を下す。ファンも含めた日本ボクシング界の総意ではあるが、「無期限」と「永久」はイコールではない。これが日本語の厄介(便利)なところで、「永久追放」の解除は極めてハードルが高く、それに比して「無期限追放」の解除は存外優しい。

またまた古い話で恐縮だが、プロレス&キックとの交流を頑なに禁止し続けてきたボクシング界の禁を破り、キックとの合同興行を主張し続けた協栄の金平正紀先代会長が、モハメッド・アリの来日と興行(WBA10位マック・フォスターとのノンタイトル15回戦)を巡る騒動をきっかけに日本プロボクシング協会(JPBA)を除名処分となり、同じ野口ジムの流れを汲む一門のジムと第二ボクシング協会設立に動き、業界を二分する事件が勃発した。

最大の功労者,ファイティング原田が1970年に引退。後を託された西城正三,小林弘,沼田義明の3王者もリングを去り、2階級制覇を期待された大場政夫が悲劇的な交通事故死を遂げ、ボクシング人気は急速に下降線を辿り出す。

TVアニメが製作されるほど熱狂的な支持を集めた沢村忠に牽引され、台頭するキックがボクシングに取って代わろうとする中、輪島功一,ガッツ石松の2王者が全国区の認知と人気を獲得。世界戦だけはスポーツ・コンテンツとして特別な地位を維持していたことと、両派間が相乗りする興行も組まれて、完全な断絶には至らなかった為、それなりに報道はされたものの、熱心なファン以外は両派の対立に気がつかなかった。


分裂は1972年4月~1980年(協会の統合は1976年11月)まで、およそ8年半の長きに渡って続く。戦前・戦後を通じて、日本のボクシング界は幾度となく離合集散を繰り返してきたが、今に至るまでこれが最後の分裂騒動になる。

この時も正式な処分は協会による「無期限の除名処分」であり、JBCが協栄ジムに付与するラインセンス(クラブオーナー,プロモーター,マネージャー,トレーナー)に変動は無し。JBCは「あくまで協会側の問題」との見解を示して中立の立場を取り、両派の興行を公式戦として認め、従来通りの対応を堅持した。

金平会長が見出した具志堅用高の人気におんぶに抱っこ状態が続き、既存の勢力からは具志堅に匹敵するスターが現れない。勢いと主導権を握っていたのは第二協会で、既存の協会側が頭を下げて和解するしかない状況。対立は金平会長の事実上の勝利で幕引きとなった。


歴史は繰り返すと良く言われるが、ただの一度も公の場で謝罪をせず、それを持って日本ボクシング界から「永久追放」された筈の亀田史郎が、いつの間にかトレーナーライセンスを許可され、現場復帰を許されている。

パワハラやセクハラ等々のスキャンダルを流布され、まさしく石持て追われた筈の安河内剛元事務局長(一般職員に降格の後解雇)は、何故か亀田一家が申し立てたライセンス失効を不当とする損害賠償訴訟と呉越同舟となり、不当解雇を訴えた裁判に勝ち、三兄弟のライセンス復活と時を同じくして、臆面もなく事務局長の職に復帰。

JBC職員の安河内は「解雇」だから、勝訴した以上は即時復帰が認められる(実際に戻るか否かは別問題だが・・・)。亀田の親父さんもまた、「永久」ではなく「無期限」の資格停止処分だった。

バブリーな亀田ブームが頂点を過ぎた後、内藤大助に頭突きを繰り返して王座を強奪した興毅が、「もう大丈夫。充分に衰えている」と侮ったポンサックレックに完敗を喫した直後、タイから派遣された立会人と安河内事務局長を控え室に監禁し恫喝した一件(メキシコでプロデビューした和毅も一緒)は、忘れてはいけない不祥事の筆頭。

「お前との会話は全部録音してある。ブチまけてクビ取ったる!」

親父さんの怒声はドアの外まで響き渡り、集まった取材記者たちが有り得ないカミングアウトを報じた。

※「クビ取ったるど、こら!!」 亀田父恫喝で「永久追放」か
2010年3月29日/J-CAST
https://www.j-cast.com/2010/03/29063311.html?p=all

