”ルーガルー”のピンチヒッターは世界選手権ベスト8の元トップ・アマ - プログレイス vs ソリージャ ショートプレビュー -

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■6月17日/スムージー・キング・センター,ニューオーリンズ(ルイジアナ州)/WBC世界S・ライト級タイトルマッチ12回戦
王者 レジス・プログレイス(米) vs WBC20位 ダニエリート・ソリージャ(プエルトリコ)





※ファイナル・プレス・カンファレンス(フル映像)
https://www.youtube.com/watch?v=in6PYGXHvq8


アウェイのロンドンに赴き、WBSS(World Boxing Super Series)の決勝でジョシュ・テーラー(英)とぶつかり、0-2のマジョリティ・ディシジョンで惜敗したのが2019年の秋。

スポーツブックのオッズも含めて、プログレイスに傾く前評判を引っくり返されたプロ初黒星のショックは小さからぬものがあり、米国内でのリマッチ開催を強く望んだが、武漢ウィルス禍によって活動そのものを阻まれる。

ベン・ディヴィソン(ビリー・ジョー・サンダース,リー・ウッドらのコーナーを歴任/タイソン・フューリーとデヴィン・ヘイニーもサポートしたトレーナー)とともに戦った修行時代、テーラーは正攻法のボクサーファターだった。

どちらかと言えば、センシブルなイン&アウトの完成形を目指しているように見えたが、プログレイス戦では危険なクロスレンジに留まり、丁々発止の白兵戦で一進一退の拮抗した展開を切り抜けている。


サイズのアドバンテージと耐久力が明暗を分けた格好なのだが、試合が決まった時からデイヴィソンとテーラーが準備・意図していたものなのか、とにかくアグレッシブなプログレイスを捌き切れず、打ち合いに応じるしかなくなり、結果的に吉と出た瓢箪から駒なのか、その点はイマイチ判然としない。

カテラルとのリマッチに向けて昨年10月デイヴィソンと決別し、アマチュアのトップ選手から指導者になったジョー・マックナリー(デヴィッド・ヘイのコーナーでコーチ修行)をチーフに迎えて体制を一新した。

もともと打ち合いを嫌うタイプではなかったけれど、プログレス戦の勝利によってテーラーのファイトスタイルがより好戦的になったのは確かであり、トレーナーが変わっても方向性は同じ。待機型のサウスポー,カテラルとの相性の悪さ、不器用と言っても差支えがないほどの修正力の不足は、ロマチェンコ級のスピード&シャープネスを前面に押し出したテオフィモにも苦杯を喫する要因となった。


捲土重来を期すプログレイスは、ニューヨークにオフィスを置く著名なプロモーター、ルー・ディベラの下で戦ってきたが、復帰に際して関係を解消。WBSSの米国サイドを仕切った(?)リチャード・シェーファーとの契約を公表した。

シェーファーが最初に立ち上げたリングスター・スポーツではなく、新たに興したプロベラム傘下に収まり、ジャーボンティ・ディヴィス vs レオ・サンタクルス戦(2020年10月31日/アラモドーム/テキサス州サンアントニオ)のアンダーカードで無名のメキシカン・アメリカンを3ラウンドで撃破。

まさしく戦友と表すべきトレーナー,ボビー・ベントンとの信頼関係は変わらず、攻撃的なスタイルもそのままに、1年ぶりの復帰戦を飾って健在を示す。


WBSSの優勝者となったテーラーは、同じくパンデミックの影響で実戦から遠ざかるも、プログレイスより1ヶ月早くリングに戻り、近藤明広(一力)をショッキングな5回KOで蹴散らし、指名挑戦権を獲得したタイのドウヌア・サックリーリン(アビヌン・コーンソーン)を初回2分2分41秒の即決KOで退け、評価をさらにアップする。

140ポンドのS・ライト級に限らず、WBSSを完全に無視・黙殺したボブ・アラム(井上尚弥は大橋会長との共同プロモート/米国外では大橋会長が主導権を持つ)が支配下に置き、強力にバックアップするWBC&WBOの2冠王ホセ・カルロス・ラミレス(米)との4団体統一戦が具体化。

翌2021年5月22日、ラスベガスのヴァージン・ホテルズでの開催がまとまり、世界中のファンが注視する中、テーラーが2度のダウンを奪って3-0判定勝ち。テレンス・クロフォード続いて、140ポンド史上2人目の4冠制覇に成功。


ただし、2度のノックダウンにも関わらず、オフィシャル・スコアは3名とも114-112の僅少差を付けていた。ラミレスのホーム・アドバンテージを考慮する必要はあるにせよ、ダウンが1回だけだったなら、逆の結果も充分に有り得た接戦には違いがない。

クロスレンジで不可抗力を装い(?)、肩や肘を使った細かいバッティングを繰り返し、時にはラミレスの足を踏むなど、プロの裏技を躊躇なく使うテーラーの割り切り(居直り)に対する批判もあったけれど、主審を仰せつかったケニー・ベイレスが減点に踏み切れない、ギリギリのラインを行き来する狡賢さが、敵地での判定勝ちを引き寄せたとも言える。


テーラー vs ラミレス決定の一報を黙って聞くしかなかったプログレイスは、ラスベガスで4団体統一戦が挙行される1ヶ月前(2021年4月)、ジョージア州アトランタで組まれたローカル興行に出陣。

勧進元のプロモーターはシェーファーではなく、映画プロデューサーが本業のライアン・カバノーで、マイク・タイソンとロイ・ジョーンズのエキシビジョンで一儲けを企てたトリラー(Triller)のイベントである。

対戦相手のイヴァン・レドカッチは、ウェルター級をホームグラウンドにするカリフォルニア在住のウクライナ人で、契約ウェイトは143ポンドだったが、180センチ近いウクライナ人との体格差を心配する声も聞かれた。


しかし、プログレイスは一回り大きなレドカッチをスタートから攻め立ててペースを握り、第6ラウンドに強烈な右ボディをヒット。たまらず前のめりにうずまくるレドカッチは、ローブローの反則を主張。

ライヴ配信を行うFITE(トリラーが運営するデジタル・プラットフォーム)が、スローで問題のシーンをスクリーンに再生すると、疑う余地のないクリーンヒットと判明。ところがどっこい、開催地ジョージア州から選出された主審ジム・コーブは、レドカッチのアピールを受け入れ5分間の休憩を指示。

完全に戦意を喪失したレドカッチが再開に応じる筈もなく、ウクライナ人のコーナーが担架を要請して、さっさとリングから降りてしまう。本当にダメージから回復できなかったのかもしれないが、「反則勝ちを拾いに行った」と見られても仕方がない。

主審の裁定通りならプログレイスの反則負けになるが、元王者のコーナーも当然抗議を行い紛糾。追い詰められた格好の立会人(アトランタを所管するジョージア州のコミッションから派遣されている筈)は、あろうことかテクニカル・ディシジョンを採択した。


リング上に残っているのはプログレイス1人。一般的なプロボクシングのルールに従うなら、第3ラウンド終了のゴングが鳴った時点で試合は完全に成立。

WBCのように第4ラウンドの開始ゴングを必要と定める場合も有り得るが、この試合に関して言えばそれもクリア。ノーコンテストやノーディシジョンにはできない。なおかつ、地元選出のレフェリーの誤審も認めたくない。

国と地域,人種が違ってもお役人の考えることに大差はなく、どちらの面子も立つようにと、その場しのぎの愚行に及ぶ。


反則パンチ(完全な誤審)で退場を余儀なくされたのに判定負け。まるで意味不明な結末が許されるほど王国アメリカの良心は腐り切っておらず、ジョージア州のコミッションは1週間ほど経ってから負傷判定を取り消し、プログレイスのTKO勝ちに改める。

首尾良く(?)反則勝ちを拾った筈のレドカッチは、思惑が外れた上に半端ないバツの悪さを味あわされ、プログレイス戦を最後にリングに上がっていない。引退してもおかしくない年齢(37歳)ではあるけれど、こういうことを1回でもやってしまうと、プロモーターに敬遠されても文句は言えない。


この後プログレイスは、2度目の長期ブランクに入る。容易に勢いの止まらないパンデミックが最大の要因だが、プロモーターとして影が薄くなるばかりのシェーファーの手腕にチームとして不安を覚えたことも確かだ。

アル・ヘイモン一派のシェーファーと手を結んだのは、PBC勢がひしめくウェルター級進出を睨んでの決断であり、テーラーとの再戦も147ポンドでの交渉になると見込んだからでもある。けれども、カテラルとの再戦にこだわりを見せるテーラーは、なかなか147ポンドに上がろうとしない。

テーラーが140ポンドでグズグズしている間は、ハンドリングするトップランクとの交渉を難しくするだけで、事態の進展を期待するのは時間の無駄。なおかつPBC勢が少ない140ポンドでは、統一戦(ファンの注目度が高いビッグマネー・ファイト)の実現はおろか、世界戦を組むことそのものが簡単ではないと、遅ればせながら気付いたからである。

