最軽量ゾーンのエースに死角なし(?) - 拳四朗 vs カニサレス 直前プレビュー -

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■1月23日/エディオンアリーナ,大阪市浪速区/WBA・WBC統一世界L・フライ級タイトルマッチ12回戦
統一王者 寺地拳四朗(B.M.B.) vs WBA1位/WBC2位 カルロス・カニサレス(ベネズエラ)





驚くべき即決KOでベルトの奪還に成功した矢吹正道(緑)との再戦を含めて、世界戦5連続KO勝ち(4連続KO防衛中)を続ける拳四朗が、現在の108ポンドを代表する実力者の1人,カニサレスの挑戦を受ける。

直前のオッズは大きく拳四朗を支持。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
拳四朗:-700(約1.14倍)
カニサレス:+500(6倍)

<2>betway
拳四朗:-752(約1.91倍)
カニサレス:+500(6倍)

<3>ウィリアム・ヒル
拳四朗:1/8(約1.08倍)
カニサレス:5/1(6倍)
ドロー:16/1(17倍)

<4>Sky Sports
拳四朗:1/12(約1.08倍)
カニサレス:5/1(6倍)
ドロー:20/1(21倍)


連続KO防衛のインパクトと言ってしまえばミもフタもないが、とりわけ強烈な印象を残したのが、京口紘人(ワタナベ)を左ジャブ1本で減速させ、決死の反撃を断ち切って倒し切った2団体統一戦(2022年11月)。

拳四朗のジャブをまともに食って効かされてしまう京口の姿を、半ば呆然と見つめるしかない。ボディワークが使えなくなってしまった現代日本のボクサーの中にあって、京口はそれでも上体の動きが多い方に入る。

がしかし、拳四朗のジャブにしっかり対応するまでには至らず、予想を超える威力に即応することができないままラウンドを重ねてしまう。

京口推しの私としては、ただただ残念と申し上げるしかないけれど、頭と肩を振り続けることの重要性、打ち始めと打ち終わりの処理が甘くなることの怖さを、あらためて思い知らされた。


そして、よもやのTKO負けでV9に失敗した矢吹との第1戦。偉大なる具志堅用高が、およそ40年前に達成した国内連続防衛記録(13回)更新の夢は破れたものの、真っ向勝負の打撃戦に応じて矢吹をKO寸前まで追い込み、自らのパンチング・パワーとフィジカル・タフネスに手応えも感じたに違いない。

リマッチでファイターに変身した拳四朗は、スタートから前に出てキツい圧力をかけ、フイを突かれた格好の矢吹に態勢を立て直す機を与えることなく、一方的に詰め切ってみせた。

第1戦でも感じたことだが、リマッチで際立っていたのが拳四朗の大きさ。計量後にどの程度リバウンドしているのか、正確な数値は不明ながらも、相当に戻していることが容易に想像できる。


身長で2センチ程度上回る矢吹も、リカバリーに成功してちゃんと大きくなっていたが、拳四朗の気迫とプレッシャーに押されて後退するしかない。第2ラウンドに矢吹のいい右が1発入って一瞬たじろいだが、直ちにガードを作り直して前進を継続。逆に綺麗なワンツーを決めて、矢吹の顔を跳ね上げ返す。

余裕と自信を消失した矢吹の表情がいよいよ強張り、第3ラウンド、一気に勢いを増した拳四朗が、ロープ伝いに逃げる矢吹を力強い左右のボディでスローダウンさせる。ジャブで態勢を崩され、顔面がガラ空きになるその瞬間を拳四朗は見逃さない。素晴らしい右ストレートで打ち抜くと、。

何とか立ち上がった矢吹だが、完全に効いていて足元が定まらず、主審の染谷がそのままストップ。ユーリ阿久井政悟に初回KO負けした際、「自分は打たれ強くない。と言うか、打たれ弱い」と正直に認めていたことを思い出す。

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京口との統一戦でも、本番当日の体格差が目についた。京口に対しては、左右のステップを絶やさず押し退きしながらのボクシングだったが、無駄に下がったりはしない。リードジャブで着実に先手を取り、強めのパンチを交換しても常にパワー負けせず、ごく自然に圧力がかかって行く。

「まさかここまでとは・・・」

拳四朗のパワーは京口にとっても脅威だったようで、顔色を失った表情が矢吹のそれと瓜二つ。WBC王者に距離と間合いを握られたまま、正面での対応を続けるしかないWBA王者の顔面を遂にワンツーが捉える。

たまらず倒れ込む京口。第5ラウンド開始30秒過ぎだった。ジャブとボディが効き出していたとは言え、けっして打たれ弱くはない京口がこんな倒れ方をするとは・・・。


エイトカウントを待って再開されると、し止めにかかる拳四朗。しかし、京口も意地を見せる。クロスレンジでの打ち合いなら簡単には負けないとばかり、得意の左フックをきっかけに拳四朗をロープに押し込み、渾身の逆襲で見せ場を作った。

ラウンド終了のゴングと同時に、両通がもつれて京口が下になる状態で倒れてヒヤリとしたが、起き上がる時の表情がまるで違う。ダウンを奪いながら、逆に攻め込まれた拳四朗には充分な余裕があり、口が開いて呼吸が辛そうな京口は、ダメージの影響が否が応でも滲み出る。

続く第6ラウンド、一息置いて距離とペースを作り直す拳四朗。お陰で京口も回復の時間を得られたが、ジャブと左右のコンビネーションを浴びて腫れ出した顔が痛々しい。


フィニッシュの第7ラウンド、再び圧力をかける拳四朗のジャブと左右が効き、京口の足と動きが止まる。完全に鈍った京口は、拳四朗の動き出しに反応できない。「まずいな・・・」と思いつつ、画面に集中し直す。

ガードを完全に解いた拳四朗が、左の拳をグルっと回すパフォーマンスでけん制しながらし止めにかかる。ほぼノーガードで勝負に出ている拳四朗に、京口のジャブと右ストレートが当たり、密着すると左ボディからの上下も当たって場内が沸く。

しかし、京口のパンチに拳四朗を脅かす力は残っておらず、何度目かの交錯の後、またもや拳四朗の右が決まってグラリと揺れる京口。そのまま、たたらを踏むように後退しながら態勢を崩すところへ、文字通り止めの追撃(右)。

ロープ際のキャンバスに背中から倒れると、矢吹第2戦に続いて主審の重責を任された染谷は、左腕で京口を抱きかかえながら大きく右手を振り、カウントを数えることなく試合終了を宣告。

統一王者となった拳四朗は、前評判の高い天才児トニー・オラスクアガ(米)を9回TKOに退けると、南アの元アイドル,へッキー・バドラーのかき回し戦術に手を焼きながらも、同じく9回TKOで締め括り、力の違いを見せ付ける。

◎ファイナル・プレッサー(抜粋)
2024年1月21日/Top Rank公式


◎フル映像:【ノーカット版】LiveBoxing第6弾 試合前記者会見 | プライムビデオ
2024年1月21日/amazon prime公式
https://www.youtube.com/watch?v=UNU9NGgW6dQ&t=23s


