クールボーイはリアル・モンスターを一蹴できるのか? - S・フルトン vs 井上尚弥 直前プレビュー -

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■7月25日/有明アリーナ/WBC・WBO統一世界S・バンタム級タイトルマッチ12回戦
統一王者 スティーブン・フルトン(米) vs 前4団体統一バンタム級王者/WBC・WBO1位 井上尚弥(日/大橋)



まるで予期しなかった場外乱闘にいささか驚きもしつつ、フルトンのコーナーを預かるチーフ・トレーナーの軽率極まる振る舞いに半ば呆れもしながら、2023年下半期の開幕を飾る大注目のタイトルマッチが本番当日を迎えようとしている。

ルール・ミーティングでまたひと悶着ありそうだが、フルトンのクリンチ&ホールドと髭について、井上陣営は臆せず突っ込んで欲しい。バンテージの騒動については、後ほど私見を述べようと思う。


まず最初に、スポーツブックのオッズを確認。

◎本日7月24日時点
<1>BetMGM
フルトン:+260(3.6倍)
井上:-350(約1.29倍)

<2>betway
フルトン:+320(4.2倍)
井上:-400(1.25倍)

<3>Bet365
フルトン:+300(4倍)
井上:-400(1.25倍)

<4>ウィリアム・ヒル
フルトン:10/3(約4.3倍)
井上:2/9(約1.2倍)
ドロー:16/1(17倍)

<5>Sky Sports
フルトン:11/4(3.75倍)
井上:2/7(約1.29倍)
ドロー:12/1(13倍)


◎7月16日時点
<1>BetMGM
フルトン:+260(3.6倍)
井上:-350(約1.29倍)
※MGMは既に締め切り済み

<2>betway
フルトン:+240(3.4倍)
井上:-300(約1.33倍)

<3>Bet365
フルトン:+255(3.55倍)
井上:-361(約1.28倍)

<4>ウィリアム・ヒル
フルトン:11/4(3.75倍)
井上:2/7(約1.29倍)
ドロー:14/1(15倍)

<5>Sky Sports
フルトン:9/4(3.25倍)
井上:4/11(約1.36倍)
ドロー:16/1(17倍)

米・英ともに、本番が近付くにつれて若干ではあるが差が拡大した。米国内の現役選手とトレーナー,関係者も含めて、前評判は概ね井上有利に傾いている。延期の原因となった拳の故障も、さしたる影響を与えていないようだ。

直近の試合(井上:バトラー戦,フルトン:D・ローマン戦)のパフォーマンス(※後述)も、まるっきり無関係ではないのかも知れないが、これを当然と見るか、意外と捉えるかは人それぞれ。

私はと言うと・・・少し意外。井上有利の場合でも、数字はもっと接近すると思っていたし、僅少差でのフルトン支持も有りかなと。


フルトン自身やフルトンに近い現役ボクサーが揃って口にした「体格差」だが、NHKが製作したドキュメンタリーの中で紹介されたアザト・ホヴァニシアンとのスパーリング映像や、井上のTeitterから拡散したアダム・ロペスとのスパー映像は勿論のこと、大橋ジムの公式SNSに時折りアップされる各種のスパー映像に加えて、ジェネシス・セルバニアと行った2度の公開スパー等を見る限り、122ポンドでも大きな不安材料になることはまず無いだろう。

フライ級をすっ飛ばしていきなりナルバエスにチャレンジした当時や、J・バンタムからバンタムに上げた頃と比較すると、有り難いことに私たちに提示されている情報量が違う。

これまで井上は。普段の体重が62~63キロ前後(136~139ポンド前後:S・ライト級)だと、幾つかのインタビューやTV出演時に語っていたが、フィジカル強化によって64キロ(141ポンド前後:ウェルター級)に増えたと明かしている。
※渡嘉敷勝男&竹原慎二&畑隆則のぶっちゃけチャンネル
 Vol.337【大橋会長と呑みトーク第1章!】大橋会長のご厚意でフルトン戦前の井上尚弥と対面!(6月1日公開)
https://www.youtube.com/watch?v=tDWbQjPG8Dc


バンタム級時代はリミット上限の53.5キロまでおよそ10キロ落としていたのが、55.3キロのS・バンタム級に上げても、9キロ超を絞らなくてはならない。

もっとも、ボクサーの減量で一番キツいのは「最後の数百グラム」と昔から言われてきている。追い込みのキャンプが佳境に入り、心身ともに厳しさを増す同じ時期に、減量も過酷さを増す。

1日の練習で落ちる体重よりも食べる量と補給する水分を少しづつ減らしながら、ハードワークを継続してベストな状態に仕上げて行く。


経験を積んだボクサーは、早朝のロードワークと午後(仕事を持っている場合は夕方~夜)のジムワークでどのくらい体重が落ちて、一晩の睡眠でさらに落ちる体重をグラム単位で把握している。

減量の進捗に伴い、余分な脂肪が絞れて徐々に落ちなくなって行く。最後はせっかく練習で付けた筋肉量を削り落とし、それでもリミットに届かなければ、スパーリングを打ち上げた後の最後の数日(長ければ1週間程度)を、本当に飲まず食わずで耐えなければならない。

汗が出なくなると、ガムを噛んで僅かな量の唾を出して水分を抜くが、それも遅かれ早かれ効果を失う。食べずに可能な限り身体を動かすと言っても、人間である以上どこかで限界に達して動けなくなる。

そこでいよいよサウナの登場となる訳だが、これが昭和~平成のプロボクサーの体重調整と言って間違いない。カロリーではなくグラムで自分の体重を管理する選手が主流だったように思う。

BBBofC(英国のコミッション)が試合直前のサウナを禁止(発覚するとサスペンドの対象となりカシメロのように出場が認められない)したのは、医学的かつ合理的な理由に基づく判断なのだが、JBCはサウナの使用を容認する立場を変えていない。


昨今日本国内でも当たり前になってきた「ドライアウト(計量直前の水抜き)」は、ある程度の体重を維持したまま追い込みのピークを乗り越えられることに加えて、計量後のスムーズなリバウンドを促進するプラスの効果がある反面、目立って増えたウェイト調整失敗の直接的な原因として指摘される場合もある。

過去に放送されたドキュメンタリーやインタビューなどで確認する限り、井上は少しづつ落とす伝統的なやり方を主にしながら、最後の2キロ程度をドライアウトで絞り落とし、計量後の水分補給と食事で5~6キロ程度戻しているようだ。

例えばドネアのように、キャンプにフィジカルの専門家を帯同・常駐させて、対戦相手の特徴に合わせてリバウンドのボリュームを変える(5,6キロ~最大10キロ超!)選手もいるが、井上は階級を上げて年齢を重ねても、戻すウェイトはほとんど変わっていない。


来日して井上の破壊的なパワーに蹂躙された大型のマクドネル(身長175センチ)は、大きなペットボトルを常に携帯してミネラルウォーターを飲み続け、「確信犯の体重超過」を疑われてトレーナーが本気で怒っていた。

計量当日別人のようにゲッソリとやつれて会場入りしたマクドネルは、無事にバンタム級リミットをクリアした後、一晩で12キロも増やしてニュースになっていたが、かなり大胆なドライアウトに頼っていたものと思われる。

たった1キロ。されど1キロ。思うように体重が落ちなくなってからの1キロは、ドライアウトの比重を軽減するかどうかは別にして、井上にとって大きな福音,追い風になると信じたい。

階級を上げたことによって、被弾した際の耐久性まで向上する選手を時々見受けるが、井上の場合も同じ効果が期待できると、勝手にそう考えている(都合が良過ぎる?)。





さて、チャンピオンのフルトンである。フェザー級への進出を公言していただけに、減量に苦労しているのは事実だろう。ブランドン・フィゲロアとの2団体統一戦で、フィゲロアのサイズと体力に押し込まれて苦しんだことについて、「体重調整が上手く行かず、スタミナに問題があった。」と試合後に語っていた。

「だから階級を上げる。」

分かり易い話なのだが、果たしてどこまで素直に信じるべきなのか。

好漢ダニー・ローマンを引退に追いやった直前の防衛戦でも、9ラウンド辺りからスローダウンが目に付いた。終盤11ラウンドを取ってダメを押したのは流石だと感心したが、その為の体力を温存する目的で、意図的に休んでいたとも思えない(それだけの余裕は感じられなかった)。

後半~終盤にかけてのフルトンは、はっきり言って隙が多く、ディフェンスの穴も大きくなって狙い目だ。


そしてフルトンの最も優れた特徴は、反応のスピードと細かいディフェンス・ワークにあると見て間違いない。警戒すべきパンチは、何よりもまず左ジャブ。

スナップを充分に利かせて、腕のしなり(しない)を最大限に活かして放つ。脱力しているのに、めちゃくちゃキレが良くて良く伸びる上、当たった時に威力を感じさせるのはその為だ。

手首と腕のしなり(しない)を利かせて打つという一点において、フルトンはメイウェザーと実に良く似ている。

L字ガード(フィリー・シェル&ショルダー・ロール)とディフェンシブなスタイルではなく、私が一番気になるメイウェザーとフルトンの共通項であり、攻撃面におけるフルトン最大のストロング・ポイント。


フィゲロア戦ではかなり打ち込まれていたが、両方の瞼を腫らした(いつもの事ではあるが)フィゲロアに比べると、フルトンの顔は綺麗なままだった。すなわち、まともに貰っているように見えても、僅かに首や顔の位置を動かし、肩と上体を動かすことで芯を食わない術を身に付けている。

それでも後半~終盤にかけて、自ら足を止めて打ち合いに行く時間が増えるのは、それだけ消耗しているからに他ならない。前半~中盤戦と同じ水準で、相手の攻撃を見切る集中力と反応(フィジカル)を維持できない。

日本国内のプロ関係者の中に、「早いラウンドからボディを攻めておくべき」との声があるけれど、ボディアタックは極めて重要。「厄介なフルトンの足を止める」効果以上の意味を持つ。

ラウンドの数にかかわらず、距離が詰まると敢えて深めのクラウチング・スタイルを採る場面も多いが、顔を打たれることを極端に嫌う、打たせないことを徹底していることの証左である。


ラウンドの早い遅いはともかく、どこかで井上がフルトンを捕まえると思うが、序盤はフルトンの長くて速いジャブにそれなりに苦心するだろう。不用意に接近することなく、距離とタイミングを掌握するまで慎重に行くべきだ。

比嘉大吾との公開スパーリング(エキジビション:2021年2月11日/国立代々木第一)だけでなく、普段のスパーリングや115ポンド時代の防衛戦でも見せていた、ノーガードのまま自在なフットワークで相手をいなす、モハメッド・アリや昨今流行の黒人スピードスタータイプも真っ青になるムーヴで陽動する手は有り。

左右のスイッチを混ぜるのも面白い。在米黒人ボクサーの多くが流行り病のように憑り依かれているタッチボクシングを、ここぞとばかりに全開にしてみてはどうか。


◎Camp Life: Fulton vs Inoue | FULL EPISODE



フルトンがイメージしているのは、ダニー・ローマン戦と同じ展開だと確信する。井上はローマンより速いが、S・バンタムでは小柄な部類に入るローマンよりさらに小さい。

スピード負けの心配がない(?)上に、井上は踏み込みに要する歩数が増える筈だから、充分に対応は可能。どんなに物凄いパワーパンチでも、当たらなければ意味を為さない。要はまともに貰わなければいい。それだけのことだと。

「自分の反応(スピード&シャープネス)、ボクシング・センスとディフェンス・テクニックがあればノー・プロブレム。P4Pトップのモンスターと言えども恐るるに足らず。」