「遅かれ早かれ親父殿も・・・」と覚悟はしていたけれど、残念無念の極みと申し上げる以外にない。要するに、似て非なるものなのである。


アザト・ホヴァニシアン(アルメニア)との挑戦者決定戦(2023年2月18日/カリフォルニア州ポモナ開催)が公表されたタイミングで、井上陣営が他団体の指名挑戦者(WBA:ムロジョン・アフマダリエフ,IBF・WBO:サム・グッドマン)を優先した場合、WBCが指名戦履行に猶予を与えず、ネリーに暫定王座決定戦を融通するのは自明の理。

あるいは、かつてのセルヒオ・マルティネスやロマチェンコのように、ダイヤモンド王座だのフランチャイズ王座だの、訳のわからないご都合タイトルに横滑りさせられ、戦わずして正規王座をネリーに奪われる。

最悪のパターンが、我らがホルヘ・リナレス。練習中に右拳を負傷してデシャン・ズラティカニン(モンテネグロ)との指名戦延期を申し入れたが、本田会長の要請にもかかわらず休養王者に追いやられた。

理由は簡単で、契約を巡ってトップランクと揉めてしまい、2年半に及ぶブランクを余儀なくされていたマイキー・ガルシア(米国籍だがメキシコ系のトップスター候補)の実戦復帰に、ようやく目処が立ったからである。


フランクリン・ママーニ(ボリビア)との正規王座決定戦に勝利したズラティカニンに対して、WBCはライト級での再起を表明したマイキーとの指名戦を通告。故障が癒えて一足早く英国行き(WBA王者アンソニー・クローラとの第1戦)が決まったリナレスには、マルティネスよろしくダイヤモンド王者の称号を与えて、承認料だけは逃さない。

クローラを明白な12回3-0判定に退け、リナレスは事実上の2団体統一を果たしたが、熱望したマイキー(S・ライト級に転出)とのWBC内統一戦は実現せず、ロマチェンコに逆転KO負けを喫して無冠となる。

3階級制覇に成功したウクライナのハイ・テクは、WBA王座の初防衛戦でホセ・ペドラサ(プエルトリコ)からWBO王座を奪うと、リナレスに敗れたルーク・キャンベル(英)との決定戦を承認され、マイキーが放棄したWBC王座を吸収。

晴れて3団体統一王者となり、IBF王者テオフィモ・ロペス(米)によもやの判定負け。確実視されていた4団体統一の栄誉を、若き伏兵に譲る破目となった。


1975年の暮れから2014年1月(82歳で病没)まで、40年近く会長を務めたドン・ホセ・スレイマンの時代から、お膝元のメキシカン優遇はWBCの恒例行事と化しており、後継の椅子を世襲した御曹司マウリシオ・スレイマンも、着実にその流れを受け継いでいる。

もっとも、フルトンに圧勝した直後、井上自身が明らかにした「S・バンタムで戦うべき4名」に、WBA&IBF王者タパレス,アフマダリエフ,バンタム級時代に対戦を流したジョンリエル・カシメロとともに、ネリーも含まれていた。

赤穂亮との復帰戦で衝撃的な強さを披露したカシメロは、小國以載との元王者対決で意外なもたつきぶりを見せて大きく後退。伊藤雅雪が興したTBP(Treasure Boxing Promotion)とプロモート契約を結び、石井一太郎会長(横浜光)がともにハンドリングするとは言え、体重超過やドタキャン,過剰なトラッシュトークなど、ネリーに引けを取らない不確定要素が付いて回る。

しぶとく食い下がるタパレスを10回で破綻させ、バンタム級に続いて4本のベルトを手中にした井上には、アフマダリエフ(WBA1位)とサム・グッドマン(IBF&WBO1位)の選択肢もあったが、具体化するドーム興行に最適な挑戦者は、山中との因縁で日本のファンに充分な知名度を持つネリー。

悪名は無名に勝る。

◎関心のある対戦候補について語る(2階級目の4団体統一に成功したタパレス戦後の会見)
2023年12月27日/oricon


◎「4人の名前が挙がって来る・・・」バンタム級4団体返上&S・バンタム級参戦発表会見
2023年1月13日/マイナビニュース

※この時点での4名:フルトン,アフマダリエフ,カシメロ,ネリー(ファンなら誰しも想像がつく)