勇猛果敢なインファイトでド突き合うかと思えば、健脚を活かした出入りで安全確実にラウンドをまとめにかかる。柔軟に硬軟を使い分けるカニサレスは、今回が3度目の来日。

2016年の大晦日に、田口良一(ワタナベ)が保持していたWBA王座に挑戦して、三者三様のスプリットドローで涙を呑んだ初来日。奪取こそ成らなかったが、驚異的な打たれ強さを発揮する田口に対して、退くべきところは退くクレバネスが奏功していた。

翌2017年は母国で3戦を消化。2018年3月に再来日を果たし、小西伶弥(真正)とのWBA正規王座決定戦に出場。2017年の大晦日に、田口がミラン・メリンド(比)を3-0判定に破りIBF王座を吸収。WBAスーパー王者に昇格した為、正規王座を空位にして行われたお馴染みの措置。


第3ラウンドに右でダウンを奪ったカニサレスは、その後も優位に試合を進めるも、しぶとく食い下がる小西のボディアタックで後半失速気味となり、苦しみながらの3-0判定勝ち。

中国で木村翔(青木→花形)を大差の判定に下した試合を含めて、このベルトを2度防衛して田口との再戦のチャンスを待つも、メキシコに遠征したV3戦でエステバン・ベルムデスに6回TKO負け。虎の子の王座を失う(2021年5月)。

「高地対策が充分ではなかった。もう一度やれば勝てる」と語ったが、再戦のチャンスは無く、WBAスーパー王座は田口→ヘッキー・バドラー→京口と推移し、京口がベルムデスとのWBA統一戦を制している。


2021年~2022年は、ガニガン・ロペス戦(4回KO勝ち)を含めメキシコで3連勝(2KO)。昨年6月、アルゼンチンに飛んでダニエル・メテロンを8回負傷判定で破り、WBAの指名挑戦権を獲得。

スピードに欠けるベルムデスとの打ち合いを選択して、攻防のキメがどんどん粗くなり、自滅半ばに敗れた時もそうだが、小西に粘り負けしそうになるなど、上手いのか下手なのかわからないところがある。

計量後のリバウンドを遠慮なく利用するのも特徴で、安定政権を築きつつあった田口良一と引き分けた初挑戦)時も、長身(167.5センチ)の田口に対して、158センチの小兵とは思えない強打を振るっていた。


鍛え込まれた上半身は、田口と戦った頃よりも厚みを増している。パンチへの自信が裏目に出たベルムデス戦を教訓にするのか、ファイター化した拳四朗に合わせて真正面からシバキ合うのか。

積極的に倒しにかかる拳四朗は、当然のことながら被弾の確率が増している。試合運びの安定感に関して言えば、矢吹戦以前の「フットワーク&ジャブ」の方が良い。スタイルを変えたことについて、「これが自分のボクシング。多少打たれても前に出る方がいい」と、田口や田中恒成と同じ方向性を志向する。

無駄に打たれ(せ)ていいことは何も無い、堅実に距離をキープする拳四朗を、今一度見てみたい気もするけれど・・・。


◎拳四朗(32歳)/前日計量:107.4ポンド(48.7キロ)
現WBC(通算V11/連続V8)・WBA(V2)統一L・フライ級王者
元日本L・フライ級(V2/返上),OPBF L・フライ級(V1/返上),元WBCユースL・フライ級(V0/返上)王者
戦績:23戦22勝(14KO)1敗
世界戦通算:14戦13勝(9KO)1敗
アマ通算:74戦58勝(20KO)16敗
2013年東京国体L・フライ級優勝
2013年全日本選手権L・フライ級準優勝
奈良朱雀高→関西大学
身長:164.5センチ,リーチ:163センチ
※矢吹正道第2戦の予備検診データ
※計量後の検診データ
体温:36.1℃
脈拍:44/分
血圧:136/86
右ボクサーファイター


◎カニサレス(30歳)/前日計量:107.6ポンド(48.8キロ)
元WBAレギュラー王者(V2)
戦績:28戦26勝(19KO)1敗1分け
身長:159.5センチ,リーチ:164センチ
※小西伶弥戦(WBAレギュラー王座決定戦)の予備検診データ
※計量後の検診データ
体温:36.1℃
脈拍:40/分
血圧:124/84
右ボクサーファイター


◎前日計量



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■オフィシャル

主審:ルイス・パボン(プエルトリコ)

副審:
ジェレミー・ヘイス(カナダ)
オマール・ミンタン(メキシコ)
リム・ジュンバェ(韓)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:レンツォ・バグナリオル(ニカラグァ/WBA国際コーデイネーター,元審判)
WBC:タナポン・バクディブミ(タイ/ABC=WBCアジアボクシング評議会役員・WBCムエタイ会長)

Naoya The Great - Chapter 1 夢のまた夢・・・リング誌ファイター・オブ・ジ・イヤーに選出 Part 4 -1 -

カテゴリ:

Ring Magazine Fighter of the year - Multiple Time Winner

”ザ・グレーテスト” と ”ブラウン・ボンバー” は別格

■最多受賞:6回「モハメッド・アリ」
1970-10-09-5thstreetdym-Miami
世界ヘビー級王者(1960年ローマ五輪L・ヘビー級金メダル)
生涯戦績:61戦56勝(37KO)5敗
通算19回防衛
第1期:連続9回/在位:3年3ヶ月(1964年2月~1967年5月・はく奪)
第2期:連続10回/在位:3年4ヶ月(1974年10月~1978年2月)
第3期:防衛無し/在位:1年(1978年9月~1979年9月・返上)
◎受賞年:1963年・1966年(※)・1972年・1974年・1975年・1978年
※1974~75年:2年連続受賞
※1990年国際ボクシング殿堂入り
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<1>1963年:世界ランカー3名を三連破(出生名のカシアス・クレイ時代/21歳)
欧州最強のH・クーパー(英国遠征)と次期王者候補の1人ダグ・ジョーンズを含む
(1)D・ジョーンズ戦(米):ファイト・オブ・ジ・イヤーW受賞
3月13日MSG。N.Y./10回3-0判定勝ち/ヘビー級10回戦


初回にいきなり右を効かされてグラつくアリ。懸命の連打で反撃するも、タフで勇敢なジョーンズは1歩も退かずに応戦。一進一退の打ち合いは後半に入っても変わらず、スタミナが切れかかりながらも渾身の攻勢でアリが僅かに押し切った。
※オフィシャル・スコア:5-4-1×2名(副審),8-1-1×1名(主審)/採点:ラウンドの数を振り分ける方式(N.Y.州を筆頭に多くの州で採用されていた)

(2)H・クーパー第1戦:5回TKO勝ち
6月18日ウェンブリー・スタジアム,ロンドン(英)/ヘビー級10回戦


第4ラウンドに喫したノックダウンは、デビュー時から指摘され続けた左フックとの相性の悪さを露呈したもので、”スモーキン”・ジョー・フレイジャーとの激闘を予感させる。かなり効いていたが、驚異的な心身のタフネスで回復(後に諸刃の剣となって深刻な健康被害をもたらす)。キレまくる左ジャブで挽回すると、あっという間にクーパーの瞼を切り裂き、大流血に追い込んでの逆転TKO勝ち。

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<2>1966年:年間5度の防衛成功(4KO)
<当時は該当者無し=逝去した2016年にあらためて表彰>
※Ali retroactively named Fighter of the Year for 1966
2016年12月8日/リング誌公式
https://www.ringtv.com/476547-ali-retroactively-named-fighter-year-1966/