自分より遅い相手が、同じリズムとテンポで正面突破を繰り返す。崩しのパターンに変化を付けるにしても、入り方のバリエーションとコンビネーション・ブローには自ずと限界があり、自然と得意な動きをリピードするだけになる。

フルトンにとって、それこそが最高最良,狙い通りの展開に違いない。そして例え相手が井上尚弥であろうとも必ずそうできると、リングに上がって開始のゴングが鳴るまでその自信が揺らぐことはない。

◎フルトンの略歴に触れた過去記事
クール・ボーイ VS ベイビー・フェイス・アサシン /4団体統一へと進むのはどっち? - フルトン VS D・ローマン 直前プレビュー -
2022年06月05日
https://blog.goo.ne.jp/trazowolf2016/e/a810653b5539db8bd9adf1ad4f7f99a6


L・フライ~バンタムの井上には、相手の意表を突いたり裏をかく必要がなかった。当たり前に自分のボクシングをするだけで、相手の心身が削られ長くは持たない。焦点になるのは、常に井上自身のコンディションのみ。

115ポンド時代、輝ける未来に暗雲となって垂れ込めた右拳の故障、過度な減量が招いた足の痙攣、1歩間違えれば宿痾となりかねない腰痛等々、解決が困難な課題・難題に次々と襲われた。

そこで出した結論が、”バンテージ職人(名人)”と呼ばれるニック永末氏の招聘と「階級アップ」であり、事実それらの諸課題を抜本的な解決へと導いている。

ところが、脱水による足の痙攣だけは118ポンドのバンタム級でも完全に解消できなかった。4団体統一を果たしたポール・バトラー戦について、試合後の取材で語られた言葉。

「ロープに詰めた後、何で連打を続けないのかと思った人もいたでしょう。3発ぐらいで止めないで、さらに打ち続ければすぐに倒れるだろうと。あれは、(脱水で)足が攣ってしまい、セーブする必要があったんです。」


最初の世界王座を獲得したアドリアン・エルナンデス戦時、第4ラウンド辺りで足が攣り始めた井上は、続く第5ラウンドには足が止まり、ボロボロになりかけていたエルナンデスに反撃を許している。

決着が着いた第6ラウンド、父の真吾トレーナーが「(足が持たないから)行かせますよ」と大橋会長に許可を求めるより早く、井上自身が意を決して勝負に出ていたのは有名な逸話。

”日本のエース”こと長谷川穂積も、バンタム級政権の後半は減量による足の痙攣に毎回悩まされていた。この問題について、122ポンドへのさらなる増量が朗報をもたらす公算は大。


「(フルトンは)井上君の本当の凄さをまだ知らない。映像で見るだけでは、井上君の本当の強さはわからない。大きなことを言っていられるのも今のうち。」

108ポンドの日本タイトルを懸けて若き日の井上と対峙し、10ラウンズをフルに渡り合った田口良一の言葉である。実際に2人の闘いを目の当たりにした私たちには、非常に強い説得力と魅力を持って直截心に響く。

◎「僕は井上くんのパンチのヤバさを味わっている」“井上尚弥を最も苦しめた男”が予想する、井上vsフルトン「正直フルトンのコワさって感じません」
2023年6月16日/Number Web
https://number.bunshun.jp/articles/-/857802?page=1


ただし、「映像で見るだけでわからない」のはフルトンも同じ。井上の突出した破壊力と高い精度,類稀なカウンターの能力に比肩し得る相手は、当たり前だがフルトンのレコードには存在しない。

同様にフルトンのサイズとスピード&シャープネス、スピードスター型の黒人に特有の反応(一瞬の速さ&鋭さ)と柔軟性もまた、井上にとっての未体験ゾーン。

立ち上がりから2~3ラウンズ、フルトンの距離とタイミングに目が慣れるまでの間、井上はこれまで以上に慎重かつ丁寧に様子を見た方がいい。タッチスタイルで裏をかくのは本意ではない筈だが、1つの選択肢として試す価値は十二分にある。


ヒラリヒラリと変幻自在にその身を翻し、左右にスイッチしながらスピードに傾注したジャブ&軽打でガードの隙間を突いては離れ、離れはまた突く。

これをやられたら、さしものフルトンも落ち着き払ってだけはいられない。目に見えて慌てたり焦ることはないだろうが、程度の差はあれ確実に動揺する。

そしてボディ。思い切り踏ん張って全体重を乗せるのは、中盤を過ぎてからでOK。序盤はそれこそタイミングだけでいい。体格差で何とか押さえ込もうと、フルトンの方から積極的に手を出し距離を詰めてきたらしめたものである。

マニー・ロドリゲス戦の再現(決着するラウンドは少し遅くなる)は勿論、ファン・C・パジャーノ(パヤノ)を失神させた芸術的なフィニッシュを見ることができるかもしれない。


という次第で、拙ブログの勝敗予想は井上。小~中差の割れた判定(3-0,2-1,2-0)になる可能性も高いが、中盤以降,後半~終盤にかけてのKO(TKO)も有り。

オフィシャルにアメリカ人ジャッジが選ばれなかったことが、吉と出るか凶と出るか。単純に希望的観測を述べるなら、黒人のアウトボクサーに有利に流れるスコアリングのトレンドに対する不安要素が多少なりとも減る。

もつれた展開のまま判定に雪崩れ込み、スコアリングを巡って紛糾しないことがベストではあるけれども。


◎フルトン(29歳)/前日計量:121.9ポンド(55.3キロ)
戦績:21戦全勝(8KO)
アマ通算:75勝15敗
2014年ナショナル・ゴールデン・グローブス準優勝
2013年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
2013年全米選手権準優勝
※階級:フライ級
ジュニア:リングサイド・トーナメント優勝
ジュニア・ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
※年度及び階級等詳細不明
身長:169センチ,リーチ:179センチ
右ボクサーファイター


◎井上(30歳)/前日計量:121.7ポンド(55.2キロ)
戦績:24戦全勝(21KO)
WBA(V7)・IBF(V6)・WBC(V1)・WBO(V0)前4団体統一バンタム級王者.元WBO J・バンタム級(V7),元WBC L・フライ級(V1)王者
元OPBF(V0),元日本L・フライ級(V0)王者
世界戦通算:19戦全勝(17KO)
アマ通算:81戦75勝(48KO・RSC) 6敗
2012年アジア選手権(アスタナ/ロンドン五輪予選)銀メダル
2011年全日本選手権優勝
2011年世界選手権(バクー)3回戦敗退
2011年インドネシア大統領杯金メダル
2010年全日本選手権準優勝
2010年世界ユース選手権(バクー)ベスト16
2010年アジアユース選手権(テヘラン)銅メダル
身長:164.5センチ,リーチ:171センチ
※ドネア第1戦の予備検診データ
右ボクサーパンチャー(スイッチヒッター)


◎前日計量


賢明な井上のことだから心配はないと思うが、バンテージ疑惑の一件が引き鉄になっていることに疑いを差し挟む余地はない。下手に熱くなって、ワンパターンの正面突破を強引に繰り返す愚だけは冒さないように。

とにかく冷静に。しっかり時間をかけて、落ち着いて丁寧にフルトンの距離とムーヴに眼を慣らして欲しい。


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■オフィシャル

主審:エクトル・アフゥ(パナマ)

副審:
リシャール・ブルアン(カナダ)
グィド・カヴァレッリ(伊)
マヌエル・パロモ(スペイン)

立会人(スーパーバイザー):未発表


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■Lemino 無料公開

<1>WBC・WBO 世界スーパーバンタム級タイトルマッチ スティーブン・フルトン VS 井上尚弥
https://lemino.docomo.ne.jp/home/recommend?utm_source=corp_service&utm_medium=owned&utm_campaign=lemino_202304_servicepage&crid=Y3JpZDovL3BsYWxhLmlwdHZmLmpwL2dyb3VwL2IxMDA4ZWU%3D

配信日時:2023年7月25日(火)開場15:45 / 開演16:00
見逃し配信期間:2023年7/25日(火) 23:00 ~ 2023年8月7日(月) 23:55


<2>【前日計量生配信】WBC・WBO 世界スーパーバンタム級タイトルマッチ スティーブン・フルトン VS 井上尚弥
https://lemino.docomo.ne.jp/home/recommend?utm_source=corp_service&utm_medium=owned&utm_campaign=lemino_202304_servicepage&crid=Y3JpZDovL3BsYWxhLmlwdHZmLmpwL3ZvZC8wMDAwMDAwMDAwX2wwbGtheTVrNDg%3D

配信日時:2023年7月24日(月)
見逃し配信期間:2023年7月24日(月) 14:30 ~ 2023年8月7日(月) 23:55

<3>【記者会見生配信】WBC・WBO 世界スーパーバンタム級タイトルマッチ スティーブン・フルトン VS 井上尚弥
https://lemino.docomo.ne.jp/home/recommend?utm_source=corp_service&utm_medium=owned&utm_campaign=lemino_202304_servicepage&crid=Y3JpZDovL3BsYWxhLmlwdHZmLmpwL2dyb3VwL2IxMDBhMGI%3D

配信日時:2023年7月22日(土)
見逃し配信期:2023年7月22日(土) 14:30 ~ 2023年8月4日(金) 23:55

<4>WBC・WBO世界スーパー・バンタム級 フルトンvs井上尚弥 タイトル戦直前特番
https://lemino.docomo.ne.jp/home/recommend?utm_source=corp_service&utm_medium=owned&utm_campaign=lemino_202304_servicepage&crid=Y3JpZDovL3BsYWxhLmlwdHZmLmpwL3ZvZC8wMDAwMDAwMDAwXzAwbGp6a2w2b2I%3D

配信期間:2023年7月19日(水) ~ 2023年8月7日(月)まで





37歳の初挑戦 /ロンドンの銅メダリストが遂に迎えたプロの花道 - R・ラミレス vs 清水聡 ショート・プレビュー -

カテゴリ:
■7月25日/有明アリーナ/WBO世界フェザー級タイトルマッチ12回戦
王者 ロベイシー・ラミレス(キューバ) vs WBO11位 清水聡(日本/大橋)





2大会連続のメダル獲得(及び3大会連続出場)を目標に掲げ、階級もライト級に上げて臨んだリオ五輪の代表選考会で、国内大本命の成松大介(熊本農業→東京農大→自隊校)に敗れた後、大橋ジムからのプロ入りを選択。

リオの本大会終了に合わせるかのように、128ポンド契約(S・フェザー級)契約の6回戦で初陣を飾ったのが2016年9月4日。

座間スカイ・アリーナの特設リングに登場した清水は、井上兄弟+従兄弟(尚弥&拓真+浩樹)の前を固める前座のトリ的な立場を担い、韓国から呼ばれた無名選手に粘られながらも、第5ラウンドに踏み込みざま(出会い頭)の左ボディを射し込み、テンカウントのKO勝ちで胸を撫で下ろした。

規格外のタッパにも関わらず、自ら距離を詰めて密着しつつ、左右のフックを上から振り下ろし、長い腕を折り畳んでボディを叩き、インサイドからショートアッパーを小突き上げる。

長身痩躯の五輪メダリストで、しかもサウスポー。鋭く長いジャブでロング・ディスタンスをキープしながら、手堅いポイントメイクにいそしむ・・・思わずテクニカルな技巧派をイメージしてしまいそうだが、清水のボクシングは流麗さやキメの細かさとは対極のインファイトに本領を発揮。

誰の目にも明らかなスピードの不足と、無駄に低くワイドに広がるガードへの不安を、ゴツンゴツンと鈍い音を立てて着弾する硬い拳で拭い去り、パワーで勝利を引き寄せていく。