戦線離脱は11ヶ月に渡り、昨年3月19日に実現した公式戦は中東ドバイへの遠征となった。観光資源の1つとして、潤沢なオイル・マネーでラスベガス・スタイルのカジノ付き大型リゾートを推進する王族は、音楽イベントとともにボクシング興行の誘致にも積極的で、オスカー・デラ・ホーヤの右腕としてゴールデン・ボーイ・プロモーションズの隆盛を支えたシェーファー(スイス出身/エリート銀行家から転身)が、面目を躍如する仕事で逆襲に打って出たという構図。

メイン・イベントは、WBCフライ級王座を保持するサニー・エドワーズ(英)の防衛戦。パキスタンの元トップ・アマ,モハメド・ワシームとのマッチアップを仕組んだのは、オイル・マネーとのタッグを積極果敢に推し進めるエディ・ハーン。

プログレイスの相手に、傘下のアイリッシュ,タイロン・マッケンナをあてがったのもハーンである。主催プロモーターの看板をシェーファーに譲った上で、興行の現場をとりまとめていたのはマッチルームだったという次第。


ベルファストからやって来たベテラン中堅を6回TKOに下して大いに気勢を上げたが、熱望して止まないテーラーとの再戦が実現に向かう気配はなし(当然の成り行き)。

そうこうしているうちに、ウェルター級参戦をぶち上げながらとにかく動きの遅い4冠王者テーラーが、こだわっていた筈のカテラルとのリマッチをグズりながら、次々と3つのベルトを放棄。いずれも指名戦を拒否したことが原因で、WBO1つを手元に残して先週のテオフィモ戦を迎えている。

そして先日、伏兵ジャック・カテラル(英)との防衛戦で付けたミソを拭うことなく、140ポンド最強の評価を自ら手放した挙句、虎の子のWBO王座もテオフィモに奪われてしまった。


UAEから戻ったプログレイスは、シェーファーとの契約切れを待ちつつ、マッチルームUSAに急接近。ドバイ滞在中にハーンと何らかの接触があったのは間違いなく、WBCから指示されたホセ・セペダとの決定戦を7週間後に控えた昨年10月、正式契約の締結が公となった。

新しい体制で臨んだセペダ戦を、目論み通りのKO決着(最終盤の11回でストップ=開催地のカーソンを所管するカリフォルニア州ルールではKO)で締め括り、3年ぶりに世界のベルトを巻いたプログレイスは、衰えることのない王座統一への野望のみならず、テーラーとの再戦が決まるなら、147ポンドのウェルター級契約でも構わないと言い放つ。

WBCは1位セペダと2位プログレイスに決定戦を承認するのと同時に、3位に付けるホセ・カルロス・ラミレスに指名挑戦権を認めている。

決定戦の勝者には、ラミレスとの初防衛戦が漏れなく付いて来るという訳で、メキシカンとメキシコ系の人気選手厚遇が常態化したWBCらしい。しかしながら、WBCが決定戦&指名戦を同時に通告した時、プログレイスのプロモート権はシェーファーにあった。ラミレスを保有するトップランクは、早々に挑戦を辞退。

交渉そのものを拒否されたシェーファーに為す術はなく、プログレイスとマッチルームの逢瀬は自ずと加熱・加速した。


WBCから選択戦を容認されたプログレイスに、マッチルームが用意したチャレンジャーは、23戦全勝(14KO)のレコードを誇るランク3位リアム・パロ(豪)。

そしてそのパロも、アキレス腱の負傷を理由にキャンセルしてしまい、スクランブル発進に応じたのが、バルボサに負けた経験を持つプエルトリコのソリージャ(英語圏ではゾリーヤと発音されることが多い)という流れ。

「アーノルド・バルボサ(米/28戦全勝10KO)と平岡アンディ(大橋)にオファーを出したが、(時間的な制約の為に)上手くまとまらなかった。」


WBC20位のランキング(他の3団体はランク外)が示す通り、ソリージャは国際的にはほとんど無名と言って良く、タイトル歴もWBOのローカル王座のみ。ロートルのガマリエル・ディアス(粟生隆寛から大番狂わせでWBC S・フェザー級を奪取した元王者)と、すっかりベテランになったパブロ・セサール・カノ(メキシコ)戦が最大の戦果。

引退したロッキー・マルティネス(元WBO J・ライト級王者)がコーナーを守り、プロモーターとして活動するミゲル・コットのバックアップを受けている。

スポーツブックの賭け率は10倍を超えており、万馬券扱いも止むを得ない状況だが、世界選手権でベスト8に入ったアマ・エリートで、ボクシングの上手さと安定感は侮れない。バルボサ戦も右ストレートを浴びてグラつく7ラウンドまでは、拮抗した展開を作って善戦していた。

惜しむらくは、フィジカル&パンチのパワー不足。押し込まれると後退するしかなく、アマチュアライクなひ弱さが目立ち、力で押し返す気迫がいかにも物足りない。恵まれたタッパとせっかくの技術を、十二分に活かし切れない恨みが残る。


勘に頼るディフェンス(恒常的なガードの低さ)と、攻撃一辺倒のボクシングが災いして攻防のキメが粗くなり、テーラーのフィジカルの強度と体格差に潰れてしまったプログレイスだが、上でも下でも、とにかくまともに当たれば効いてしまう決定力は一級品。

スタイルの相性を考えると、プログレイスが中盤~終盤にかけてストップを呼び込むと見るのが妥当。ソリージャが判定まで逃げ切ったとしても、安全策でセーフティリードをキープする姿は想像しづらい。



◎プログレイス(34歳)/前日計量:139ポンド
戦績:29戦28勝(24KO)1敗
アマ通算:87勝7敗
2012年ロンドン五輪代表候補
2011年全米選手権ベスト4
階級:ウェルター級
身長:175センチ,リーチ:170センチ
左ボクサーファイター


◎ソリージャ(29歳)/前日計量:139ポンド
戦績:18戦17勝(13KO)1敗
アマ戦績:192勝16敗
2016年リオ五輪米大陸予選ベスト8
2015年世界選手権(ドーハ/カタール)ベスト8
※ウッティチャイ・マスク(タイ)に1-2で惜敗
2015年パン・アメリカン選手権(バルガス/ベネズエラ)銀メダル
※決勝でキューバのヤスニエル・トレド(ロンドン五輪ライト級銅メダル)に0-3判定負け
2014年中米・カリブ海大会(ベラクルス/メキシコ)銀メダル
※決勝でヤスニエル・トレドに1-2判定負け
2014年国内選手権優勝
以上,L・ウェルター級
2013年パンアメリカン選手権(サンティアゴ/チリ)ライト級銅メダル
身長:175センチ,リーチ:178センチ
右ボクサーファイター



※前日計量(フル映像)
https://www.youtube.com/watch?v=eeYtaXoFaiA


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■リング・オフィシャル:未発表


テオフィモが2階級制覇へ /受けて立つのはウェルター級進出を延期したテーラー - 4階級同時制覇の両雄がサバイバルマッチで激突 -

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■6月10日/MSG,ニューヨーク/WBO世界J・ウェルター級タイトルマッチ12回戦
WBO王者/前4団体統一王者 ジョシュ・テーラー(英) vs 元4団体統一ライト級王者/WBO1位 テオフィモ・ロペス(米)





140ポンドに主戦場を移したテオフィモが、転向3戦目にしていよいよ2階級制覇に乗り出す。挑む相手は、4団体統一王者だった現代スコットランドのボクシング・ヒーロー,ジョシュ・テーラー。

「薄氷の2-1防衛」で何とか生き延びた(?)ジャック・カテラル(英/イングランド)との指名戦(昨年2月26日/王者の地元グラスゴー開催)の後、ウェルター級進出への意欲を語ると同時に、「(S・ライト級で)やり残したことが1つだけある」と語り、カテラルとのリマッチに応じることを明言する。

カテラルに異存があろう筈もなく、昨年11月グラスゴー開催で落ち着くかに思われたが、テーラーの足の怪我や中継(Sky SportsとESPN)を巡る交渉が難航して二転三転。2月・3月と延期が繰り返される中、テーラーは相次いで通告されたWBA,WBC,IBFの指名戦をすべて拒否。

経緯と順番は以下に示す通り。猶予の申請を快諾してくれたたWBOのベルトのみを手元に残し、他の3つはすべて放棄した。


<1>WBA:2022年5月15日はく奪/アルベルト・プエリョ(ドミニカ)との指名戦を拒否
(1)決定戦;2022年8月20日 コスモポリタン・ラスベガス
プエジョ 12回判定(2-1) バティル・アフメドフ(ウクライナ)
※プエジョのドーピング違反が発覚してはく奪(今年4月20日~5月9日)
(2)決定戦:2023年5月13日 コスモポリタン・ラスベガス
ローリー・ロメロ(米) TKO9R イスマエル・ボロッソ(コロンビア)

<2>WBC:2022年7月1日返上/ホセ・セペダ(米)との指名戦を拒否
決定戦:2022年11月26日 デグニティ・ヘルス・スポーツ・パーク(カリフォルニア州カーソン)
レジス・プログレイス(米) 11回KO ホセ・セペダ

<3>IBF:2022年8月24日返上/スブリエル・マティアス(プエルトリコ)との指名戦を拒否
決定戦:2023年2月25日 アーモリー(ミネソタ州ミネアポリス)
マティアス 5回終了TKO ヘレミアス・ポンセ(ニカラグァ)


