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■3月2日/ターニング・ストーン・リゾート&カジノ,N.Y.州ヴェローナ/IBF世界フェザー級タイトルマッチ12回戦
王者 ルイス・アルベルト・ロペス(メキシコ) vs IBF1位 阿部麗也(日/KG大和)



昨年4月、37歳になったキコ・マルティネス(スペイン)を3-0の大差判定に下し、IBFの指名挑戦権をモノにした痩躯のサウスポーが、ようやくタイトルマッチの舞台に辿り着いた。

福島県出身の阿部は、県立会津工業高校でボクシングを始めたアマ経験者。ところが、戦績は15戦7勝8敗の負け越し。将来この競技で身を立てようと、素直に信じられる成績とは言いづらい。

ボクシングに憧れを抱いたのはずっと早く、「プロボクサーになりたい」と初めて思ったのは小学生の頃だったという。

磐梯山や猪苗代湖、五色沼などで知られる風光明媚な耶麻(まや)郡に生まれ育ち、自然環境は抜群だったが、ボクシングジムも無ければ指導してくれる経験者も皆無。漫画「スラムダンク」が大好きで、その影響で中学時代はバスケットボール部に入部。かなり打ち込んだらしい。

しかも、陸上部との掛け持ちで砲丸投げもやっていたというから、それだけの運動神経に恵まれ、顧問の先生や周囲からも認められていたのだろう。そうした阿部にとって、高校でのボクシング生活は、疑いようのない「青春の挫折」であった。


日々の練習は厳しく、インターハイや国体、高校選抜等の大会(予選)に備えた合宿について、「本気で逃げ出そうと思うくらい辛かった」と、数少ないインタビューの中で答えている。

「これだけ必死に練習しているのに、大会になると全然勝てない。」

あらためてお断りするまでもないが、阿部は今をときめく井上尚弥と同世代である。

尚弥&拓真、田中亮明&恒成、藤田和典&健児、堤駿斗(はやと)&麗斗(れいと)等々、幼い頃から父に鍛え込まれた「親子鷹」の数が格段に増えて、U15全国大会(プロ主催/2007年発足)と、それに続くUJ(アンダージュニア)全国大会の開催により、長らく途絶えていた小学~中学生を対象とした育成プログラムが、不十分な形であれ復活した。

目標とする大会の有無、しっかりしたステータスを有する競争と明確な結果がもたらす影響は大きい。例えば重岡優大&銀次郎兄弟のように、空手や他競技からの転向を幾ばくかでも促進したと思われる。それ以外にも、近隣にボクシングジムがある場合、中学入学を待って入門する子供たちも、多少なりとも増加したのではないか。


こうした経歴を持つ、いわば格闘技経験者である16~18歳と、高校に進んでから本格的な練習を始めた同年齢とでは、競技者としての能力に小さからぬ差が開いたとしても止むを得ない。

中学時代にバスケットと投擲をやっていた阿部も、基礎的な体力はともかく、ボクシングの錬度で敵わなかった。例えば中学で毎週1~2回でもジムに通っていた経験は、結構なアドバンテージになり得る。

ボクシング部を持つ高校の数は限られる。生家から通える地域に会津工高があったのは幸運には違いないけれど、指導者の数と質を含めた首都圏・大都市部と地方の格差も、野球やサッカー,陸上,柔道等の人気競技とは比較にならない。

こうして阿部は、卒業と同時に神奈川県大和市に移り、現在も勤務を続ける自動車部品メーカーに就職する訳だが、7勝8敗の負け越しにもかかわらず、大学からスカウトを受けたというから、キラリと光る潜在能力は発揮できていたようだ。


KG大和ジムの門を叩いたのは、社会に出て2年目。プロ志望ではなく、フィットネス会員だったが、2007年にジムを開いた片渕会長によると、「スパーリングをやらせたら、日本ランカーとまあまあやれてしまう。上を目指せるんじゃないかと感じた」とのこと。

片渕会長に薦められるまま、19歳の阿部は週1回のジム通いを週6回に増やし、1年かけてプロテストに合格。デビュー2戦目で早くも初黒星を味わうものの、翌2014年の新人王戦で見事全日本のトップに。

これで勢いに乗るかと思いきや、初の6回戦でまたもや判定負け。プロの船出は順風満帆とは行かなかったが、この後、11連勝をマーク。溜田剛士(ヨネクラ)と細野悟(大橋)を破った金星も含まれる。


