”ファイター恒成”の是非 /国内屈指のスピードスターの行く道は? - 田中恒成 vs P・カリージョ 直前プレビュー III -
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■5月21日/パロマ瑞穂アリーナ,名古屋市/52.6キロ(116ポンド)契約10回戦
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)
「何とも微妙なマッチメイク」だと、Part 1の冒頭にそう書いた。それはまさに、田中自身と陣営が、「最大のストロング・ポイント」とともに、この「試合のテーマ」を何に位置づけるのかという、本質的な問題とイコールだからだ。
パブロ・カリージョは、大方の日本のファンが思っている以上に良いボクサーである。少なくとも、以下に示す直前のオッズほど、攻防の基本的な技術とセンスに極端な差はない。
初めて来日したのは、今を去ること9年前。2014年9月のことだった。当時のランキングは、フライ級のWBA13位(階級は違うが今回もまったく同じ)。
3階級制覇を成し遂げるべく、自信満々で臨んだIBF王座への挑戦で、狡賢さに持ち味を如何なく発揮するアムナット・ルエンロン(タイ)にパワー(パンチ力+フィジカル)で遅れを取り、スピードの差も殺され惨敗した井岡一翔の再起戦に抜擢された。
フライ級での初白星を鮮やかなKOで飾り、一翔健在を強力にアピールしなければならない。L・フライ時代の強さを再現するべく、105ポンドでも小さな部類に入る154センチの短躯を見込まれ(?)、カリージョは蒸し暑さが残る初秋の東京を訪れる(会場は後楽園ホール)。
ところが、リングに上がった小兵のコロンビア人が存外に巧い。動きそのものがスピーディで反応も良く、簡単にクリーンヒットを許さない上に、カウンターを狙い続けて気が抜けず、井岡が少しでも手と足を止めると手数をまとめてくる。
ノックアウトの夢よもう一度・・・体格差を有効な武器として、得意の左ボディを軸に手堅くラウンドをまとめたものの、ダウンも奪えないまま試合終了のゴングが鳴った。
判定は大差の3-0で問題のない勝利ではあったが、「階級の壁」に捕まったとの印象がより鮮明となり、先行きへの不安が重く圧し掛かる。
その後カリージョは確かな技術とメンタル・タフネスを買われ、スパーリング・パートナーとして大阪に呼ばれると、翌2015年11月には井岡ジムと正式に契約。日本に活動の拠点を移すことを公表。
渥美ジムに所属していたS・ウェルター級の日本王者、野中悠樹(当時37歳)の移籍も同時に発表され、熱心なファンの間ではそれなりに話題になっていた。
12月27日に阿倍野区民センターで行われた興行で、タイ人アンダードッグを4回KOに下して初戦を終えると、2016年4月,同じく12月の興行(EDIONアリーナ/風間ジム主催のローカル・イベント)に出場していずれも勝利を収めたが、2017年の早い時期に離日する。
カリージョが望んでいたのは世界タイトルへのチャンスメイクであり、タイとフィリピンから呼ばれた無名選手との3試合で1年が過ぎてしまい、モチベーションに影響したであろうことは想像に難くない。
叔父の井岡弘樹(国内史上最年少かつ元2階級制覇王者)から会長職を引き継いだ井岡一法トレーナー(実父)に脱税騒動が持ち上がり、愛人問題なども取り沙汰されるなど醜聞に塗れ、一翔との対立が表面化(国内引退→再起・渡米の引き鉄に)したことも無関係ではないと思われる。
帰国したカリージョは、母国で地道にローカル・ファイトからリスタート。2019年以降は、S・フライ級を主戦場にしてキャリアを継続。
同胞の元コンテンダー,ロナルド・ラモス、高山勝成に勝ち、井岡と中谷潤人に大善戦したフランシスコ・ロドリゲス・Jr.(井岡には事実上の勝利)、同胞の中堅ホセ・ソト、大ベテランの4冠王ドニー・ニエテスに敗れた他、ノースカロライナの黒人選手ドウェイン・ビーモンとWBC米大陸王座を争ってテクニカル・ドローに泣くなど、ここ一番で勝ち切れない恨みは残るが、ポイントは別にして判定まで持ち込んだ試合でワンサイドの負けはない。
12年を超えるプロ生活で8度の敗戦を記録しているが、KO(TKO)されたのはアウェイのメキシコでやったロドリゲス戦のみ。本当に効かされて防戦一方に追い込まれたのも、ロドリゲス戦だけと言っていいだろう。
1日違いで復帰戦を迎えた京口紘人(ワタナベ)にも言えることだが、この試合にオッズが付いていることに驚く。
Kosei Tanaka vs Pablo Carrillo
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bet365
田中:-1613(約1.06倍)
カリージョ:+750(8.5倍)
<2>FanDuel
田中:-1200(約1.08倍)
カリージョ:+670(7.7倍)