さらに今年1月、テーラーが再び足を負傷したことを理由に、4月4日でフィックスした日程の延期を表明。主治医の診断により回復までに4~6週間を要するとの説明が行われたが、およそ1ヶ月後の2月23日、テオフィモとの対戦をESPNが報じる事態に。

今年3月23日、急転直下マッチルームがカテラルとの正式契約を公表したことが、テーラーとテオフィモを傘下に収めるトップランクの方針に影響したとされる。

カテラルをプロモートしていたのは、ベン・シャロームというマンチェスター出身のローカル・プロモーターで、大学卒業直後に弱冠23歳で自身の興行会社(BOXXER:ボクサー)を立ち上げた。

アマチュア・ボクシングの経験者でもあったシャロームは、ノッティンガム大学で法学を修める傍ら、大学内外で様々なイベントを手掛けていたという。テーラーを追い詰めて一躍注目を集めたカテラルを元手に、業界内でのポジションを固める計画を、エディ・ハーンの引き抜き工作によってものの見事に崩された格好。

Sky SportsとESPNの主導権争いに時間を取られた(らしい)アラムは、「やれやれ、今度はDAZNか・・・」という訳で、テオフィモにお鉢を回したとの見立てがもっぱら。


トップランクの動きを知るや否や、ハーンはカテラルにWBAの下部タイトル戦を誘致。先月27日、マンチェスター・アリーナでアイルランドの中堅ダラー・フォーリーを大差の3-0判定に退けている。

テーラー以外の3団体に照準を移し、年内にイングランド領内に招聘する目論みと推察されたが、先月上旬、ハーンがレジス・プログレイスの獲得を発表。来週17日、生まれ故郷のニューオーリンズで、プエルトリコのホープ,ダニエリート・ソリーヤ(リオ五輪代表候補/ゴールデン・ボーイ・プロモーションズと契約してプロ入り/ゾリーヤ,ソリージャ等カナ表記は様々)との初防衛戦に臨む。

周知の通り、プログレイスはWBSS(World Boxing Super Series)の決勝をテーラーと争う為、2019年秋に渡英した経験を持つ。WBSSを企画立案したドイツのプロモーター,カール・ザウアーラントとともに、O2アリーナ(ロンドン)で行われたこの興行を共催したのがハーンだった。

プログレイスが来週の防衛戦をクリアすることが前提にはなるが、カテラルの挑戦は既に決定事項との見立てがもっぱら。仮にアップセットが起きたとしても、同じDAZNを後ろ盾にするマッチルームとGBPだけに、どちらが勝っても次はカテラルという流れ。


さて、肝心要のテーラー VS テオフィモだが、例によって挑発的な態度を隠さないチャレンジャーに対して、遠来のチャンプはいたくお冠の様子。ファイナル・プレス・カンファレンスで火花を散らす。

「テオフィモ・ロペスは無礼が過ぎる。彼は土曜日に、その高過ぎる代償を支払うことになる。勝利するのは私だ。早い時間帯のKOも有り得るだろう。」

無論、テオフィモも負けていない。

「本当に頑張ったよ。11週間のキャンプだった。大変だったけど、お陰でベスト・バージョンのオレを披露できる。より良くなる為には、練習に打ち込むしかない。」

「前回と同じテツは踏まない(序盤にダウンを喫したサンドロ・マルティンとのテストマッチ)。2つ目の階級を獲る。最高のショーだ。準備は万端、ジョシュ・テーラーのすべてを奪う。その為だけに、ここにやって来たんだ。」




◎ファイナル・プレス・カンファレンス(フル)
https://www.youtube.com/watch?v=ktrLBqrgKX8


まずは、直前の賭け率を。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>>betway
J・テーラー:-160(1.625倍)
T・ロペス:+145(2.45倍)

<2>ウィリアム・ヒル
J・テーラー:4/7(約1.57倍)
T・ロペス:6/4(2.5倍)
ドロー:14/1(15倍)

<3>Sky Sports
J・テーラー:1/2(1.5倍)
T・ロペス:15/8(2.875倍)
ドロー:12/1(13倍)


これを僅小差と見るか、それとも明確な乖離と見るかは、テオフィモの前戦(昨年12月10日/MSG)をどう評価するのかによる。

左ジャブから右ストレートをボディへ放つ、ロマチェンコ打倒に大きな役割を果たしたコンビネーション(リナレスのコピー?)を繰り出し、快調な滑り出しと思われた矢先、第2ラウンド開始早々だった。

同じパターンでの踏み込みざま、小さく右サイドへバックステップしたマルティンは、死角に近いポジションから右フックをクロス気味に打ち下ろす。これをテンプルに貰ったテオフィモが、前のめりに青コーナーに突っ伏してしまう。

すぐに立ち上がったテオフィモは、規定のエイト・カウントを数える主審のロッキー・ゴンザレスに「ダウンじゃない」とオフ・バランスを主張するポーズを取ったが、大人しく指示に従った。


フラッシュダウンの直前、青コーナー付近のロープ際まで下がったマルティンは、テオフィモの左リードに右フックを素早く被せており、キャンプで集中的に取り組んでいたことを窺わせる。これはまともに当たってはいなかったけれど、タイミングに感触を掴んだとの印象。

そっくりな場面が第7ラウンド(40秒を経過する辺り)にも発生したが、この時はマルティンの右はヒットしておらず、ステップインからそのまま前傾したテオフィモの後頭部を巻き込んでいた。「良く見ているな」と、ノックダウンを取らなかった主審のゴンザレスに感心した。

これをダウンと裁定されていたとしても、それだけでテオフィモの2-1判定が引っくり返りはしなかったものの、挽回を焦るテオフィモの攻勢がカンボソス戦並みに粗く雑になっていたら、ひたすら打ち終わりを狙うマルティンの軽打の精度がアップして、スコアリングを左右していた可能性は有り得る。

当然のことながら、いくらダメージが無いとは言え、2度のダウンを許した挙句の地元判定勝ちとの批判は勢いを増して、株価の低下傾向に拍車をかけたに違いない。


率直に私見を申し上げると、94-95の1ポイント差でマルティンを支持した副審グィド・カバレッリ(伊)のスコアは、有体に「欧州贔屓」と表して差支えがなく、WBOの下部タイトルを懸けたが故に、スペイン以外の欧州域内から審判を1名招かざるを得なくなった。

打ち合い忌避と逃げ切りに徹するマルティンは、我らがライオン古山の強打から15ラウンズをひたすら後退し続け、執拗なクリンチ&ホールドを辞さない腰抜け戦術で空位のWBC J・ウェルター級王座を強奪したぺリコ・フェルナンデスの伝統を受け継ぐサウスポー。

カテラルとの再戦交渉に手を焼くアラムは、かなり早い段階からテオフィモへの差し替えを考えていたのだろう。テーラーと同じ長身痩躯のレフティを見つけて、テストマッチを組んだ。


中谷正義(先日引退を表明)ほどの違いは無かったが、マルティンは135~140ポンドでは充分に大きく(Boxrecに記載された身長:172センチは明白な誤り)、スピード&反応もまずまず。さらに、12年のプロキャリアで40戦を超える豊富な経験を併せ持つ(40勝13KO3敗)。

2019年7月~2021年4月までの間、欧州(EBU)王座に就いて2度の防衛にも成功(返上)しており、切れ味鋭い右ジャブに加えて、上述した通りテオフィモのリードに右フックを合わせる勘とセンスも悪くない。

それだけのボクサーが徹頭徹尾打ち合いを避け、後退しながら入り際と打ち終わりを狙い続け、ひたすら専守防衛に閉じこもる。テオフィモでなくとも、ディフェンス・ラインをこじ開け崩し切るのは難儀な仕事になる。

これはテオフィモにも言えることだが、安全第一を旨とするマルティンは手数が少なく、リターンのパンチも総じて精度が低かった。マルティンがもっと右ジャブを増やして、返しの命中率が少しでも高かったら、おそらく判定は変わっていたと思う。

堂々とした体格がウソのように脆弱な、スペイン人のスタイルに救われたとの見方も、あながち検討外れとは言い難い。


例えばメイウェザーのように、どれだけ卑怯未練な戦い方に終始したとしても、命中精度が高くムーヴィング・センスにも優れて動きが美しければまだしも、これだけ消極的で精度も低いボクサーを、ジャッジ(ホーム,アウェイの別を問わず)が積極的に評価するのは大変である。

拙ブログは、地元ニューヨーク在住のお馴染みマックス・デルーカ(96-93)と、カナダから呼ばれたパスカル・プロコプ(97-92)の判断を推す。

そしてテオフィモの出来だが、私は悪くなかったと考えている。増量に際する最大の課題(懸念材料)と表していいスピード&シャープネスは、ロマチェンコ戦に匹敵する高水準を維持しており、実力差が明白な三十路の中堅メキシカンを倒しあぐねた転級第1戦に比べて、明らかにコンディションも良かった。

相対的なパワー(フィジカル及びパンチング)の減退も隋所に感じられはしたけれど、大柄なマルティンのサイズ(計量後のリバウンド込み)と、逃げ切りしか頭にない安全策を割り引く必要はある。