デビュー時に三十路に突入していた年齢もさることながら、ほぼノーガードのままノシノシ歩いて、多少の被弾を承知の上で前進を繰り返す武骨な戦い方を間の当たりにして、「とてもじゃないが世界は無理。日本ランクで躓くんじゃないか・・・」とため息をつく熱心なファンが少なくなかった。


そんなファンの心配を他所に、強気を貫く大橋会長。4戦目で韓国人王者を5回KOに退け、首尾良くOPBF王座を獲らせると、それなりの挑戦者を選んで4連続防衛に成功。すべてKOの8連勝で世界への飛躍を煽る。

坂晃典(仲里)や大橋健典(角海老宝石)、渡邉卓也(DANGAN AOKI)に源大輝(ワタナベ)、佐川遼と竹中良の三迫勢など、126ポンドの国内トップ組みとの対戦が陽の目を見ない中、S・フェザーへの増量を試す。

完全な転級ではなく、大目標の世界タイトルに少しでも早く辿り着くべく、「可能性を探る」といったニュアンス。安全確実なマッチメイクを第一にしてきた大橋会長が、生来の勝負度胸を解放。フィリピンのハードパンチャー,ジョー・ノイナイ(この人もサウスポー)を招聘した。

126から130ポンドへと転じた関西の雄,坂に大阪で挑戦。まさかの2回TKOで坂を血祭りに上げ、WBOアジア・パシフィックのベルトを獲得したばかり。重さと切れ味を併せ持つ左右の強打は、清水に取っても十分な脅威になると思われたが、「世界を現実のものとする為には、このレベルは問題なく突破して貰わないと・・・」と、大橋会長は自らの気を引き締めるかのごとく、珍しくも厳しい調子で「本格的なテスト」への抱負を語る。


興行(2019年7月12日)のメインは、ロンドン五輪のステーブル・メイトでもある村田諒太。ラスベガスで見るも無残に打ちまくられ、御大ボブ・アラムの面前でWBAの正規王座を追われた村田が、プロ入り後初めてとなる大阪(準地元)で、文字通り進退を賭して臨む大一番。

2試合続けての大阪府立(エディオン・アリーナ)参戦に加えて、世界に照準を合わせる五輪銅メダリストが相手とあって、高いモチベーションを隠さないノイナイがスタートから攻め込む。

棒立ち状態で足が動かない清水も、「待ってました」と言わんばかりに強打で応戦するが、スピード負けがモロに響く。右ジャブをカウンター気味に貰ってフラつき、警戒していた筈の左ストレートを食らい、あっという間に2度ノックダウン。


クリンチワークも駆使して時間を稼ぎ、ストップ負けを持ち応える。戦況を立て直そうと第3ラウンドには攻勢に転じたが、左ストレートを軸にしたノイナイのパンチをかわせず、被弾が続いて右眼が塞がってしまう。

そして第6ラウンド、鼻血も止まらず右眼の状態を確認すべく主審の福地がドクターチェックを要請。ドクターは継続を容認して再開されたが、間もなく清水が自ら右手を小さく上げ、そのままノイナイに背を向ける。

すかさず飛び込んで右から左を振るうノイナイ。無防備の清水はこのワンツーで横転。背後からの攻撃だったが、主審の福地はノイナイの反則を取ることなく、清水の試合放棄による終了を宣告した。

「(主審もしくは自軍コーナーに)試合を止めて貰おうと思って・・・」

試合後語った通り、背を向けたのはギブアップの意思表示で間違いなし。グウの音も出ない完敗(惨敗)。ショッキングなプロ初黒星に、陣営は色と声を失い沈黙するのみ。

溢れんばかりの気迫と持ち前の強打を取り戻し、ロブ・ブラントを滅多打ちにしてベルトの奪還に成功した村田(2回TKO勝ち)、既にキャリアは下降線に入っていたとは言え、フィリピンの実力者ジョナサン・タコニンを問題にしなかった拳四朗(WBC L・フライ級戦V6/4回TKO勝ち)の横に並ぶことは叶わず。


「身体が重くて、思うように動けなかった。パンチは見えていたが、(反応が遅れて)かわし切れなかった。」

「動きの悪さ」は、130ポンドの調整が直接的な原因。そう取れなくもない敗戦の弁に、ファンの反応は厳しく容赦がない。

「年齢的にも限界。これ以上続けても無駄にダメージを残すだけ。」

試合後の検査で両眼窩底及び眼窩内の骨折も判明して、緊急手術と入院がそうした論調に拍車をかける。33歳を過ぎた清水は、肉体的には完全にピークアウトしており、精神的にも復帰は難しいのではないか。そうした見方が大勢を占める中、深く傷ついた胴メダリストは現役へのこだわりを見せる。

武漢ウィルス禍による興行の自粛も加わり、復帰戦は2020年7月16日。元日本ユース王者の殿本恭平(勝輝)を迎えて、保持を認められたOPBFフェザー級王座のV5戦。

初回に得意の左で2度のダウンを奪い、幸先の良いスタートと思いきや、簡単に試合を諦めない殿本の反撃を緩してしまう。このままズルズルと判定決着・・・。嫌な予感が後楽園ホールを覆い始めた第7ラウンド、懸命に前進を続ける殿本に左ボディからのストレートをヒット。

後退する殿本をコーナーに詰めて連打を浴びせ、レフェリーストップ(この試合を担当したのも福地勇治)を呼び込んだ。

眼窩底骨折が引き起こす眼筋マヒなどの深刻な後遺症もなく、以前と変わらぬ姿を披露できたのは何より。しかし、「以前と変わらぬ」ままでは念願の世界は遠のいて行く。


パンチ力に衰えは感じられないものの、打ち下ろしのフックが粗く雑に見えがちで、スピードと運動量に欠けるマイナスだけが際立つ。そして変異株による流行を繰り返し、容易に先の見えないパンデミックがまたもや行く手を阻む。

世界タイトルへの執着と焦る気持ちを隠さなくなった清水に、大橋会長が用意したテストマッチ第2弾は、中京初のバンタム級王者,薬師寺保栄の期待を一身に背負う若きサウスポー,森武蔵を東都に呼び、森が持つWBOアジア・パシフィック王座も懸けたOPBFとの統一戦(2021年5月21日)。

殿本戦から1年近くが経過し、無傷の12連勝(7KO)を更新中の森を推す声も多い。基本的なガードの位置に余り変化はないが、無駄に開く悪癖に修正が施されて、足もそれなりに動き、距離と間合いへの意識もしっかりしている。

序盤こそ森の接近に上手く対処できず、危ないタイミングで左ストレートを狙われヒヤリとしたが、中盤以降ショートのワンツーも含めた組み立てで距離を保ち、森に自分のボクシングをさせなかった。


プロ転向5年、11戦目にして初めての判定勝ち。12ラウンズの長丁場にもかかわらず、ガス欠もなく、顔は綺麗なまま。手応えを掴んだ陣営は、本格的に世界挑戦を模索するが交渉が思うように進まない。

世界戦が何時決まってもいいように、保持するベルトの防衛戦は眼中になし。いたずらに時間だけが過ぎ、2021年11月にWBOアジア・パシフィック王座を返上すると、翌2022年1月にはOPBF王座のはく奪が発表される。

これ以上の試合枯れは流石にマズイと判断したのだろう。昨年12月13日、尚弥 vs ポール・バトラー戦の前座に出場。負け越しの中堅フィリピン人とチューンナップ(S・フェザー級契約)を行い、難なく2ラウンドでストップ。1年半を超えるブランクに終止符を打つ。


◎「37歳初めての世界挑戦」
Leminoのyoutube公式チャンネルで公開されているドキュメンタリー

※ロンドン五輪代表チームの戦友,須佐勝明と鈴木康弘(母校で起こした不祥事でアマ・プロ問わず現場復帰は困難と思われたが・・・)が合流


まさかの来日が実現した王者ラミレスは、五輪連覇の華々しい戦果が示す通り、現代キューバを代表する才能の1人。

2018年7月、メキシコ国内で行われたナショナルチームの合宿から抜け出し、そのままアメリカに入国。亡命キューバ人の大きなコミュニティがあるフロリダではなく、ラスベガスに活動と生活の拠点を置く。

トップランクと複数年の契約を結び、日本のファンにもお馴染みのイスマエル・サラスのサポートを受け、万全の態勢で船出・・・した筈だった。


亡命から1年を経た2019年8月、プロの初陣は東部の要所フィラデルフィア。エドガー・バーランガとジェイソン・ソーサをメインに据えたローカル興行に組み込まれたデビュー戦を、こともあろうにラミレスはしくじってしまう。

選んだ階級は126ポンドのフェザー級。米英ではけっして珍しいことではないが、6回戦ではなく4回戦でのスタート。結果的にこの判断が裏目に出た。

生贄としてあてがわれたアダン・ゴンサレス(メキシコ系)は、戦績もはっきりしない正真正銘の無名選手(Boxrec上は8戦4勝2敗2分け)。「ナメるな」と言う方が無理な相手で、実際にラミレスはナメてかかっていたと思う。

開始早々突っかけるゴンサレスの右フックをダッキングで回避したまでは良かったが、すかさず返した左フックをよけ損ねて被弾。身体を反転させながら両手をリングに着いた。ダメージは浅かったが、規定のエイト・カウントを聞く。

勢いに乗ったゴンサレスは、小気味のいい連打を続けて簡単に下がらない。積極果敢に攻め続けるゴンサレスを止められず、挽回を急ぐラミレスには流れを変える時間が足りなかった。


4回戦ではなく6回戦だったら、ゴンサレスのインファイトにもっと落ち着いて対処できたに違いなく、逆転の判定勝ちも充分に望めたと確信する。

記念碑的(?)な大失敗を反省したトップランクは、3ヶ月後の仕切り直しを6回戦で組んだ。相手はやはり無名のメキシコ系米国人。ラミレスも冷静にラウンドを運んで最終6ラウンドのストップ勝ち。

さらに3ヶ月を挟んだ3戦目もメキシコ系で、問題なく4回KO勝ち。4ヶ月を置いた4戦目でドミニカ人選手を初回TKOに退けると、デビュー戦で万馬券を当てさせたアダン・ゴンサレスにフルマークの3-0判定でリベンジ。

この後8回戦を2試合やり、6回戦でのチューンナップを経て初の10回戦(2021年10月)。フェザー級契約なのに、NABF(北米)J・フェザー級王座が懸けられる変則タイトルマッチ。ほとんどワンサイドでペースを握り、3-0の大差判定勝ちでベルトを巻く。


昨年2月の10戦目で英国に遠征(スコットランド)。ジョシュ・テーラーの前座でアイリッシュの中堅サウスポーを3回TKOで捌くと、プエルトリコのホープ,アブラハム・ノヴァとの無敗プロスペクト対決に臨み、見事5回TKO勝ち。

何事にも慎重なアラムは、ライト級契約でイサック・クルスとミシェル・リベラに善戦したアルゼンチンの中堅ホセ・マティアスをブッキング。

フェザー~S・フェザー級を主戦場にするマティアスは、求められるままに128ポンド契約を呑み、9ラウンドまで粘り食い下がった。


プロの水にも慣れたという訳で、エマニュエル・ナバレッテ(メキシコ)が返上したWBO王座の決定戦に出場(今年4月)。相手はそのナバレッテに連敗して階級を上げて来たガーナのファイター,アイザック・ドグボェ。

160センチ台前半の小兵にもめげず、126ポンドでの復活を目指すドグボェに対して、珍しく(?)サイズで優位に立つラミレスは、無理を慎み常に一定の距離を維持。くっつかれると煩く厄介なドグボェに打ち合いを許さず、最終12ラウンドにはダメ押しのダウンも追加。

