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2023年05月

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■5月21日/パロマ瑞穂アリーナ,名古屋市/52.6キロ(116ポンド)契約10回戦
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)



「何とも微妙なマッチメイク」だと、Part 1の冒頭にそう書いた。それはまさに、田中自身と陣営が、「最大のストロング・ポイント」とともに、この「試合のテーマ」を何に位置づけるのかという、本質的な問題とイコールだからだ。

パブロ・カリージョは、大方の日本のファンが思っている以上に良いボクサーである。少なくとも、以下に示す直前のオッズほど、攻防の基本的な技術とセンスに極端な差はない。

初めて来日したのは、今を去ること9年前。2014年9月のことだった。当時のランキングは、フライ級のWBA13位(階級は違うが今回もまったく同じ)。


3階級制覇を成し遂げるべく、自信満々で臨んだIBF王座への挑戦で、狡賢さに持ち味を如何なく発揮するアムナット・ルエンロン(タイ)にパワー(パンチ力+フィジカル)で遅れを取り、スピードの差も殺され惨敗した井岡一翔の再起戦に抜擢された。

フライ級での初白星を鮮やかなKOで飾り、一翔健在を強力にアピールしなければならない。L・フライ時代の強さを再現するべく、105ポンドでも小さな部類に入る154センチの短躯を見込まれ(?)、カリージョは蒸し暑さが残る初秋の東京を訪れる(会場は後楽園ホール)。

ところが、リングに上がった小兵のコロンビア人が存外に巧い。動きそのものがスピーディで反応も良く、簡単にクリーンヒットを許さない上に、カウンターを狙い続けて気が抜けず、井岡が少しでも手と足を止めると手数をまとめてくる。

ノックアウトの夢よもう一度・・・体格差を有効な武器として、得意の左ボディを軸に手堅くラウンドをまとめたものの、ダウンも奪えないまま試合終了のゴングが鳴った。

判定は大差の3-0で問題のない勝利ではあったが、「階級の壁」に捕まったとの印象がより鮮明となり、先行きへの不安が重く圧し掛かる。


その後カリージョは確かな技術とメンタル・タフネスを買われ、スパーリング・パートナーとして大阪に呼ばれると、翌2015年11月には井岡ジムと正式に契約。日本に活動の拠点を移すことを公表。

渥美ジムに所属していたS・ウェルター級の日本王者、野中悠樹(当時37歳)の移籍も同時に発表され、熱心なファンの間ではそれなりに話題になっていた。

12月27日に阿倍野区民センターで行われた興行で、タイ人アンダードッグを4回KOに下して初戦を終えると、2016年4月,同じく12月の興行(EDIONアリーナ/風間ジム主催のローカル・イベント)に出場していずれも勝利を収めたが、2017年の早い時期に離日する。


カリージョが望んでいたのは世界タイトルへのチャンスメイクであり、タイとフィリピンから呼ばれた無名選手との3試合で1年が過ぎてしまい、モチベーションに影響したであろうことは想像に難くない。

叔父の井岡弘樹(国内史上最年少かつ元2階級制覇王者)から会長職を引き継いだ井岡一法トレーナー(実父)に脱税騒動が持ち上がり、愛人問題なども取り沙汰されるなど醜聞に塗れ、一翔との対立が表面化(国内引退→再起・渡米の引き鉄に)したことも無関係ではないと思われる。

帰国したカリージョは、母国で地道にローカル・ファイトからリスタート。2019年以降は、S・フライ級を主戦場にしてキャリアを継続。


同胞の元コンテンダー,ロナルド・ラモス、高山勝成に勝ち、井岡と中谷潤人に大善戦したフランシスコ・ロドリゲス・Jr.(井岡には事実上の勝利)、同胞の中堅ホセ・ソト、大ベテランの4冠王ドニー・ニエテスに敗れた他、ノースカロライナの黒人選手ドウェイン・ビーモンとWBC米大陸王座を争ってテクニカル・ドローに泣くなど、ここ一番で勝ち切れない恨みは残るが、ポイントは別にして判定まで持ち込んだ試合でワンサイドの負けはない。

12年を超えるプロ生活で8度の敗戦を記録しているが、KO(TKO)されたのはアウェイのメキシコでやったロドリゲス戦のみ。本当に効かされて防戦一方に追い込まれたのも、ロドリゲス戦だけと言っていいだろう。


1日違いで復帰戦を迎えた京口紘人(ワタナベ)にも言えることだが、この試合にオッズが付いていることに驚く。

Kosei Tanaka vs Pablo Carrillo
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bet365
田中:-1613(約1.06倍)
カリージョ:+750(8.5倍)

<2>FanDuel
田中:-1200(約1.08倍)
カリージョ:+670(7.7倍)

<3>ウィリアム・ヒル
田中:1/14(約1.07倍)
カリージョ:7/1(8倍)
ドロー:20/1(21倍)


両選手の実績の違い、大きく開いた体格と年齢の差を考えれば、この数字も致し方のないところ。ただ、サイズの不利をカバーするカリージョのテクニックとインサイドワークに顕著な錆付きは見られず、田中も戦術選択を間違えると、想定外の苦闘を強いられかねない。

井岡にグウの音も出ないほど叩きのめされた後、丸1年の間隔を開けて再起(2021年12月/名古屋国際会議場)。115ポンド国内トップの一角,石田匠(井岡)を僅差の2-1判定にかわすと、昨年6月29日には、WBOアジア・パシフィック王座を保持する橋詰将義(角海老宝石)に挑戦。

およそ9年ぶりとなる後楽園ホールで、長身サウスポー(170センチ)の橋詰を鋭い左右のコンビネーションで圧倒。立ち上がりにいきなりロングの左ストレートを合わせられ、一瞬ヒヤリとさせられた以外、ワンサイドで打ちまくって5回TKO勝ち。

112ポンドのラストマッチで、ウィグル出身のウラン・トロハツを見事な左アッパーのダブルで即決KOして以来、2年半ぶりとなる手応えに思わず笑みがこぼれる。

地力とスピードの差は明白で勝利を疑う余地はどこにも無かったけれど、顔を大きく腫らすこともなく、無傷で試合を終えたことが、田中の今後を心配する取り越し苦労のファンにとって何よりの朗報だった。

しかし、終了直後のリング上でマイクを片手に王座復帰への思いを語る言葉に、小さからぬ懸念材料も・・・。


「ディフェンスは完璧には程遠いけど、自分のボクシングはやはり攻めて攻めて、泥臭く攻め抜くこと。スピードを武器にして、これからも攻め続けます。」


その懸念と不安を抱えたまま、昨年暮れのヤンガ・シッキポ(南ア)戦へと時計の針は進む。

Part 1で触れた通り、9月上旬から長期の渡米を敢行。10月8日にカリフォルニア(カーソン/ディグニティ・ヘルス・スポーツセンター)で行われたフェルナンド・マルティネス(亜)とジェルウィン・アンカハス(比)のリマッチをリングサイドで観戦した田中は、橋詰ほどではないにしても、自分より大きなシッキポ相手に打ち合いを挑み、3-0の判定を手繰り寄せる。


左眼に軽い青タンを作り、瞼を小さくカットしたのは余計だったが、この試合でも大きく顔を腫らさずに終えられたのが一番。

好戦的なスタイルに変わりはないけれど、無謀としか言いようのない井岡戦のワンパターンの猪突猛進からは脱したように見える。

シッキポ戦で逃したKOをモノにして、世界戦に弾みをつけたい。少々打たれても、フィジカル・アドバンテージで押し切ってしまえばいい。その為に、下の階級から上げた小さなベテランをわざわざコロンビアから調達したのか、手堅くしぶとい崩れにくさに着目して、長い技術戦と神経戦を耐え忍ぶ術をブラッシュアップしたいのか。

小柄だが手強いカリージョを呼んだ真意は、いったいそのどちらなのか。いや、どのどちらでもないという、最悪のシナリオ(井岡戦同様何も考えていない=普通にやれば問題ない)が無いとも言い切れない・・・?。


スピードだけなら、間違いなく国内屈指。尚弥と拓真の井上兄弟も、身体と手足の速さでは田中に半歩譲る。それほどのボクサーが、何故出はいりのボクシングに活路を求めないのか。

現代日本のボクシングに七不思議があるとすれば、その筆頭に挙げるべき難題。最も適切な解は、判定勝負を前提にしたイン&アウトでしか有り得ない・・・と考えるのだが・・・。