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(1)ジョージ・シュバロ(WBA6位)第1戦:15回3-0判定勝ち
3月29日/メープルリーフ・ガーデン/トロント(カナダ)
WBC(+NYSAC)世界ヘビー級タイトルマッチ15回戦(※)/V3
1)フル映像(モノクロ)
https://www.youtube.com/watch?v=tyWDrmViwAk

2)2003年5月に公開されたシュバロ第1戦のドキュメンタリー映画
製作:カナダ国立映画制作庁(National Film Board of Canada)
(2004年8月30日にカナダの公共放送CBCが全国放送)
The LAST ROUND - CHUVALO vs ALI
https://www.youtube.com/watch?v=9O_9ANas7NQ

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(2)H・クーパー(WBA9位)第2戦:6回TKO勝ち
5月21日/アーセナル・スタジアム/ハイベリー(英/ロンドン)
WBC(+NYSAC)世界ヘビー級タイトルマッチ15回戦(※)/V4
1)フル映像(モノクロ)


2)カラー化:約50分(試合前の公開練習・インタビューを含む)
https://www.youtube.com/watch?v=Y1-n9pwcJ_s

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(3)ブライアン・ロンドン戦:3回KO勝ち
8月6日/アールズ・コート・アリーナ,ケンジントン(英/ロンドン)
WBC(+NYSAC)世界ヘビー級タイトルマッチ15回戦(※)/V5
1)フル映像(モノクロ)
https://www.youtube.com/watch?v=zxBHfuzZaHw

2)B・ロンドン戦/フィニッシュシーン(70万回超再生)


挑戦者ロンドンをコーナーに詰めてし止める凄まじい連打が、海外のファンを中心に、リアルタイムでアリを見ていない世代のファンの間で話題になり、若く充実したアリが発揮した驚嘆すべきスピードとキレ,高い精度について、再認識されるきっかけとなった。

対戦時のロンドンはノーランク(10位外)でなおかつ無冠ではあったが、英国(BBBofC)と英連邦(Commonwealth Boxing Council)のタイトルを保持していた他、フロイド・パターソンへの挑戦経験(1959年5月/11回TKO負け)を持つ。上記2つと欧州(EBU)王座の3つを独占するH・クーパーに善戦(15回判定負け)するなど、英国ヘビー級を代表する実力者の1人として認知され、アリの王座を承認していたWBCとNYSC(※)が挑戦を容認。

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(4)カール・ミルデンバーガー(WBA3位/欧州王者)戦
9月10日/ヴァルトシュタディオン,フランクフルト(独)
WBC(+NYSAC)世界ヘビー級タイトルマッチ15回戦(※)/V6
1)フル映像(モノクロ)
https://www.youtube.com/watch?v=-lhLfLIOk3g

2)フル映像(カラー)
https://www.youtube.com/watch?v=u0bbw5J4fjU

※ヴァルトシュタディオンは、サッカー・スタジアムを中心に多目的施設を複合したスポーツ・コンプレックスのはしりの1つで、この試合は施設内にある自転車競技場にリングを特設して行われた。

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(5)11月14日:C・ウィリアムズ(WBA4位)戦:3回TKO勝ち
アストロドーム,テキサス州ヒューストン
WBC(+NYSAC)世界ヘビー級タイトルマッチ15回戦(※)/V7
1)フル映像(モノクロ)
https://www.youtube.com/watch?v=v3ZL9cK-JWo

2)ハイライト(カラー)


開催地のヒューストンをホームタウンにしていたクリーヴランド・ウィリアムズは、ソニー・リストンやゾラ・フォーリーと並ぶ強打者で、2メートル超の長いリーチに恵まれていた。アリは左ジャブとともに代名詞となっていた秀麗なフットワークでウィリアムズを翻弄し、芸術的な右カウンター(必殺のファントム・パンチ)を炸裂させ3回TKO勝ち。現在ではおよそ考えられない、年間5度の防衛を成し遂げた。


1970年代以前のチャンピオンは、怪我や病気,リング内外のアクシデントなどが無ければ、年間3回程度の防衛戦は当たり前で、その合間にノンタイトルをこなすことも珍しいことではなく、ランカーや修行中の前座でさえ年間2~3試合の今日とはまるで様子が異なる。

正統8階級しか認められていなかった1937年から1938年にかけて、8つあるうちの3階級を同時に制覇するという、まさに空前絶後の離れ業をやってのけたヘンリー・アームストロングは、約10ヶ月の間にフェザー,ウェルター,ライトの順番にベルトを奪取した。

160センチ代半ば~後半の小兵をカバーする為、素早く相手の内懐に潜り込んで、自分の頭を胸から顎の付近に密着したまま、上下の連打をひたすら叩きまくる。とにかく相手が根負けして嫌になるまで、無尽蔵のスタミナを武器に白兵戦を仕掛けるファイタースタイルで、14年近く(1931年7月/18歳~1945年2月/32歳)戦い続けた。

Henry Armstrong


181戦151勝(101KO)21敗9分け(国際ボクシング殿堂)という、とてつもない生涯戦績を残しており、キャリア晩年はミドル級のトップレベルとも拳を交えているが、ボクサー特有の言語障害や運動機能障害とは無縁。引退後発症した眼疾(網膜はく離と白内障)に、激闘の影響を感じさせるのみ。
Cyber Boxing Zone:179戦149勝(100KO)21敗9分け/Boxrec:180戦149勝(99KO)21敗10分け

フェザー級を返上した後、135ポンド前後のライト級のまま、6ヶ月(1938年11月~1939年5月)の短期間にウェルター級の王座を7連続防衛。その間にもノンタイトルやエキジビションを消化して稼ぎまくっていた。

ボクシング人気は今とは比較にならないほど盛況で、TVが無かったが故に、人気選手にはエキジビションマッチとノンタイトルの需要が高かったとは言え、常軌を逸した心身のタフネスだけで休み無くリングに上がり続けることはできない。ディフェンスの能力にも長けていたことは明らかで、疑いを差し挟む余地無し。


アームストロングの半年に7回の防衛(年14回/1938年11月~1939年12月)は凄過ぎるけれど、TVやラジオが存在しなかった神代の時代も含めて、動く金額の桁が違うヘビー級は、防衛戦の間隔をやや長めに取る場合があり、ノンタイトルを挟んで休み無くリングに上がり続ける王者はそれなりにいたが、やはり1年に5回の防衛戦は超過密なハードスケジュールには違いない。

今のように駆け引きの応酬のみでフルラウンズを終えるなど有り得ず、プロの一流は決着が着くまで戦い切ることを容赦なく求められた。しかも当日計量で、世界戦は15ラウンズ。カットや拳の怪我が無いことは勿論、ダメージも最小限度に抑えないと、1~2ヶ月のスパンで戦い続けることなど不可能。

どう考えてみても、昔のボクサーの方が基礎体力に優れ、攻防の基本的な技術水準(特にディフェンス)も高いとしか思えない。そう考えないと辻褄が合わない。

プロボクシングの人気が下火になって久しく、長く続く低迷からの脱出が不可能となった今日とは、そもそもファンの数も需要もまるで違う為、単純に比較をしてもせんないことではあるが・・・。