想像を超えるワンサイドの判定で、遅ればせながら(?)も世界タイトルを奪取。冷静沈着に12ラウンズをまとめ切ったラミレスは、待ちかねた終了のゴングが鳴ると、高らかに右手を掲げて勝利を誇示。興奮気味に何事かを叫び、感情を爆発させる。


どちらかと言えばラミレスはカッとなり易く、一度び頭に血が上ると我を忘れて打ち合いにのめり込んでしまう。プロ向きと言っても差し支えのない性格が、キューバ出身のアマ・エリートに特有のプライドの高さと相まって、試合運びという面ではマイナスに働きがち。

熱くたぎる野生への傾倒を理性で抑え込み、着実にポイントを積み重ねる堅実なボクシングの遂行は、絶対に失敗が許されない世界戦の檜舞台で、ただならぬストレスとフラストレーションをラミレスに与えていた。

この人の本質的な美意識は、おそらくは「倒し切って勝つ」ことにある。3分×3ラウンド制のアマチュアでもそれを貫くのは大変なのに、プロの世界戦は12ラウンズなのだ。


身体能力の高さ(スピード&柔軟性)と眼の良さ(優れた反応)、類稀なカウンターのセンスも含めた高度なテクニックとスキルは、プロ・アマの別は元より、国や地域,人種の違いを超えて認めるべき真に天才的なボクサーに必須の条件と表していい。

それらの諸条件をラミレスも当然満たしている。それは疑う余地のないところで、「何時でも好きなように外して、好きなように打てる」という、過剰なまでに圧倒的な自信も含めての話しになる。

シャクール・スティーブンソン(米),ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン),マイケル・コンラン(アイルランド),アンドリュー・セルビー(英),ツグスソグ・ニヤンバヤル(モンゴル)、そして我らが須佐勝明・・・。

アマ時代のラミレスは打ち破った、同時代の各国No.1と目される猛者たち。自信過剰になったとしても、許され然るべき錚々たる顔ぶれ。


「余り良く知らない。」

ファイナル・プレッサーでロンドン五輪当時の清水の印象について問われると、実に素っ気ない回答を即座に返したラミレス。

同じロンドンでメダルの栄誉に輝いた両選手だけに、「メダリスト対決」を煽りたい日本国内のメディアは、絵に描いたような見事な空振りに二の句が告げない。しかしながら、フェザー級で長く戦ってきた清水と、フライ~バンタム級で頂点を極めたラミレスには接点がなく、致し方のないことと諦めるべき。

プロ入り後も「これは!」という大物との対戦がない清水を、ラミレスが視野に入れる可能性もゼロに等しい。


「眼をつむっていても勝てる。」

乾坤一擲の大勝負に燃える清水には本当に申し訳ないが、清水の試合映像を見たラミレスは、十中八九そう思ったのではないか。

もう少し丁寧な表現に言い換えるなら、次のようになる。

「特別なことは何も要らない。普通にやることさえやっていれば、勝手に清水が倒れるか、さもなければレフェリーが止めに入る。」


スポーツブックのオッズも、とんでもない大差が付いた。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>betway
R・ラミレス:-3333(約1.03倍)
清水:+1400(15倍)

<2>Bet365
R・ラミレス:-2500(1.04倍)
清水:+1200(13倍)

<3>ウィリアム・ヒル
R・ラミレス:1/20(1.05倍)
清水:10/1(11倍)
ドロー:14/1(15倍)


大きな資金を必要とする世界戦を、ハナから負けるつもりで組むプロモーターは稀だ。大橋会長もトレーナーの八重樫東も、それこそ大橋ジム総出で清水をサポート・バックアップするだろうが、「長いボクシング人生に一区切りを着ける」為に用意されたと見られても止むを得ない。

それぐらい両雄のスピードには差があり、攻防のキメにも小さからぬ開きがある。清水がいつものようにゆったりとしたリズムで中間距離に留まり、ラミレスに正対し続けたら、それこそ「デカくてスローモーな標的」と化す。

ただし、上述した通りラミレスは熱し易く、我を忘れて打撃戦に応じてくれる可能性がゼロではない。ラミレスのペースを崩してカっとさせる為には、スティーブン・フルトンを追い詰めたブランドン・フィゲロアが格好のケース・スタディになる。


モタモタせずに、ラウンド開始のゴングが鳴ったら体格差を利して一気に王者をコーナーに押し込み、ボディを中心にガードの上を乱打。クリンチで逃げられても、再開したらまた同じように身体ごと押し込んで行く。

前半3~4ラウンズでスタミナをすべて使い切るぐらいの覚悟で、ラミレスをイラつかせて打ち合いに誘い込むことができれば、リゴンドウを2度引っくり返した天笠尚の奇跡が再現するかもしれない。

無論、勝敗とは別の話しにはなるけれど・・・。


◎ラミレス(29歳)/前日計量:125.7ポンド(57キロ)
戦績:13戦12勝(7KO)1敗
アマ通算:400勝30敗(概ね)
2016年リオ五輪金メダル(バンタム級)
2012年ロンドン五輪金メダル(フライ級)
2013年世界選手権(アルマトイ/カザフスタン)ベスト8(バンタム級)
※本大会で銅メダルを獲得する地元カザフのカイラット・イェラリエフ(リオ五輪代表/2017年世界選手権金メダル)に0-3判定負け
2011年世界選手権(バクー/アゼルバイジャン)3回戦敗退(フライ級)
※ロシア代表ミーシャ・アローヤン(ロンドン五輪銅だメル/世界選手権2連覇)に11-15で惜敗
2011年パン・アメリカン・ゲームズ金メダル(フライ級)
2013年パン・アメリカン選手権金メダル(バンタム級)
2010年ユース世界選手権(バクー/アゼルバイジャン)金メダル(バンタム級)
2010年ユース・オリンピック(シンガポール)金メダル(バンタム級)
キューバ国内選手権優勝5回(2011年・2012年・2014年・2015年・2017年)
身長:168センチ,リーチ:173センチ
左ボクサーファイター

◎清水(37歳)/前日計量:125.7ポンド(57キロ)
前OPBFフェザー級(V6/返上),元WBOアジア・パシフィック同級(V0/返上)王者
戦績:12戦11勝(10KO)1敗
アマ通算:170戦150勝(70RSC・KO)20敗
2012年ロンドン五輪銅メダル(バンタム級)
2008年北京五輪代表緒戦(R16)敗退(フェザー級)
※銅メダルを獲得したヤクプ・キリク(トルコ)に9-12で惜敗。日本代表チームがAIBAに抗議を検討するなどスコアリングが問題視された。
2005年(綿陽・中国/緒戦敗退),2007年(シカゴ/1回戦敗退),2009年(ミラノ/39度の発熱で棄権),2011年(バクー/2回戦敗退)世界選手権4大会連続出場
2012年アジア選手権(アスタナ/カザフスタン)銅メダル(バンタム級)
2009年アジア選手権(珠海/中国)銅メダル(フェザー級)
全日本選手権優勝2回(フェザー級);2007年(第77回/駒大),2009年(第79回/自隊校)
国体優勝3回(フェザー級):2004年(第59回/埼玉・青森・山形各県),2007年(第62回/秋田県),2009年(第64回/新潟・青森両県)
関西高校→駒澤大学→自衛隊体育学校→ミキハウス
身長:179センチ,リーチ:181センチ
左ボクサーパンチャー


◎前日計量



◎キックオフ・カンファレンス
2023年4月28日
https://www.youtube.com/watch?v=w5rojA1CXs4


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□リング・オフィシャル:未発表


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■注目のアンダーカード

□54キロ契約8回戦
武居由樹(大橋) vs ロニー・バルドナド(比)



キックボクシングから転向後、6戦してすべてKO勝ち。那須川天心(帝拳)との対戦(近い将来)に注目が集まる武居が、フィリピンの曲者を相手に8回戦のチューンナップ。

パンチ力とフィジカルの強さはあるが、身体が硬くてボディワークが使えず、国内及び地域ランカークラスのカウンターをまともに浴びて勝ち残れない。

キックやK-1のチャンピオンから国際式に転じた多くの選手が、例外なく陥った破綻の構図だが、秀逸な柔軟性と敏捷性を併せ持ち、一瞬の隙を逃さず決定機に直結するカウンターにも適性を発揮する武居は、これまで登場してきたキック出身者らとは、明らかに一線を画す異能の持ち主。

パワーよりもタイミングとキレで倒すサウスポーは、年齢(27歳)的にも長い活躍が見込まれており、井上尚弥の動向によって階級を変える(バンタム or フェザー)必要に迫られるというのが大方の見立てだったが、バンタム級でのテスト実施となった。いずれにしても大成が期待される楽しみな存在である。

バルドナド(27歳/16勝9KO4敗1分け)は、フライ~S・フライ級を主戦場にしており、フライ級に進出した田中恒成の調整試合に選ばれ、善戦健闘の末に9回TKO負け。

パンデミックによる休止を挟み、2019年9月から昨年12月の石田匠戦まで3連敗を喫したが、今年1月に久々の白星を挙げてフィリピンの国内王座(バンタム級)を獲得したばかり。

最近の戦績だけでなく、体格的にも武居の優位は揺るがない。体重をしっかり乗せて振るう左右の強打には気が抜けないけれど、手間隙かけずに鮮やかに倒したいところではある。

◎前日計量
武居:117.5ポンド(53.3キロ)
バルドナド:118.8ポンド(53.9キロ)

フィリーのニューKOセンセーションが暫定王座の初防衛戦 - J・エニス vs R・ヴィヤ プレビュー -

カテゴリ:
■7月8日/ボードウォーク・ホール(ボールルーム),アトランティックシティ/IBF世界ウェルター級暫定タイトルマッチ12回戦
暫定王者 ジャロン・エニス(米) vs IBF位 ロイマン・ヴィヤ(ベネズエラ)





19世紀末からのおよそ100年間に渡って、最強の象徴とも言うべきヘビー級を始めとするプロボクシングの世界に君臨してきた王国アメリカにおいて、前半の60年以上中心地として栄えた東海岸の重要拠点の1つがフィラデルフィアである。

街の名をそのままリングネームに冠したL・ヘビー級の覇者ジャック・オブライエン、おそらくはウクライナ史上初の世界王者ベニー・バス(キーウ出身/生まれて間もなく一家揃って移住/フェザー級とJ・ライト級の2階級を獲る)、ジャック・デンプシーが我が世の春を謳歌したローリング・トゥエンティ(1920年代)にL・ヘビー級を制したトミー・ローラン、やはりL・ヘビー級にその名を残すバトリング・レヴィンスキー、シュガー・レイ・ロビンソンやディック・タイガー、ジーン・フルマーらとともに、50年代のミドル級を大いに賑わせたイタリア系の人気者ジョーイ・ジャルデロ、我らが”スモーキン”・ジョー・フレイジャー。

ドワイト・ムハマド・カウィ(ブラクストン)らとともに、70年代の175ポンド(同地の伝統と表すべき階級)を盛り上げたマシュー・サアド・ムハマド(マシュー・フランクリン)、WOWOWエキサイトマッチが始まった90年代、フリオ・セサール・チャベス戦のショッキングな最終回逆転KO負けが未だに語り継がれるスピード・スター,メルドリック・テーラーもフィリーを代表するボクサーの1人。

名匠エディ・タウンゼントが「必ず世界選手権獲ります!」と太鼓判を押し、東洋最強の座を譲らなかったバンタム級の雄,村田英次郎のアタックを三度び弾き返した痩躯の技巧派スラッガー,ジェフ・チャンドラー。