◎田中(27歳)/前日計量:116ポンド(52.6キロ)
前WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:19戦18勝(10KO)1敗
世界戦通算10戦9勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
右ボクサーファイター


◎カリージョ(34歳)/前日計量:115.75ポンド(52.5キロ)
戦績:38戦28勝(17KO)8敗2分け
身長:154センチ
右ボクサーファイター


■超えるに超えられない「年齢の壁」

ヘイニー vs ロマチェンコ、C・キャメロン vs K・テーラー、アリムハヌリとローリー・ロメロのタイトルマッチ、再起戦を延期した真の天才ヴァージル・オルティズ、拳四朗との統一戦に続いて、大事な復帰戦に臨む京口紘人などなど・・・。

少しづつ書き進めてきたプレビュー記事を、次から次へと落とし続けている。「階級の壁」ならぬ、「年齢の壁」がど~んと眼前に居座りどうすることもできない。

3日程度の徹夜なら、どうにでも乗り切れた30~40代の気力と体力は望むべくもなし。わけても深刻なのが集中力の減退。

昼も抜きでトイレにも行かず、朝から晩まで頭と身体を動かし続けられたのに、酷い時には数分おきに、ブツブツと音を立てて集中が途切れる。

これこそが「寄る年波」の実体なのか。



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■5月21日/パロマ瑞穂アリーナ,名古屋市/52.6キロ(116ポンド)契約10回戦
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)



◎「階級の壁」は克服できたのか? - 井岡一翔戦を振り返る

2020年の大晦日決戦で井岡一翔に無残なKO負けを喫した田中は、テストマッチ無しで挑んだS・フライ級での手痛い初黒星について、「(4つ目の階級で)初めて”階級の壁”を感じた」とも語っている。

国内引退を経て渡米を敢行した後、115ポンドでワールドクラスを相手に4戦(海外で2試合)をこなしていた井岡は、大幅なリバウンド込みの計画的な調整を自分のものにしつつあり、本番当日の井岡は上半身が一気に厚みを増す。

右ストレートでクリーンヒットを奪い、快調な滑り出しに見えた田中だったが、分厚く膨らんだ井岡の上半身は、高く保持されたガードの効果も相まって容易に崩れず、105~112ポンドで決定的な場面を創出した破壊力を発揮しない。

ジャブとフットワークを増やしながら、最大のストロングポイントとも言うべきスピードを前面に押し出し、長期戦を覚悟した仕切り直しに出るのかと思いきや、短兵急かつ単調な正面突破をリピートするのみ。


じっくりカウンターで待ち構える井岡の術中に、むざむざ自分からハマり込む愚を犯した田中は、ドンピシャのタイミングで左フックを合わせられ、腰から仰向けに崩れ落ちた後も戦術を修正することなく、ひたすら自滅の道をまい進した。

ムキになって振るう田中の左右は井岡の顔面やボディをまともに捉えてはおらず、高いガードをすり抜けて着弾するのは、スピード&タイミングに注力したショートのストレート系なのだが、強引な強振から確実に当たるショートパンチへとシフトする意識,落ち着きと冷静さが、この日の田中には微塵も感じられない。

そしてその田中を上手にコントロールして適切な修正へと迅速に導くコーナーワークを、斉(ひとし)トレーナーと畑中会長も持ち合わせていなかった。力で制圧することしか頭にない田中は、井岡にとっておあつらえ向きの獲物,ネギを背負ったカモと化して行く。


破綻の前兆は第4ラウンド。開始15~16秒を過ぎたところで、ジャブでの駆け引きの最中、田中がリードの左をフワっと緩く遅いフックで振った瞬間、井岡も同じ左フックを、緩いけれども田中よりは素早くシュンと振り返した。

互いに当てる意思はまったくなく、けん制半ばの探り合い。ただ、印象的だったのは、打ち終わりの両者の態勢である。両拳を腰の位置まで下ろし、完全にノーガードの田中に対して、井岡は両拳で頬を挟むようにしつつ、顎もしっかり引いてセミクラウチングを保持していた。

時間にすれば僅か1~2秒。がしかし、トップレベルのボクサーの中には、本当に僅かなこの隙を見逃すことなく、決定機を見出し勝負を決めてしまう手練れが少なくない。一流の一流たる所以である。

もっとも、この時点では田中に致命傷を与えた左フックの準備、カウンターのタイミングを測る予備動作と言い切れるまでの段階になかった。


様子が明らかに違ったのは、その直後。20秒を経過した頃、小さく軽い左をチョンチョンと突いて距離を詰める田中に、井岡が鋭く右のショートストレートで被せる。105ポンド時代の初防衛戦で、ヴィック・サルダールに再三狙われたパンチ。

井岡は小さなダックで身体を沈めた後、上体を浮かび上がらせる動作と一体化させて放つ。これをまともに食らった田中は、一瞬ガクンとなってガードが解け、追撃のジャブを真正面から食らった。

そのまま赤コーナーへ後退するが、井岡がさらに続けるジャブをかわしざま、完全にコーナーに下がり切る前に左へ回り込んだのは流石。しかし、井岡はここでもけっして打ち急がず、しっかり田中を観察しながら斜めにリングを横切り、遅れることなく着実に田中を追う。


フェイントを交えながら井岡が振るった左アッパーに合わせて、ヒラリと身を翻しリング中央へ戻る田中。秀逸なプレッシャーの捌きとムーヴィング・センスに思わず感心したが、手(左のリード)が出ない。ダメージと言うよりは、先ほどの右ショート,綺麗なクロスカウンターの副次的効果。抑止力と言い換えてもいいだろう。

圧力を嫌がる田中が両腕をダラリと下げ、ノーガードで挑発半ばに膝と身体を柔らかく揺らし、「ほら、打ってみろよ(カウンターを匂わす仕草)」と表情で威嚇しながらじわじわと後退する。

己の余計な緊張を解すだけでなく、井岡のプレスを散らしてその場の空気を変える意味もあるが、当然井岡は動じない。すると手を出さずに雰囲気だけで圧を増し、前に出ようとする井岡に対して、左から突っかける田中。ハンドフェイントの軽い左から一気に強い右を振って踏み込み、再び左ジャブ。

これに反応してダックする井岡に下から右アッパーを刺し込み、顔面への左フック、さらに左ボディの脇腹打ち。一切の無駄なく的確に急所を連続的に狙う見事な連打。ところが、井岡はこの素晴らしいコンビネーションをすべて防ぐ。

右アッパーはガード(両拳=グローブ)でカット。返し(追撃)の左フックには、左サイドへ身体を倒して対応しながら、右肘でしっかり脇腹をカバー。田中のコンビネーションがボディまで続くことを完全に理解したディフェンスワークであり、キャンプで反復練習を徹底してきたに違いない。

今度は井岡が身体を返して間を作った訳だが、ここでまた両者は一瞬正対して向き合う。やはり両拳で顎を守る井岡に対して、胸の前に左右の拳を合わせるように置き、無防備に顔面を晒す田中。井岡が顎を引いてセミクラウチングを堅持しているのは、言うまでもない。まるで上述したシーンの(悪い)デジャヴ。


そして40秒付近。鋭く強いダブルジャブを放つ田中(この連射は良かった)。さらに右から左の逆ワンツー。貰ってはいないが、間を置こうと左サイドへ回りながら下がり、中間地点でロープを背負う井岡。

ここは田中もカウンターを警戒して踏み込みを躊躇。左のハンドフェイントでけん制すると、すかさず井岡が踏み込んで左ジャブを1発。だが、これは井岡が仕掛けた巧妙な罠。

呼応した田中がダブルジャブから右へつなぐも、井岡はステップバックで今一度ロープを背負い、完全に届かない距離での空振り。これも田中を誘うことを目的にした二重のトラップ。


田中は勇気を奮って踏み込み、フェイント気味の左ジャブから右フックを狙うと、井岡が鋭角的な右ショートを一閃。ラウンド序盤に田中を下がらせた右クロスを、左リードではなく強く振る右フックに合わせた。

これが抜群のタイミングでヒット。思わず田中が大きく二段階の後ずさり。前に出る井岡、を押し返そうと、田中が左ジャブ→右フックのパターンを繰り返す。井岡はこの左に合わせて大きな右クロスを被せたが、顔を左肩の方向に傾けてかわしながらツーの右。