◎Part 4 -2 へ




Naoya The Great - Chapter 1 夢のまた夢・・・リング誌ファイター・オブ・ジ・イヤーに選出 Part 3 -

カテゴリ:
■2023 Fighter of the year - リング誌が井上尚弥を選出

Naoya-Pac2

井上の受賞に一言いいたいと思うのは、クロフォード本人や在米マニアだけに止まらず、ボクシングに愛情を注ぎ続けてきた、それこそ一家言を持つ者たちの中に、国と地域に関わらず一定の割合居るに違いない。

主にSNSを通じて展開される異論・反論もまた、井上自身には何の責任もないことではあるが、反骨心にも並々ならぬものを持つモンスターだけに、心に期すものが既に溢れているのではないか。

それは、2年連続での受賞。いや、3年連続で受賞し、アジアNo.1のパッキャオに並ぶこと。100年近いリング誌の表彰歴を振り返っても、3年連続での受賞は過去に例がない。パックマンを超える4度の受賞ですら、今現在の井上なら不可能ではないとさえ思えるが、30代に突入した年齢を考えると流石に厳しい。

また、階級も大きなハンディキャップになる。何だかんだ言っても、王国アメリカのボクシング・マーケットを支える揺ぎ無い看板は、ウェルター級から上の中~重量級になる。軽量級のトップ・ファイターが伍していくには、誰もが納得するしかない結果、頭3つも4つも飛び抜けた実績が不可欠。


4つあるフェザー級のどれか1つを獲って5階級制覇を達成しても、それだけではアンチの口を完全に黙らせることはできない。「中量級とは競争の激しさが違う。同列には論じられない」との主張が繰り返される。

これまでと変わらない圧倒的なパフォーマンスを維持したまま、126ポンドでも4本のベルトを集めて、史上唯一となる「3階級+4団体統一」をやってのければ、2度目の年間MVPは確実だ。外す理由がない。

だが、相対的なパワーダウン&体格差をスピード&テクニックで補い切れず、悪戦苦闘が続く中でのギリギリ薄氷の載冠であったり、メイウェザーよろしくタッチ&アウェイの安全策に閉じこもるしかなくなったら、突出した力を発揮する若い才能に道を譲らざるを得ない(それが米国籍の黒人やメキシコ系ならなおさら)。


あくまで試合内容と勝ち方次第にはなるが、フェザーを完全制覇した後、さらにS・フェザーの2団体をまとめて(4つすべては無理にしても)、6階級制覇+王座統一(3つ・4つである必要はない)の離れ業まで行けば、パッキャオに並ぶことも夢ではなくなる。


◎パッキャオの受賞歴:3回

第1回目:2006年:S・フェザー級
一度惜敗したエリック・モラレスと2度対戦して連勝。特に3回KOで圧勝した第3戦は、出世試合となったフェザー級時代のマルコ・A・バレラ第1戦に勝るとも劣らない、大きな衝撃を全世界に与えた。

■ vs モラレス第3戦:3回KO勝ち
<1>2006年11月18日/トーマス&マックセンター,ラスベガス
WBCインターナショナルS・フェザー級タイトルマッチ12回戦


<2> vs モラレス第2戦:10回TKO勝ち
2006年1月21日/トーマス&マックセンター,ラスベガス
WBCインターナショナルS・フェザー級タイトルマッチ12回戦
https://www.youtube.com/watch?v=W8RDO7VaJ34

<3> vs モラレス第1戦:12回0-3判定負け
2005年3月19日/MGMグランド,ラスベガス
WBCインターナショナルS・フェザー級タイトルマッチ12回戦
https://www.youtube.com/watch?v=Sl4V0e2Odqw

<4> vs マルコ・アントニオ・バレラ第1戦:11回TKO勝ち
2003年11月15日/アラモドーム,テキサス州サンアントニオ
※リング誌フェザー級王座認定(WBCフライ,IBF J・フェザーに続く3階級制覇)
https://www.youtube.com/watch?v=I0rhQX6WFpw

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第2回目:2008年
<1>3月15日:ファン・M・マルケスに2-1判定勝ち
マンダレイ・ベイ・リゾート&カジノ,ラスベガス
WBC S・フェザー級王座獲得(4階級制覇=リング誌フェザー級王座を含む)
https://www.youtube.com/watch?v=31WoU-BJMdw

<2>6月28日:デヴィッド・ディアスに9回TKO勝ち
マンダレイ・ベイ・ホテル&カジノ,ラスベガス
WBCライト級王座獲得(5階級制覇=リング誌フェザー級王座を含む)
※個人的にはパッキャオのベスト・パフォーマンスだと確信する
https://www.youtube.com/watch?v=WgsHmnnMC34

<3>12月6日:オスカー・デラ・ホーヤに8回終了TKO勝ち
MGMグランド,ラスベガス/ウェルター級契約12回戦


ボクシング界のセオリーを難なく乗り越え、「階級の壁」を根底から覆したパッキャオが、メイウェザーと並ぶスーパースターへと飛翔した歴史的な勝利。

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第3回目:2009年
<1>5月2日:リッキー・ハットンに衝撃的な2回KO勝ち
MGMグランド,ラスベガス
リング誌J・ウェルター級王座認定(6階級制覇=リング誌フェザー級王座を含む)
※世界中のファンが支持するに違いないパッキャオのベストKO


<2>11月14日:ミゲル・コットに12回TKO勝ち
MGMグランド,ラスベガス
WBOウェルター級王座獲得(7階級制覇=リング誌J・ウェルター,フェザー級王座を含む)
https://www.youtube.com/watch?v=kUruG4y9mak


マルケス(2008年3月)とディアス(2008年6月)を連破して、3ヶ月のスパンでS・フェザーとライトの2階級を獲り、暮れにデラ・ホーヤを引退に追い込んだ後、さらにハットン,コットと三立ての快進撃。2008年から2009年にかけてのパッキャオは、紛れも無い”東洋の奇跡”だった。

「正気か?。カネに眼が眩むのも程がある。本気でパッキャオを殺す気か?」

デラ・ホーヤの引退試合に担ぎ出され、ウェルター級契約の12回戦と公表されるや否や、、存命だったドン・ホセ・スレイマンWBC会長を皮切りに、世界中の関係者から轟々たる非難が集中。

加齢と歴戦の疲労に、古傷(左肩の腱筋断裂)の再発まで重なり、その上無理なウェイト調整を自らに科したゴールデン・ボーイ。ラスト・ファイトのコーナーを預かったメヒコの名匠ナチョ・べリスタインによると、本番1ヶ月前に147ポンドの契約リミットまで絞っていたらしい。


154ポンドのS・ウェルター級に主戦場を移して7年が経ち、仕上がりに不安があったのだと思う。147でどの程度動けるのか、確かめたかったに違いない。しかしナチョは、「性急に落とし過ぎだ。キャンプのメニュー消化にも悪影響を及ぼす。すぐに150まで体重を戻すべきだ。」と進言。

お付きの栄養士に、ナチョ自身が直接食事の改善を申し入れしたというが、実際にどうなったのかは不明。公式計量と再計量の結果は次の通りだが、体格差に関する辛らつな批判が余程堪えていたかもしれない。