>> Part 1-2 へ


◎井上(30歳)/前日計量:121.7ポンド(55.2キロ)
戦績:26戦全勝(23KO)
現WBC・WBO統一S・バンタム級王者
前4団体=WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:21戦全勝(19KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎ネリー(29歳)/前日計量:120.8ポンド(54.8キロ)
現WBC S・バンタム級(V0) ,元WBCバンタム級(V0)王者
戦績:36戦35勝(27KO)1敗
アマ戦績:9戦全勝(5KO・RSC)
身長:165センチ,リーチ:167センチ
※山中第2戦の予備検診データ
左ボクサーファイター

ネリーの500グラムアンダーについて、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。調整の失敗に言及するインフルエンサー(あくまでボクシングの話題限定)も居て、なかなかにかまびすしい。

しかし、ネリーは130ポンド契約でカルモナ戦をやったかと思えば、直近のサルダール戦を119ポンドで仕上げたり、大胆にウェイトを上げ下げしている。本気で追い込めば、今でもバンタム級でやれないこともないのでは?。

自身もピークにあったS・フライ級時代、WBOのベルトを保持する尚弥にアタックして、慢性化した減量苦+右拳の負傷に腰痛まで加わり、満身創痍の割引モンスターだったとは言え、12ラウンズをフルに持ち応えたカルモナに130ポンドを呑ませたのは、前戦から8ヶ月の間隔が開いて完全にオフしていた為だろう。

僅かでもオーバーした瞬間、ボクシング人生最大のビッグ・マネー・ファイトを、リザーバーのT・J・ドヘニーにさらわれてしまう。何があってもリミット以下に落とさなければと、素行不良の問題児なりに取り組んだ結果だと考えるのが妥当。

◎前日計量(トップランク公式チャンネルにアップされたハイライト)


◎Inoue Picks Gloves, Has Final Words for Nery | Undisputed Fight Monday Morning ESPN+
トップランク公式(グローブチェックの様子と囲みのインタビューを収めた別バージョンのハイライト)


◎前日計量フル映像(公式)
Prime Video JP - プライムビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=wgw-XvtA9ag


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:マイケル・グリフィン(カナダ)

副審:
ホセ・アルベルト・トーレス(プエルトリコ)
アダム・ハイト(豪)
ベノイ・ルーセル(カナダ)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:ウォン・キム(韓)
WBC:ドゥウェイン・フォード(米/NABF会長)
IBF:安河内剛(日/JBC事務局長)
WBO:レオン・パノンチィーリョ(米/ハワイ州/WBO副会長)



復活を遂げた”プエルトリコのマニー”に”和製メイウェザー(?)”がアタック - E・ロドリゲス vs 西田凌佑 プレビュー Part 3 -

カテゴリ:
■5月4日/エディオンアリーナ大阪/IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
王者 エマニュエル・ロドリゲス(プエルトリコ) vs IBF1位 西田凌佑(六島)




ニュース&ネット絶ちで、系列キー局のTBSが2日後に行う録画放送(深夜枠)を楽しみに待つ間、「西田が下馬評をひっくり返せるかどうかはともかく、現状の比嘉では楽に勝たせては貰えない筈・・・」等と勝手にイメージを膨らませていた。

とりわけ気になっていたのがクリンチである。大森の前進と強振を、基本的にはステップワークとジャブで捌いた西田が、小兵ながらも重量感にしつこさを伴う比嘉のプレスを受けて、同じようにクリンチ無しで対応できるのか。

ハードジャブが無くフィジカルの強度に不満が残る今の西田だと、サイドに逃げる間もなく距離を潰されて、上から覆い被さるしかなくなるんじゃないか。西田はアッパーも悪くないけれど、残念ながら比嘉の圧力を弾き返すだけのフィジカル・パワーは無い(今のところ)。


果たして比嘉は、想定された以上にキツい圧力でひたすら前に出る。初回から西田はロープを背負い、大森戦のようにサイドに回り込む余裕が無く、クリンチで逃れるしかなくなった。

しかし、比嘉のパンチは見えている。下から振り上げる左右のフックやアッパーを時折貰うが、不恰好な組み付きでも、重要な攻撃の起点になる比嘉のボディアタックを防ぎ、決定的な被弾は許さない。

そして比嘉の出足の遅さ(追い足・逃げ足両方の鈍化)にも助けられ、ジャブ&ワンツーを刺し込み、左アッパーや打ち下ろしの左、返しの右フック等々、こちらも致命傷には至らないが、精度,命中率で明白に西田が上回る。