そして2019年5月、6年目にして実現した日本タイトル初挑戦は、王者の源大輝(ワタナベ)を追い込むも、無念のスプリット・ドロー。再戦を望むも源は階級アップを表明して返上。

1位になった阿部と、2位佐川遼(三迫)の決定戦が承認され、同年9月に2度目のチャンスを得たが、0-3のユナニマウス・ディシジョンで敗北。僅少差のポイントとは裏腹に、ファンと関係者の評価は阿部の完敗だった。

念願のタイトルマッチを迎えたのに、2試合続けて勝ち切れなかった。ようやくスポンサーが付き、ボクシング1本に専念すべきとの話になる。サラリーマンとの二束の草鞋に限界を感じ、大手ジムへの移籍も考えたというが、「いい話が来たから飛びつくのか?。本当にそれでいいのか?」と、父の叱咤を受け翻意。


正式に申し出ていた退職の意向を撤回し、「サラリーマン・ボクサー」を売りにするようになった阿部は、武漢ウィルス禍の間も1年を超えるブランクを1回だけに抑え、プロ生活8年目にして円熟の時期を迎える。

3連勝で復調すると、2022年5月、3度目のチャンスがやって来た。TV番組でも採り上げられ、話題になった丸田陽七太(森岡)への挑戦が決定。日本タイトルだけでなく、WBOのアジア・パシフィック王座も懸けられ、阿部が不利の予想を覆して載冠。

◎丸田陽七太戦:12回3-0判定勝ち
2022年5月15日/墨田区総合体育館


前後左右に細かく足を刻み、相手の前進を捌きながら、長いワンツーを軸にしたコンビネーションでポイントメイクするスタイルに、安定感と力強さが加わり、国内フェザー級の顔と呼べる存在になった。


井上尚弥、伊藤雅雪の2王者とのスパーリングで、自身の成長に手応えを感じていたとのことだが、昨年4月8日、有明アリーナで行われた拳四朗 vs オラスクアガ,井上拓真 vs リボリオ・ソリス戦のアンダーカードで、キコ・マルティネスと対戦。

愚直に真っ直ぐ前進して来る小柄なマルティネスに、阿部のアウトボクシングが面白いようにハマる。この試合に備えてさらなる磨きをかけた左ストレートだけでなく、ワンツーと左アッパーで変化を付けたコンビネーションも、歴戦の元王者を再三ヒット。

大阪城ホールで長谷川穂積を地獄に落としたのは、既に8年前の出来事で、直後にカール・フランプトンに敗れてベルトを失い、スコット・クィッグのWBA王座にアタックして2回TKO負け。


フェザー級に転じてレオ・サンタ・クルスにも5回TKO負けを喫し、完全に終わったものと思われていたが、ジョシュ・ウォーリントンと繰り広げた白熱の好勝負(判定負け)が評判となり、ゲイリー・ラッセル・Jr.のWBC王座に挑戦するも、左の瞼をカットしてストップ負け。

それでも諦めずに戦い続けたマルティネスは、2021年11月、フェザー級で3度目のチャンスを掴み、もはや第二のホームと呼んでもいい英国でキッド・ギャラハドに6回TKO勝ち。超特大の大番狂わせで2階級制覇に成功した。

この王座も初防衛戦で雪辱を期したウォーリントンに奪われたが、マッチルームが押すジョーダン・ジルを4回TKOに屠り、豪腕健在を示していた。


丸田に切り裂かれた右の瞼を再びカットするなど、阿部も少なからず傷を負うことになったが、歴戦の豪打者を多くのラウンドで空転させ、顔面を破壊しての完勝は、想像を超える戦果と表していい。

◎K・マルティネス戦:12回3-0判定勝ち
2023年4月8日/有明アリーナ
https://www.youtube.com/watch?v=IjcHIlaSoik

マルティネス戦から開いた1年近いブランクは、2試合連続のカットによる右瞼の古傷化を防ぐ為に必要な、長めの休養だったと捉えることもできる。

メイン・イベンターになって以降、現代のボクサーとしてはごく平均的な年間2試合ペースに落ち着いた阿部に、試合勘の鈍化や調整ミスといった懸念は不要と考えたい。


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受けて立つ王者ロペスは、アメリカと国境を接するバハ・カリフォルニア州第二の都市メヒカリ出身。年齢は阿部と同じ30歳で、プロデビューは阿部より2年遅い2015年の冬だが、修行時代の4年間は矢継ぎ早に試合をこなしている。