問題なのは、崩しの手間を省略し過ぎてワンパターンに陥り易い攻撃の組み立てと、修正への意識と工夫の決定的な不足。上体を直立させたまま、相手に正対し続けるポジショニングは、相手が左だとうと右だろうと、すぐにでも直すべき積年のテーマであった筈。

フェイントは色々やってはいるが、位置取りと距離の不味さが効果を殺ぎ、「ジャブ→右ボディストレート」、「右(ストレート,フック)から入る逆ワンツー」、「左フックを囮にしたステップ・イン」以外、目ぼしい手段が見られない。

中盤以降頭を低くして左右に振るシーンも垣間見られたが、それを続ける戦術的ディシプリンに欠けるのも珠にキズ。プレスをかけ続けながら、どちらとも取れるラウンドを引き寄せる術に今1つ冴えがなく、ロマチェンコに引けを取らないスピード&シャープネスを活かし切れない恨みが残り続ける。


一気に力で押し潰そうと力み返り、自ら墓穴を掘ったカンボソス戦の反省が、まだまだ足りていないのではないか。ボクシングを始めた時からともに戦い続ける実父とのコンビを、真剣に考え直す時かもしれない。

徹底的に退いて構える相手を倒し切るという意味ではなく、危ない場面に自ら陥るケアレス・ミスを防ぎ、着実にポイントメイクしながらセーフティ・リードをキープする為に不可欠なフェイントと捨てパンチの重要性、崩しのコンビネーションから連打をまとめるテクニックを教えられるコーチを、今こそ外部から招くべきなのでは。

テオフィモ・シニアをチーフから外せという短絡的な話しはなく、「左ジャブ→右ボディストレート」で踏み込んだ後の展開を創出するノウハウ、これから連続して対峙するであろう、180センチ近い長身選手の懐に隙無く飛び込む技術、相手の正面に立ち続ける悪癖の修正等々を、この際チームの外に学ぶという意味で・・・。


カテラルへの雪辱を強くアピールしていたテーラーには、評価を落としているテオフィモへの差し替えによるモチベーション低下を心配する声が聞かれた。

スタンスを思いの他広く取り、長身(公称180センチ)を深めに前傾させ、積極的にプレスする戦術で活路を拓くテーラーは、フィジカルの強度を武器にした消耗戦が得意で、プログレイスのように前に出てくる相手には滅法強い。

ところが、相手を呼び込んでカウンターを狙う待機型のカテラル(小柄なサウスポー)には、距離を潰す途端にクリンチ&ホールドで絡め取られ、入り際を少しでも躊躇するといきなりの左ストレート、フリッカー気味の右ジャブで遅れを取る。


イングランド領内の開催だったら、判定がどう転んでいたかはわからず、意外な不器用さを露呈したテーラーもまた、その評価は下落傾向にある。

先だってダブリンで行われたケイティ・テーラー vs シャンテル・キャメロンと同様、ライト級とS・ライト級の4団体統一王者同士の顔合わせだったなら、報酬も期待度も段違いだっただろうに・・・。

フィジカル・パワーと耐久性で押し切るスタイルのテーラーは、テオフィモに取ってやりづらいタイプではけっしてない。ボクシングの質を比較すれば、テオフィモの方が上等なのは間違いないが、これまで通りの戦い方だと惜敗に終る公算が大。

11週間のハードワークで、攻めのバリエーションと工夫がどこまで改善されたのか。勝敗のカギを握るのは、キャンプで取り組んだテーラー対策とテオフィモ・シニアのコーナーワーク。

拙ブログの予想は、性懲りも無く期待値に賭けて、テオフィモの小差判定勝ち。フィジカル自体は、140ポンドでも通用する筈。


◎テーラー(32歳)/前日計量:139.8ポンド
現WBO J・ウェルター級王者(V1),前4団体統一同級王者(WBA:V3/WBC:V1/IBF:V4)
戦績:19戦全勝(13KO)
アマ通算:150戦超(詳細不明)
2012年ロンドン五輪ライト級代表(2回戦敗退)
2013年世界選手権(アルマトイ/カザフスタン)2回戦敗退(L・ウェルター級)
2011年世界選手権(バクー/アゼルバイジャン)初戦敗退(ライト級)
2013年欧州選手権(ミンスク/ベラルーシ)初戦敗退(L・ウェルター級)
2011年欧州選手権(アンカラ/トルコ)2回戦敗退(ライト級)
2014年コモンウェルスゲームズ(グラスゴー/英スコットランド)金メダル(L・ウェルター級)
2010年コモンウェルス・ゲームズ(デリー/インド)銀メダル(ライト級)
身長:178センチ,リーチ:177センチ
左ボクサーファイター(スイッチ・ヒッター)


◎ロペス(25歳)/前日計量:140ポンド
元4団体統一ライト級王者(V0)
戦績:19戦18勝(13KO)1敗
(2016年11月デビュー)
アマ通算:150勝20敗
2016年リオ五輪ライト級初戦敗退
※ホンジュラス(両親の母国)代表
2016年リオ五輪米大陸予選準優勝
2015年リオ五輪米国最終予選優勝
2015年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
2015年ユース全米選手権ベスト8
2014年ナショナル・ゴールデン・グローブス2回戦敗退
2014年ユース全米選手権3位
※階級:ライト級
身長:173センチ,リーチ:174センチ
右ボクサーファイター



◎前日計量


◎前日計量(フル)
https://www.youtube.com/watch?v=svdYz0CMvKk


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■リング・オフィシャル:未発表


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■主なアンダーカード

17連勝(10KO)中のS・フェザー級プロスペクト,ヘンリー・レブロン(25歳/プエルトリコ/2013年ジュニア世界選手権銅メダリスト)が10回戦のセミ格に出場。

オスカル・バルデスへの初挑戦で完全な勝利を無きものとされ、シャクール・スティーブンソンに完敗を喫した悲運の金メダリスト,ロブソン・コンセイソン(ブラジル)は、ドミニカのベテラン中堅を相手におよそ9ヶ月ぶりの復帰戦に臨む。

NABO(WBO直轄の北米王座)のベルトを巻いて、早くも世界へ名乗りを上げようという弱冠二十歳のウェルター級,サンダー・ザヤス(プエルトリコ/15連勝10KO)は、無名のメキシコ系米国人と8回戦でのチューンナップ。

また、8回戦に登場するオマール・ロサリオ(25歳/プエルトリコ)も、トップアマから転向して10連勝(3KO)をマークする140ポンドのニューカマー。タッパ(公称178センチ)にも恵まれ、稼ぎのいいウェルター級進出を睨みながら育成中。

地元ブルックリンをホームに戦う軽量級の黒人ホープ,ブルース・キャリントン(26歳/7戦全勝4KO)は、エクアドル出身のアンダードッグとの8回戦を予定。

135ポンド契約で再起戦を行う筈だったジャメイン・オルティズ(米)は、ウェイトを間に合わせることが出来ず、計量前日にドタキャン。ロマチェンコへの善戦でアップした評価を下げてしまった。

カテゴリ:
■5月21日/パロマ瑞穂アリーナ,名古屋市/52.6キロ(116ポンド)契約10回戦
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)



「何とも微妙なマッチメイク」だと、Part 1の冒頭にそう書いた。それはまさに、田中自身と陣営が、「最大のストロング・ポイント」とともに、この「試合のテーマ」を何に位置づけるのかという、本質的な問題とイコールだからだ。

パブロ・カリージョは、大方の日本のファンが思っている以上に良いボクサーである。少なくとも、以下に示す直前のオッズほど、攻防の基本的な技術とセンスに極端な差はない。

初めて来日したのは、今を去ること9年前。2014年9月のことだった。当時のランキングは、フライ級のWBA13位(階級は違うが今回もまったく同じ)。


3階級制覇を成し遂げるべく、自信満々で臨んだIBF王座への挑戦で、狡賢さに持ち味を如何なく発揮するアムナット・ルエンロン(タイ)にパワー(パンチ力+フィジカル)で遅れを取り、スピードの差も殺され惨敗した井岡一翔の再起戦に抜擢された。

フライ級での初白星を鮮やかなKOで飾り、一翔健在を強力にアピールしなければならない。L・フライ時代の強さを再現するべく、105ポンドでも小さな部類に入る154センチの短躯を見込まれ(?)、カリージョは蒸し暑さが残る初秋の東京を訪れる(会場は後楽園ホール)。

ところが、リングに上がった小兵のコロンビア人が存外に巧い。動きそのものがスピーディで反応も良く、簡単にクリーンヒットを許さない上に、カウンターを狙い続けて気が抜けず、井岡が少しでも手と足を止めると手数をまとめてくる。

ノックアウトの夢よもう一度・・・体格差を有効な武器として、得意の左ボディを軸に手堅くラウンドをまとめたものの、ダウンも奪えないまま試合終了のゴングが鳴った。

判定は大差の3-0で問題のない勝利ではあったが、「階級の壁」に捕まったとの印象がより鮮明となり、先行きへの不安が重く圧し掛かる。


その後カリージョは確かな技術とメンタル・タフネスを買われ、スパーリング・パートナーとして大阪に呼ばれると、翌2015年11月には井岡ジムと正式に契約。日本に活動の拠点を移すことを公表。