「無駄に空回りしたくない。」

地元開催が仇となって余計な力みを生じ、やる気だけが空転する悪循環だけは避けたい。盟友であり戦友でもある野木丈司トレーナーは、試合前、西田について最も警戒する点について問われると、そう答えていた。

西田独特の”捌くボクシング”を、自由にやらせない自信はある。ただ、一気に突き進んで崩し切れずにラウンドが長引くと・・・。


野木トレーナーが恐れた空回りこそしていなかったと思うが、内容と結果は心配された通り。9ラウンド以降、未体験ゾーン突入以後も西田は息切れせず、逆に戦闘意欲の落ちた比嘉をロープに釘付けにして連打を畳み込むなど見せ場を作り、セーフティ・リードを保ってゴールテープを切った。

大森戦に続くアップセット。誰の眼にも勝者は明らかだが、比嘉のバックアップに全振りとなった周囲の状況が、レフェリーの裁定やスコアリング(採点競技)に影響するホーム・アドバンテージは、ボクシングに限らずありとあらゆるスポーツにおける日常茶飯だ。

最終盤まで前に出続けた比嘉のアグレッシブネスを、思いのほかジャッジが取ることも想定の範囲内。「拮った採点ならまだしも・・・」と嫌な予感に襲われつつ、結果を告げるリング・コールに
耳を欹てる。


「ジャッジ岩崎117-111、青コーナー西田。ジャッジ友利118-110、ジャッジ富山117-111西田・・・」

驚くほどフェアなスコアリングにいささか驚くと同時に、比嘉が新興の志成ジム(当時の名称:Ambition)ではなく、具志堅元会長(比嘉の移籍が発表された1ヶ月後の2020年7月末に白井・具志堅ジムを閉鎖)の下で現役を継続していたら、同じ結果になっていただろうかと、せんない妄想が脳裏を過ぎる。

色々言いたいことは多々あれど、とにもかくにも4戦目で元世界王者に完勝したのだから、素直に賞賛されて然るべき。しかも、アマチュア出身のボクサータイプが概して苦手にする、ゴリゴリのパワーファイターを抑え込んだ。

◎試合映像:西田 UD12R 比嘉
https://www.youtube.com/watch?v=7sjrgafmCQM

マッチメイクだけでなく、興行師としてもギャンブラーの枝川会長なら、名城信男(六島ジムが輩出した唯一の世界王者)と向井寛史(むかい・ひろふみ)に続く、3人目の促成栽培に着手するかもしれない。そう確信した。

◎枝川会長が短期勝負に出た先例
■名城信男(奈良工高→近畿大/アマ:57戦38勝19敗/20RSC・KO)
8戦目:マーティン・カスティーリョ(メキシコ)10回TKO勝ち
WBA S・フライ級王座獲得(当時の国内最速奪取タイ記録/1991年9月の辰吉丈一郎に並ぶ)
1)5戦目:本田秀伸(グリーンツダ)に10回3-0判定勝ち
2)6戦目:田中聖二(金沢)に10回TKO勝ち/日本タイトル獲得
3)7戦目:WBA2位プロスパー松浦(国際)に10回3-0判定勝ち(指名挑戦権獲得)

■向井寛史(南京都高→日大/アマ:77戦51勝26敗)
5戦目:ソニー・ボーイ・ハロ(比)に10回3-0判定勝ち(2度の世界挑戦経験有り/後のWBCフライ級王者)
6戦目:ロッキー・フェンテス(比)に10回0-3判定負け(OPBFフライ級王座挑戦)
7戦目:WBC王者ポンサックレック・ウォンジョンカム(タイ)にタイで挑戦/初回テクニカル・ドロー(バッティング)


階級はおそらく118ポンドのまま。日本ボクシング界の常識を遥かに飛び越え、天空高く舞い上がり続ける井上尚弥は、バンタム級の4団体統一に向けてまい進中。その先に、S・バンタム級への進出を見据えている。

その間にアジア・パシフィック王座の防衛戦を何度かこなし、安全確実に世界ランキングを上げ、井上返上後のバンタム級で2人目の世界王者誕生を狙う。

2021年12月、真正ジムの大橋哲朗を中~大差の3-0判定に退けると、無名のフィリピン人(2022年10月)、2度来日経験のあるタイ人(2023年8月/2019年3月岐阜で畑中健人に8回TKO負け)を呼んで、いずれもフルマークの判定勝ち。