井岡はこの右を待っていたかのように、右クロスから途切れることなくごく自然に左フックを振った。田中が明らかにヒットを狙って力を込めているのに対して、井岡はじっくり構えてタイミングを測っている。


時間はちょうど50秒に差し掛かり(TV画面の表示:2分11秒/ダウンカウント方式)、田中のワンツーと井岡の右クロス→左フックともに当たっていない。

打ち終わりの態勢は、ここでもガードをきちんと保持する井岡とは対照的に、両腕がベルトラインより下に落ちて顔面をがら空きにする田中。

「ああ・・・。井岡は生命線の右だけじゃなくて、左フックのカウンターも狙っている。田中は少し頭を冷やした方がいい。井岡を甘く見過ぎている。」


この場面を見て、素直に危ないと思った。攻め急いでも何1つ良いことはない。田中にステップインを迷わせるのに充分な効力を持つ右のショートは勿論、左フックもタイミングは合っていた。後は距離を調整するだけ。

このすぐ後、田中がジャブからワンツーを連射して井岡を赤コーナーに下がらせた。放った連打は9発で、最後の右は井岡の顔面に届いてはいたが、カバーリングを怠らずに芯を食わせてはいない。

そして連射を受けて後退する際、井岡はオフ・バランスにならない程度に上体をそらし、これだけでヒットポイントをずらしてしまう。田中は上体が伸びてパンチに体重が乗り切らず、井岡は慌てることなく耐えられる。


攻勢を取る田中の見栄えがより良く見えた方もおられるだろうが、ペースを握っているのは井岡であり、”動かされている”田中には余裕がない。このまま行ったら、田中の勝ちはないと確信するしかない。

だとしても、第5ラウンドの痛烈なノックダウンは想像をこえていた。危険な間合いとタイミングで井岡のカウンターを幾度となく浴びるだろうが、驚異的な心身のタフネスでフル・ラウンズを持ち応えるだろうと・・・。


田中の最も優れた特徴,長所について、スピード(身体と手足)を挙げるマニアは少なくない(私も含めて)。しかし、プロ入り後の田中は好戦的なファイト・スタイルを好み、被弾覚悟の打ち合いにのめり込む場面も多かった。

105ポンドの世界タイトルは、口さがない言い方で申し訳ないが、国内最速奪取記録(井上尚弥の6戦目)の更新と、「数を揃える(複数=多階級制覇)」為に無理な減量を押して獲得したもの。初防衛戦を終えると、ベルトを返上して108ポンドのL・フライ級へ転出。

その後フライ級(112ポンド上限)へ上げてもなお、3階級を獲った木村翔(青木→花形)戦に象徴される、”ファイター恒成”の姿勢、パワーファイトへの傾倒は変わらないままキャリアを重ねている。


田中にパンチが無いと言っている訳ではないが、じゃあハードパンチャーなのかと言えば、けっしてそうではない。ミニマム~L・フライまでは、最終的に体格差(計量後のリバウンド込み)で圧倒することができた。

160センチ未満の小兵選手が多い105~108ポンドでは、165センチ近いタッパは大きなアドバンテージになる。


■田中のダウン経験
<1>ヴィック・サルダール(比)/2015年12月31日/愛知県体育館/WBO M・フライ級V1
※第5ラウンド終盤、強気一辺倒で前に出続ける田中が、意図も意味もまったく感じられない緩めの左リードを振った瞬間、再三貰っていたサルダール(WBO4位)の右ストレートをクロスで被せられ、腰から落ちて背中を着く。かなり効いていたが、気持ちの強さ+残り時間の少なさに救われる格好で乗り切る。続く第6ラウンド、手応えを掴んでいた左ボディで逆転KO勝ち。

<2>パランポン・CP・フレッシュマート(タイ)/2017年9月13日/EDIONアリーナ大阪/WBO J・フライ級V2
※初回開始直後(2分56~57秒)、右ストレートを肩越しに直撃されて腰を落とす。倒れた勢いで身体を反転させると、ロープ際でそのまま立ち上がりダメージはほとんどないと思われたが、試合後両眼の眼窩底骨折(当初は左眼のみと発表)が判明。年末に内定していたWBA王者田口良一(ワタナベ)との統一戦が吹っ飛ぶ。

ムエタイの猛者パランポンは、ランキングこそ13位と低かったが、ミニマム時代を含めて最強と表していい実力者で、田中は右眼も潰された上にバッティングで右の瞼をカット(第6ラウンド)するなど苦境に追い込まれたが、第9ラウンドに強烈なワンツーでダウンを奪い返し、そのままレフェリーストップを呼び込んだ。

後に田中自身が語ったところによると、「開始と同時ぐらいに貰ったジャブが左眼に当たって、二重に見えていた。」とのことで、眼筋マヒを併発せずに済み、重い後遺症が残らなかったことが不幸中の幸い。

そもそも論として、デビュー直後に連続KO勝ちで派手に倒していた選手でも、6回戦から8回戦、そして10回戦へと進む過程で、対戦相手のレベルが上がるに従い倒せなくなって行く。

パンチング・パワーに恵まれたリアルな強打者でも、攻防の技術と駆け引きを覚えないと、メイン・イベンターを倒し切るのは容易ではない。

1発の威力自体はさほどでなくとも、洗練された技巧と抜群のタイミングで倒すカウンターパンチャーも中にはいるが、どんなタイプとやっても決め切れるほどのボクサー(例えば往年のジョー・メデルやサルバドル・サンチェス,ウィルフレド・ゴメス等)となると、数は自ずと限られる。


田中恒成再生(すなわち4階級制覇達成)のカギは、自らのストロング・ポイントを何に位置づけるのか、その一点にかかっていると言ってもいいのではないか。

その判断さえ誤らなければ、少なくとも115ポンドにおける「階級の壁」は突破可能な筈。田中恒成のポテンシャルを大輪の開花へと結びつけるもつけないも、すべてはその一点が分水嶺になる。


◎Part 3 へ


◎田中(27歳)/前日計量:116ポンド(52.6キロ)
前WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:19戦18勝(10KO)1敗
世界戦通算10戦9勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
右ボクサーファイター


◎カリージョ(34歳)/前日計量:115.75ポンド(52.5キロ)
戦績:38戦28勝(1KO)8敗2分け
身長:154センチ
右ボクサーファイター


■田中と井岡の階級別戦績

◎田中恒成の
<1>ミニマム級(105ポンド/47.62キロ上限)
2013年11月~2015年12月:2年1ヶ月
6戦全勝(3KO)
世界戦:2戦2勝(1KO)/WBOM・フライ級王座V1

<2>L・フライ級(108ポンド/48.97キロ)
2015年5月~2017年9月:2年4ヶ月
4戦全勝(3KO)
世界戦:3戦全勝(2KO)/WBO J・フライ級王座V2

<3>フライ級(112ポンド/50.8キロ)
2018年3月~2019年12月:1年9ヶ月
5戦全勝(3KO)
世界戦:4戦全勝(2KO)/WBOフライ級王座V3

<4>S・フライ級(115ポンド/52.16キロ)
2020年12月~現在:2年5ヶ月
※武漢ウィルス禍による1年+KO負け後の1年=計2年のブランクを含む
4戦3勝(1KO)1敗
世界戦:1戦1敗


◎井岡一翔
2009年デビューの井岡の戦績を、階級別に整理すると次のようになる。
<1>ミニマム級
2009年4月~20011年12月:2年8ヶ月
9戦全勝(6KO)
世界戦:3戦3勝(2KO)
※WBCストロー級王座V2,WBAミニマム級王座統一
(日本人初の2団体統一:八重樫東に12回3-0判定勝ち)

<2>L・フライ級
2012年6月~2013年12月:1年6ヶ月
4戦全勝(3KO)
※すべて世界戦:WBA正規王座V3
(スーパー王者:ローマン・ゴンサレス)

<3>フライ級
2014年5月~2017年4月
9戦8勝(4KO)1敗
世界戦:7戦6勝(4KO)1敗/WBA正規王座V5
(スーパー王者:ファン・F・エストラーダ)
※転級第1戦でIBF王者アムナットに挑戦して初黒星
(12回1-2判定負けも内容的にはほとんど何もできず完敗)
※ロマ・ゴンも2013年5月からフライ級に参戦/L・フライ級を飛び越えて2階級制覇に成功した八重樫を破りWBC王座を獲得(2014年9月),リング誌P4P第1位の栄誉を得る(史上初の軽量級王者)