渥美ジムに所属していたS・ウェルター級の日本王者、野中悠樹(当時37歳)の移籍も同時に発表され、熱心なファンの間ではそれなりに話題になっていた。

12月27日に阿倍野区民センターで行われた興行で、タイ人アンダードッグを4回KOに下して初戦を終えると、2016年4月,同じく12月の興行(EDIONアリーナ/風間ジム主催のローカル・イベント)に出場していずれも勝利を収めたが、2017年の早い時期に離日する。


カリージョが望んでいたのは世界タイトルへのチャンスメイクであり、タイとフィリピンから呼ばれた無名選手との3試合で1年が過ぎてしまい、モチベーションに影響したであろうことは想像に難くない。

叔父の井岡弘樹(国内史上最年少かつ元2階級制覇王者)から会長職を引き継いだ井岡一法トレーナー(実父)に脱税騒動が持ち上がり、愛人問題なども取り沙汰されるなど醜聞に塗れ、一翔との対立が表面化(国内引退→再起・渡米の引き鉄に)したことも無関係ではないと思われる。

帰国したカリージョは、母国で地道にローカル・ファイトからリスタート。2019年以降は、S・フライ級を主戦場にしてキャリアを継続。


同胞の元コンテンダー,ロナルド・ラモス、高山勝成に勝ち、井岡と中谷潤人に大善戦したフランシスコ・ロドリゲス・Jr.(井岡には事実上の勝利)、同胞の中堅ホセ・ソト、大ベテランの4冠王ドニー・ニエテスに敗れた他、ノースカロライナの黒人選手ドウェイン・ビーモンとWBC米大陸王座を争ってテクニカル・ドローに泣くなど、ここ一番で勝ち切れない恨みは残るが、ポイントは別にして判定まで持ち込んだ試合でワンサイドの負けはない。

12年を超えるプロ生活で8度の敗戦を記録しているが、KO(TKO)されたのはアウェイのメキシコでやったロドリゲス戦のみ。本当に効かされて防戦一方に追い込まれたのも、ロドリゲス戦だけと言っていいだろう。


1日違いで復帰戦を迎えた京口紘人(ワタナベ)にも言えることだが、この試合にオッズが付いていることに驚く。

Kosei Tanaka vs Pablo Carrillo
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bet365
田中:-1613(約1.06倍)
カリージョ:+750(8.5倍)

<2>FanDuel
田中:-1200(約1.08倍)
カリージョ:+670(7.7倍)

<3>ウィリアム・ヒル
田中:1/14(約1.07倍)
カリージョ:7/1(8倍)
ドロー:20/1(21倍)


両選手の実績の違い、大きく開いた体格と年齢の差を考えれば、この数字も致し方のないところ。ただ、サイズの不利をカバーするカリージョのテクニックとインサイドワークに顕著な錆付きは見られず、田中も戦術選択を間違えると、想定外の苦闘を強いられかねない。

井岡にグウの音も出ないほど叩きのめされた後、丸1年の間隔を開けて再起(2021年12月/名古屋国際会議場)。115ポンド国内トップの一角,石田匠(井岡)を僅差の2-1判定にかわすと、昨年6月29日には、WBOアジア・パシフィック王座を保持する橋詰将義(角海老宝石)に挑戦。

およそ9年ぶりとなる後楽園ホールで、長身サウスポー(170センチ)の橋詰を鋭い左右のコンビネーションで圧倒。立ち上がりにいきなりロングの左ストレートを合わせられ、一瞬ヒヤリとさせられた以外、ワンサイドで打ちまくって5回TKO勝ち。

112ポンドのラストマッチで、ウィグル出身のウラン・トロハツを見事な左アッパーのダブルで即決KOして以来、2年半ぶりとなる手応えに思わず笑みがこぼれる。

地力とスピードの差は明白で勝利を疑う余地はどこにも無かったけれど、顔を大きく腫らすこともなく、無傷で試合を終えたことが、田中の今後を心配する取り越し苦労のファンにとって何よりの朗報だった。

しかし、終了直後のリング上でマイクを片手に王座復帰への思いを語る言葉に、小さからぬ懸念材料も・・・。


「ディフェンスは完璧には程遠いけど、自分のボクシングはやはり攻めて攻めて、泥臭く攻め抜くこと。スピードを武器にして、これからも攻め続けます。」


その懸念と不安を抱えたまま、昨年暮れのヤンガ・シッキポ(南ア)戦へと時計の針は進む。

Part 1で触れた通り、9月上旬から長期の渡米を敢行。10月8日にカリフォルニア(カーソン/ディグニティ・ヘルス・スポーツセンター)で行われたフェルナンド・マルティネス(亜)とジェルウィン・アンカハス(比)のリマッチをリングサイドで観戦した田中は、橋詰ほどではないにしても、自分より大きなシッキポ相手に打ち合いを挑み、3-0の判定を手繰り寄せる。


左眼に軽い青タンを作り、瞼を小さくカットしたのは余計だったが、この試合でも大きく顔を腫らさずに終えられたのが一番。

好戦的なスタイルに変わりはないけれど、無謀としか言いようのない井岡戦のワンパターンの猪突猛進からは脱したように見える。

シッキポ戦で逃したKOをモノにして、世界戦に弾みをつけたい。少々打たれても、フィジカル・アドバンテージで押し切ってしまえばいい。その為に、下の階級から上げた小さなベテランをわざわざコロンビアから調達したのか、手堅くしぶとい崩れにくさに着目して、長い技術戦と神経戦を耐え忍ぶ術をブラッシュアップしたいのか。

小柄だが手強いカリージョを呼んだ真意は、いったいそのどちらなのか。いや、どのどちらでもないという、最悪のシナリオ(井岡戦同様何も考えていない=普通にやれば問題ない)が無いとも言い切れない・・・?。


スピードだけなら、間違いなく国内屈指。尚弥と拓真の井上兄弟も、身体と手足の速さでは田中に半歩譲る。それほどのボクサーが、何故出はいりのボクシングに活路を求めないのか。

現代日本のボクシングに七不思議があるとすれば、その筆頭に挙げるべき難題。最も適切な解は、判定勝負を前提にしたイン&アウトでしか有り得ない・・・と考えるのだが・・・。


◎田中(27歳)/前日計量:116ポンド(52.6キロ)
前WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:19戦18勝(10KO)1敗
世界戦通算10戦9勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
右ボクサーファイター


◎カリージョ(34歳)/前日計量:115.75ポンド(52.5キロ)
戦績:38戦28勝(17KO)8敗2分け
身長:154センチ
右ボクサーファイター


■超えるに超えられない「年齢の壁」

ヘイニー vs ロマチェンコ、C・キャメロン vs K・テーラー、アリムハヌリとローリー・ロメロのタイトルマッチ、再起戦を延期した真の天才ヴァージル・オルティズ、拳四朗との統一戦に続いて、大事な復帰戦に臨む京口紘人などなど・・・。

少しづつ書き進めてきたプレビュー記事を、次から次へと落とし続けている。「階級の壁」ならぬ、「年齢の壁」がど~んと眼前に居座りどうすることもできない。

3日程度の徹夜なら、どうにでも乗り切れた30~40代の気力と体力は望むべくもなし。わけても深刻なのが集中力の減退。

昼も抜きでトイレにも行かず、朝から晩まで頭と身体を動かし続けられたのに、酷い時には数分おきに、ブツブツと音を立てて集中が途切れる。

これこそが「寄る年波」の実体なのか。



カテゴリ:
■5月21日/パロマ瑞穂アリーナ,名古屋市/52.6キロ(116ポンド)契約10回戦
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)



◎「階級の壁」は克服できたのか? - 井岡一翔戦を振り返る

2020年の大晦日決戦で井岡一翔に無残なKO負けを喫した田中は、テストマッチ無しで挑んだS・フライ級での手痛い初黒星について、「(4つ目の階級で)初めて”階級の壁”を感じた」とも語っている。

国内引退を経て渡米を敢行した後、115ポンドでワールドクラスを相手に4戦(海外で2試合)をこなしていた井岡は、大幅なリバウンド込みの計画的な調整を自分のものにしつつあり、本番当日の井岡は上半身が一気に厚みを増す。

右ストレートでクリーンヒットを奪い、快調な滑り出しに見えた田中だったが、分厚く膨らんだ井岡の上半身は、高く保持されたガードの効果も相まって容易に崩れず、105~112ポンドで決定的な場面を創出した破壊力を発揮しない。

ジャブとフットワークを増やしながら、最大のストロングポイントとも言うべきスピードを前面に押し出し、長期戦を覚悟した仕切り直しに出るのかと思いきや、短兵急かつ単調な正面突破をリピートするのみ。


じっくりカウンターで待ち構える井岡の術中に、むざむざ自分からハマり込む愚を犯した田中は、ドンピシャのタイミングで左フックを合わせられ、腰から仰向けに崩れ落ちた後も戦術を修正することなく、ひたすら自滅の道をまい進した。