◎激アツのバンタム級!WBOAPタイトルマッチ
2021年12月18日/Sportsnavi
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/6016144


武漢ウィルスの蔓延が本格化し出した2020年は1試合のみとなったが、アジア・パシフィックのベルトを3度守る間に、日本が誇るリアル・モンスターは公言していた通り、122ポンド最強の呼び声も高いスティーブン・フルトン(米)を一気に呑み込んで圧勝。

すると枝川会長は、8位にランクインしていたWBOではなく、5位に付けるIBFを選択(昨年5月時点)。8月12日に、現王者ロドリゲス(2位)と3位メルヴィン・ロペス(ニカラグァ)による決定戦が予定されており、IBFは5位の西田と6位クリスティアン・メディナ(メキシコ)に挑戦者決定戦を指示。

ロドリゲスとロペスの決定戦がまとまった後、やはりIBF7位に位置する栗原慶太(一力)との決定戦実現の風聞も流れたが、6位のメディナに権利が与えられる。
※4位レイマート・ガバーリョ(比)は玉突きで1位に上がったWBO狙い


ロドリゲス vs ロペス戦と同じ、昨年8月11日(日本時間)。今回と同じエディオン・アリーナ大阪で、若く伸び盛りのメディナ(23歳)と対峙した西田は、体幹がしっかりしてパンチにも切れと力感が増していた。それ相応のフィジカル・トレーニングにも、励んでいたのだと推察する。

3度の地域王座防衛で得た経験が自信にもつながり、冷静に展開を読み、慌てず騒がずポイントメイクに注力するスタイルに撤して、おかしな色気やヤマっ気とは無縁な戦い方に磨きがかかり、いい意味でのふてぶてしさ、プロらしさが漂う。

メディナも年齢に似ずよくまとまっていて、世界を狙うメキシカンに相応しいフィジカルの強さとメンタル・タフネスを併せ持ち、ディフェンスを含めたベーシックな技術も確かな好選手だったが、反面突出した武器が無くスピードは西田に分がある。


指名挑戦権を懸けたこの試合でも、西田は無駄な被弾を防ぎつつ、精度を最優先にした適切な手数を、落ち着きを失わずに適切なタイミングで使う。展開を推し量る計算と読みが、一進一退の拮抗した攻防を僅かに引き寄せ、焦れたメディナが粗雑になりかける隙を突く。

後半~終盤にかけて、ポイントの不利(アウェイのディス・アドバンテージ込み)を自覚したメディナが攻勢を強めると、無理をせずに適時クリンチワークを使って分断。最後まで集中を切らすことなく、丁寧にラウンドをまとめて12ラウンズを乗り切った。

イリノイ州(米/117-111),オーストラリア(118-110),ポーランド(116-112)から派遣されたオフィシャル・ジャッジは、中~大差の3-0で西田を支持(主審:福地勇治)。

◎試合映像:西田 UD12R C・メディナ
https://www.youtube.com/watch?v=A1Ev_HS3vAc

慎重なペースメイクでをやりくりしたスタミナを、疲労と焦りで相手の集中力が途切れがちになる後半~終盤に開放して、ダメを押しつつ明白な勝利を印象付けて逃げ切る。誇大に響くのは止むを得ず、お許しいただくしかないけれど、”和製メイウェザー”の評判を取る所以。

がしかし、井上尚弥によって蹂躙された118ポンドで、中谷潤人を抑えて最強に推す声も多いロドリゲスは、攻防のキメが細かく多彩なコンビネーションで硬軟を使い分ける器用さと、例えば井上戦の第1ラウンドのように、リスクを厭わず果敢に攻め込む大胆さも大きな特徴の1つ。

西田に対しても、まずは強引に突っかけては退き、「無い」と断定されたパンチング・パワーから、長所とされるディフェンス・ラインの質まで、早い時間帯で見極めるに違いない。

対サウスポーにおけるポジショニング、時々のディスタンスに応じて、ショートとロングを的確に打ち分ける右ストレートのカウンター、開いたところを抜け目なく襲う左フック(上下)と左アッパーは、並みのランカーを容易に寄せ付けないレベルにある。