キンシャサでアリに倒され、短い全盛を嵐のように駆け抜けたジョージ・フォアマンに引導を渡すジミー・ヤング、ティムとチャズのウィザスプーン親子、バート・クーパー、ブライアント・ジェニングスら、ヘビー級にもタレントが少なくない。

1920年代にライト級とウェルター級で活躍したルー・テンダーは、時代を超えて「裏技の名手(反則王?)」の筆頭格に挙げられる。


70年代のミドル級で無敵を誇ったカルロス・モンソンに二度挑戦。一度はダウン寸前に追い込むなど、大善戦したベニー・ブリスコも忘れ難い。王座が乱立してランキングのレベル・ダウンが顕著なする現代に蘇ったら、4つのベルトを揃えるに違いない真の実力者。

負けない為なら露骨な反則やオーバーアクションも辞さない戦い方でファンとメディアを敵に回し、恒常的な不人気に苦しみながらもミドル級で驚異的な長期政権を築き、新しい世紀に入って4団体統一の第1号となったバーナード・ホプキンスは、テンダーの系譜に連なるヒールの大物。

プロではトップ・スターになれなかったが、1996年のアトランタ五輪で金メダルに輝いたデヴィッド・リードもフィリー生まれ。近いところでは、ダニー・ガルシアとジュリアン・ウィリアムズがいる。

そして・・・。今月25日迫ったS・バンタム級の大一番。”リアル・モンスター”井上尚弥と雌雄を決するスティーブン・フルトンは、ブリスコやホプキンスのディフェンス・テクニックを継承する守りの業師と称するべきか。

ボウ・ジャックとのライバル・ストーリーが名高いボブ・モンゴメリー(ライト級王者)、フライ級で勇名を馳せたミゼット・ウォルガスト等々、まだまだ言及したい名選手もいるけれど、本当にキリがないのでここまで。


今年1月、ウクライナのカレン・チュカジァンをフルマークの3-0判定に退け、IBFの暫定王座に就いたエニスは、ポスト・スペンス&クロフォードの最右翼に躍り出ただけでなく、前述したダニー・ガルシアがピークアウトしてしまった現在、フィリーの中量級を支える唯一無二の才能との位置付け。

両脚をしっかり踏みしめて、重さとスピードを兼ね備えた秀逸なハード・ジャブを放ち、じわりじわりとプレスを強めて圧殺して行くスタイルだが、正面切っての打ち合いを回避しつつ、サウスポーにチェンジしてステップワークを使う器用さも併せ持つ。

ただし、スタンスの変更を繰り返し運動量を増やした途端、ジャブの威力(特に重さ)が半減するのが珠にキズ。チャンスを迎えても、回転の速い連打を集中して詰め切れない恨みが残る。

もっとも集中打の決定的な不足(単発傾向)は、現代の多くのトップ・ボクサーに共通する課題であり、エニスに限った話しではないけれど。


同じく現代のボクサーの傾向的かつ代表的なウィークネスと言うべき、ボディワークの不足も目に付く。タフでしぶとい相手に粘られると、恵まれたサイズのアドバンテージを利用した距離のキープか、クリンチ&ホールドによるインファイト潰しの二者択一に陥りがち。

ドミトリー・サリタ(S・ライト級の元コンテンダー/引退後N.Y.を拠点にプロモーターとして活躍)と契約して渡米し、ブライアン・セバーヨ(N.Y.生まれのウェルター級ホープ)に惜敗したカザフ人,バクティヤル・エユボフ(イユボフ)を4ラウンドでストップしたのに続き、元ランカーのファン・カルロス・アブレウを6ラウンドでし止め、マイキー・ガルシアにIBFの140ポンドを譲った後、147ポンドに上げたセルゲイ・リピネッツ(カザフスタン)も6ラウンドで撃破。

さらには、元プロスペクトでコンテンダーでもあったトーマス・デュロルメ(プエルトリコ)を、初回僅か2分足らずで瞬殺するなど、武漢ウィルス禍の最中もキャリアを停滞させることなく、当たるを幸い倒し続けてきた。


唯一白星を逃したクリス・ヴァン・ヒーデン(南アからカリフォルニアに移住した白人サウスポー)戦は、開始早々のバッティングによるレフェリー(ドクター)・ストップ。

メイウェザーとの対戦が決まったコナー・マクレガーとのスパーリング体験を赤裸々に語り(”完全にオフしていたオレでも楽々コントロールできた”)、一部ボクシング・ファンの間で話題になったヒーデンも、エニスのスピード&パワーを前に後退のステップを踏んで防戦一方。

早くも会場全体が即決勝負の予感に支配される中、再三ロープを背負うヒーデンにロングの左ストレートもろとも(サウスポーにチェンジしていた)大きく踏み込んだところへ、抱きついてピンチを逃れようと前に出たヒーデンの頭がまともに衝突。

右の額をカットしたヒーデンの傷が想像以上に大きく、かなりの時間ドクターとカットマンが応急措置に当たっていたが、再開を諦めるざるを得なかった。自身11回目となる初回KOを確信した直後のアクシンデントに表情を曇らせたものの、余計なダメージを残さずに済んだことを天に感謝すべきだろう。


ボディワークの不足以外、取り立てて気になる部分はない。ラスベガス・デビューを派手なワンラウンドKOで飾ったデュロルメ戦では、最初のダウンから立ち上がったプエルトリカンに止めを刺すべく左右を強振。危ないタイミングで右フックを返され、一瞬手と足が止まりヒヤリとさせている。

完全に効いていたデュロルメに追撃する力が残っておらず、すぐに距離を詰めてショートの左フック→右アッパーのコンビから左ストレートを真っ直ぐ打ち抜き、2度目のダウンを奪って決着したのはお見事。



最初に倒した右フックの打ち下ろしは、テンプルではなく後頭部に当たっていたが、ダッキングで反応したデュロルメの態勢とタイミングを考えると、不可抗力としか言いようがなく、コネチカットから呼ばれた主審マイク・オルテガの誤審とまでは言い難い。

デュロルメ陣営がラビットパンチをアピールしていたら、それなりに紛糾していた可能性もあるけれど、反則勝ちを拾いに行かなかったデュロルメの潔さに敬意を表する。

IBFの指名挑戦権を懸けて、カナダのオリンピアン,カスティオ・クレイトン(2012年ロンドン五輪ウェルター級代表/1分けを挟む19連勝12KO)との無敗対決に臨んだ時も、第2ラウンドに自慢の右フックを決めてカウント・アウトしたが、デジャヴかと見紛うほどデュロルメ戦と似通ったフィニッシュ・シーンになった。

ただし、この時は後頭部ではなく、しっかりテンプルを捉えている。クレイトンのダックするスピードがデュロルメより若干速く、真っ直ぐ下を向いたプエルトリカンに比して、右方向に身体を倒しながら顔も一緒に傾けてくれたことが、クリーン・ノックアウトを生んだ理由。

攻撃してくる相手に対して、瞬間的に危険を察知・反応して身をすくめるのは、典型的な動物の防御本能の1つだと思うが、ボクサーはダッキングというディフェンス・テクニックも身に付けている。

真っ直ぐ下を向けば、急所の後頭部と首を無防備に晒すことになり、事故のリスクが否が応でも高まってしまう。左右どちらかに上半身を傾けた方が、より安全な態勢と言えなくもないが、昔の本当に巧い選手たちは、ただ頭を下げるだけじゃなく、同時に左右に頭と肩を小さく振るローリングも身体に覚え込ませていた。


閑話休題。

輝かしいボクシングの伝統を誇るフィラデルフィアで生を受け、ボクサーだった父デリク(ボジー:Bozyの愛称で知られている)から、2人の兄と一緒に幼い頃から仕込まれたエニスは、早くからアマチュアで戦果を残して五輪代表候補に登り詰める。

ゲイリー・アントゥアン・ラッセル(リオ五輪L・ウェルター級代表/元WBCフェザー級王者ゲイリー・ラッセルの実弟)やリチャードソン・ヒッチングス(両親の母国ハイチ代表としてリオ五輪に出場)らと熾烈なライバル争いを繰り広げ、あと1歩のところでオリンピックの夢舞台には届かなかった。

2016年4月にプロ・デビューすると、トレーナー兼マネージャーとしてサポートに当たる父デリクの下で、地元ペンシルベニアや東海岸のローカル興行で修行を開始。

辣腕で知られるベテラン・マネージャー,キャメロン・ダンキンと契約できたことで、一気に運が上向く。ダンキンは迷うことなく、ウェルター級の主要なタレントを牛耳るPBC(Premier Boxing Champions)に接近。上述した通りの快進撃であっという間にプロスペクトの認知を得て、時期王者候補の最右翼のポジションを確立する。


父のデリク(ボジー:Bozy)が変わらずコーナーを守り、最近までプロで戦っていた父と同じ名前を持つ長兄(プース:Poohと呼ばれる)と、次兄ファラー(Farah)も、世界チャンピオンという一家の夢を一身に背負う三男ジャロンをバックアップするファミリー・ビジネス。

”ブーツ(Boots)”という変わったあだ名は、ジムに通い始めた少年時代に付けられたもので、母が呼んでいた「ブープス(Boops):有名なベティ・ブープとは無関係らしい」を、ジムの仲間たちが「ブーツ(Boots)」と聞き間違えてしまい、そのまま定着したとのこと。

顎鬚を長く伸ばすようになったが、親しい交友仲間のスティーブン・フルトンのようにイスラム教徒という訳ではなく、ベイビー・フェイスをカバーする目的のようだ。


対戦相手のヴィヤ(ビリャ,ビジャ,ヴィリャ,ヴィジャ等々カナ表記は様々/リングコールでの発音に従っておく)もまた、男兄弟ごと父から手解きを受けたボクシング一家の出身。

国際大会で顔を名前を売る機会には恵まれなかったが、積み重ねたアマの戦績は149勝7敗だと主張する。プロ・デビューしたのは2015年で、2019年4月の初黒星(メキシコのベテラン中堅に12回1-2判定負け)まで、19連続KO勝ちを収めている。

この後も母国とパナマ、メキシコ等で5連勝(全KO)をマーク。思い切りのいい強打と、必要に応じて手堅く守るボクシングが、念願叶ってプロモーションを興したサンプソン・ルコヴィッツの目に止まり、昨年9月に初渡米。

デトロイト出身のヒスパニック系ホープ,ジャネルソン・ボカチカ(24歳/17勝11KO1分け)と派手に打ち合い、大差の3-0判定勝ち(8回戦)。ルコヴィッツとカリフォルニアのローカル・プロモーターが組んだ地方興行だったが、内容と結果に合格点を着けたルコヴィッツが早速動き、147ポンドで注目を集めるマサチューセッツのラシャディ(ラシディ)・エリス(24連勝15KO)戦をまとめる。


前評判は圧倒的な差でラシャディ(こちらもプロの兄とアマチュアで活躍中の妹を持つボクサー一家)に傾くいたが、一進一退が続くフル・ラウンズの熱戦を制したのは、アンダードッグのベネズエラ人だった。

3名中1名がドロー(113-113)を付け、2名が2ポイント差(112-114)でヴィヤを支持するマジョリティ・ディシジョンに対して、ラシャディのチームはあからさまな不満を示し、応援するファンの中から「不当判定」の声も上がりはしたが、じきに収まり一件落着。

前に出た左が特に強く、鋭い切れ味と重量感に満ちたフックがサンデー・パンチ。ブロック&カバーで堅く守りながら距離を詰めて、上下に崩しを入れながら隙を逃さず強打を振るう好戦的なボクサーファイターで、サイズの不利(公称170センチ)を感じさせないフィジカルの強度を強味にする


気を抜くことのできない1発のあるパンチャーだが、直前のオッズは大差が付いた。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
J・エニス:-1200(約1.08倍)
ヴィヤ:+650(7.5倍)