ムキになって振るう田中の左右は井岡の顔面やボディをまともに捉えてはおらず、高いガードをすり抜けて着弾するのは、スピード&タイミングに注力したショートのストレート系なのだが、強引な強振から確実に当たるショートパンチへとシフトする意識,落ち着きと冷静さが、この日の田中には微塵も感じられない。

そしてその田中を上手にコントロールして適切な修正へと迅速に導くコーナーワークを、斉(ひとし)トレーナーと畑中会長も持ち合わせていなかった。力で制圧することしか頭にない田中は、井岡にとっておあつらえ向きの獲物,ネギを背負ったカモと化して行く。


破綻の前兆は第4ラウンド。開始15~16秒を過ぎたところで、ジャブでの駆け引きの最中、田中がリードの左をフワっと緩く遅いフックで振った瞬間、井岡も同じ左フックを、緩いけれども田中よりは素早くシュンと振り返した。

互いに当てる意思はまったくなく、けん制半ばの探り合い。ただ、印象的だったのは、打ち終わりの両者の態勢である。両拳を腰の位置まで下ろし、完全にノーガードの田中に対して、井岡は両拳で頬を挟むようにしつつ、顎もしっかり引いてセミクラウチングを保持していた。

時間にすれば僅か1~2秒。がしかし、トップレベルのボクサーの中には、本当に僅かなこの隙を見逃すことなく、決定機を見出し勝負を決めてしまう手練れが少なくない。一流の一流たる所以である。

もっとも、この時点では田中に致命傷を与えた左フックの準備、カウンターのタイミングを測る予備動作と言い切れるまでの段階になかった。


様子が明らかに違ったのは、その直後。20秒を経過した頃、小さく軽い左をチョンチョンと突いて距離を詰める田中に、井岡が鋭く右のショートストレートで被せる。105ポンド時代の初防衛戦で、ヴィック・サルダールに再三狙われたパンチ。

井岡は小さなダックで身体を沈めた後、上体を浮かび上がらせる動作と一体化させて放つ。これをまともに食らった田中は、一瞬ガクンとなってガードが解け、追撃のジャブを真正面から食らった。

そのまま赤コーナーへ後退するが、井岡がさらに続けるジャブをかわしざま、完全にコーナーに下がり切る前に左へ回り込んだのは流石。しかし、井岡はここでもけっして打ち急がず、しっかり田中を観察しながら斜めにリングを横切り、遅れることなく着実に田中を追う。


フェイントを交えながら井岡が振るった左アッパーに合わせて、ヒラリと身を翻しリング中央へ戻る田中。秀逸なプレッシャーの捌きとムーヴィング・センスに思わず感心したが、手(左のリード)が出ない。ダメージと言うよりは、先ほどの右ショート,綺麗なクロスカウンターの副次的効果。抑止力と言い換えてもいいだろう。

圧力を嫌がる田中が両腕をダラリと下げ、ノーガードで挑発半ばに膝と身体を柔らかく揺らし、「ほら、打ってみろよ(カウンターを匂わす仕草)」と表情で威嚇しながらじわじわと後退する。

己の余計な緊張を解すだけでなく、井岡のプレスを散らしてその場の空気を変える意味もあるが、当然井岡は動じない。すると手を出さずに雰囲気だけで圧を増し、前に出ようとする井岡に対して、左から突っかける田中。ハンドフェイントの軽い左から一気に強い右を振って踏み込み、再び左ジャブ。

これに反応してダックする井岡に下から右アッパーを刺し込み、顔面への左フック、さらに左ボディの脇腹打ち。一切の無駄なく的確に急所を連続的に狙う見事な連打。ところが、井岡はこの素晴らしいコンビネーションをすべて防ぐ。

右アッパーはガード(両拳=グローブ)でカット。返し(追撃)の左フックには、左サイドへ身体を倒して対応しながら、右肘でしっかり脇腹をカバー。田中のコンビネーションがボディまで続くことを完全に理解したディフェンスワークであり、キャンプで反復練習を徹底してきたに違いない。

今度は井岡が身体を返して間を作った訳だが、ここでまた両者は一瞬正対して向き合う。やはり両拳で顎を守る井岡に対して、胸の前に左右の拳を合わせるように置き、無防備に顔面を晒す田中。井岡が顎を引いてセミクラウチングを堅持しているのは、言うまでもない。まるで上述したシーンの(悪い)デジャヴ。


そして40秒付近。鋭く強いダブルジャブを放つ田中(この連射は良かった)。さらに右から左の逆ワンツー。貰ってはいないが、間を置こうと左サイドへ回りながら下がり、中間地点でロープを背負う井岡。

ここは田中もカウンターを警戒して踏み込みを躊躇。左のハンドフェイントでけん制すると、すかさず井岡が踏み込んで左ジャブを1発。だが、これは井岡が仕掛けた巧妙な罠。

呼応した田中がダブルジャブから右へつなぐも、井岡はステップバックで今一度ロープを背負い、完全に届かない距離での空振り。これも田中を誘うことを目的にした二重のトラップ。


田中は勇気を奮って踏み込み、フェイント気味の左ジャブから右フックを狙うと、井岡が鋭角的な右ショートを一閃。ラウンド序盤に田中を下がらせた右クロスを、左リードではなく強く振る右フックに合わせた。

これが抜群のタイミングでヒット。思わず田中が大きく二段階の後ずさり。前に出る井岡、を押し返そうと、田中が左ジャブ→右フックのパターンを繰り返す。井岡はこの左に合わせて大きな右クロスを被せたが、顔を左肩の方向に傾けてかわしながらツーの右。

井岡はこの右を待っていたかのように、右クロスから途切れることなくごく自然に左フックを振った。田中が明らかにヒットを狙って力を込めているのに対して、井岡はじっくり構えてタイミングを測っている。


時間はちょうど50秒に差し掛かり(TV画面の表示:2分11秒/ダウンカウント方式)、田中のワンツーと井岡の右クロス→左フックともに当たっていない。

打ち終わりの態勢は、ここでもガードをきちんと保持する井岡とは対照的に、両腕がベルトラインより下に落ちて顔面をがら空きにする田中。

「ああ・・・。井岡は生命線の右だけじゃなくて、左フックのカウンターも狙っている。田中は少し頭を冷やした方がいい。井岡を甘く見過ぎている。」


この場面を見て、素直に危ないと思った。攻め急いでも何1つ良いことはない。田中にステップインを迷わせるのに充分な効力を持つ右のショートは勿論、左フックもタイミングは合っていた。後は距離を調整するだけ。

このすぐ後、田中がジャブからワンツーを連射して井岡を赤コーナーに下がらせた。放った連打は9発で、最後の右は井岡の顔面に届いてはいたが、カバーリングを怠らずに芯を食わせてはいない。

そして連射を受けて後退する際、井岡はオフ・バランスにならない程度に上体をそらし、これだけでヒットポイントをずらしてしまう。田中は上体が伸びてパンチに体重が乗り切らず、井岡は慌てることなく耐えられる。


攻勢を取る田中の見栄えがより良く見えた方もおられるだろうが、ペースを握っているのは井岡であり、”動かされている”田中には余裕がない。このまま行ったら、田中の勝ちはないと確信するしかない。

だとしても、第5ラウンドの痛烈なノックダウンは想像をこえていた。危険な間合いとタイミングで井岡のカウンターを幾度となく浴びるだろうが、驚異的な心身のタフネスでフル・ラウンズを持ち応えるだろうと・・・。


田中の最も優れた特徴,長所について、スピード(身体と手足)を挙げるマニアは少なくない(私も含めて)。しかし、プロ入り後の田中は好戦的なファイト・スタイルを好み、被弾覚悟の打ち合いにのめり込む場面も多かった。

105ポンドの世界タイトルは、口さがない言い方で申し訳ないが、国内最速奪取記録(井上尚弥の6戦目)の更新と、「数を揃える(複数=多階級制覇)」為に無理な減量を押して獲得したもの。初防衛戦を終えると、ベルトを返上して108ポンドのL・フライ級へ転出。

その後フライ級(112ポンド上限)へ上げてもなお、3階級を獲った木村翔(青木→花形)戦に象徴される、”ファイター恒成”の姿勢、パワーファイトへの傾倒は変わらないままキャリアを重ねている。


田中にパンチが無いと言っている訳ではないが、じゃあハードパンチャーなのかと言えば、けっしてそうではない。ミニマム~L・フライまでは、最終的に体格差(計量後のリバウンド込み)で圧倒することができた。

160センチ未満の小兵選手が多い105~108ポンドでは、165センチ近いタッパは大きなアドバンテージになる。


■田中のダウン経験
<1>ヴィック・サルダール(比)/2015年12月31日/愛知県体育館/WBO M・フライ級V1
※第5ラウンド終盤、強気一辺倒で前に出続ける田中が、意図も意味もまったく感じられない緩めの左リードを振った瞬間、再三貰っていたサルダール(WBO4位)の右ストレートをクロスで被せられ、腰から落ちて背中を着く。かなり効いていたが、気持ちの強さ+残り時間の少なさに救われる格好で乗り切る。続く第6ラウンド、手応えを掴んでいた左ボディで逆転KO勝ち。