<4>S・フライ級
2018年9月~現在:4年8ヶ月/パンデミックによる1年のブランクを含む
※国内引退~渡米に至るまでに1年5ヶ月のブランク有り(2017年4月~2018年9月)
9戦7勝(2KO)1敗1分け
世界戦:8戦6勝(2KO)1敗1分け
※世界戦通算:22戦19勝(11KO)1敗

カテゴリ:
■5月21日/パロマ瑞穂アリーナ,名古屋市/52.6キロ(116ポンド)契約10回戦
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)



何とも微妙なマッチメイクである。田中陣営と言うか、畑中会長と斉(ひとし/実父)トレーナーの意図をどう判断すべきなのか、真意を測りかねてしまうと言ってしまえばそれまでなのだが・・・。

WBO4位の肩書きを持つヤンガ・シッキポ(南ア)を地元名古屋に迎えて、3-0の10回判定に下した前戦(昨年12月/武田テバオーシャンアリーナ)は、「世界前哨戦」と銘打たれていた。本来ならば、”4階級制覇への再チャレンジ”と行きたいところだったに違いない。

しかしながら、八重樫戦以来10年越しに陽の目を見た2度目の2団体統一戦を失敗(12回マジョリティ・ドロー)したWBO王者井岡には、同じWBOのフライ級王座を返上して階級をアップした中谷潤人(M.T.)との指名戦が指示されていた。

田中自身も、完膚無きまでに打ちのめされた井岡との再戦について、「(際どい判定の接戦ならともかくKO負けした側が)簡単にもう一度とは言えない」と語り、「挑戦」という形での実現には消極的で、「やるなら4階級制覇王者同士の統一戦」との思いが見え隠れする。


井岡相手に実質的な勝利をモノにしたWBA王者ジョシュア・フランコ(米)は、オスカー・デラ・ホーヤ率いるゴールデン・ボーイ・プロモーションズ(GBP)と良好な関係を継続していたが、2020年の途中で離反を宣言(契約を更新せず)。

アンドリュー・モロニー(豪/ジェイソンの実弟:双子)との2試合はトップランクの仕切りで戦っており、帝拳を仲介した交渉はスムーズな展開が見込める筈だが、井岡が中谷との指名戦を蹴ってしまい、WBOタイトルを放棄。フランコとのダイレクト・リマッチに動く。

井岡の返上で空位となったWBOのベルトは、今週末、MGMグランドのメイン・アリーナで中谷とアンドリューが争う(ヘイニー vs ロマチェンコのアンダーカード)。

クラス最強と目され、緑のベルトを保持するファン・F・エストラーダは、昨年12月3日にロマ・ゴンとの因縁に終止符を打つと、大晦日の井岡 vs フランコ第1戦のリングサイドに姿を現した。

ところが結果は期待に反するものとなり、井岡の勝利を前提にした日本国内での3団体統一戦(WBA・WBC・WBO)は水の泡と消える。


加齢と勤続疲労の影響が忍び寄るエストラーダ(今年の4月で33歳になった)は、ロマ・ゴンとの2試合で総額150万ドル(PPVインセンティブ込み)を得たとされ、大きな注目が集まる統一戦でないと日本への招聘(地上波での中継)は難しい。

田中自身は渡米について何の抵抗もないだろうし、むしろ望むところだと推察するが、畑中会長は2度目の挑戦を失敗した時のリスクを懸念する。田中を後援してきたCBC(中部日本放送)も同じ筈。

エストラーダ,中谷,フランコ,井岡との再戦等々、田中を含めた115ポンドの趨勢は、ファンの関心を惹かずにおかない好カードが目白押しではあるものの、キャリアを決定的に左右する恐れを孕む。


こうなると、田中のターゲットは自ずとIBFのタイトルに絞られる。この階級の赤いベルトは、攻防兼備のフィリピン人サウスポー,ジェルウィン・アンカハスが、2016年9月の獲得以来、足掛け5年5ヶ月に渡って9度もの連続防衛に成功。

磐石の安定政権を維持してきたが、正式契約を結んだWBO王者井岡一翔との統一戦(2021年の大晦日興行)が、しぶとく流行を繰り返す武漢ウィルス禍(第8波:2022年10月~2023年1月)によって流会となり、延期・仕切り直しを切望する井岡陣営に対して、「いつになるのかわからない日本国内の鎮静化を待つことはできない」と通告。

節目となる10度目の防衛戦(昨年2月/ラスベガス・コスモポリタン)で、伏兵フェルナンド・マルティネス(亜)によもやの0-3判定負け。

もともとキツめのプレスを不得手にする傾向はあったものの、公称157センチの小兵がウソのような波状攻撃に押し負けてしまう。もともと120ポンドのS・バンタム級でデビュー(2017年8月)した後、S・フライ~バンタム級を行き来しながら無傷の13連勝(8KO)をマーク。


2008年のユース世界選手権の代表に選ばれ、シニアに進んでからはWSB(World Series of Boxing)の契約選手になるなど、アマチュアでの経験も豊富(戦績詳細は不明)だが、プロの世界では国際的な認知は皆無に等しい。

国内王座とWBCシルバー王座を経て、短期間で挑戦に漕ぎ着けたマルティネスは、云わば遅れてやって来た30歳のプロスペクト。勝利を予想しろと言う方に無理がある。

だがしかし、百聞は一見にしかず。スムーズにアンカハスの動き出しに反応しつつ、隙あらば瞬時に踏み込み、キレのいいショートを鋭く打ち込むマルティネスは、適時スタンスを左右に入れ替え(スイッチ)ながら、じわじわと圧力を強めて行く。

時折り振るう思い切りのいいフックは、力感に満ちてスピードも充分。スペイン語で「火成岩(火山の噴火で噴出したマグマが冷えて出来る岩)」を意味する「プミータ(Pumita)」のニックネームに相応しい。


ディフェンスそっちのけのイケイケどんどんではなく、安易に貰わないクレバネスと攻防のテクニック、アンカハスの疲労度をしっかり把握する冷静と俯瞰も併せ持つ。ボディアタックを軸に中盤盛り返すアンカハスに対して、無駄打ちを極力避けてスタミナを温存しながら、フィジカル&パンチング・パワーの強味を発揮。

後半に差し掛かる頃には典型的な消耗戦,白兵戦の様相となり、クロスレンジにおける精度でも歴戦の王者を上回って行く。

アンカハスも懸命に手数を返して前に出ようとするが、生来の打たれ強さに加えて、マルティネスはカバーリングと細かいボディワークで芯を食わない術に長けている。そして苦しい中でも圧力をかけ続ける精神力と粘り強さで、アンカハスをスローダウンへと追い込む。

簡単に退き下がることなく、クリンチに逃げずに果敢に打ち合う両雄は、最後の最後まで勇者であり続けた。ファイト・オブ・ジ・イヤーに選出されてもおかしくない激闘は、ダイレクト・リマッチに十二分に値する。


昨年10月、カリフォルニア州カーソンに舞台を移した再戦では、ジャブとステップのヴォリュームを増やし、クリンチワークも駆使して接近戦の回避に務めるアンカハスに対して、踏み込みの勢いとプレッシャーのレベルを一段引き上げ、強打の数を増やして攻め込むマルティネスの積極性が目立った。

アンカハスのパンチも当たっていない訳ではないが、マルティネスの攻勢を押し止めるまでには至らず、手数を伴って追いかけ続けるプミータが中盤までに流れを掌握。後半にかけてのストップも想定される展開となったが、アンカハスも意地を見せる。

第1戦と同様自ら前に出て、ハイリスクな接近戦に打って出たアンカハス。マルティネスはペース配分も兼ねた駆け引きの応酬で休みながら、必要に応じたパワーショットで見せ場を容易に譲らない。


第9ラウンドに強めのプレスを再開すると、アンカハスは退き気味にカウンター狙いの態勢で時間稼ぎ(マルティネスの前進を少しでも止める)。だが、機を見てマルティネスが攻め始めると、アンカハスは防戦に追われて反撃する余裕がない。

11ラウンドには飛び込むプミータとアンカハスの足が絡まり、新チャンプが転倒。「すわ、ダウンか?」と場内が沸くも、主審のエドワード・エルナンデスは判断を誤らなかった。