<2>betway
J・エニス:-1000(1.1倍)
ヴィヤ:+800(9倍)

<3>Bet365
J・エニス:-1205(約1.08倍)
ヴィヤ:+700(倍)

<4>ウィリアム・ヒル
J・エニス:1/10(1.1倍)
ヴィヤ:6/1(7倍)
ドロー:14/1(15倍)


このサイズでここまで勝ち上がってきただけあって、ヴィヤの動きはクィックネスもまずまず。心身のタフネスを頼りに、ブロックの上を打たせながら前に出続ける単純なブル・ファイターではなく、適度に駆け引きを仕掛けては、引き込んでカウンターを合わせる感覚も悪くない。

KOを狙う余りエニスが攻め急いで粗くなると、左フックを綺麗に貰って大ピンチの局面は十二分に有り得る。

サウスポースタイルを多用して運動量(軽めの手数)を増やすよりは、どっしりオーソドックスに構えて、しっかり体重を乗せたハードジャブで突き放し、判定決着を前提にしたポイントメイクを優先しつつ、得意の右フックでテンプルを狙うのが上策・・・だと思う。



◎エニス(26歳)/前日計量:145.5ポンド
戦績:31戦30勝(27KO)1NC
アマ通算:58勝3敗
リオ五輪代表候補
※最終予選でゲイリー・アントゥアン・ラッセルに負け越し(3戦1勝2敗)あと1歩のところで代表の座を逃す
2015年ユース全米選手権優勝
※2回戦でリチャードソン・ヒッチングス(リオ五輪にハイチ代表として出場/初戦=R16でラッセルに敗北),決勝でホスエ・バルガスにそれぞれ3-0判定勝ち
2015年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
※ベスト8でヒッチングスに勝利
2014年ナショナル・ゴールデン・グローブス準優勝
※決勝:ゲイリー・アントゥアン・ラッセルに0-5ポイント負け
身長:178センチ,リーチ:188センチ
右ボクサーファイター(スイッチヒッター)

◎ヴィヤ(30歳)/前日計量:146.5ポンド
戦績:27戦26勝(24KO)1敗
アマ通算:149勝7敗
※国内選手権を連覇し続けたとのことだが詳しいタイトル歴は不明
身長:170センチ,リーチ:178センチ
好戦的な右ボクサーファイター


□前日計量(ハイライト)


□前日計量(フル)
https://www.youtube.com/watch?v=IT6wEZ5nNAc


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■リング・オフィシャル
審判団:未公表

立会人(スーパーバイザー):ランディ・ニューマン(米/ニュージャージー州/IBFファイナンシャル部門チーフ)

落日の王国ヘビー級に超新星現る? - リアル・ビッグ・ベイビーが迎えたリアルなテスト第1弾 -

カテゴリ:
■7月1日/ハンティントン・センター,オハイオ州トレド/ヘビー級10回戦
ジャレッド・アンダーソン(米) vs 元IBF王者 チャールズ・マーティン(米)





※ファイナル・プレス・カンファレンス(フル映像)
https://www.youtube.com/watch?v=z4IeINJGs14


ディオンティ・ワイルダーが完全に馬脚を現し、世界ランキングのトップ10圏内上位に定着しているのは、他にアンディ・ルイスのみ。

クルーザー級でオレクサンドル・ウシクに敗れた後、いよいよヘビー級に転じたマイケル・ハンター(34歳/ロンドン五輪ヘビー級代表/188センチ,220ポンド前後)が、予想されたこととは言え、サイズの違いに大いに苦しみ、2021年12月にサウスポーの黒人ローカルファイターと引き分けた後、実戦から遠ざかったまま復帰の目処が立たない。

5月後半、2021年に活動を始めたばかりの新興プロモーター,マイケル・レイエス(レイエス・プロモーションズ/在マサチューセッツ州セイラム)との契約を公表し、6月24日にマサチューセッツ州ローウェルで1年半ぶりの復帰戦を予定していたが、興行そのものが消滅してしまった。

昨年暮れ(晦日)、トニー・ヨカ(仏/リオ五輪S・ヘビー級金メダル)にプロ初黒星を着けて大きな話題となったマーティン・バコーレ(コンゴ)とのリ・マッチ(2018年10月にロンドンで対戦/ハンターが10回TKO勝ち)に関するニュースが報じられたが、後続がなくそのまま音信が途絶えた格好。

PBC(Premier Boxing Champions)傘下でのキャリアメイクに、とうとう一区切りを着けざるを得なくなったのか、その辺りはイチマチ判然としていない。


深刻な人材の枯渇と低迷に喘ぎ続ける王国アメリカに、若くて活きのいいヘビー級の才能はもう出て来ないのか?。

そんな在米専門記者とファンの嘆きに応えてくれるかもしれない、唯一無二と言っても過言ではない存在が、ドーピング違反の常習犯と化してしまったジャレル・ミラー(34歳/26勝22KO1分け/同じニックネーム=Big Baby=の持ち主)、ルイジアナの白人中堅,ジョナサン・ギドリー(33歳/19勝11KO1敗2分け)とともに、主要4団体の下位に並ぶ黒人パンチャー,ジャレッド・アンダーソンである。

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※タイソン・フューリーとアンダーソン

トップランクがプロモートする期待のヘビー級は、オハイオ州トレド(今回の開催地)出身。2019年10月のデビュー以来、すべてKOの14連勝もさることながら、何よりも素晴らしく何ものにも変え難い最高の財産はその若さ(23歳)。ジュニアの世界選手権に代表として選出された他、18~19歳にかけて全米選手権を連覇するなど、東京五輪の有力なメダル候補の1人だった。

「パンデミックが起こらなければ、オリンピックを目指していたかって?」

「仮定の質問には答えづらい。試合が組まれれば、ジャロロフとは何時でも戦う。他の誰でもOKだ。ただし、プロのリングでね。」


武漢ウィルス禍による延期をむしろプラス(アマチュアのルールとスタイルに再び心身を慣らす時間が増えた)と捉えて、宣言していた通りにS・ヘビー級を制したバハディール・ジャロロフ(ウズベキスタン)や、銀メダルを獲得したライト級のキイショーン・ディヴィス(米)のように、プロのキャリアをスタートさせた後でも、アマの活動と両立させられたのでは?との問いに対して、シニカルな視線と冷ややかな口調でインタビュアーに切り返す。

「アンソニー・ジョシュアが最初の世界タイトルを獲ったのは、確か16戦目だった。タイソン・フューリーだけじゃなく、他のチャンピオンやトップレベルのキャンプにも行ってスパーリングをやった。もう充分だ。」

「俺はもう、そこいら辺で無駄に暴れ回ってる小僧っ子じゃない。庇護を求め教えを請う生徒(ベイビー)でもない。必要な修行を終えて、既に教える立場にある。」

「ボクシングへの愛は変わらない。だが、その愛はけっして永遠では有り得ない。同じ熱量を燃やし続けるのは、口で言う程簡単なことじゃないんだ。何時だって終わりはやって来る。それは明日かもしれないし、今日かもしれない。」


193センチのタッパに240ポンド超のウェイトをまとう、現代中型ヘビー級の典型的なパターンにハマっているが、幾ら何でも太り過ぎのアンディ・ルイスや、上述したギドリーほど顕著な寸胴のアンコ型ではなく、適度に締まっているところが救い。

ガードを低くして楽に構えたまま、スピード&アジリティを完全に喪失した現代ヘビー級には珍しく、軽快なステップも織り交ぜながら圧力をかけ、鋭いジャブから右ストレート,左の上下へとつなぐ基本通りのコンビネーションで崩して行く。

崩しの仕掛けがそのままフィニッシュに直結する即決KOが続き、トップランクの慎重なマッチメイクへの苛立ちが言動のそこかしこに表れ出す。マッチメイクへの不満は、イコールで報酬への不満を意味する。

引退を示唆する発言は複数回に及び、専門チャンネルで最近配信されたインタビューでも、「ボクシングを愛している訳じゃない」との主旨を語っている。けっして本意ではなく、あくまでメディアを通じた駆け引きだと思うけれども。

◎HONEST JARED ANDERSON DESIRES TO LEAVE SPORT; REVEALS NO LOVE FOR BOXING!
2023年6月21日配信/Fight Hub TV
https://www.youtube.com/watch?v=dAIOtc30AhM


溜め込んだフラストレーションとストレスは、多かれ少なかれリング上の戦いにも影響する。粗く雑なビッグ・パンチで簡単に倒そうとしてすぐに息が上がり、危ないタイミングでカウンターを合わされヒヤリとしたり、最近は横着な戦い方が目立つ。

チームを預かるダリー・ライリーは、PAL(Police Athletic League)のコーチとしてトレドでは十分に名前を知られており、ジャレッド少年にボクシングのイロハを手解きして以来、ずっと師弟関係にあるメンター的存在。

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※写真左:ダリー・ライリー(長年のトレーナー兼メンター)とアンダーソン
 写真右:ボブ・アラムとアンダーソン

目に見える反発やあからさまな衝突にまで発展することはないが、「俺は今もまだオハイオに居る。何も変わらない・・・」とため息をつき、マンネリズムへの愚痴もこぼすようになった。


これ以上の放置は危険と感じた御大アラムが、環境の変化を求めるアンダーソンを直々にフォローアップ。エリー湖の西端に位置するトレドから2000キロ近くも南下し、テキサス州ヒューストンへとトレーニングの拠点を移す。

ヒューストンと言えば、何はなくとも宇宙センター。そして、我らがビッグ・ジョージ・フォアマンの故郷でもある。

アラムは”伝説の豪打”フォアマンを担ぎ出して、アンダーソンとライリーの3人が並ぶ記念写真をバラ巻き、ロイ・ジョーンズにも出馬を願って「アメリカにヘビー級の栄光を取り戻す希望の星」と持ち上げさせるだけでなく、ESPNにその様子を撮らせて番組に仕立て上げる念の入れよう。

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※写真左から:フォアマン/アンダーソン/ライリー

◎Roy Jones Jr. Provides Wisdom to Jared Anderson The Next Great Heavyweight
配信:2023年06月26日/Top Rank 公式チャンネル



シャクール・スティーブンソンやクラレッサ・シールズらを教えるケイ・コロマ(米国ナショナル・チームを率いた名コーチの1人)がチームに加わり、ライリーをサポートする形で新鮮な風を吹き込む。

チーム・シャクールとの共同作業により、アンダーソンは前向きな積極性を取り戻し、息を吹き返したかに見える。心配されたライリーとコロマの関係もまずまず順調な様子で、互いのリスペクトが中途半端な遠慮となってギクシャクすることもなく、新しい体制は円滑に進捗中(外目には・・・)。

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※写真左:シャクールとアンダーソン
 写真右:ケイ・コロマとシャクール


プロ入り後初めてとなる生まれ故郷トレドでの興行も、アンダーソンのやる気に火を着ける為の戦略。”カザフのタイソン”の異名を取り、一部マニアの間で話題になっているジャン・コソヴツキ(34歳/19戦全勝18KO)を招聘して、”無敗のKOニューカマー対決”を煽った。

実際はタイソンとは似ても似つかない、190センチの直立サウスポー。運動量も手数も多いとは言えず、薬にたくともスピードはない。ビッグ・ショットに気をつけながら、左のリードでガードの内・外を丁寧に散らしながら、ガードの真ん中を右ストレートで狙い続けるだけで、中盤までには突破口が開けるだろう。

ところが、肝心要のコソヴツキがビザの発給に手間取り、渡米のタイミングを逸してしまう。今度ばかりは手頃な倒れ役をあてがう訳には行かず、一度はIBFのベルトを巻いたチャールズ・マーティンに白羽の矢を立てる。