◎デラ・ホーヤ:前日145ポンド⇒当日147ポンド
◎パックマン:前日142ポンド⇒当日148ポンド1/2


わざわざ契約体重を2ポンドアンダーして、空腹のまま眠れる一夜(?)を耐えて、当日午前中の再計量で147のリミット丁度に合わせたのは、「ウェイトのハンディは無い。フェアな勝負だ」との、デラ・ホーヤなりの無言のアピールではなかったか。

内容と結果を振り返って見れば、ナチョの心配がそのまま現実になってしまった。足取りも反応も鈍く重く、満足に動けないまま為す術がない落日のスーパースターを、小柄なパッキャオがスピードと手数で翻弄。思うがままに打ち据え、最後はコーナーに詰めて滅多打ち。

8回終了後のインターバル中、顔面を酷く腫らしたゴールデン・ボーイは、すっくと椅子から立ち上がると、対角線上を真っ直ぐ歩みを進めて、パックマンとローチにギブアップの意思を伝えてジ・エンド。

Naoya-Pac1

フルトンを完封した井上のボクシングも圧巻ではあったが、年間MVPを連続受賞したパックマンと3名のビッグネームが繰り広げた熱いドラマ、現在の井上と同じ30歳前後のパッキャオが発揮したアビリティとパフォーマンスは言語を絶する。

デラ・ホーヤ,ハットン,コットに比肩し得る名前が、現在のS・バンタム~S・フェザーには見あたらない。バレラ&モラレス,イスラエル・バスケスとラファエル・マルケス、以上ベスト4より1~2枚格は落ちるが、レオ・サンタクルス,アブネル・マレス,ジョニー・ゴンサレス,オスカー・ラリオス・・・。

90年代半ば~2000年代の最初の10年の軽量級を、強力に牽引したメキシカン・レジェンドに匹敵するヒスパニック系の後継者がいてくれたら、122~126ポンドの景色はまるで違ったものになっていただろうに・・・。

モンスターと言えども、この男たち(全盛期のバレラ,モラレス,R・マルケス=4強)と戦ったらどうなるかわからない。誰もがそう思える真のライバル不在こそ、リアル・モンスター,井上尚弥にとっての最大の悲劇ではないのか。

ルイス・ネリーごときは、リアルなメキシカン・レジェンド4強の足元にも及ばない。はっきり申し上げて「顔じゃない」のである。


◎Part 4 へ


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■複数回の受賞者一覧/最多はアリの6回(!)

<1>6回:モハメッド・アリ(米)
<2>4回:ジョー・ルイス(米)
<3>3回:
(1)ロッキー・マルシアノ(米)
(2)ジョー・フレイジャー(米)
(3)イヴェンダー・ホリフィールド(米)
(4)マニー・パッキャオ(比)
<4>2回:
(1)トミー・ローラン(米)
(2)バーニー・ロス(米)
(3)エザード・チャールズ(米)
(4)シュガー・レイ・ロビンソン(米)
(5)インゲマール・ヨハンソン(スウェーデン)
(4)フロイド・パターソン(米)
(7)ディック・タイガー(ナイジェリア)
(8)ジョージ・フォアマン(米)
(9)シュガー・レイ・レナード(米)
(10)トーマス・ハーンズ(米)
(11)マーヴィン・ハグラー(米)
(12)マイク・タイソン(米)
(13)ジェームズ・トニー(米)
(14)フロイド・メイウェザー(米)
(15)タイソン・フューリー(米)
(16)カネロ・アルバレス(メキシコ)


Naoya The Great - Chapter 1 夢のまた夢・・・リング誌ファイター・オブ・ジ・イヤーに選出 Part 2 -

カテゴリ:
■2023 Fighter of the year - リング誌が井上尚弥を選出

クロフォードによるコンプレイン

我らがモンスターの行く手を阻む、大本命に推す声が多かったクロフォード。なにやら、エラくおかんむりのご様子だ。

「みんながお気に入りのファイターで、圧勝できずに接戦を余儀なくされたり、負けたりしたヤツはどのくらいいる?」

「プロになってから今に至るまで、オレが圧倒てきなかった相手はただの1人もいない。」

「本心を言えば、こんな事は言いたくないんだ。オレたちのやるべき事は、口ではなく拳で戦う事だからだ。」

「(年間MVPに)より相応しいのはこのオレだ。(本当にボクシングをわかっている)誰かに聞いてみてくれ。」

「史上初めて、2階級で4団体を統一したのもオレだ。マジ最悪だよ。」

◎クロフォードのコンプレインについて解説する動画
5 MINUTES AGO: Terence Crawford FIRES BACK At Naoya Inoue
2023年12月30日/Fighters Corner
https://www.youtube.com/watch?v=3LMwm3ETU2w

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口で争うのが嫌なら黙っていればいいのに・・・なんて、ミもフタもないことを言うのはよそう。売り言葉に買い言葉は、言論の場を荒らすだけでいいことは何もないし、一言いわずにいられないクロフォードの無念もよくわかる。

「ただの一度も苦戦したことはない。すべて圧勝してきた」は言い過ぎにしても、この発言が流布された昨年末の時点で、41戦全勝(31KO)無敗。引き分けとノー・コンテストを含まない、いわゆるパーフェクト・レコードで、「2階級+4団体統一」とともに、26戦全勝(23KO)のリアル・モンスターとタメを張っている。

ただし、フルトンとタパレスをノックアウトで連破して4本のベルトをまとめた井上に対して、クロフォードは昨年1試合しか戦っておらず、それがスペンスとの4団体統一戦だった。井上が及ばないのは、P4Pトップ5圏内の対決を制したという一点に尽きる。
※対戦時のP4Pランク:クロフォードが3位(井上:2位)でスペンスは4位。、

ウェルター級史上初の4団体統一戦は、P4Pトップ5以内の常連同士の激突であり、戦前の予想も50-50の互角との見方が大勢を占めていた。米国の識者や関係者から高い評価を得ているスペンスをクロフォードはまったく問題にせず、一方的になぶり続けて後半のストップに追い込んでいる。

◎試合映像:クロフォード vs スペンス戦(PBCオフィシャル・ハイライト)


井上も過去最大の難敵と見られたフルトンをワンサイドの8回TKOに下しているが、2団体を統一したとは言え、世界王者としての実績が浅いフルトンはP4Pランク外で、アフマダリエフを超特大の番狂わせで破ったタパレスも同様。しかも、タパレスの勝利を予想する者は誰もいなかった。

制圧したウェイトを比較すると、クロフォードの3階級に対して井上は4階級。ただし、これにも当然異論はある。王国アメリカでは「正統8階級(Original 8)」への信奉が未だに厚く、ジュニア・クラスを認めたがらない人たちが何時の時代にもそれなりにいる。
※正統8階級:ヘビー,L・ヘビー,ミドル,ウェルター,ライト,フェザー,バンタム,フライの8つ

歴史が長いJ・ウェルター(S・ライト)とJ・ライト(S・フェザー)2階級と、1960年代初頭に創設されたS・ウェルター(J・ミドル)級は別にしても、1970年代半ば以降に増えたジュニア・クラスを軽視する傾向は根強く残っていて、とりわけ3階級⇒7階級に倍増したフェザー級以下の軽量級は、強い風当たりを受ける場面が少なくない。