レコードに残る2度の敗戦は、10回戦に進んだ2018年と翌2019年に喫したもので、いずれもローカル・タイトルが懸かっていた。2敗目のルーベン・ビリャは、カリフォルニア出身のトップ・アマで、2020年10月にフェザー級時代のエマニュエル・ナバレッテに挑戦して中差の0-3判定負け。

ロペスは同年2月に続く2度目の米本土参戦だったが、善戦及ばずユナニマウス・ディシジョンを失い、地元のローカル・ファイトでやり直し。2020年7月、トップランクの主催興行に呼ばれて、カリフォルニアの中堅アンディ・ヴェンセスに2-1の10回判定で競り勝つ。

在米ファンの注目を集め出したのは、2021年の秋以降。まずは9月10日のガブリエル・フローレス戦。アリゾナ州ツーソンで行われたトップランクの主催興行で、18連勝(7KO)中のフローレスをフルマークの3-0判定に下すと、12月3日には渡英してイングランド期待のアイザック・ローウェ(対戦当時無敗)に7回TKO勝ち。


この連勝でトップランクとの複数年契約を手にしたロペスは、主戦場をアメリカに移してさらに連勝を重ね、2022年12月、キコ・マルティネスを追い落としたジョシュ・ウォーリントンとの白兵戦をしのぎ、敵地で僅少差の0-2判定勝ちを収め、IBF王座奪取に成功。

昨年5月の初防衛戦も、アイルランドへ飛んでマイケル・コンラン(ロンドン五輪フライ級銅メダル)の挑戦を5回TKOで退けている。

英国を代表する2大プロモーター,エディ・ハーンとフランク・ウォーレンの興行を立て続けに潜り抜けたロペスは、昨年9月にカリフォルニアの元プロスペクト,ジョエト・ゴンサレスに3-0判定勝ち。

ジョエトはシャクール・スティーブンソンとナバレッテに挑戦して敵わず、2022年7月にはアイザック・ドグボェにも敗れてしまい、新人時代の輝きは失われてしまったが、堅いガードでロペスの突破を再三阻み、フルラウンズを粘って世界ランクの地力を証明した。


セオリーに囚われない自由かつトリッキーなムーヴ、距離を取って離れようとする相手に、ジャンプしながら左右のパンチもろとも飛び込む様が、往年の悪魔王子を連想させることから、”メキシコの(ナジーム)ハメド”と呼ばれたりもする。

ロペスの特徴が最も良く発揮されているのは、以下にご紹介するジェイソン・バルデス戦ではないかと思う。

◎J・バルデス戦:2回KO勝ち
2022年8月20日/パチャンガ・アリーナ,サンディエゴ



ルーズガードのまま左右フックを強振する気の強さが災いして、ビッグショットを食ってダウン寸前に陥る隙の多さも含めての評価だが、個人的にはオーバー・レイテッドと言わざるを得ない。

公称163センチの小柄な体躯をものともせず、修行時代には130ポンド超の調整を複数回経験するなど、フィジカルの強度とパンチ力を武器に戦うロペスだが、ご本家最大の持ち味だった柔軟性と卓越した全身のバネは望むべくもなく、世界タイトルを懸けた3試合は、バルデス戦のように自由にやれなかった。

◎ロペスの世界戦3試合
<1>J・ゴンサレス戦:12回3-0判定勝ち
2023年9月15日/アメリカン・バンク・センター,テキサス州コーパスクリスティ
https://www.youtube.com/watch?v=3qkLZPFeLN8

<2>M・コンラン戦:5回TKO勝ち
2023年5月27日/SSE(オデッセイ)アリーナ, ベルファスト(英/アイルランド)
https://www.youtube.com/watch?v=2hUxcEsPAkg

<3>J・ウォーリントン戦:12回2-0判定勝ち
2022年12月10日/ファースト・ダイレクト・アリーナ, リーズ(英/イングランド)
https://www.youtube.com/watch?v=VYInWEwV9P0


王座に就いたウォーリントン戦は、第11ラウンドに食った強烈な左フックが効いて、クリンチ&ホールドも辞さない逃げ切りでKOを免れている。12ラウンド終了のゴングと同時に、ウォーリントンが素早く右手を突き上げ勝利を誇示していたが、地の利を考えれば防衛成功でもおかしくなかったと思う。