第1戦以上に差が開いた3-0判定でマルティネスの手が挙がり、リングサイドで観戦していた田中(9月上旬から渡米/シッキポ戦に備えた長期のスパーリング合宿を敢行)は、「プレッシャーとパワーにどうしても目が行くけど、実はディフェンスが上手い。強いチャンピオン」だと評価しながらも、「崩しようはあると思った。いけそうかな」と自信を述べている。


マルティネス陣営との間でどこまで本格的な交渉を持ったのか、あるいは持たなかったのか。そこは完全に藪の中でわからないけれど、陣営は「中谷 vs A・モロニー」,「フランコ vs 井岡2(6月24日/大田区総合体育館)」の結果を待つことにした。

最終的なターゲットが誰になるのかは別にして、秋~年末にかけての再挑戦を目指し、田中はハードワークに自らを駆り立てている。


◎Part 2 へ


◎田中(27歳)/前日計量:116ポンド(52.6キロ)
前WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:19戦18勝(10KO)1敗
世界戦通算10戦9勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
右ボクサーファイター


◎カリージョ(34歳)/前日計量:115.75ポンド(52.5キロ)
戦績:38戦28勝(1KO)8敗2分け
身長:154センチ
右ボクサーファイター


■TV中継
<1>地上波:CBC(中京地域限定):13時56分~生中継
※番組公式ホームページ
https://hicbc.com/tv/soulfighting/

<2>動画配信:Locipo(ロキポ):午後12時~LIVE配信
有料:1000円
※公式サイト
https://locipo.jp/

・配信:5月13日(土)12時~5月21日(日)14時
・5月27日(土)~有料見逃し配信予定
・セミファイナルの畑中建人(畑中) vs チャワドン・ムアンスック(タイ)戦を含む

※Locipo番組配信ページ(コンテンツ無し/新規会員登録へのナビゲーション)
https://locipo.jp/premium/live/720b1a1a-f974-49d9-8686-c31491394cb7

試合会場について


試合会場として選ばれた「パロマ瑞穂アリーナ」は、名古屋市瑞穂区にある「瑞穂公園」内に建設された屋内競技場で、2021年6月にオープンしたばかり。3つ(第1~第3)の異なる規模の体育館を備えている。

今回使用されるのは、最も大きい第1競技場(1,144席+車椅子用14席)だと思われるが、体育館の真ん中にリングを設営して、その周囲にパイプ椅子を並べたリングサイドを作る一般的な手法で、2000名近い収容を計画しているのではないか。

※6月26日(土)『パロマ瑞穂アリーナ』がオープン!
2021年6月26日/「みずほん(瑞穂区情報ページ)」
https://mizuhon.com/paloma-mizuho-arena-open-info/


アリーナは元の名称を「瑞穂公園体育館」といって、「名古屋市教育スポーツ協会(公益財団法人)」が所管していた。

公園は無料で開放されているパブリック・スペースと、陸上競技場や野球を主としたグラウンド、ラグビー場等をからなる有料の体育施設で構成され、有料の運動関連部分を「瑞穂運動場」と呼称していた。

地元瑞穂区を代表する企業の「パロマ(有名なガス器具メーカー)」が、2015年から導入されたネーミング・ライツを獲得。以来、「パロマ瑞穂スポーツパーク」と名称変更されている。

「瑞穂運動場=パロマ瑞穂スポーツパーク」は、2026年秋に愛知県で開催が予定されている「アジア大会(Asian Games)」の主要競技場として位置づけられ、アリーナの建設も全面的なリニューアル事業の一環として行われた。

リニューアル事業はいわゆる「官民連携」方式で、「PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)」に分類されている。

事業(総額約500億円)を落札した竹中工務店を中心とした入札参加企業(美津濃,日本管財,新東通信等:PFIではコンソーシアムと呼ばれる)により、運営会社(SPC:Special Purpose Company/特別目的会社=PFI事業のみを行うペーパー・カンパニー)を設立し、スポーツパークの公式ホームページもSPCが直接運営を行っている。


■関連サイト
<1>パロマ瑞穂スポーツパーク公式サイト
https://mizuho-loop.jp/

<2>施設案内
https://mizuho-loop.jp/equipment/

<3>パロマ瑞穂アリーナ・第1競技場
https://mizuho-loop.jp/equipment/equipment03/

<4>名古屋市教育スポーツ協会公式サイト
https://www.nespa.or.jp/

<5>施設案内・パロマ瑞穂アリーナ
http://nespa.or.jp/shisetsu/mizuho_arena/facility.html

<6>旧パロマ瑞穂アリーナ公式サイト
http://nespa.or.jp/shisetsu/mizuho_arena/

※教育スポーツ協会が立ち上げたサイトで、現在は自動的に<1>に遷移する。PFI事業の満了まで、現在の体制が維持される。


ナミビアの”荒ぶるエナジー”来襲 /ド迫力のシバキ合い上等・・・? - カシメロ vs ウンギタンバ 直前プレビュー -

カテゴリ:
■5月13日/オカダ・マニラ(ホテル&カジノ),シティ・オブ・パラニャーケ(マニラ)/WBOグローバルS・バンタム級タイトルマッチ12回戦
王者/WBO10位 フィリパス・ウンギタンバ(ナミビア) vs 元3階級制覇王者/WBO5位 ジョンリエル・カシメロ(比)



※ファイナル・プレス・カンファレンス(Filipino Boxing TV公式チャンネル)

赤穂亮との再起戦で披露した豪快なパフォーマンスにより、世界ランキングに復活したカシメロが、復帰第2戦で首都マニラに見参。母国での試合は、2019年8月の防衛戦(WBOバンタム級暫定V1)以来、およそ4年ぶりとなる。

WBO直轄の下部タイトルが懸けられ、カシメロは挑戦者ということになるが、キャリア&実績において遥かに格上。年齢的にも胸を貸す立場で間違いない。

度重なる試合のキャンセルと中止、MPプロモーションズ(パッキャオの興行会社)との間で表面化した軋轢・確執、動画配信サイトやSNSで繰り返された舌禍に加えて、10代の少女に対する性的暴行疑惑が致命傷となり、現役の継続すら危ぶまれる苦境に追い込まれた。

単なるプロモーターの範疇に止まらない献身的なサポートで、まさに危機的な窮状からカシメロを救い出し、戦う場所を提供してくれただけでなく、近況を伝える継続的な動画配信が奏功して、トラブルメイカーの悪しきイメージ払拭にも尽力する石井一太郎会長(横浜光)と伊藤雅雪が、寄る辺の無くなった元3冠王の厚い信任を得たのは当然の成り行きではある。


石井会長と伊藤の2人が、カシメロの訴訟について丁寧に現状を調査した上で、自らカシメロを連れ立ってフィリピンへ飛び、ビザの申請と取得まで手伝った直接的な動機は、キャリアの第4コーナーを回った赤穂に、文字通りのラスト・チャンス,ビッグ・チャンスを与えたかったからであり、けっしてカシメロのカムバックを強力に後押しする為ではない。

カシメロの実情を映像で公開したのは、MPプロモーションズの現代表,ショーン・ギボンズ(トップランクとメキシコのサンフェルでマッチメイクを任されていた人物)の執拗な妨害工作への対抗策の一環も兼ねている。パラダイス・シティでの旗揚げ興行を、必要以上に邪魔されたくなかった。

すべての苦労は赤穂の為だったのだが、それが却って良かった。「あわゆくば・・・」との下心がまったく無かった訳ではないだろうが、赤穂が負けた場合の保険をチラつかせなかったことが、カシメロ・ファミリーの信頼につなっがったのだと思う。

1年4ヶ月ぶりのリングで、カシメロは存分に躍動した。L・フライ,フライ,バンタムの3階級を制覇した豪打と踏み込みのスピードは、122ポンドのS・バンタムでも健在。長いレイ・オフの影響をまったくと言っていいほど感じさせない。

5発のラビットパンチは余計だったけれど、凄まじい迫力と勢いで一気呵成に赤穂をねじ伏せてしまう。我と我が身を滅ぼしかけた一連のトラッシュトークは、必ずしも妄言とは言い切れない。2階級で4団体統一を本気で狙う井上尚弥にとって、カシメロは未だ難敵と成り得ることを証明した。