1975年にWBCがJ・フライ(L・フライ)級を作った時、「フライ級で通用しない小柄な男たちの集まり」だと、辛らつかつあからさまな批判、否定的な言葉が聞かれた。

事実WBCの初代王者フランコ・ウデラ(伊)は、ミラノで行われたバレンティン・マルティネス(メキシコ)との決定戦で、反則勝ちを拾いに行った行為が疑問視されたことも相まって、母国のファンにも歓迎されず強いショックを受けたと公言。即座にベルトの返上とフライ級への出戻りを表明。翌月には欧州王座(EBU)に挑戦している(2回NC)。


ウデラは五輪2大会連続出場(1968年メキシコ:L・フライ/1972年ミュンヘン:フライ)の戦果を引っさげ、大きな期待を受けてプロに転じたエリート選手だったが、公称152センチの小兵で体格差に苦しんだ。

転向してから2年半後に実現した初挑戦(WBCフライ級)でも、大場政夫(王者のまま23歳の若さで交通事故死/2015年に殿堂入り)と五分の勝負を繰り広げ、小熊正二と4度も戦ったベネズエラの実力者ベツリオ・ゴンサレスに10回TKO負け。ゴンサレス戦までに18戦をこなしているが、3度の敗北を喫している。

メキシコ五輪で初めて採用された108ポンド(アマの呼称:L・フライ級)の新設は、ウデラに限らず160センチ未満の選手にとって大きな福音となった。決定戦に推挙されたウデラは、「自分の為の階級だ」と喜び勇んで参戦。しかし、「プロの108ポンドは、同胞のファンでさえ世界チャンピオンと認めてくれない」と失望を露にした。


続く1976年、多くの批判や忠告を意に介すことなく、またもやWBCがJ・フェザー(S・バンタム)級を立ち上げると、J・フライ級と同じ状況に陥る。曰く、「Original 8」のフェザーでトップになれない連中のお助け場・・・。

そしてこの否定的な意見は、1920年代に王者の承認が始まったJ・ライト級とJ・ウェルター級も同様で、世界タイトルとしての権威をまったく認められず、1950年代後半に再始動するまで、四半世紀に渡る長い休止が続いた。

バーニー・ロス(左)とトニー・カンゾネリ(右)

共に殿堂入りを果たし、ライバルでもあったバーニー・ロス(ライト,J・ウェルター,ウェルター)とトニー・カンゾネリ(フェザー,ライト,J・ウェルター)の2王者は、現役時代はもとより、1930年代末に引退してから20世紀を終えるまでの60余年、王国アメリカのヒストリアンたちに「2階級制覇王者」として扱われ続け、「3階級制覇」を認められるようになったのは、21世紀を迎えて以降、ここ十数年のことである。


フィリピンの英雄フラッシュ・エロルデがJ・ライト級の王座に就き、ライト級の東洋王座と同時並行で連続10度の防衛を果たし、N.Y.の殿堂MSGを満杯にしたプエルトリコの人気者,カルロス・オルティスがJ・ウェルター級のベルトを巻いたお陰で、両階級は2度目の休止を免れた。

それでもなお、1962年に新設されたJ・ミドル(S・ウェルター)級を含めて、「ジュニア・クラス」と一括りにされ、「正統8階級」より一段も二段も低く見られた上、「稼げない不人気クラス」に甘んじ続ける。


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◎ジュニア・クラスの真実
1960~70年代にかけて、人気と実力を兼ね備えた中量級のボクサーと、それらの人気選手を預かるプロモーターとマネージャーが「ジュニア・クラス」を敬遠してくれていたから、東洋圏のトップレベルが割って入ることができた。逆説的ではあるが、これもまた事実。

ライト級,ウェルター級,ミドル級でトップに君臨する東洋のボクサーは、いざ世界を狙う段になると、それぞれJ・ライト級,J・ウェルター級,J・ミドル級へと階級を下げるのが常だった。

状況が変わり始めたのは、70年代後半~80年代初頭にかけてのこと。

史上最年少王者(17歳6ヶ月)として国際的な注目を集めた早熟の天才,ウィルフレド・ベニテス(プエルトリコ/J・ウェルター,ウェルター,J・ミドル獲得/ミドル級挑戦は失敗)と、アレクシス・アルゲリョ(ニカラグァ/フェザー,J・ライト,ライト級を獲得/J・ウェルター級奪取は成らず)が、「ジュニア・クラス」であるにも関わらず米本土で人気を博し、相次いで3階級制覇を達成(1981年5月~6月)。

正統8階級しか認められていなかった時代に、8つしかないベルトのうち3つを同時に獲ったヘンリー・アームストロングの快挙(1937年10月~1938年8月にかけて達成)以来、半世紀近く途絶えていた大記録が、3つ同時ではないけれども1ヶ月の短い間隔で達成され、「ジュニア・クラス」への蔑視・軽視が徐々に解消し出す。

ヘンリー・アームストロング(左)とアレクシス・アルゲリョ(右)

とりわけアルゲリョの果たした役割は大きく、今やベスト・ウェイトの評価も高いJ・ライト級で連続8回の防衛に成功(7KO)。地味で目立たなかった130ポンドに在米ファンと関係者の熱視線を集め、当時誰も考えすらしなかった4階級制覇を目指し、J・ウェルター級最強のアーロン・プライアー(米)と2度戦い、力及ばず敗れはしたものの、200万ドル超のビッグマネーファイトを実現(PPVはスタートしたばかりのヨチヨチ歩き)した。

N.Y.の殿堂MSGで高評価を得たベニテスとアルゲリョの偉業と人気に触発されたボブ・アラムが、シュガー・レイ・レナード,トーマス・ハーンズ,ロベルト・デュランの3王者を参入させたことで、特別に地味だったJ・ミドル級も一気に活性化。


さらにアラムは、ミドル級の覇王マーヴィン・ハグラーを巻き込み、レナードを軸にした「中量級ウォーズ」を大いに喧伝。稀代のスーパースター,モハメッド・アリという巨大な太陽を失った(1981年に引退)ボクシング界を停滞から救い出し、マイク・タイソンの出現までつなぐ。

”石の拳”デュランの4階級制覇、レナードとハーンズによる(不毛な)「5階級制覇合戦」が、1つの階級で長くベルトを守り、安定政権を築いて無敵の存在を自他共に認められることから、矢継ぎ早に体重を上げて、より多くの階級を獲る「複数(多)階級制覇」へと、スーパースターの評価基準を一変させる。

◎中量級BIG4+1
中量級BIG4+1-S
左から:レナード,ハーンズ,デュラン,ハグラー,ベニテス

80年代前半から後半にかけて、J・ライト(V9)とライト(A・C統一/V1)を獲った後、90年代に入ってすぐJ・ウェルターも獲得。連続12回の防衛に成功(通算V16)した3つ目の140ポンドでキャリアのピークを築き、押しも押されもしない不動の地位を確立したフリオ・セサール・チャベスは、脅威の100連勝を目指して驀進。

そして変幻自在のアクロバティックなディフェンスを操り、ライト級~J・ミドル級の4階級を制覇したパーネル・ウィテカーは、ウェルター級王者として挑戦を受けたチャベスに事実上の初黒星を与えた他(1-0のマジョリティ・ドロー)、147ポンドのWBC王座を譲ったオスカー・デラ・ホーヤ戦でも、ゴールデン・ボーイを支持した判定を巡り、ハグラー vs レナード戦(1987年)と並んで未だにマニアの議論を呼ぶ。