<3>ウィリアム・ヒル
田中:1/14(約1.07倍)
カリージョ:7/1(8倍)
ドロー:20/1(21倍)
両選手の実績の違い、大きく開いた体格と年齢の差を考えれば、この数字も致し方のないところ。ただ、サイズの不利をカバーするカリージョのテクニックとインサイドワークに顕著な錆付きは見られず、田中も戦術選択を間違えると、想定外の苦闘を強いられかねない。
井岡にグウの音も出ないほど叩きのめされた後、丸1年の間隔を開けて再起(2021年12月/名古屋国際会議場)。115ポンド国内トップの一角,石田匠(井岡)を僅差の2-1判定にかわすと、昨年6月29日には、WBOアジア・パシフィック王座を保持する橋詰将義(角海老宝石)に挑戦。
およそ9年ぶりとなる後楽園ホールで、長身サウスポー(170センチ)の橋詰を鋭い左右のコンビネーションで圧倒。立ち上がりにいきなりロングの左ストレートを合わせられ、一瞬ヒヤリとさせられた以外、ワンサイドで打ちまくって5回TKO勝ち。
112ポンドのラストマッチで、ウィグル出身のウラン・トロハツを見事な左アッパーのダブルで即決KOして以来、2年半ぶりとなる手応えに思わず笑みがこぼれる。
地力とスピードの差は明白で勝利を疑う余地はどこにも無かったけれど、顔を大きく腫らすこともなく、無傷で試合を終えたことが、田中の今後を心配する取り越し苦労のファンにとって何よりの朗報だった。
しかし、終了直後のリング上でマイクを片手に王座復帰への思いを語る言葉に、小さからぬ懸念材料も・・・。
「ディフェンスは完璧には程遠いけど、自分のボクシングはやはり攻めて攻めて、泥臭く攻め抜くこと。スピードを武器にして、これからも攻め続けます。」
その懸念と不安を抱えたまま、昨年暮れのヤンガ・シッキポ(南ア)戦へと時計の針は進む。
Part 1で触れた通り、9月上旬から長期の渡米を敢行。10月8日にカリフォルニア(カーソン/ディグニティ・ヘルス・スポーツセンター)で行われたフェルナンド・マルティネス(亜)とジェルウィン・アンカハス(比)のリマッチをリングサイドで観戦した田中は、橋詰ほどではないにしても、自分より大きなシッキポ相手に打ち合いを挑み、3-0の判定を手繰り寄せる。
左眼に軽い青タンを作り、瞼を小さくカットしたのは余計だったが、この試合でも大きく顔を腫らさずに終えられたのが一番。
好戦的なスタイルに変わりはないけれど、無謀としか言いようのない井岡戦のワンパターンの猪突猛進からは脱したように見える。
シッキポ戦で逃したKOをモノにして、世界戦に弾みをつけたい。少々打たれても、フィジカル・アドバンテージで押し切ってしまえばいい。その為に、下の階級から上げた小さなベテランをわざわざコロンビアから調達したのか、手堅くしぶとい崩れにくさに着目して、長い技術戦と神経戦を耐え忍ぶ術をブラッシュアップしたいのか。
小柄だが手強いカリージョを呼んだ真意は、いったいそのどちらなのか。いや、どのどちらでもないという、最悪のシナリオ(井岡戦同様何も考えていない=普通にやれば問題ない)が無いとも言い切れない・・・?。
スピードだけなら、間違いなく国内屈指。尚弥と拓真の井上兄弟も、身体と手足の速さでは田中に半歩譲る。それほどのボクサーが、何故出はいりのボクシングに活路を求めないのか。
現代日本のボクシングに七不思議があるとすれば、その筆頭に挙げるべき難題。最も適切な解は、判定勝負を前提にしたイン&アウトでしか有り得ない・・・と考えるのだが・・・。
◎田中(27歳)/前日計量:116ポンド(52.6キロ)
前WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:19戦18勝(10KO)1敗
世界戦通算10戦9勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
右ボクサーファイター
◎カリージョ(34歳)/前日計量:115.75ポンド(52.5キロ)
戦績:38戦28勝(17KO)8敗2分け
身長:154センチ
右ボクサーファイター
■超えるに超えられない「年齢の壁」
ヘイニー vs ロマチェンコ、C・キャメロン vs K・テーラー、アリムハヌリとローリー・ロメロのタイトルマッチ、再起戦を延期した真の天才ヴァージル・オルティズ、拳四朗との統一戦に続いて、大事な復帰戦に臨む京口紘人などなど・・・。
少しづつ書き進めてきたプレビュー記事を、次から次へと落とし続けている。「階級の壁」ならぬ、「年齢の壁」がど~んと眼前に居座りどうすることもできない。
3日程度の徹夜なら、どうにでも乗り切れた30~40代の気力と体力は望むべくもなし。わけても深刻なのが集中力の減退。
昼も抜きでトイレにも行かず、朝から晩まで頭と身体を動かし続けられたのに、酷い時には数分おきに、ブツブツと音を立てて集中が途切れる。
これこそが「寄る年波」の実体なのか。