◎カシメロのインタビュー映像
カシメロ凱旋試合 on U-NEXT
A-SIGN BOXING公式チャンネル


ナミビアから遠路遥々やって来たローカル・チャンプは、27歳の黒人パンチャー。詳しい来歴は不明だが、2017年9月に6回戦でデビューしている。この初陣をを判定で失った後、12連勝(11KO)をマーク。

ただし、リング誌に掲載された記事によれば、「アマチュア時代に国外への遠征を経験しており、Boxrecのレコードには載っていないが、ジンバブエではプロとしても戦った。」とのこと。

※リング誌の記事
FILLIPUS NGHITUMBWA LIKES HIS CHANCES AGAINST EX-CHAMP JOHN RIEL CASIMERO IN PHILIPPINES
2023年5月10日
https://www.ringtv.com/652738-fillipus-nghitumbwa-likes-his-chances-against-ex-champ-john-riel-casimero-in-philippines/

映像や写真で見る限り、身長は165センチの公称よりも高く感じられる。この階級としては、けっして小さくはないとの印象。

ナミビアはガーナと南アフリカに次ぐ優秀なプロボクサーの輩出国で、アマチュアが盛んなこともあって、痩身の黒人選手は一般的にボクサータイプが主流。

しかし、ウンギタンバ(ンギーチュバ,ギタンバ等カナ表記は色々)は違う。好戦的なスタイルを採り、ガンガンプレッシャーをかけて思い切り良く強打を振るう。これまでのところは、それで問題のない水準の相手ばかりと見ることもできるけれど、1発の切れ味と上下にまとめるコンビネーションはなかなかの見もの。

その気になればちゃんとボクシングもできるのだろうが、とにかく倒して勝つことを主眼にして、強引かつ荒削りな打撃戦を辞さない強気のファイトが持ち味。”エナジー(Energy)”のあだ名は伊達ではなく、そういう意味でカシメロとは手が合うタイプと考えていい。

◎ウンギタンバのインタビュー映像
Are you knocking out Quadro Alas Casimero? 100% - Filipus Nghitumbwa | Exclusive Interview
Power Sports


左右のストレートは長い射程と一般的な中間距離のどちらも鋭く、「届かないだろう」と安心していると、予期せぬディスタンスから予期せぬタイミングで着弾する。右→左の打ち終わりに軸足を入れ替えて、オーソドックス・スタンスで右を返す芸も有り、調子に乗せると厄介なことになりそう。

想像以上に賢く思慮深いカシメロのことだから、おそらく抜かりはないと思うけれど、ローカル・チャンプの「間合いと踏み込みの速さ」には充分な注意が必要。

1発の破壊力は当然カシメロだが、適度な出はいりで駆け引きに集中されると、クレバネスが裏目に出て膠着し易いのも3冠王の特徴の1つ(ジョナス・スルタンに喫した判定負けは典型例)。

ナミビア期待のローカル・チャンプが、普段通りイケイケの積極策で行くのか、それとも慎重に距離を取りながら丁寧にセットアップして行くのか。

そのどちらで来られたとしても、カシメロには潰し切るだけのパワー&スピードがある筈。赤穂戦で持ち直した評価を確固たるものとする為にも、内容の伴ったKO(TKO)勝ちがどうしても欲しい。


直前の賭け率は以下の通り。欧米のファンに過小評価されがちなカシメロらしさとも取れるし、ナミビア人への過大評価との見方も成り立つ微妙な数字。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>betway
カシメロ:-333(約1.30倍)
ウンギタンバ:+250(3.5倍)

<2>Bet365
カシメロ:-351(約1.28倍)
ウンギタンバ:+250(3.5倍)

<3>ウィリアム・ヒル
カシメロ:7/4(2.75倍)
ウンギタンバ:23/10(3.3倍)
ドロー:14/1(15倍)


仮にウンギタンバがしぶとく粘り強いボックス(クリンチ&ホールドによるインファイト潰し込み)を選択しても、今のカシメロならむざむざ名をなさしめることはないだろうし、ブンブン振り回してくれれば即決勝負への期待が高まる。判定,KO(TKO)のいずれにしても、カシメロの勝利は堅い。

「(ウンギタンバ)はいい選手だ。でも、オレはレベルが違う。」

いつものようにオレ様キャラ全開で前景気を煽るカシメロ。万が一にも間違いはないと信じているし、ホーム・アドバンテージに頼るようなチキンとは対極・間逆のメンタリティの持ち主だが、地元の安心感が悪い方向に出ないよう、ゆめゆめ油断は禁物・・・と、またまた要らぬお節介の発動・・・。


◎ウンギタンバ(27歳)/前日計量:121.6ポンド
戦績:13戦12勝(11KO)1敗
アマ戦績:不明
身長:165センチ
好戦的な左ボクサーパンチャー


◎カシメロ(34歳)/前日計量:121.6ポンド
前WBOバンタム級(V4/はく奪),元IBFフライ級(V1/返上),元IBF J・フライ級(V4/返上:暫定→正規昇格),元WBO J・フライ級暫定(V0)王者
戦績:36戦32勝(22KO)4敗
世界戦通算:16戦13勝(10KO)3敗
身長,リーチとも163センチ
右ボクサーファイター

◎前日計量(Powcast Sports)


※別映像
CASIMERO VS NGHITUMBWA OFFICIAL WEIGH IN VIDEO
Filipino Boxing TV
https://www.youtube.com/watch?v=-ivZEIBqgeA


◎リング・オフィシャル:未発表

WBO立会人(スーパーバイザー):安河内剛(日/JBC)


主なアンダーカード


ハイメ・ムンギア(WBO王座挑戦),ティム・ジューと対戦した国内S・ウェルター級の雄,井上岳志(たけし/ワールドスポーツ/33歳/19勝11KO2敗1分け)が、保持するWBOアジア・パシフィック王座の防衛戦。

挑戦者のウェルジョン・ミンドロ(比)は、すべてKOの10連勝で勢いに乗る23歳のヤング・ボーイ。

Boxrecに身体データが記載されておらず、具体的な数値はわからないが、一見すると185センチ級の大型選手。パンチはそれなりに重く威力もありそうだが、はっきりスピード&シャープネスに欠ける。いわゆる”ドスン・パンチ”。

ショートアッパーを上手に突く器用さも垣間見せるものの、パンチは全体に大振りで粗く、打ち終わりの処理も甘い。計量後のリバウンドも含めたサイズのアドバンテージのみで押し切る大味なボクシング。


公称183センチのムンギアには、先制の左右とステップワークに阻まれ後手を踏み続け、何とか自分の距離に入るとクリンチ&ホールドで接近を潰される展開を打開できなかった。

ムンギアよりは背の低いティム・ジューには、計量後のリバウンドで生じた上半身の厚みの違いがそのままフィジカル・パワーの差となってしまい、左から入るところを左右で迎撃され、真っ直ぐ下がるところを強打で追撃される悪循環。

けっして上半身は硬くはないのに、頭と肩を振りながら上手く相手のうち懐に潜り込むことができない。昭和の優れた和製中量級の中には、輪島功一を筆頭に体格に恵まれない選手がほとんど。

がしかし、彼らは上体を柔らかく使う術を学び、踏み込みのスピードに磨きをかけ、飛び込むタイミングと角度に変化をつけて韓国のつわものたち(すっかり没落した現在の層と質は見る影も無い)と渡り合い、技術と工夫で世界との勝負に備えた。


井上が同じリズムとパターンで単調な正面突破を繰り返すだけだと、ムンギア,ジューにやられたテツをまた踏まされるリスクは小さくない。

幸い(?)なことに、ミンドロはまだまだ修行途中のグリーンボーイであり、流石にこの段階の相手に金星の献上は許されないだろう。


メキシコでデビューして帰国後、再び北米圏に足場を戻したフライ級,花田歩夢(21歳/10勝8KO1敗1分け)が、105ポンド時代の京口紘人に挑戦した経験持つヴィンス・パラス(比)と8回戦で対決。

170センチ超のタッパを持つ花田は、体格面で大きな優位に立つ。パーラも2019年以降は1分けを挟む5連勝(4KO)で戦績は安定しているが、明白なリードを保ったまま、5~6ラウンドまでには終らせたい相手ではある。


大商大のボクシング部で主将を務めたアマ51勝15敗の池側純(角海老/25歳/4勝1KO2分け)は、石田匠(井岡),清水聡,天笠尚らとの対戦経験を持つ中堅,カルロ・デメシーリョ(比)とS・バンタム級8回戦を予定。