デラ・ホーヤの6階級制覇(プロ入りに際して7階級制覇を目標に掲げる)と、メイウェザーの5階級制覇は勿論、まさかのウェルター級進出を成功させ、8階級制覇(リング誌王座を含む/主要4団体:6階級)と同時に、未曾有のアメリカン・ドリームを手にしたパッキャオの奇跡も、80年代を沸かせた「中量級BIG4」の延長線上に成し得たものに違いない。


大場と一緒に殿堂入りの栄誉に浴した具志堅用高(3代目WBA王者/V13=未だに更新されない国内最多防衛記録)と、17連続KO防衛(ゴロフキンに並ばれたがこれも容易に破られない大記録)の離れ業をやってのけたウィルフレド・ゴメス(プエルトリコ/WBC王者)の大活躍があったればこそ、J・フライ級とJ・フェザー級は一度も消滅や休止することなく今日まで歩みを続けられた。

その後も、WBCが独断専行してWBAが後追いする構図の中、クルーザー級(1979年/スタート時の呼称はJ・ヘビー級)、J・バンタム(S・フライ)級(1980年)、S・ミドル級(1984年/新興マイナー団体だったIBFが強行/WBAとWBCは1987~88年に遅れて追随)、ミニマム(ストロー)級(1987年)と続く階級大増設の礎となる。

WBCがストロー(ミニマム)級の新設に踏み切った時も、露骨に否定的だった米英を初めとして、「リアルな水増し。存在意義を一切見出せない」と酷い言われようだったが、そもそもフェザー級以下の軽量級は、1940年代以降、主要な選手層をメキシコを中心とした中南米諸国と東洋圏(日・比・タイ・韓)に頼る状況が常態化していたこともあり、中~重量級中心の欧米(特にアメリカ)では、文字通り”軽く”見られ続けた。


1990年~99年までの9年間、恐ろしいまでの強さと巧さで無人の野を突き進んだ”ミスター・パーフェクト”ことリカルド・ロペス(メキシコ/V22)が現れなかったら、105ポンドは本当に消滅の危機に瀕していたかもしれない。

誰もが驚嘆・賞賛するしかなかったあのロペスでさえ、米本土の興行に呼ばれる時は前座扱いで、客もまばらなラスベガスの大会場で早い時間帯にリングに上げられ、安い報酬を強いられている。

具志堅用高の栄えある殿堂入りも、軽量級で史上初の「100万ドルファイト」を実現したマイケル・カルバハル(米)とチキータ・ゴンサレス(メキシコ)のライバル・ストーリー(1993年~1994年/2戦1勝1敗)が、全米のファンを熱狂させたからこそに他ならない。

チキータとカルバハルが一緒に顔を揃え、キャナストゥータに招かれたのは2006年。80年代に隆盛を誇った韓国を代表するJ・フライ級の2大スターの1人,張正九(WBC/V15)が2010年、もう1人の柳明佑(WBA/連続V17・通算V18)も2013年に殿堂入りを果たし、昭和~平成(+令和)を生きた日本のオールド・ファンは、「具志堅が先だろう!」と悔し涙に暮れた(?)ことをまざまざと思い出す。


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スーパースターたちが何の違和感も躊躇もなく参入するようになり、J・ウェルター(S・ライト)とJ・ミドル(S・ウェルター)の2階級は、東洋圏のボクサーがおいそれと近づけない高嶺の花になってしまったけれど、「ジュニア・クラスへの偏見」は確実に減少した。

クロフォードが制覇した3階級は、ライト,J・ウェルター(S・ライト),ウェルター。全階級を通じて最も選手層が厚く、最激戦区として認知されている。その上で、140ポンドと147ポンドの4団体をまとめた。

なおかつJ・ライト(S・フェザー)級からミドル級までの6階級は、認定団体が増えたこと以外、1960年代前半から半世紀以上変更されていない。複数階級制覇の難易度が高いのは勿論、4団体に増えてもなお、東洋圏のボクサーにはタイトルへの挑戦機会を得ること自体が難しい。

井上が獲った4階級は、L・フライ(J・フライ),S・フライ(J・バンタム),バンタム,S・バンタム(J・フェザー)。「正統8階級」に含まれているのは、バンタム級の1つのみ。「Original 8」の118ポンドで4団体を統一したのは大きいけれど、フライ級を飛ばしたのは残念。


フェザー級より下にバンタム級とフライ級しか存在しなかった1974年以前なら、井上はバンタム級しか獲っていないことになる。世界タイトルもWBAとWBCの2団体のみ。世界ランキングも10位までしか認められていなかった。とは言え、ボクサーを取り巻く環境は、ボクサー個人の責任ではない。

井上が生を受けた1993年当時、階級は既に17あって、世界タイトル認定団体も4つに増えていた。こればかりはどうしようもない。同じ階級に複数の世界一が、当たり前のように並立する。

根本的な矛盾を指摘されたら返す言葉のない、欺瞞に満ちたこの現実にどう向き合うのか。承認料ビジネスの旨味にはまって抜け出せなくなった老舗のWBAとWBCを筆頭に、主要4団体は有力プロモーターとズブズブで、もはやかけるべき言葉もない。土台から腐り切っている。

繰り返しになるが、こうした惨状もボクサー個人には何の責任もない。ただし、ベルトを保持するすべてのチャンピオン一人一人が、己の誇りと矜持を懸けて、それぞれの答えを明確にしなければ示しがつかない。

その姿勢は容赦なく問われ続けなければならないし、この点に関する井上の立ち居振る舞いはまったく素晴らしいもので、文字通り一点の曇りもない。


その上で、クロフォードと井上の同時受賞は考えられなかったのかとも思う。「Saturday Night Boxing」というサイトを運営するアダム・アブラモヴィッチ(ランキングサイトTBRBの選考委員)が、大晦日に2023年度の年間表彰(独自)を発表しているが、まさしくクロフォードと井上を2人揃って選んでいる。

◎関連記事・サイト
<1>The 2023 Saturday Night Boxing Awards
”Fighter of the Year: (tie) Terence Crawford and Naoya Inoue”
2023年12月31日
http://www.saturdaynightboxing.com/2023/12/the-2023-saturday-night-boxing-awards.html

<2>Members:Transnational Boxing Rankings Board(TBRB)
https://tbrb.org/members


前章でも一部触れているが、リング誌にも2名同時選出の事例はあり、なんと5回にも及ぶ。直近は2020年。僅か3年前のことだ。

<5>2020年:タイソン・フューリー&テオフィモ・ロペス
<4>1985年:マーヴィン・ハグラー&ドン・カリー
<3>1981年:シュガー・レイ・レナード&サルバドル・サンチェス
<2>1972年:モハメッド・アリ&カルロス・モンソン
<1>1934年:トニー・カンゾネリ&バーニー・ロス