圧力に押されて一方的に後退を強いられ、あっという間に余裕を失う恐れまではないにしても、反撃を急いで上手く引き出され、序盤に右を痛打されて前半戦を持って行かれると、そのままズルズル流れてしまいかねない。


直前のオッズは予想に反して接近しているが、これもまた”モンスター効果”の成せる業か。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
ロドリゲス:-190(約1.53倍)
西田:+160(2.6倍)

<2>betway
ロドリゲス:-188(約1.53倍)
西田:+150(2.5倍)

<3>ウィリアム・ヒル
ロドリゲス:1/2(1.5倍)
西田:6/4(2.5倍)
ドロー:14/1(15倍)

<4>Sky Sports
ロドリゲス:4/7(約1.57倍)
西田:9/4(3.25倍)
ドロー:18/1(15倍)


「この選手は化けるかもしれない。」

デビュー期に多くのファンに期待を抱かせたにもかかわらず、大成できずに終わるケースは枚挙に暇がなく、将来を嘱望される西田も、ロドリゲスにワンサイドで敗れる事態になればどうなってもおかしくはない。

再起の道筋を見誤れば、拙速なマッチメイクでホープを潰す、嫌というほど見せ付けられた過去の失敗を繰り返すことになるだろう。


「負けて当然」

IBF1位のランキングは分不相応。現在地を他者の目線で俯瞰する冷徹さも、”本物のプロのクレバネス”には必須の要素と理解し、どのような結果になろうとも、その戦い方と同様、慌てず騒がずゆっくり対処して欲しいと願う。


◎ロドリゲス(31歳)/前日計量:117.75ポンド(53.4キロ)
当日計量:126.5ポンド(57.4キロ)
※IBFルール:前日+10ポンドのリバウンド制限をクリア
戦績:25戦22勝(13KO)2敗1NC
アマ通算:171勝11敗(2012年ロンドン五輪代表候補)
2010年世界ユース選手権(バクー/アゼルバイジャン)銀メダル
2010年ユース・オリンピック(シンガポール)金メダル
※階級:フライ級
身長:168センチ,リーチ:169センチ
※以下は計量時の検診
血圧:99/72
脈拍:45/分
体温:36.1℃
右ボクサーファイター


◎西田(27)/前日計量:118ポンド(53.5キロ)
当日計量:127.9ポンド(58キロ)
※IBFルール:前日+10ポンドのリバウンド制限をクリア
戦績:8戦全勝(1KO)
アマ通算:37勝16敗
2014(平成)年度第69回長崎国体フライ級優勝(少年の部)
王寺工高→近畿大
身長:170センチ,リーチ:173センチ
※以下は計量時の検診
血圧:127/81
脈拍:63/分
体温:36.1℃
左ボクサー


ロドリゲスの血圧にびっくりした。上が100を切っていて、眩暈や立ちくらみを起こしても不思議がないレベル。まさか心臓とか肝臓の疾患や、その他の内分泌系臓器に障害を抱えているとは思えないし、元々低血圧なだけかもしれない。計量とフェイス・オフの間、幸いにも危うさを感じさせる兆候は見られなかった。

ウェイト調整の最終段階で、一時的に極端な低血糖状態になっていたのかもしれず、そうであれば、計量を終えた直後にピザを食べていたのも頷ける。

当日の仕上がりにどう影響するのかしないのか。「コンディション?。そんなのリングに上がってみないとわからない」と言う選手も少なくない。この後宿泊先のホテルでゆっくり横になり、+10ポンド(IBF独自のリバウンド制限)の限界ギリギリまで水分を補給してさらに食べ、一晩ぐっすり寝て回復を図る訳だが・・・。


●●●●●●●●●●●●●●●●●●

■オフィシャル

主審:ダンレックス・タプダサン(比)

副審:
カール・ザッピア(豪)
ジル・ゴー(比)
サノング・アウムイム(タイ)

立会人(スーパーバイザー):安河内剛(日/JBC事務局長)


◎前日計量&計量後の



◎LIVE配信:【西田世界戦】LUSHBOMU vol.3 feat.3150FIGHT
ABEMA ボクシング 【公式】
https://www.youtube.com/watch?v=vzJyxCtRjhU


このページのトップヘ

見出し画像
×