190センチのレフティを想定したハードワークも最終盤を迎えた本番10日前、それ相応のピンチヒッターを立てるにはギリギリ一杯のタイミングだが、テディ・ブレナー(1993年殿堂入り)ブルース・トランプラー(2010年殿堂入り)の下で丁稚奉公から始めて、マッチメイクのボスに登り詰めたブラッド・グッドマン(本年目出度く殿堂入り)は流石だった。

鮮度こそ落ちるが、コソヴツキよりも厄介で難しく、テストには打ってつけのサウスポーを連れて来るのだから、「災い転じて福と為す」とは良く言ったものだ。


2016年1月、ヴァチェスラフ・グラスコフ(ウクライナ)との決定戦を3回KOでモノにし、3ヶ月後の初防衛戦でジョシュアに2回KO負け。あっという間に赤いベルトを譲ったマーティンは、パンデミックを乗り越えキャリアを継続。

アダム・コヴナツキ(ポーランド)とルイス・オルティズ(キューバ)に敗れてしまい、年齢(37歳)も相まって第一戦からの撤退を余儀なくされはしたものの、出口の見えない王国の人材難にも助けられて、「プロスペクトの踏み台」にならずに済んでいる。


トシは取ったが、左ストレートの1発は未だに決定力を残しており、ガードを下げたまま相手の真正面に立つ時間が長く、勘とステップバック(一瞬のスピード)に頼るディフェンスが修正されないアンダーソンが、これまで倒し続けたアンダードッグよろしく、挑発半ばに気を抜いて見ていると、普段なら届かないディスタンスから飛んで来る左をよけそこねて、窮地に陥る恐れが皆無ではない。

とは言うものの、スポーツブックの予想は圧倒的な差でリアル・ビッグ・ベイビー。本番10日前のスクランブル発進が、数値の乖離にさらなる拍車をかけた。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
アンダーソン:-1200(約1.08倍)
C・マーティン:+700(8倍)

<2>betway
アンダーソン:-1099(約1.09倍)
C・マーティン:+900(10倍)

<3>ウィリアム・ヒル
アンダーソン:1/12(約1.08倍)
C・マーティン:6/1(7倍)
ドロー:20/1(21倍)

コンディショニングへの不安と懸念は確かに残るが、マーティンが7割方仕上げていれば、おかしな展開(早いラウンドでの自沈テン・カウント)になる心配はまずない。

立ち上がりに油断して1発いい左を食らい、挽回を焦る余りブンブン振り回してガス欠するのが一番マズく怖いパターン。アンダーソンがしっかり集中して余計な隙を作らなければ、早い時間帯で決着しそうだが・・・。


◎アンダーソン(23歳)/前日計量:243.4ポンド
戦績:14戦全勝(14KO)
アマ戦績:不明
2017,18年全米選手権連覇
2016年ユース全米選手権(U-19)優勝
2015年ジュニア全米選手権(U-17)優勝
2017年ブランデンブルクユースカップ金メダル
2015年ジュニア世界選手権(サンクトペテルブルグ/ロシア)ベスト8
身長:193センチ,リーチ:199センチ
右ボクサーファイター


◎マーティン(37歳)/前日計量:250.5ポンド
元IBFヘビー級王者(V0)
戦績:33戦29勝(26KO)3敗1分け
アマ通算:64戦(勝敗等詳細不明)
2012年ナショナル・ゴールデン・グローブス2位
2012年ナショナルPAL優勝
※階級:S・ヘビー級
身長:196センチ,リーチ:203センチ
左ボクサーファイター


◎前日計量(ハイライト)


◎前日計量(フル)
https://www.youtube.com/watch?v=xOVUF2d5JNY


※マーティンに関する過去記事
元ヘビー級王者マーティンがアラ・フォーの元コンテンダーと生き残り戦 - ワイルダー VS フューリー II アンダーカード直前プレビュー I -
2020年02月23日
https://blog.goo.ne.jp/trazowolf2016/e/4ad6b6fb7b8988ae3a2cdbfa99a33511



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■6月24日/大田区総合体育館/WBA世界S・フライ級タイトルマッチ12回戦
前王者 ジョシュア・フランコ(米) vs 前WBO王者/WBA位 井岡一翔(志成)
※フランコは前日計量で大幅な体重超過によりはく奪/井岡が勝った場合のみ王者として認定される



もう、グダグダである。

WBOのベルトを返上して「また逃げた!」と、ボクシング・ファンの信頼を大きく失墜(これで何度目?)した井岡が、再び大麻(マリファナ)騒動に揺れたと思えば、チャンピオンのフランコは3.1キロものウェイト・オーバー。

井岡の大麻問題はともかく、フランコのだらしなさには呆れるばかり。およそ6.83ポンドの超過だから、ほとんど122ポンドのS・バンタム級。2階級も違う。開いた口が塞がらないとは良く言ったもので、たった2時間(再計量までの猶予)で115ポンドまで落とせる訳がない。

山中慎介とのリマッチで2.3キロ(約5ポンド=123ポンド:フェザー級)をオーバーしたルイス・ネリーもお話にならないが、再計量までに1キロを絞った(+2.86ポンド=概ね122ポンドのS・バンタム級/当然ながら計算尽くの1階級差)。

1時間50分経って計量会場に戻ってきたフランコの目方は、なんと55キロ。居直るにしても程がある。2時間近くの間、不埒極まる輩は汗をかく最低限の努力もやっていない。

ツルツルに頭を剃り上げ、ガムを噛みながら(髪の毛を総て切り唾を出して水分を体外へ搾り出す=減量が限界を超えたボクサーの最終的な手段)戻ってきたなら、まだ可愛げがあるというもの。


要するに、始めからリミットを作る気が無かったのである。好意的に考えれば、練習中の怪我か急病で1~2週間まともに動くことができなくなり、キャンプでの調整が大幅に遅れたと想像できなくもない。だが、写真と短い映像で来日したフランコの表情や様子を見る限り、調整に失敗したとの印象は感じられず、ムチャクチャなオーバーに関する適切な説明も皆無。

「」

山中第2戦,マニー・ロドリゲス戦のネリーと寸分違わぬ「確信犯」。これ以外に、筋道の通った納得できる説明があるだろうか。他に辻褄の合う理由を捻り出せる者がいるとしたら、きっと砂浜に落としたコンタクトレンズも探し出して見せるだろう。

いったいどうしてこんなザマになってしまうのか。

要するに、日本のマーケットがナメられているということ。ボクシングの世界戦を組むには大金が要る。野球・相撲と並ぶ国民的人気スポーツだった時代は遠く過ぎ去り、潤沢なスポンサーを見つけるのは難儀な仕事になった。

民放地上波と死なば諸ともを半世紀以上も続けてきた我が国のボクシング界において、一度日程を決めた世界戦を中止・延期するなどもってのほか。この構図は、ネットや有料ケーブルでも根本は変わらない。


それでも海外の世界戦やトップクラス同士のビッグマッチでは、延期・中止はさほど珍しいことではなく、何となれば日常的に発生する。チャンピオンやそれに準ずる人気選手たちは、ちょっと怪我をしたり体調を崩したりすると、予定のキャンセルを躊躇しないようにさえ見える。

翻って我が日本のサムライ・ファイターたちは、前戦でカットした瞼の傷が癒えなくとも、拳を傷めて全力でパンチを打てなくとも、どれだけ減量がキツかろうとも、飲まず食わずで1週間以上を耐えた挙句、38度近い発熱でぐったりしようと、試合を止めるという選択肢は有り得ない。

チケットの払い戻しに応じられる会長さんはまだいい。資金力の乏しいジムは一巻の終わりになりかねず、TV局とスポンサーへのお詫び行脚は想像しただけで眩暈がする。

「一度決まった興行は、槍が降ろうが銃弾が飛んで来ようがやる。」

昭和から平成へと時代が移り変わっても、そうしたメンタリティは日本ボクシング界の不文律として健在だった。唯一無二(?)の例外は、90年代前半~半ばにかけて、フライ級で一時代を築いたユーリ・アルバチャコフ。

旧ソ連崩壊後に来日したペレストロイカ軍団のエース的存在であり、戦慄を覚えるほどの切れ味と威力を誇った右カウンターは、今に至るまで色褪せることのない鮮烈な印象を残す。

そのユーリが、右拳の異常を理由に防衛戦を固辞した。チーフトレーナーのジミンさんも、「鋭い痛みを訴えている。危険だ(今後のボクサー生命を左右しかねない)。」と延期の姿勢を崩さない。


「スポンサーから何から、全部やり直しですよ・・・」

苦虫を噛み潰すというのは、まさにこの事か。そう思わずにはいられない表情と口調で重い口を開き、インタビューに応じていた先代金平会長を思い出す。


WBOから中谷潤人との指名戦を通告された井岡は、迷うことなく(?)ベルトを返上。フランコとのダイレクトリマッチしか眼中にない。おそらくだが、フランコにはかなりの好条件が提示されている。

もしかしたら、フランコはS・フライ級の維持が困難になっていて、井岡戦を最後にバンタム級への増量を考えていたのかもしれない。ところが、良い条件で再戦のオファーが届いた。

最初は真面目にウェイトを作るつもりでいたのだろうが、キャンプで追い込みの時期に入っても容易に体重は落ちない。どこかのタイミングで、フランコは体重調整を放棄した。そしてチーフ・トレーナーのロベルト・ガルシアも、マネージメントをバックアップするファミリーもそれを容認してしまう。

無理に身体を絞らず、良い状態をキープしたままとにかく日本へ行こう。試合が中止になったら、その時はその時。でも、十中八九日本側は試合をやる。

丸腰になった井岡はベルトが欲しくてしようがない。この機会を逃す気は微塵もない筈だし、強気の価格設定を押し通したPPVのLIVE配信もある。ギリギリの土壇場にきて、メイン・イベントを中止にはできないだろう。

最大の障壁は日本のコミッション(JBC)だが、こと世界戦に関する限り、興行を主催するジム(プロモーター)を窮地に追い込むような真似はしない。山中とネリー、比嘉大吾とクリストファー・ロサレスがケース・スタディになる。


世界戦ではないが、ミニマム級のWBA王座を返上した宮崎亮(井岡ジムで一翔のステーブル・メイトだった時)が、L・フライ級への出戻り第一戦で調整に大失敗してしまい、スタッフにおんぶされて計量会場に現れ、無理やり秤に載せて試合を強行したこともあった。

宮崎はほとんどフラフラの気絶状態で、それでもJBCの委託を受けたコミッション・ドクターはゴー・サインを出し、JBCも宮崎の出場を許可している(アンダードッグとして呼んだタイ人選手にKO負け)。ちなみに、この興行のメインを張ったのは、井岡とフェリックス・アルバラードのWBA L・フライ級戦(レギュラー王座)。

流石にフランコのチームが宮崎のケースまで知っていたとは思わないが、「まず中止はない」と踏んでいたのは間違いない。いい度胸である。そしてその読みはズバリ当たった。


例えば下の階級のチャンピオン・クラスが、2階級上の格下選手とチューンナップをやるのは有り。しかし、力が拮抗した同格の選手同士が、115ポンドと122ポンドのウェイト・ハンディキャップマッチをやるなど非常識も甚だしい。

「山中 vs ネリー 2」と同様、フランコの報酬カットは無し。ネリーは減額されたことになっているが、本当かどうかわからない。今回も一部の記事で減額に触れているけれど、明確な金額やパーセンテージは明らかになっておらず、契約した金額を満額受け取ることができるのでは?。ベルトと引き換えに、良好なコンディションと満足の行くマネーを手にしたという次第。