並んだ名前をあらためて見返すと、フューリー&テオフィモを除く4例は「ああ、なるほど・・・」と得心がいく。

リング誌の当該記事に付いたコメントにも、W受賞で良いのではないかとの投稿があり、同じ考えの持ち主がアメリカにもいるのかと、少し嬉しくなった。

また、スペンスの現在の実力に言及するコメントもあり、在米のマニアは良く見ているとも思う。


Part 3 へ

Naoya The Great - Chapter 1 夢のまた夢・・・リング誌ファイター・オブ・ジ・イヤーに選出 Part 1 -

カテゴリ:
■2023 Fighter of the year - リング誌が井上尚弥を選出

遂にこの日がやって来た。もしかしたらとかすかな可能性に期待をしてはいたが、まさか現実になるとは・・・。



1928(創刊から6年後)年、引退を表明したジーン・タニー(ジャック・デンプシーを2度破り”戦う海兵”と呼ばれたヒーロー)を表彰して以来、95年の永きに渡って年間MVPを公表し続けてきたリング誌が、2023年度のボクシング界を代表する最も優れた選手に、我らが”リアル・モンスター”こと井上尚弥を選出した。

余りにも辛く過酷な元旦を迎えて、素直に喜びを表していいものかどうか逡巡を覚えつつ、2022年6月~7月にかけて、同誌がパウンド・フォー・パウンド・ランキング1位に抜擢した時以上の特筆大書すべき快挙、歴史に残る壮挙と称すべきだろう。

選定基準が今1つ不明瞭でわかりづらい印象が強く、ややもすると「架空・空想のランキング」だの、「比較不可能なものを無理やり比べるのは無意味」といった批判がつきまとうP4Pに対して、「年間最優秀選手」の表彰は誰の目にも明らかでわかり易い。


これまで東洋圏から選ばれたのはマニー・パッキャオのみで、NHKがスポーツのヘッドライン(TV・ラジオ・ネット)で報じるなど、国内メディアでも大きく採り上げられている。

◎井上尚弥 米ボクシング専門誌で年間最優秀選手に 日本人で初
2024年1月6日(土) /NHK Sports
https://www3.nhk.or.jp/sports/news/k10014311731000/


どれほどの偉業なのかは、過去に選出された名前を確認すれば一目瞭然。
【過去の表彰】

100年に及ぶ歴史を誇るリング誌の「ファイター・オブ・ジ・イヤー(1922年スタート)」において、フェザー級以下の軽量級から選ばれたのは僅か7名に過ぎず、投票権を持つ記者が相当数重複するBWAA(1938年から選出開始)はさらに少なく、ドネア,フランプトン,モンスターの3名だけ(ドネアを含めても8名)。

◎リング誌ファイター・オブ・ジ・イヤー:フェザー級以下
<1>1945年:ウィリー・ペップ(フェザー級/1990年殿堂入り)
<2>1977年:カルロス・サラテ(バンタム級/1994年殿堂入り)
<3>1981年:サルバドル・サンチェス(フェザー級/1991年殿堂入り)
<4>1993年:マイケル・カルバハル(J・フライ級/2006年殿堂入り)
<5>1999年:ポーリー・アヤラ(バンタム級)
<6>2016年:カール・フランプトン(S・バンタム~フェザー級)
<7>2023年:井上尚弥(S・バンタム級)

◎BWAAファイター・オブ・ジ・イヤー(シュガー・レイ・ロビンソン賞):フェザー級以下
<1>2012年:ノニト・ドネア(S・バンタム級/4階級制覇)
<2>2016年:カール・フランプトン(レオ・サンタクルスを破ってフェザー級王座を獲得)
<3>2023年:井上尚弥
※2017年に両方とも選ばれたロマチェンコは、130ポンドのWBO王者としてリゴンドウ戦を含む年間3度の防衛に成功。
※BWAAは1976年度にモントリオール五輪で金メダルを獲得した5名を同時に選出・表彰。レオン(L・ヘビー)とマイケル(ミドル)のスピンクス兄弟,レイ・レナード(L・ウェルター),ハワード・ディヴィス(ライト)とともに、フライ級のレオ・ランドルフも栄誉に浴しているが、これは特例的な表彰で枠外と考えるべき。

ご覧いただいて分かる通り、最も権威を認められたリング誌とBWAAの年間MVPは、概ねライト級が対象範囲の下限と見ても間違いではなく、フェザー級以下の軽量級から選出されるケースは異例中の異例と表していい。

◎Fighter of the Year?! Terence Crawford, Devin Haney, or Naoya Inoue?
2023年12月29日

※スポーツ・イラストレイテッドの予想動画:スポイラとYahoo! Sportsのシニアライターを務めたクリス・マニックスと、同じくスポイラのシニアライターとして活動するグレッグ・ビショップによる討論


昨年末、ESPNが一足早く井上の年間MVPを決定済みだが、周知の通り、米本土における共同プロモートを担うトップランクの中継を行っているのがESPNで、井上の試合もスポーツ専門チャンネルの「ESPN+」で全米に配信されている。

ウェルター級の中心選手をごっそり抱えるアル・ヘイモン(PBC:Premier Boxing Champions)一派と、デラ・ホーヤ&アラム連合軍の根深い対立が原因で、長らくビッグファイトを待たされ続けたクロフォードは、エロール・スペンスとの統一戦を何としても実現するべく、トップランクとの関係を清算した。

その後勃発した法廷闘争は、王国アメリカでは既定の路線であり日常茶飯事。関係が破綻した興行会社とボクサーの、金にまつわる訴訟沙汰は枚挙に暇がない。「坊主憎けりゃ・・・」の使い古された諺を持ち出すまでもなく、政治的な背景が透けて見えてしまう。


国際的なスケールで波及効果を持つボクシングの年間表彰は、歴史的な評価という観点からもリング誌のそれが決定版と表して良く、1938年から同様の表彰を行っているBWAA(Boxing Writers Association of America)の判断(重複する選考委員が少なくない)にも自ずと影響する。

ノミネートの一覧を公表したBWAAも、同じ結果になる確率が極めて高い。選ばれずにおかんむり(?)のP4Pキング,テレンス・クロフォードに与えてバランスを取る選択肢もあるが、パウンド・フォー・パウンドのトップを奪われてはいないので、それでご納得していただけないものかと率直にそう思う。


◎5 MINUTES AGO: Terence Crawford FIRES BACK At Naoya Inoue
2023年12月30日/Fighters Corner


◎BWAAのノミネート:シュガー・レイ・ロビンソン・アワード(ファイター・オブ・ジ・イヤー)
デヴィッド・ベナビデス
テレンス・クロフォード
ジャーボンティ・ディヴィス
デヴィン・ヘイニー
井上尚弥

◎関連記事
<1>NAOYA INOUE IS THE RING’S 2023 FIGHTER OF THE YEAR
2024年1月5日/THE RING
https://www.ringtv.com/662824-naoya-inoue-is-the-rings-2023-fighter-of-the-year/

<2>Boxing's best of 2023: Fighters of the year, best fights, KO and more
2023年12月29日/Mike Coppinger, ESPN
https://www.espn.com/boxing/story/_/id/39197618/boxing-best-2023-fighters-year-best-fights-ko-more

<3>2023 Fighter of year: Naoya Inoue
Plus the 6 honorable mentions in order; past winners year-by-year
2023年12月28日/Dan Rafael
https://danrafael.substack.com/p/2023-fighter-of-year-naoya-inoue

<4>The BWAA Announces Its 2023 Annual Award Nominees
2024年1月
https://www.bwaa.org/single-post/the-bwaa-announces-its-2023-annual-award-nominees

<5>BWAA 2023 Writing Contest Rules, Categories And Deadline
2024年1月
https://www.bwaa.org/single-post/bwaa-2023-writing-contest-rules-categories-and-deadline


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