ロペスとのリマッチがスムーズに運ばず、ターゲットをリー・ウッド(WBA王者)に移したウォーリントンは、昨年10月シェフィールド・アリーナで今が盛りのウッドと激突。第4ラウンドに王者の右瞼をカットして奮戦するも、第7ラウンドにラビットパンチで減点され、ダウンを喫してKO負け。熱望していた「ロペス2」も胡散無償。


上体を立てたまま、強引に力任せの強打を振り回すロペスは、多くのファンと関係者が指摘する通りディフェンスに穴が多い。相手のスタンス(左右)にかかわらず、右から入って左を返す逆ワンツーをすかされ、左フックを浴びる場面も散見される。

阿部も当然カウンターを狙って行くだろうが、ロペス陣営はフィジカルの弱いコンランの再現を目論んでいるに違いない。

ルーズガードは阿部も同じで、キコ・マルティネスを翻弄したスムーズな3~4連打は、楽に構えたガード(脱力)の効果が大きく、ジョエトのように高い位置に両腕をキープしながら、肘を内側に絞ってガッチリ防御を固めると、不用意な被弾を防ぐことはできるが、手数が減って阿部の良さも消えかねない。

動き出し(立会い)に変化が無く、同じテンポとリズムで真っ直ぐ前に出てくるマルティネスと違って、予測しづらいポジションと角度から、おかしなテンポで飛び出してくるロペスを自由にさせないことが何よりも大事。

とりわけ立ち上がりの2~3ラウンズ、ガードの上からでも左の強打を叩き込み、ロペスを下がらせ、簡単に飛び込めない雰囲気を作ることができるかどうか。先にロペスの強振を貰うと、そのまま一気に終わる可能性も充分。

マルティネス戦の第2ラウンド、歴戦のスパニッシュが放つ左アッパーで顎を痛打され、腰を落としかけた場面を、ロペス陣営は「これだ!」と膝を打ちながら見つめていたのでは・・・。


前評判は大差でロペスを支持。勧進元のトップランクは、事実上のメインイベントになる同じ階級のWBA王座決定戦(オタベク・コルマトフ vs レイモンド・フォード)の勝者と、ロペスとの統一戦を計画中。

ビッグアップセットで阿部の手が挙がれば、統一戦はもとより、その先には井上尚弥との日本人対決も見えて・・・来る?。



◎ロペス(30歳)/前日計量:125.3ポンド
IBFフェザー級王者(V2)
戦績:31戦29勝(16KO)2敗
アマ戦績:6勝4敗
身長:163センチ,リーチ:169センチ
好戦的な右ボクサーファイター


◎阿部(30歳)/前日計量:125.8ポンド
前日本フェザー級(V1/返上),元WBOアジア・パシフィック同級(V1/返上)王者
2014年度全日本新人王(フェザー級)
戦績:29戦25勝(10KO)3敗1分けNC
アマ戦績:15戦7勝8敗
福島県立会津工業高
身長:172センチ,リーチ:175センチ
左ボクサー


◎前日計量



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「El Venado(エル・ヴェナード)」というロペスのニックネームだが、由来はサッカーなのだという。二十歳を過ぎてからボクシングを始めた遅咲きのチャンプは、幼い頃からサッカーが大好きで、プロを目指していたらしい。

ユースのチームに入ってそれなりに活躍したとのことだが、スピードに乗ったスプリント(ということはFWではなくSB?)が得意で、「まるで鹿(Venado)みたいだ!」と評判になり、ずっとそう呼ばれるようになった。

今でもアマチュアのチームでプレイするほどイレ込んでいて、「ボクシングはビジネス。プロとして成功する為に選んだ。でも、一番好きなスポーツはフットボールさ」と屈託のない笑顔を見せる。

でも、「鹿」はどうなのだろう。スペイン語に限らず、言葉は色々な意味を持つことが珍しくない。「Venado」も様々な使われ方をするようで、「アブナいヤツ」とか「イカレたヤツ」という意味もあるとのこと。

大変申し訳ないけれども、ルーズガードのまま顎を上げてガンガン前に出るロペスには、後者の方が似つかわしいと感じる。

ルイス・ネリーもリードジャブに対する反応はかなり雑で、わざと打たせてカウンターを取りに行ったりもするが、ロペスはジャブどころの騒ぎではなく、ハイリスクなタイミングでパワーショットやカウンターが飛んで来ても、委細構わず平気で距離を詰めて行く。

「オレのいいパンチが当たればOK。それで終わる。」

ざっくり言うとそういうことなのだろうが、やっぱりイカれてる。