初の海外遠征を白星で飾り、キャリアに弾みをつけたいところ。


「オカダ・マニラ」について



日本のパチンコ・パチスロメーカー,アクロス等を傘下に収める「ユニバーサル・エンターテイメント」が開発を手掛けた、いわゆるIR(Integrated Resort:統合型リゾート」。2017年3月にグランド・オープンしたばかり。

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ネーミングの「オカダ」は、「ユニバーサル・エンターテイメント」の創業者,岡田和生(おかだ・かずお)に由来すると思われるが、現在の代表者(CEO兼CIO)である富士本淳(ふじもと・じゅん:ゲーム機メーカー「セタ」の創業者/後にユニバーサル・エンターテイメントの子会社となり2011年に親会社の社長に就任)らによって追放された(2017年/会長職を解任)。

993室の客室と500席のカジノ・テーブル、約3千台のスロットマシンを設置し、和・洋・中は勿論、比国の伝統的なメニューを提供する多数の高級レストラン、高級ナイト・クラブ、トップ・ブランドを含めた大規模なショッピング・モール、フィットネスやリラクゼーション等々の施設を網羅する。


そして、エンターテイメントの中核を担う数千人規模のライヴ・イベント会場こそ、本場アメリカでラスベガス・スタイルの興行を実体験した、新興のボクシング・プロモーター,伊藤雅雪(元WBO J・ライト級王者)のターゲット。

共同プロモートの契約を交わしたボブ・アラム率いるトップランクのキャッチ・コピー、「This is Boxing,This is Top Rank」に触発され、「本物のボクシングを追求・提供する」との志を掲げた伊藤は、巨大カジノ・ホテルをベースにした「ラスベガス・スタイル」の興行に取り組む。

その心意気を形で示したのが、韓国のパラダイス・シティでやった旗揚げ及び第2弾のイベントであり、すべては身から出たサビとは言え、様々な苦難を承知の上で四面楚歌(?)のジョンリエル・カシメロを引っ張り出し、キャリア最終盤を向かえた手勢のエース,赤穂亮にぶつけた。

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私個人は積極的な賛成派でもなければ、何でもかんでも反対のどちらでもないが、日本国内に本格的なIRがあったならば、おそらく伊藤はそこを活動の拠点に据えて旗を上げ、徐々に東~東南アジアへと勢力を拡げる計画を立てたのではないか。

おそらくだが、シンガポールの「マリーナベイ・サンズ(晩年のクリス・ジョンを主役にして複数回のボクシング興行を打った)」と「リゾート・ワールド・セントーサ」、ゾウ・シミンを獲得したトップランクが進出を目論んで頓挫した「ヴェネチアン・マカオ」も、伊藤は視野に捉えていると推察する。

当然のことながら、それらの先には王国アメリカへの本格的な進出という最終的な大目標、帝拳グループですら到達し切れていない遥けき大望があるに違いない。


◎関連サイト
<1>OKADA MANILA(ユニバーサル・エンターテイメント公式サイト)
https://www.universal-777.com/corporate/business/okada-manila/

<2>ユニバーサル・エンターテイメント公式サイト
https://www.universal-777.com/corporate/

<3>会社概要(ユニバーサル・エンターテイメント公式サイト)
https://www.universal-777.com/corporate/company/about/

PPVセールス・キングの帰還 /期待値ゼロの暫定王者に勝算有り? - カネロ vs ライダー ショートプレビュー -

カテゴリ:
■5月6日/エスタディオ・アクロン,グァダラハラ/4団体統一世界S・ミドル級タイトルマッチ12回戦
4団体統一王者 カネロ・アルバレス(メキシコ) VS WBO暫定王者 ジョン・ライダー(英)





2度目となるL・ヘビー挑戦に大失敗してから早や一年。昨秋組まれた復帰戦で不惑のGGGにS・ミドル級契約を呑ませて、5年越しの因縁に決着を着けたことにしたカネロは、ファンが熱視線を送り続けるデヴィッド・ベナビデスには目もくれず(?)、毎年恒例の「シンコ・デ・マヨ決戦」に選んだ相手は、WBOの暫定王座を保持するイングランド人。

「正規 vs 暫定」のWBO内統一戦・・・という体裁を取り、筋道は通っているかのように見えるが、WBOが暫定王座を認めるに至った経緯そのものに問題があることは、あらためてお断りするまでもない。

何かと比較されることの多い、”J・C・スーパースター”ことフリオ・セサール・チャベスは、米本土で行う防衛戦の合間に数多くのノンタイトルを母国でこなし、休みなくリングに上がり続ける”戦うチャンピオン”だった。

数あるチューンナップの中には、世界最大規模の闘牛場とされるプラサ・デ・トロス(メキシコシティ/カネロ vs シントロン戦もここで行われた)でやった6試合(フランキー・ランドールとの第3戦を含む)も含まれるが、メキシコ国内のタイトルマッチで一番有名なのは、アステカ・スタジアムに13万人超の観客を動員したグレッグ・ホーゲン戦(1993年2月20日)だろう。

会場として用意されたエスタディオ・アクロンは、2010年夏にオープンした近代的なスタジアムで、地元のフットボール・クラブ,CDグアダラハラ(チーパス・グァダラハラ)の本拠地(5万人規模の収容を誇る)。


前売りのチケットは完売が伝えられており、前日計量にも多くのファンが参集した模様。DAZNが配信するPPVセールスにも大きな数字が期待されている。

”おらがスーパースター”を一目見ようと会場の外に集まったカネロ・フリークたちが、治安維持の為に配備された警官と小競り合いを起こしたらしく、熱量もレッドゾーン(古い)を突破する勢い。

◎CHAOS! CANELO MOBBED BY FANS AND POLICE IMMEDIATELY AFTER HIS WEIGH-IN VS JOHN RYDER
※「暴徒化」まではしていないように見えるが確かに危険な状況



武漢ウィルス禍の甚大な影響に直撃されたDAZN(サッカー中継が収益基盤)から、全世界を驚嘆させた超大型契約(5年間・11試合総額3億6500万ドル/当時のレートで約410億円)の見直しを打診された際、10年以上の長きに渡ってプロモートを任せてきたゴールデン・ボーイ・プロモーションズとの関係を清算したカネロは、マッチルームUSAと接近した。

ホームタウンのサッカー・スタジアムで完全復活を強力にアピールしたいチーム・カネロの要望に応えて、オスカー・デラ・ホーヤの後釜に納まったエディ・ハーンが、手勢の暫定チャンプを生贄に差し出したという次第。

スポーツブックのオッズも大きな差が付いた。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
カネロ:-1600(1.0625倍)
ライダー:+800(9倍)

<2>betway
カネロ:-1408(約1.07倍)
ライダー:+1000(11倍)

<3>Bet365
カネロ:-900(約1.11倍)
ライダー:+1613(17.13倍)

<4>ウィリアム・ヒル
カネロ:1/20(1.05倍)
ライダー:8/1(9倍)
ドロー:25/1(26倍)

<5>Sky Sports
カネロ:1/16(1.0625倍)
ライダー:10/1(11倍)
ドロー:33/1(34倍)


Bet365の17倍は異常値に近く、よからぬ不正工作の匂いが香ばしく立ち込めなくもないが、英国の2大ブックメイカーとMGMは適正と思われる数字に落ち着いている。

2年余り前のアヴニ・イルディリム戦以来となる即決KOを確実視する声が上がる中、「いや、そこまで簡単な相手じゃない。消化試合だと思ってナメてかかると厄介なことになる」との反論も。

そんな挑戦者ジョン・ライダーは、2010年の秋にプロの初陣を飾ったベテラン。首都ロンドンの北部にあるディストリクトの1つ、エミレーツ・スタジアム(アーセナルのホーム)を持つイズリントンの出身で、マッチルームを率いる若き辣腕エディ・ハーンから主力選手を任され続けてきたトレーナー,トニー・シムズがコーナーを守る。

アマチュアの戦績は少ないけれど、シニア・ノーヴィス(senior novice:19歳以上のデビュー直後の選手を対象としたクラス)のABA(世界最古の歴史を有するイングランドのアマチュア統機関)選手権で優勝している。


デビュー戦はミック・ヘネシー(イングランドで活動する代表的なプロモーターの1人)の興行だったが、トレーナーのトニー・シムズが直接手掛けるローカル興行で修行を積んだ。