<2>パランポン・CP・フレッシュマート(タイ)/2017年9月13日/EDIONアリーナ大阪/WBO J・フライ級V2
※初回開始直後(2分56~57秒)、右ストレートを肩越しに直撃されて腰を落とす。倒れた勢いで身体を反転させると、ロープ際でそのまま立ち上がりダメージはほとんどないと思われたが、試合後両眼の眼窩底骨折(当初は左眼のみと発表)が判明。年末に内定していたWBA王者田口良一(ワタナベ)との統一戦が吹っ飛ぶ。

ムエタイの猛者パランポンは、ランキングこそ13位と低かったが、ミニマム時代を含めて最強と表していい実力者で、田中は右眼も潰された上にバッティングで右の瞼をカット(第6ラウンド)するなど苦境に追い込まれたが、第9ラウンドに強烈なワンツーでダウンを奪い返し、そのままレフェリーストップを呼び込んだ。

後に田中自身が語ったところによると、「開始と同時ぐらいに貰ったジャブが左眼に当たって、二重に見えていた。」とのことで、眼筋マヒを併発せずに済み、重い後遺症が残らなかったことが不幸中の幸い。

そもそも論として、デビュー直後に連続KO勝ちで派手に倒していた選手でも、6回戦から8回戦、そして10回戦へと進む過程で、対戦相手のレベルが上がるに従い倒せなくなって行く。

パンチング・パワーに恵まれたリアルな強打者でも、攻防の技術と駆け引きを覚えないと、メイン・イベンターを倒し切るのは容易ではない。

1発の威力自体はさほどでなくとも、洗練された技巧と抜群のタイミングで倒すカウンターパンチャーも中にはいるが、どんなタイプとやっても決め切れるほどのボクサー(例えば往年のジョー・メデルやサルバドル・サンチェス,ウィルフレド・ゴメス等)となると、数は自ずと限られる。


田中恒成再生(すなわち4階級制覇達成)のカギは、自らのストロング・ポイントを何に位置づけるのか、その一点にかかっていると言ってもいいのではないか。

その判断さえ誤らなければ、少なくとも115ポンドにおける「階級の壁」は突破可能な筈。田中恒成のポテンシャルを大輪の開花へと結びつけるもつけないも、すべてはその一点が分水嶺になる。


◎Part 3 へ


◎田中(27歳)/前日計量:116ポンド(52.6キロ)
前WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:19戦18勝(10KO)1敗
世界戦通算10戦9勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
右ボクサーファイター


◎カリージョ(34歳)/前日計量:115.75ポンド(52.5キロ)
戦績:38戦28勝(1KO)8敗2分け
身長:154センチ
右ボクサーファイター


■田中と井岡の階級別戦績

◎田中恒成の
<1>ミニマム級(105ポンド/47.62キロ上限)
2013年11月~2015年12月:2年1ヶ月
6戦全勝(3KO)
世界戦:2戦2勝(1KO)/WBOM・フライ級王座V1

<2>L・フライ級(108ポンド/48.97キロ)
2015年5月~2017年9月:2年4ヶ月
4戦全勝(3KO)
世界戦:3戦全勝(2KO)/WBO J・フライ級王座V2

<3>フライ級(112ポンド/50.8キロ)
2018年3月~2019年12月:1年9ヶ月
5戦全勝(3KO)
世界戦:4戦全勝(2KO)/WBOフライ級王座V3

<4>S・フライ級(115ポンド/52.16キロ)
2020年12月~現在:2年5ヶ月
※武漢ウィルス禍による1年+KO負け後の1年=計2年のブランクを含む
4戦3勝(1KO)1敗
世界戦:1戦1敗


◎井岡一翔
2009年デビューの井岡の戦績を、階級別に整理すると次のようになる。
<1>ミニマム級
2009年4月~20011年12月:2年8ヶ月
9戦全勝(6KO)
世界戦:3戦3勝(2KO)
※WBCストロー級王座V2,WBAミニマム級王座統一
(日本人初の2団体統一:八重樫東に12回3-0判定勝ち)

<2>L・フライ級
2012年6月~2013年12月:1年6ヶ月
4戦全勝(3KO)
※すべて世界戦:WBA正規王座V3
(スーパー王者:ローマン・ゴンサレス)

<3>フライ級
2014年5月~2017年4月
9戦8勝(4KO)1敗
世界戦:7戦6勝(4KO)1敗/WBA正規王座V5
(スーパー王者:ファン・F・エストラーダ)
※転級第1戦でIBF王者アムナットに挑戦して初黒星
(12回1-2判定負けも内容的にはほとんど何もできず完敗)
※ロマ・ゴンも2013年5月からフライ級に参戦/L・フライ級を飛び越えて2階級制覇に成功した八重樫を破りWBC王座を獲得(2014年9月),リング誌P4P第1位の栄誉を得る(史上初の軽量級王者)

<4>S・フライ級
2018年9月~現在:4年8ヶ月/パンデミックによる1年のブランクを含む
※国内引退~渡米に至るまでに1年5ヶ月のブランク有り(2017年4月~2018年9月)
9戦7勝(2KO)1敗1分け
世界戦:8戦6勝(2KO)1敗1分け
※世界戦通算:22戦19勝(11KO)1敗

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■5月21日/パロマ瑞穂アリーナ,名古屋市/52.6キロ(116ポンド)契約10回戦
元3階級制覇王者/WBO3位 田中恒成(畑中) vs WBC13位 パブロ・カリージョ(コロンビア)



何とも微妙なマッチメイクである。田中陣営と言うか、畑中会長と斉(ひとし/実父)トレーナーの意図をどう判断すべきなのか、真意を測りかねてしまうと言ってしまえばそれまでなのだが・・・。

WBO4位の肩書きを持つヤンガ・シッキポ(南ア)を地元名古屋に迎えて、3-0の10回判定に下した前戦(昨年12月/武田テバオーシャンアリーナ)は、「世界前哨戦」と銘打たれていた。本来ならば、”4階級制覇への再チャレンジ”と行きたいところだったに違いない。

しかしながら、八重樫戦以来10年越しに陽の目を見た2度目の2団体統一戦を失敗(12回マジョリティ・ドロー)したWBO王者井岡には、同じWBOのフライ級王座を返上して階級をアップした中谷潤人(M.T.)との指名戦が指示されていた。

田中自身も、完膚無きまでに打ちのめされた井岡との再戦について、「(際どい判定の接戦ならともかくKO負けした側が)簡単にもう一度とは言えない」と語り、「挑戦」という形での実現には消極的で、「やるなら4階級制覇王者同士の統一戦」との思いが見え隠れする。


井岡相手に実質的な勝利をモノにしたWBA王者ジョシュア・フランコ(米)は、オスカー・デラ・ホーヤ率いるゴールデン・ボーイ・プロモーションズ(GBP)と良好な関係を継続していたが、2020年の途中で離反を宣言(契約を更新せず)。

アンドリュー・モロニー(豪/ジェイソンの実弟:双子)との2試合はトップランクの仕切りで戦っており、帝拳を仲介した交渉はスムーズな展開が見込める筈だが、井岡が中谷との指名戦を蹴ってしまい、WBOタイトルを放棄。フランコとのダイレクト・リマッチに動く。

井岡の返上で空位となったWBOのベルトは、今週末、MGMグランドのメイン・アリーナで中谷とアンドリューが争う(ヘイニー vs ロマチェンコのアンダーカード)。

クラス最強と目され、緑のベルトを保持するファン・F・エストラーダは、昨年12月3日にロマ・ゴンとの因縁に終止符を打つと、大晦日の井岡 vs フランコ第1戦のリングサイドに姿を現した。

ところが結果は期待に反するものとなり、井岡の勝利を前提にした日本国内での3団体統一戦(WBA・WBC・WBO)は水の泡と消える。


加齢と勤続疲労の影響が忍び寄るエストラーダ(今年の4月で33歳になった)は、ロマ・ゴンとの2試合で総額150万ドル(PPVインセンティブ込み)を得たとされ、大きな注目が集まる統一戦でないと日本への招聘(地上波での中継)は難しい。

田中自身は渡米について何の抵抗もないだろうし、むしろ望むところだと推察するが、畑中会長は2度目の挑戦を失敗した時のリスクを懸念する。田中を後援してきたCBC(中部日本放送)も同じ筈。

エストラーダ,中谷,フランコ,井岡との再戦等々、田中を含めた115ポンドの趨勢は、ファンの関心を惹かずにおかない好カードが目白押しではあるものの、キャリアを決定的に左右する恐れを孕む。


こうなると、田中のターゲットは自ずとIBFのタイトルに絞られる。この階級の赤いベルトは、攻防兼備のフィリピン人サウスポー,ジェルウィン・アンカハスが、2016年9月の獲得以来、足掛け5年5ヶ月に渡って9度もの連続防衛に成功。

磐石の安定政権を維持してきたが、正式契約を結んだWBO王者井岡一翔との統一戦(2021年の大晦日興行)が、しぶとく流行を繰り返す武漢ウィルス禍(第8波:2022年10月~2023年1月)によって流会となり、延期・仕切り直しを切望する井岡陣営に対して、「いつになるのかわからない日本国内の鎮静化を待つことはできない」と通告。