当然のこととして、フランコには当日計量が義務付けられたが、さらに8ポンドの猶予が上乗せされ、59キロ(130ポンド)以内であればOK。しかも、130ポンドをオーバーした場合、またもや2時間の猶予が与えらるという。にわかには信じ難い、寛大過ぎる措置である。

「何が何でも試合はやる」という訳だ。そしてフランコは、ペナルティ(とは口が裂けても言えないが)の当日計量を58キロでクリア。


井岡もそれなりに対策をした上で仕上げて来ているだろうけれど、フランコがすべてを計算の上で非常識な狼藉に及んだのであれば、3-0の判定を持って行く。3キロのギフトは、余りにも影響力が大き過ぎる。

その一方で、前代未聞のウェイト・オーバーをもたらした直接的な原因が、何がしかの重大なアクシデントによる調整不足だったとしたら、井岡が大差を付けてチャンピオンに返り咲く。中盤辺りでのTKOも有り・・・と見るのが筋。

前戦の分析や詳細な予想記事を一生懸命準備していたが、何もかも嫌になった。ちなみに、第1戦はフランコの明白な判定勝ち。ロドリゲス戦に共通する井岡のウィークネスが、またもや露呈した。

物凄く簡単にまとめてしまうと、20世紀中盤~後半にかけて隆盛を極めたアグレッシブなメキシカン・スタイル(敢えて申せばオールド・スクールのボクシング)に、井岡が採る守備的な戦術は徹頭徹尾相性が悪い。

そのウィークネスを、サラスとのハードワークで修正できたのかどうか。私は出来ていないだろうと見ているが、どちらに転ぶのかはフランコの出来1つ。


フランコのボクシングを私は基本的に好むけれど、今後はもう素直に応援する気にはなれない。まさかネリーやファン・グスマンのテツを踏むとは・・・。

井岡の大麻問題については、記事をあらためてアップしたい。井岡の言い分にも一理はあるが、事はそう簡単な話しではない。それにしても、安河内事務局長の間の悪さといったら、誰か本気で諌める者はいないのだろうか。


□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
フランコ:-110(約1.91倍)
井岡:+100(2倍)

<2>betway
フランコ:-118(約1.85倍)
井岡:+100(2倍)

<3>Bet365
フランコ:-125(1.8倍)
井岡:+105(2.05倍)

<4>ウィリアム・ヒル
フランコ:10/11(約1.91倍)
井岡:10/11(約1.91倍)
ドロー:10/1(11倍)

<5>Sky Sports
フランコ:4/5(1.8倍)
井岡:11/10(2.1倍)
ドロー:12/1(13倍)


◎フランコ(27歳)/前日計量:121.3ポンド(55.0キロ)
※1回目の計量:55.2キロ(3.1キロ=ポンド)ものオーバー
現WBA S・フライ級王者(V3)
戦績:23戦18勝(8KO)1敗3分け1NC
アマ通算:96戦(勝敗詳細不明)
身長:165センチ,リーチ:170センチ
右ボクサーファイター


◎井岡(34歳)/前日計量:114.6ポンド(52.0キロ)
前WBO J・バンタム級(V6/返上),元WBAフライ級(V5),元WBA L・フライ級(V3).元WBA/WBC統一ミニマム級(V3)王者
戦績:32戦29勝(15KO)2敗1分け
世界戦通算:23戦20勝(10KO)2敗1分け
アマ通算:105戦95勝 (64RSC・KO) 10敗
興国高→東農大(中退)
2008年第78回,及び2007年第77回全日本選手権準優勝
2007年第62回(秋田),及び2008年第63回(大分)国体優勝
2005年第60回(岡山),及び2006年第61回(兵庫)国体優勝
2005年第59回,及び2006年第60回インターハイ優勝
2005年第16回,及び2006年第17回高校選抜優勝
※高校6冠/階級:L・フライ級
身長:164.6センチ,リーチ:166センチ
※ドニー・ニエテス第2戦の予備検診データ
右ボクサーファイター


○○○○○○○○○○○○○○○○○○

□オフィシャル

主審:ルイス・パボン(プエルトリコ)

副審:
ジュゼッペ・クアルタローネ(伊)
ギジェルモ・ペレス・ピネダ(パナマ)
パヴェル・カルディニ(ポーランド)

立会人(スーパーバイザー):()


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■主なアンダーカード
<1>OPBF S・フェザー級タイトルマッチ12回戦(再戦)
森武蔵(志成) vs 渡邉卓也(DANGAN AOKI)


○○○○○○○○○○○○○○○○○○
<2>バンタム級10回戦
比嘉大吾(志成) vs シリチャイ・タイイェン(タイ)

○○○○○○○○○○○○○○○○○○
<3>S・フライ級8回戦
重里侃太朗(志成) vs ウィルベルト・ベロンド(比)

○○○○○○○○○○○○○○○○○○
S・バンタム級契約8回戦でタイ人と相対する木元紳之輔(27歳/きもと・しんのすけ/ワタナベ→角海老/6勝2KO6敗)は、習志野高校で国体5位の実績を持つアマチュア出身(アマ通算:20勝11敗)。

プロでは勝率5割と苦しい戦いが続いているが、ボクシングは良くまとまっている。なかなか勝てない最大の理由はサイズ。そして、相手の懐に飛び込むスピードと工夫の不足(総じて頭を振らなくなった現代の選手に共通する欠点)。

公称164センチのタッパは、「S・バンタムでは低過ぎる」と断定することは憚られるものの、前日計量後のリバウンドを含めた調整が当たり前になった昨今、本番のリング上で160センチ台後半~170センチ前半の選手に対峙すると、骨格の違いが浮き彫りになってしまう。

8回戦(A級)に上がってからの3連敗(2019年12月,2021年2月,2021年11月)も、相手は全員168~169センチ。武漢ウィルス禍の影響で2020年を丸々1年休み、一昨年11月の福永 宇宙(ふくなが・そら/黒潮)戦で初のTKO負け。

この後長期のブランクに入り、1年7ヶ月ぶりの復帰戦になる。小柄なタイ人(160センチ:Boxrecの身体データは当てにならないことが多い)を呼ぶ無難な選択も致し方のない状況と理解するが、Boxrecに記載された3勝3敗のレコードは信用しない方がいい。

本気になるとタフでしぶといムエタイ経験者との前提で、KOを急がず距離を取りながら慎重に立ち上がるのが得策。後楽園ホールではすっかりお馴染みの「早倒れ戦士(失礼)」なら、ボディを何発か入れれば勝手に悶絶してくれるだろう。

S・フライ級まで絞ってコンディションの維持が可能ならば、ランキングを賑わす面白い存在になれると思うけれど・・・。


ハッピーボックスジム(2014年に京浜ジムから改称)所属の岩崎文彬(いわさき・ふみあき/26歳/1戦1勝1KO)は、今年4月のデビュー戦で同じプロ初陣の井上善裕(本多)に2回TKO勝ち。S・バンタム級としては平均的なサイズ(公称168センチ)だが、比較的ガッシリした体躯に恵まれ、開始早々ダウンを奪った右ストレートの威力に注目が集まった。

即決勝負でダメージが残らなかった賜物だが、年間2~3試合が通り相場になってしまった現在、2ヶ月のスパンで2戦目を組む積極性は評価されていい。


対戦相手の為我井廉(ためがい・れん/21歳/DANGAN越谷)も、今回が2戦目の新人サウスポー。今年1月27日に後楽園ホールで行われた「DANGANオール4回戦」興行で初陣に臨み、石神井スポーツの網野翔(あみの・かける)をフルマークの3-0判定に下している。

「技術の伴った本物のファイターがいない。洋の東西を問わず絶滅危惧種」だと、拙ブログで何度か書いてきた。

日本の現状は際立って酷く絶望的だが、アマ以上にタッチゲームが横行して、ラスベガス・ディシジョンに象徴される「ボクサータイプ有利」の傾向が顕著な王国アメリカでも、「巧いファイター」は年々歳々少なくなっている。


だがしかし、絶滅を危惧するべきは「巧いファイター」だけではない。昭和の時代、当たり前のように存在していた「フル・ラウンズ足が止まらない本物のボクサー」も、最近はほとんど見かけなくなった。

例えば全盛期の高山勝成だが、プエルトリコのイヴァン・カルデロンとともに、新世紀に登場した数少ない「フットワーカー」の代表格。昔はフェザー~ライト級辺りでもけっして珍しくなかったのに、今ではフライ級以下の最軽量ゾーンでもなかなかお目にかかれない。

だからこそ、素早い足捌きで前後左右に動くレフティ為我井のボクシングを見て、「いいセンスしてるなあ」と感じたファンもいたのではないか。

私は生観戦ではなく「BOXING RAISE(ボクシング・レイズ)」の配信(有料)で見たけれど、ジャブとスタミナを強化しないとこの先キツくなるというのが率直な感想。手放しで賞賛できる水準にはない。

身体がまだ出来上がっておらず、フィジカルもパンチもパワー(強度)不足。まずはジャブを磨かないといけない(打ち方も余り良くない)が、8回戦に上がるまで(最短で5戦目には可能/もう少し長い目で見るべき)には、クロスレンジでの手数のまとめ方も覚える必要がある。

アマチュア経験の有無などバックボーンは不明ながら、ジムの育成次第で得難いメイン・イベンターに成長する素地はあると思う。


なお、Boxrecのイベント(Event)ページに掲載されている為我井の名前が違っている。

■Boxrec Event
https://boxrec.com/en/event/872263

×:Taiga Tamegai https://boxrec.com/en/box-pro/1123566
◎:Ren Tamegai https://boxrec.com/en/box-pro/1132084

「Taiga Tamegai」となっているが、同じDANGAN越谷に所属する「為我井泰我(2戦1敗1分け)」を誤って登録してしまったのだろう。この選手もサウスポーで二十歳と若い。間違い易いのは確かだから、余計に注意が必要。

以下に示す通り、JBCの大会スケジュール(PDF)には「為我井 廉」と記載されている。幾ら何でも、JBCへの申請・登録を間違えたりはしない筈で、十中八九Boxrec側の登録ミスだと推察する。

ひょっとしたら、2人の為我井は兄弟ボクサー?。

■JBC公式サイト試合予定:2023年6月24日 大田区総合体育館
https://jbc.or.jp/2023%e5%b9%b46%e6%9c%8824%e6%97%a5%e3%80%80%e5%a4%a7%e7%94%b0%e5%8c%ba%e7%b7%8f%e5%90%88%e4%bd%93%e8%82%b2%e9%a4%a8/

□対戦カード一覧(PDF)
https://jbc.or.jp/wp_jbc/wp-content/uploads/2023/06/0624.pdf


DANGAN越谷ジムの公式サイト(https://reason-taiki.com/)には独立した「選手紹介」のページが無く、斎藤友彦トレーナーのブログに「選手紹介」と題した記事がアップされているのみ。為我井泰我と為我井廉の記事もあるにはあるが、来歴や身体データなどが省略されており、なおかつ「選手紹介」をカテゴリーとして設定していない為、わかりづらいことこの上ない。

ライセンスを取得するだけでなく、実際に戦うプロ選手の頭数が少ないとか、戦績が思わしくないとか、様々事情はあるのかもしれないが、これはいかがなものか(トレーナー紹介のコンテンツは流石に用意されている)。


話は変わって、「BOXING RAISE(ボクシング・レイズ)」の配信について。

月額980円でDANGANの定期興行(後楽園ホール)だけでなく、地方で行われる興行も視聴できるのは大変にお徳。ボクシングを愛好する者にとって実に有り難く、欠かせないプラットフォームと表して間違いない。
https://boxingraise.com/


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