マッチルームの有力選手を継続的に預かるようになったシムズが、お抱えと言っていい状態になる2012年頃から、エディ・ハーンの仕切りで戦うようになる。

余り感心しないニックネーム(The Gorilla)とは裏腹に、近代ボクシング発祥の地,英国伝統のボクサーファイトを引き継ぐ、勇敢でクリーンなサウスポー。

12年超のキャリアで喫した5度の敗北は、世界を獲る前のビリー・ジョー・サンダースとの地域&国内王座戦、同じイングランドの中堅どころ,ニック・ブラックウェルにアタックした国内王座戦、ブラックプールの人気者ジャック・アンフィールドとのローカルスター対決、ロッキー・フィールディングとの国内トップ争い、それに続くカラム・スミスのWBAタイトル挑戦。

7回TKOで敗れたブラックウェル戦以外はすべて判定決着で、いずれも善戦健闘の惜敗。ワンサイドで打ち負けたケースはただの一度もない。一見するとコワモテだが、リングを離れれば温厚実直そのものの人柄で、規律と節制にも不足無し。


米国進出という親子二代の夢を果たし、王国で足場を固めようと日々奮戦中のエディ・ハーンが、過大な要求(?)に手を焼き頭を悩ませた挙句、遂に御しかねてデメトリアス・アンドラーデを放出したのは、ちょうど1年前,昨年5月のことだった。

苦労をして試合を組んでも、「あそこが痛い、ここが痛い」とダダをこねて、怪我が治ったと思えば「ゼロの数が違う(報酬の金額)」とつむじを曲げてソッポを向く。

「オレ様が望んでいるのは、こんな安いカードじゃない。契約した時の景気のいい話はどうなった?。カネロとGGGは?。ベナビデスは?。仕事が遅過ぎる。すぐに決めろ。それがプロモーターの務めだろ?」

ビッグマネー・ファイトの実現に向けて粘り腰の難しい交渉を重ねる中、例え無敗の世界チャンピオン経験者でも切る時は切る。これまでの苦労は水の泡だが、ボクシングに限らずビジネスはすべからく厳しい。

ましてや実入りが少なく、持ち出し覚悟の興行も少なくないローカル・ランカーが、これだけ国内&地域王座戦で失敗を繰り返したら、どれほど情深いプロモーターでも普通は手を引く。同胞というファクターを加味する必要はあるものの、バックアップを惜しまずチャンスを作り続けたのもわかる気がする。


◎ファイナル・プレス・カンファレンス(抜粋)


◎フル映像
https://www.youtube.com/watch?v=tz7F9Rj7Rec


得意とするパンチは右フック。クロスレンジで打ち合いを仕掛けつつ、ショートでスカっと打ち抜く。昨今極めて見る機会が減った、”右で効かせるサウスポー”としても、貴重な存在。

左ストレート(ワンツー)から返す基本のパターンはもとより、右のリードをフックに変えて飛び込んだり、左右のストレートでボディを狙うフェイントから、外よりの軌道でスウィング気味に振るなど、10年選手に相応しい芸の細かさにも磨きがかかってきた。

オーソドックスの右強打を誘って、一瞬速く踏み込みカウンターを取る感覚にも優れたものがあり、難航不落のライト級でガッツ石松とともに世界に名乗りを挙げた悲運のレフティ,我らが門田新一の決定力には及ばないものの、キラリと光る魅力がある。


ベーシックな攻防の技術と経験に不足はなく、戦績も安定していて、どんなタイプと戦ってもしっかり試合を作り大崩れしない。積極果敢なインファイトもやれば、手堅くまとまったボックスもそれなりにこなす。

惜しむらくは、突出した武器がないこと。パワー,スピード,テクニックのいずれにおいても平均点のスコアに留まってしまい、キャリアを左右する重要なタイトルマッチを勝ち切れない。地域&国内王座の壁に阻まれてしまう。

”ローカル・ランクの上位止まり(失礼)”の典型例とも言えるが、そんな中堅選手がある日突然、目覚しい勝利をモノにするのもボクシング。”円熟”という名の、小さな奇跡が訪れる。


ライダーの場合は、2018年5月のジェイミー・コックス戦(コモンウェルス・ゲームズ金メダリストに2回KO勝ち)であり、鮮やかな3回TKOで初渡米を成功させたビラル・アカウェイ(豪州期待のプロスペクト/WBA暫定王座決定戦)戦だ。カラム・スミスへの挑戦を引き当てたのは、この2勝があったればこそ。

さらに昨年2月12日、アレクサンドラ妃の名前を冠した地元の展示会場(1万人規模)で、ダニー・ジェイコブスを僅差の2-1判定に退ける。文字通り、キャリア最大の勝利と表するべき大番狂わせ。

こうして昨年11月、トップ・アマ出身組みで無敗のザック・パーカーを4回終了負傷TKOで破り、デメトリアス・アンドラーデに振り回される格好で二転三転したWBOの暫定王座に就いた。


秀逸なスピード&集中力に加えて、鋭い反応を如何なく発揮する序盤のカネロに、自慢の右を炸裂させるのは正直難しい。強引(中途半端)に打ち込んでも素早くかわされ、瞬間的にまとめて打ち返すリターンのコンビネーションでみすみすポイントを献上するだけ。

焦って攻め急いだところで、強烈な左ボディを効かされ、右の”ボラード(メキシコ伝統のフック系の強振)”であえなく撃沈・・・という結末になりかねない。

だがしかし、距離とタイミングに充分気を付けながら、上手に出はいりを繰り返しつつ前半戦をしのぐことができれば、カネロのスタミナと集中が切れだす中盤以降、ライダーにも一筋の光明が見えて来る。

後半~終盤にかけてのスタミナは、若い頃から一貫して変わらないカネロの課題(ウィークネス)。完勝したとされるGGGとの第3戦でも、8ラウンド以降のカネロはスローダウンが目立ち、アベレージのボクサーファイターになりかけていた。


勝敗と決着のラウンド数はともかく、”アウェイの中のアウェイ”,”究極のオン・ザ・ロード”の真っ只中で、PPVセールスキングに一泡吹かせて欲しい。

大輪の檜舞台は無理にしても、プロ13年目に陽の目を見たリアルなビッグ・ファイトが、無残な公開処刑と化さないことを願う。

◎カネロ(32歳)/前日計量:167.5ポンド
現WBA(V5),現WBC(V4),現IBF(V2),現WBO(V3)S・ミドル級王者
前WBO L・ヘビー級(V0/返上),前WBCミドル級(第2期:V1/返上),前IBFミドル級(V1/返上),WBAミドル級スーパー(V1/返上),元WBC S・ウェルター級(V6/WBA王座吸収V0),元WBCミドル級(第1期:V1/返上),元WBO J・ミドル級(V0/返上)王者
戦績:62戦58勝(39KO)2敗2分け
世界戦通算:22戦19勝(11KO)2敗1分け
アマ通算:不明
※20戦,44勝2敗など諸説有り
2005年ジュニア国内選手権優勝
2004年ジュニア国内選手権準優勝
※年齢・階級等詳細不明
身長:175センチ,リーチ:179センチ
右ボクサーファイター


◎ライダー(34歳)/前日計量:168ポンド
現WBOS・ミドル級暫定(V0),元WBA同級暫定(V0)王者
元英国(BBBofC British)同級(V0)王者
戦績:37戦32勝(18KO)5敗
ABA(全英)シニア・ノーヴィス(Senior Novice)選手権ミドル級優勝
アマ戦績:30勝5敗
身長:175センチ,リーチ:183センチ
左ボクサーファイター


◎前日計量



◎前日計量(フル映像)
Matchroom公式チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=BHZnADR_Zfg


◎オフィシャル

主審:マイケル・グリフィン(カナダ)

副審:
ジョー・パスクァーレ(米/ニュージャージー州)
ジェレミー・ヘイズ(カナダ)
ヘラルド・マルティネス(プエルトリコ)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:ヒルベルト・メンドサ
WBC:マウリシオ・スレイマン
IBF:ダリル・ピープルズ
WBO:フランシスコ・パコ・バルカルセル
※会長4名が勢揃い。168ポンドで堅調な内容と結果が続く限り、仮にPED騒動を繰り返す破目に陥ったとしても、カネロのVIP待遇はまだまだ続く。

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