節目となる10度目の防衛戦(昨年2月/ラスベガス・コスモポリタン)で、伏兵フェルナンド・マルティネス(亜)によもやの0-3判定負け。

もともとキツめのプレスを不得手にする傾向はあったものの、公称157センチの小兵がウソのような波状攻撃に押し負けてしまう。もともと120ポンドのS・バンタム級でデビュー(2017年8月)した後、S・フライ~バンタム級を行き来しながら無傷の13連勝(8KO)をマーク。


2008年のユース世界選手権の代表に選ばれ、シニアに進んでからはWSB(World Series of Boxing)の契約選手になるなど、アマチュアでの経験も豊富(戦績詳細は不明)だが、プロの世界では国際的な認知は皆無に等しい。

国内王座とWBCシルバー王座を経て、短期間で挑戦に漕ぎ着けたマルティネスは、云わば遅れてやって来た30歳のプロスペクト。勝利を予想しろと言う方に無理がある。

だがしかし、百聞は一見にしかず。スムーズにアンカハスの動き出しに反応しつつ、隙あらば瞬時に踏み込み、キレのいいショートを鋭く打ち込むマルティネスは、適時スタンスを左右に入れ替え(スイッチ)ながら、じわじわと圧力を強めて行く。

時折り振るう思い切りのいいフックは、力感に満ちてスピードも充分。スペイン語で「火成岩(火山の噴火で噴出したマグマが冷えて出来る岩)」を意味する「プミータ(Pumita)」のニックネームに相応しい。


ディフェンスそっちのけのイケイケどんどんではなく、安易に貰わないクレバネスと攻防のテクニック、アンカハスの疲労度をしっかり把握する冷静と俯瞰も併せ持つ。ボディアタックを軸に中盤盛り返すアンカハスに対して、無駄打ちを極力避けてスタミナを温存しながら、フィジカル&パンチング・パワーの強味を発揮。

後半に差し掛かる頃には典型的な消耗戦,白兵戦の様相となり、クロスレンジにおける精度でも歴戦の王者を上回って行く。

アンカハスも懸命に手数を返して前に出ようとするが、生来の打たれ強さに加えて、マルティネスはカバーリングと細かいボディワークで芯を食わない術に長けている。そして苦しい中でも圧力をかけ続ける精神力と粘り強さで、アンカハスをスローダウンへと追い込む。

簡単に退き下がることなく、クリンチに逃げずに果敢に打ち合う両雄は、最後の最後まで勇者であり続けた。ファイト・オブ・ジ・イヤーに選出されてもおかしくない激闘は、ダイレクト・リマッチに十二分に値する。


昨年10月、カリフォルニア州カーソンに舞台を移した再戦では、ジャブとステップのヴォリュームを増やし、クリンチワークも駆使して接近戦の回避に務めるアンカハスに対して、踏み込みの勢いとプレッシャーのレベルを一段引き上げ、強打の数を増やして攻め込むマルティネスの積極性が目立った。

アンカハスのパンチも当たっていない訳ではないが、マルティネスの攻勢を押し止めるまでには至らず、手数を伴って追いかけ続けるプミータが中盤までに流れを掌握。後半にかけてのストップも想定される展開となったが、アンカハスも意地を見せる。

第1戦と同様自ら前に出て、ハイリスクな接近戦に打って出たアンカハス。マルティネスはペース配分も兼ねた駆け引きの応酬で休みながら、必要に応じたパワーショットで見せ場を容易に譲らない。


第9ラウンドに強めのプレスを再開すると、アンカハスは退き気味にカウンター狙いの態勢で時間稼ぎ(マルティネスの前進を少しでも止める)。だが、機を見てマルティネスが攻め始めると、アンカハスは防戦に追われて反撃する余裕がない。

11ラウンドには飛び込むプミータとアンカハスの足が絡まり、新チャンプが転倒。「すわ、ダウンか?」と場内が沸くも、主審のエドワード・エルナンデスは判断を誤らなかった。

第1戦以上に差が開いた3-0判定でマルティネスの手が挙がり、リングサイドで観戦していた田中(9月上旬から渡米/シッキポ戦に備えた長期のスパーリング合宿を敢行)は、「プレッシャーとパワーにどうしても目が行くけど、実はディフェンスが上手い。強いチャンピオン」だと評価しながらも、「崩しようはあると思った。いけそうかな」と自信を述べている。


マルティネス陣営との間でどこまで本格的な交渉を持ったのか、あるいは持たなかったのか。そこは完全に藪の中でわからないけれど、陣営は「中谷 vs A・モロニー」,「フランコ vs 井岡2(6月24日/大田区総合体育館)」の結果を待つことにした。

最終的なターゲットが誰になるのかは別にして、秋~年末にかけての再挑戦を目指し、田中はハードワークに自らを駆り立てている。


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◎田中(27歳)/前日計量:116ポンド(52.6キロ)
前WBOフライ級(V3/返上),元WBO J・フライ級(V2/返上),元WBO M・フライ級(V1/返上)王者
※現在の世界ランク:WBA4位・WBC4位・IBF3位
戦績:19戦18勝(10KO)1敗
世界戦通算10戦9勝(5KO)1敗
アマ通算:51戦46勝(18RSC・KO)5敗
中京高(岐阜県)出身
2013年アジアユース選手権(スービック・ベイ/比国)準優勝
2012年ユース世界選手権(イェレバン/アルメニア)ベスト8
2012年岐阜国体,インターハイ,高校選抜優勝(ジュニア)
2011年山口国体優勝(ジュニア)
※階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:167センチ
※井岡一翔戦の予備検診データ
右ボクサーファイター


◎カリージョ(34歳)/前日計量:115.75ポンド(52.5キロ)
戦績:38戦28勝(1KO)8敗2分け
身長:154センチ
右ボクサーファイター


■TV中継
<1>地上波:CBC(中京地域限定):13時56分~生中継
※番組公式ホームページ
https://hicbc.com/tv/soulfighting/

<2>動画配信:Locipo(ロキポ):午後12時~LIVE配信
有料:1000円
※公式サイト
https://locipo.jp/

・配信:5月13日(土)12時~5月21日(日)14時
・5月27日(土)~有料見逃し配信予定
・セミファイナルの畑中建人(畑中) vs チャワドン・ムアンスック(タイ)戦を含む

※Locipo番組配信ページ(コンテンツ無し/新規会員登録へのナビゲーション)
https://locipo.jp/premium/live/720b1a1a-f974-49d9-8686-c31491394cb7

試合会場について


試合会場として選ばれた「パロマ瑞穂アリーナ」は、名古屋市瑞穂区にある「瑞穂公園」内に建設された屋内競技場で、2021年6月にオープンしたばかり。3つ(第1~第3)の異なる規模の体育館を備えている。

今回使用されるのは、最も大きい第1競技場(1,144席+車椅子用14席)だと思われるが、体育館の真ん中にリングを設営して、その周囲にパイプ椅子を並べたリングサイドを作る一般的な手法で、2000名近い収容を計画しているのではないか。

※6月26日(土)『パロマ瑞穂アリーナ』がオープン!
2021年6月26日/「みずほん(瑞穂区情報ページ)」
https://mizuhon.com/paloma-mizuho-arena-open-info/


アリーナは元の名称を「瑞穂公園体育館」といって、「名古屋市教育スポーツ協会(公益財団法人)」が所管していた。

公園は無料で開放されているパブリック・スペースと、陸上競技場や野球を主としたグラウンド、ラグビー場等をからなる有料の体育施設で構成され、有料の運動関連部分を「瑞穂運動場」と呼称していた。

地元瑞穂区を代表する企業の「パロマ(有名なガス器具メーカー)」が、2015年から導入されたネーミング・ライツを獲得。以来、「パロマ瑞穂スポーツパーク」と名称変更されている。

「瑞穂運動場=パロマ瑞穂スポーツパーク」は、2026年秋に愛知県で開催が予定されている「アジア大会(Asian Games)」の主要競技場として位置づけられ、アリーナの建設も全面的なリニューアル事業の一環として行われた。

リニューアル事業はいわゆる「官民連携」方式で、「PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)」に分類されている。

事業(総額約500億円)を落札した竹中工務店を中心とした入札参加企業(美津濃,日本管財,新東通信等:PFIではコンソーシアムと呼ばれる)により、運営会社(SPC:Special Purpose Company/特別目的会社=PFI事業のみを行うペーパー・カンパニー)を設立し、スポーツパークの公式ホームページもSPCが直接運営を行っている。


■関連サイト
<1>パロマ瑞穂スポーツパーク公式サイト
https://mizuho-loop.jp/

<2>施設案内
https://mizuho-loop.jp/equipment/

<3>パロマ瑞穂アリーナ・第1競技場
https://mizuho-loop.jp/equipment/equipment03/

<4>名古屋市教育スポーツ協会公式サイト
https://www.nespa.or.jp/

<5>施設案内・パロマ瑞穂アリーナ
http://nespa.or.jp/shisetsu/mizuho_arena/facility.html

<6>旧パロマ瑞穂アリーナ公式サイト
http://nespa.or.jp/shisetsu/mizuho_arena/

※教育スポーツ協会が立ち上げたサイトで、現在は自動的に<1>に遷移する。PFI事業の満了まで、現在の体制が維持される。


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